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2012/08/08

本棚:西村京太郎の世界(2) 最近読まなくなった訳

前回紹介したように、一時狂ったように読んだ西村京太郎であるが、ここ20年余りはほとんど手にしたことがない

理由のひとつは、鉄道の運行形態や時刻表の内容が、時代の進化とともに近代化・簡素化され、鉄道ミステリーの妙味である「アリバイトリック」を探しにくくなったことにある。

初期の西村作品は、純粋に時刻表などを使ったアリバイ崩しの要素が強かったが、徐々にそれは影を潜め、単なる列車内での事件になり、時にはタイトルに列車名が出ていても、全く関係ないところでストーリーが進むようになっていった。
同時に作品のワンパターン化が進み、事件の背景に黒幕たる政治家や官僚、大物財界人などが出てくる展開が目に付くようにもなった。

もうひとつの理由として、私自身の鉄道に対する造詣が深くなってくると、西村作品のトリックや鉄道描写に対する「アラ」が目に付くようになった、ということがある。

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この辺の話は、1988年に出版された池田光雅「拝啓 十津川『迷』警部殿」に詳しい。
今は絶版となってしまっているが、西村ミステリーのトリックについて、車両の構造や国鉄の営業体制、現場付近の道路状況などを検証し、実行不可能であることを立証する、という悪趣味な内容である。
私がトラベルミステリーの世界に入るきっかけとなった「特急さくら殺人事件」も槍玉に挙げられている。

所詮はエンターテインメント小説なのだから、多少事実にそぐわない部分があっても、読み物として面白ければいいのではないか、というのが私の率直な感覚だが、それでもひとたびこのような本を読んでしまうと、以後どうしても作者の取材の粗さが目に付くようになる。
先述したとおり、内容そのものがパターン化してきたこともあり、以後、私は西村京太郎のミステリーをほとんど読まなくなってしまった。
現在の家の本棚にも、西村京太郎の本はたった3冊という状況である。

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コメント

おはようございます。

なるほどですね~その道に精通していると、そういった粗さとかわかってしまうかもですね。
そうなったら、必然的に読まなくなるのもうなずけます。
私も小さい子供の育児本はもう読みませんから~

投稿: 華凜 | 2012/08/08 05:42

うんうん、そういうのってありますね~
と~まは中学生の頃、新田次郎さん(山岳小説)にはまりまくっていたのですが、ある時を境にぷっつり読んでないですね~
きっかけは、いかさまさんのようにあらが目立つといった大人な理由ではなかったですが、何かあったんでしょね~
人の心ってそういう点でも移ろいやすいですね

投稿: と~まの夢 | 2012/08/08 19:34

>華凛さん
毎度ありがとうございます。
実生活の中でいろいろな知識を吸収してしまうと、本に頼ることはなくなるのでしょうね。むしろ「それ違うよ!」とか、そういう部分が目についてしまうということでしょうか。
ハウツー本なんかは特にその傾向が強いかもしれませんね。僕の本棚にもその手の本はほとんど残っていません(笑)。

投稿: いかさま | 2012/08/09 01:24

>と~まの夢さん
毎度ありがとうございます。
僕の場合は他にも赤川次郎とか灰谷健次郎なんかもそうですね。これらは理由ははっきりとしないのですが、多分、どこかで積極的な興味を失ってしまったのだろうと思います。
環境や考え方の変化、あるいは成長に伴って興味の対象が変わっていくのは、きっと自然なことなんでしょうね。

投稿: いかさま | 2012/08/09 01:26

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