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2012/10/30

朋遠方より来たりて思う(1) SNSの功績

兵庫に住んでいる大学時代のバイト仲間が、出張で札幌に来ると言うので、何人かに声をかけて飲むことになった。

集まったのは彼と私の他に、旭川に住む同級生、それに札幌市内に住む3期上の先輩の、計4人。夕方5時前から飲み始め、場所を変えて夜10時過ぎまで、話は途切れることなく続いた。

このメンバーが揃って飲むのは、おそらく18~19年ぶりの出来事である。こういう楽しみが増えたのは、ネット社会のひとつの功績である。

大学を卒業してしばらくの間、私たちはそれぞれ、年賀状のやり取りだったり、あるいは近くにいる仲間とは時折遊びにいったりと、関係を保ってきた。それが時間の経過とともにそれぞれの交友関係に変化が現れ、あれほど密に接してきた仲間たちとの関係が少しずつ薄くなっていった。本州の企業に就職した仲間の大半とは、ややあって連絡が取れなくなった。

SNSが普及し始め、職場の後輩が、当時招待制だった「mixi」に私を招待してくれた。それをきっかけに、古い友人や、遠く離れていて会えない仲間との交流が再び始まった。手紙よりも簡便で、電話よりも安価な交流手段である。

「facebook」は、3年前、海外研修中に、語学学校の友人たちに勧められて始めた。本名での登録が求められるのには抵抗があり、しばらくは積極的に活用していなかったのだが、のちに「facebook」が日本で急速に広まると、逆に本名から昔の友人たちをネット上で探すことが容易にできるようになった。

ネット上での匿名性や個人情報の問題は、しばしば話題に上るし、それを理由にSNSの世界に入って来ない人もいる。けれども、使い方を誤らない限りにおいて、非常に有効なツールだと私は思っている。
SNSの世界に入っていくことで、没交渉だった友人との交流が再開し、こうして酒を飲むことができる。Twitterのように、見ず知らずの人間のつぶやきが流れているクールな人間関係もネットの典型のひとつだが、確固とした人間関係と暖かいやりとりを軸にしたこういう付き合いができるのも、またネットの功績のひとつだと感じる。

約20年ぶりに会って話して、感じ取ったことについては次回。

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コメント

そのバイト仲間に私の知っている先生はいる?

私も、このブログの主(先生)を初め、今の旦那さんもそうだし、たくさんの人とネットで再会したり知り合ったりしたよ。
最近ではmixiの日記にも書いた幼馴染との再会、
これも実はネット上で再会したもので、小学校時代の恩師のおうちまで遊びに行けたというのが本当に嬉しい!

お昼ごはん食べたら、次の日記を読ませてもらいます~♪

投稿: むっち | 2012/11/02 11:53

>むっち
どうかな、そのなかにむっちの知っている人がいるかどうかはわからないな。せいぜい講習会くらいのご縁だと思うよ。
ただね、そういう「消えた」あるいは「消えかけた」人間関係を復活させる、そういう効用もネットにはあるんだよね。巷ではネットを利用した悪質な犯罪などの話も飛び交っているけど、使い方を間違わなければこんなにいいものなのにね。

投稿: いかさま | 2012/11/03 23:45

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