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2012/03/25

寝台特急の思い出【3】北斗星と私

北斗星」は、私がこれまでの人生の中で最も多く利用した寝台特急である。

P1055450_2最初は、1991年2月26日、札幌発上野行きの「北斗星4号」で、大学受験の帰り道だった。
1月のセンター試験で少なからず失敗を犯した私は、北海道での二次試験が「思い出受験」となることをすでに覚悟しており、受験旅行の帰路は「北斗星」と早くから決めていた。
おまけに二次試験当日、私は、二次試験にも持参しなければならないセンター試験の受験表を忘れるという二重の失態を演じていた。合格以前に受験の値打ちもないような馬鹿っぷりである。罰当たりな私は、札幌駅周辺のわずかな風景だけを記憶にとどめ、「北斗星4号」B個室ソロで上野へと向かった。
まだバブル経済絶頂期だった当時、「北斗星」は定期列車だけで3往復走っており、個室を中心に満席が続いていた。私は食堂車でビーフシチューコースの夕食をとり、ロビーカーでくつろぎ、シャワーを浴びて、個室寝台のベッドで高いびきをかいた。

P1045434ところが大方の予想を裏切り、私は合格手続とアパート探しのため、3月11日、上野から札幌行きの「北斗星1号」に乗ることになった。この時もB個室ソロで、キャンセル待ちで偶然手に入った寝台券だった。入学とアパートの手続きを済ませて、遅れてやって来た親父とともに、3月15日、上野行き「北斗星6号」の、今度はA寝台2人用個室「ツインDX」で札幌を後にした。半月後にはみたび札幌に戻ってきて、それから4年間の北海道生活が始まることがわかっている状態で乗り込む「北斗星」は、最初に乗った時とはまた違う感慨を私に与えた。

つまり、それまでずっと「北海道へ旅するための列車」として捉えていた「北斗星」が、ほんの1か月の間に「岐阜へ帰るための列車」にその意味を大きく変えたのであった。

とは言いながら、実はそれ以降、岐阜への帰省を目的として「北斗星」に乗ったことはほとんどない。
この次に私が北斗星を利用するのは、実にそれから3年後、東京の某鉄道会社の入社試験を受けるために上京した時である。

その後は、1998年にP1055447出張で1回、2007年に職場の観楓会(慰安旅行のようなもの)で1回、いずれも上り列車を利用した。直近では、2011年1月4日、当時小学校1年生の息子と2人で、岐阜の実家から埼玉県の鉄道博物館を訪問した後、大宮からB個室寝台「デュエット」で札幌まで帰ってきた。

約20年P1055446のうちに7回、「北斗星」を利用したが、札幌行き2回、上野行き5回と利用回数には偏りがある。
利用した設備はA個室1回、B個室5回、一般の開放式B寝台1回で、中でも「ソロ」が4回と圧倒的に多い。
個室を選択する機会が多いということは、私自身、「列車好き」とはいいながらかなりの部分でプライバシーを重視していることのあらわれでもあろう。
旧態依然とした開放式B寝台をずらりと連ねた古き良きブルートレインが次々と引退に追い込まれるのも道理なのかもしれない。

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コメント

息子、でかくなっね~~
そうだよね~あたしも53歳、ジジイの域でゴワス!

投稿: Tiger Jet Kasa | 2012/03/26 11:22

Kasaさん。コメントありがとうございます。
いつの間にやらそんな御年でしたか(笑)。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: いかさま | 2012/03/27 23:43

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