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2012/05/19

寝過ごし考

どこででも寝られるのが私の長所でもあり短所でもある。特に乗り物の中では、暖かい日差しが窓越しに車内を包むと、つい窓に頭をもたせかけてうとうととしてしまう。
これはある意味で無上の幸せなのだが、やや度が過ぎると、起きなければならないところで目が覚めないという事態が発生する。

現に今朝、私は「お客さん。お客さーん!」という大きな叫び声で目を覚ました。自分がバスに乗っていることはすぐに理解できたが、周囲に客の姿はなく、窓の外の景色がいつもとは違う。札幌駅のバスターミナルの手前で客を下ろすはずのバスは、角を一つ曲がって駅前の北海道銀行の前の交差点に停まっている。
私も熟睡のあまり気付かなかったが、運転手も降ろすべき客がまだ残っていることに気付かなかったらしい。

このようにバスや電車の終点で、運転手や車掌、駅員に起こされることは、私としてはさほど珍しいことではなく、平均して年に5~6回はやらかす。先日も釧路からの特急列車で、札幌到着時にやらかしたばかりである。珍しいのは、酒に酔ってやらかしたことが一度もないことくらいである。

ところが寝過ごしとなると非常に具合が悪い。こちらは2年に1度くらいの頻度で発生する。幸い、これまでに大事な予定や人生の岐路をパーにするような事態に発展したことはないが、旅行中であればたいてい後の行程に大きな影響を及ぼし、そこから先の行程を全面的に見直さなければならない状況になる。先日も和歌山県でそれをやらかし、使わなくてもよいタクシー代を浪費している。

私の寝過ごし距離ワースト1位は、九州の折尾-博多間48.1kmである。
今から22年前の九州では、博多-西鹿児島(現在の鹿児島中央)に、熊本経由と大分・宮崎経由の2本の夜行急行が走っていた。貧乏旅行中の私は、宿代を浮かすため、今は亡き周遊券を手に、この夜行列車での仮眠を繰り返した。
その結果、宮崎から乗車した夜行急行「日南」で、本来下車予定の折尾を過ぎても眠り続け、博多で車掌に肩を叩かれて目を覚ますという失態を演じた。博多が終点でなければ、もっと記録は伸びた可能性がある

この旅行の時は、翌日も九大本線の夜明-天ケ瀬間20.4km、さらにその数時間後には日田彦山線の田川後藤寺-小倉間36.1kmの寝過ごしも記録しており、これが目下のところ私の寝過ごし距離ワースト3である。

当時の急行「日南」は、折尾を出ると博多までノンストップだったので、寝過ごし停車駅数としては1駅である。会社帰りでも1~2駅程度の寝過ごしは何回もやっているから、この観点から見る限り、大した記録ではない。寝過ごし停車駅数のワースト1位は、先の田川後藤寺-小倉間、8停車駅が最高である。

で、ワースト2位は、というと、札幌市営地下鉄南北線、さっぽろ-麻生間、5駅である。これは非常にお恥ずかしい話なのだが、平日の出勤時の出来事である
たまたま早くに家を出ていたため、会社に遅刻することはなかったが、それ以来、地下鉄では壁際の寝心地の良い席には絶対に座らないように気をつけている。

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