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2012/09/27

「書く」ということ。

「書く」という作業が大好きである。

私は小学校5年生の時、たまたま児童会の寸劇で脚本を書いた時に担当の先生から
「なかなか筋がいいね。脚本家か小説家にでもなったら?」
というお褒めの言葉をいただいた。それを真に受けて、以来30年間、趣味のひとつとして「書く」ことを続けている。小説らしきものも書くし、旅行の記録はたいてい「旅行記」という形でまとめてある。書くことによって「伝える」能力の高い低いは別として、私にとって「書く」という作業は楽しいことである。

その一方で、それを根気よく、コンスタントに続けていくことは非常に難しい。どうしても波がやってくる。

それは単に忙しかったり、身近な題材が出尽くしてしまう、いわゆる「ネタ枯れ」の状況になったりしたからだったりすることが多い。けれども、書きたいことも題材も豊富にありながら、気持ちの問題でどうしても「書く」ことができなくなることもある。

そんなことをふと考えたのは、ブログだったりフェイスブックだったり、あるいはツイッターだったりと、「書く」ことでたくさんの人々に何かを伝えるという媒体が普及し、利用する人々が増えている一方で、ひっそりとそこから去っていく人々が少なからずいるからだ。

たとえば、毎日一度必ず更新されていたブログの更新が滞る。フェイスブックの書きこみが1週間以上も止まる。しばらくたってまた何事もなかったかのように戻って来てくれればいいのだが、打ち捨てられているようにそこで時が止まったままのページも目にする。

先にも書いたとおり、そこにはその人それぞれの事情が存在する。
ただ、その事情が公開されることは稀である。何の前触れもなく、急に止まってしまうことの方が多い。
同じように「書く」ことを楽しみ、一方でその辛さも味わった私は、そういうページを見ると、どうしても「あ、何かあったのかな」と心配になってしまうのである。

「書く」という作業を職業にしている方は別として、何を書くか、いつ書くかは書き手の自由である。けれども、インターネットという媒体を通じて、その向こう側に読み手が存在するとなると、話は少々違ってくるように思う。

ネット上ではそういう淡白な人間関係が繰り返されるのだから、気にするべきではない、という人もいる。けれども、現実社会とはまた別の世界であっても、そこに存在していた人が忽然と姿を消すというのは、私にとっては寂しいことである。

そういう人たちに向かって「もっと頑張って書いてよ」とか「戻って来るのを待ってます」とコメントしたくなることもある。ただ、もしも気持ちの上で「書く」という作業ができなくなって悩んでいるのだとしたら、それはそれで新たな重圧をその人にかぶせてしまうことになりかねない。ただ義務感だけに駆られてモノを書かなければならない、というのは、辛いことである。

今の自分はその人たちに対して何もできないけれど、やがて気持ちが落ち着いた時に、また何事もなかったように戻ってきて、書いたり、つぶやいたりしてくれたら、それは非常にうれしいことだと思うし、それで安心できるような気もする。

まあ何を言いたかったのかというと、発信し続けることの難しさを感じたのと同時に、自分に同じような状況が発生した時に、発信者としての責務と心の中の葛藤とのはざまで、どう対処したらいいのか、ということを何となく考えてしまった、ということである。

なんだかとりとめもなくなっちゃったなぁ。

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コメント

(^_^)/おはよーございます
最近、この様な話題をよく目にするな、と感じるのは、私のアンテナに引っ掛かるからか、それともそういう事が、ネットの世界では日常的な事だからなのか・・・
確かに自分のブログやつぶやきなりコメントなりの向こうには人がいて、それを楽しみにしている方もいるのかもしれません
その人たちへの発信者としての責任があるのかも
でも、こうも考えます
元々私は、ブログなどはこちらが迎え入れてるのではなくて、お出入り自由なオープンな場所に晒しているんだろうと思っています
ドアをノックしてこちらが開けるのではなく、扉は全開または半開きのところを、通りすがりの人が覗いていくイメージです
なので、お気に入りの場所があって、いつもそこにあったものが、ある日突然無くなってしまっても仕方がないかな、と
人は自分の思いを届けたいと思うでしょ、でその必要を感じなくなれば撤収しても、その人毎の考え方なんでしょうね
実は、ネットの繋がりはバーチャルなものだと思っていたのですが、リアルな世界と同じくらい深いものがあるのかもしれないと、この頃感じています
ただ、その形態が違っているから付き合い様、繋がり様は違うのでしょうが
あれ、なんだかとりとめなくなっちゃった(笑)
また、コメントのくせに長くなってしまってすみません 
私も、このところ考えることがあって、今その答えを捜している最中なもんでo(_ _)oペコッ

投稿: tutatyan | 2012/09/27 09:23

こんばんは。
私はまだ書き始めて3か月なのでまだその辺り、わかっていなのですが、確かにいつもいたはずの存在がある日を境に突然消えてしまったら・・・・
あ、なんか思い出して泣きそうです。

私はそうしたことはしたくない。
お別れのときはできる範囲できちんとみなさんにお話したいって思います。
だって、文字だけの交流とはいっても感情が働いているから。まぁ、事情があったりすれば、そのままぷっつんって切れても諦めるしかないのだろうけどね。

投稿: 華凜 | 2012/09/27 22:16

事情が見えている場合と見えていない場合とで、
若干受け止め方も違うのかもです。
精神的な病院に通っていらした方だと
ともかく心配です…心配性なので。でも、
重しになりたくなくて、時々チェックするに留めます。
何も事情が分からない場合には、仲良くさせてもらっていたら、ただ待っています。その気になるのを…
自分自身もブログを読ませて頂いても、コメを入れられる余裕があるときとない時がありますから…
自由でいいと思うのです。匿名の場でもありますから…

投稿: と~まの夢 | 2012/09/27 22:24

>tutatyanさん
いつもありがとうございます。

全開あるいは半開きの扉の前を通りすがりで覗いていく…。
なるほど、確かにそんなところはあるのかもしれませんね。書くことを生業としているのではない僕たちの文章。僕自身も、「誰かがふと覗いてくれれば、そして少しでも役に立ったり暇つぶしになったりすれば」。そんな気持ちでこのブログは始めたんですよね。

少しずつ多くの方が覗いてくれるようになったおかげで、ちょっと自分自身欲目が出てしまったのかもしれません。なんかちょっと反省しました。
あまり一喜一憂することなく、さりげないお付き合いをしていくことも必要なのかもしれませんね。

でも、お互いの顔は見えないけれど、こうやってモニターの上で会話をする。その人がどんな人なのかな、などとひそかに想像したりしながら(笑)。
これもまた一期一会ですよね。

投稿: いかさま | 2012/09/28 01:02

>華凛さん
いつもありがとうございます。

いつも華凛さんのブログを見ていて、華凛さんの心の豊かさと感受性の強さを感じます。
現実の世界でもネットの世界でも、人との交わり方は難しいものですよね。特に顔の見えないネットの世界は、こうやって起こす言葉のひとつひとつがものすごく大切な意味を持つような気がします。

自分だけの日記ではない。「ブログ」という形で言葉を残すことを始めた以上、読んでくださる皆さんに対しては感謝の気持ちもちつつ誠実でいたいと思うのです。

そう考えると、自分が何かのはずみで「書けない」状態になった時にどうしようか、ということは考えておいた方がいいのかもしれない、と思っています。

読んでくださる方がゼロになった、とか、その逆に炎上するような騒ぎになった時は、また別途考えます(笑)。

投稿: いかさま | 2012/09/28 01:14

>と~まの夢さん
いつもありがとうございます。
事情が見えている、いないで、受け止め方が違ってくるのは、そのとおりですね。

ネット上での交流だと、その事情が見えないことがほとんどですから、心配になりながらも何もできないもどかしさを感じることがあります。
何もしないで結局交流が途絶える、それはそれで寂しく悲しいことではありますが、変に重しになるのはそれ以上に本意ではありません。

そう思うと、相手さんの気持ちにまかせて、その時を待つのが一番なんでしょうね。あまり深く悩まず、ゆったりとした気持ちで。

言われてみると、いつも楽しく読ませていただいているブログに片っ端からコメントを入れる余裕もありませんから(笑)、気の赴くままにまったりと交流していけるのも、ネット上でのお付き合いのよさなのかも知れませんね。

これからもまったりとよろしくお願いします。

投稿: いかさま | 2012/09/28 01:25

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