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2012/11/02

朋遠方より来たりて思う(2) 「伝える」ということ。

アルバイト」という、大学生活の中で行けばごくごく限られた時間を共にした私たちが、こうして20年近くたった今もつながり、時に交わりを求めるというのは、はたから見るとやや不思議な感覚かもしれない。けれども、それにはそれなりの理由がある

私たちがアルバイトをしていたのは、北海道内のとある大手学習塾である。
小学生・中学生を対象とする塾で、多数の教室を抱え、担当科目も細分化されているこの塾の指導力は、専ら現役大学生に依存していた。私たちはここで講師として、4年ないし6年の長い時間を過ごした。

岐阜から出てきて、生活費をわずかな仕送りと奨学金に依存していた私は、不足する生活費を自力で稼ぐ必要に迫られていた。学生食堂のテーブルの上に置かれた「時給2,000円以上」のチラシを見て、私は衝動的に採用試験を受けに行った。

教える」という作業は、自分が思っていた以上に難しいことだった。
私はそれまで、自分に必要な知識が備わっていれば、それを相手に伝えることは全く容易だと錯覚していた。塾講師のバイトは、先輩の先生について「見学」と「実習」を行うところから始まるのだが、正式に採用された後もしばらく、私は「教える」ことの難しさに悩むことになった。

私は曲がりなりにも現役の大学生、それに対して相手はこれから高校受験を控えた中学生である。私が彼らに教える内容は、当然だが中学生の内容である。
ところが、これが意外と伝わらない。頭のいい奴、喋りの上手い奴がいい講師であるとは限らない。

伝えるためのポイントはいくつかある。
そのうちのひとつが、「相手のレベルまで下げる」ことである。
中学生レベルの内容であっても、語り手が大学生の感覚で話していては伝わらない。内容を噛み砕いて、語彙や展開を中学生レベルまで下げて、平易な言葉で話すことで、初めて伝わるのである。

もうひとつのポイントは「姿勢と視線」である。
話をするときは相手の目を見なさい」とは、子供の頃から教えられたことではあるが、これは多人数を相手にして「教える」という作業になった際も非常に有効である。生徒は目が合うことで講師と自分との一体感を安心し、講師は自分の授業に対する生徒の理解度を計ることができる。慣れてくると、話しながら黒板に文字を書きながら体は生徒を向く、という器用な姿勢をとることができるようになる。

それからもうひとつ、「ことばの抑揚」を挙げておきたい。
60分ないし90分の授業の中で伝えるべき内容は多い。けれども、いかに子供の柔軟な脳をもってしても、全てを吸収するのは困難である。
そこで、中でも重要な部分を強調するために、「抑揚」を用いる。手法はさまざまである。強弱であったり、スピードであったり、「間」であったり、とにかくその周囲の言葉とのギャップを際立たせる。これが最も簡単なようで、意外に一番難しい。

で、何故こんな話をダラダラと書くかと言うと、このバイトに関わったメンバーが集まってこうして飲むときの話題として、この「伝える」という作業にまつわる話が必ず出る。そして必ず、「こういう場面で困ったことがない」という話になり、「バイトで得た貴重なスキルである」という結論に達するからである。

一般会社員の場合、多くの人の前に立って何かを伝える、という作業はそれほど頻繁には発生しない。それでも会議や講習会の開催、あるいはプレゼンなどで、多人数の前に立って話をしなければならない場面は多少存在する。

多くの人はこの作業を苦痛だと感じているらしいし、実際人前で上手く話せる人と言うのは数少ない。天才肌で自信家の人に限って、独りよがりな話し方で、全く何を言っているか分からなかったりする。けれども私たちは、こう言う場面で動じることがない。あくまで冷静に、資料を作り込みながら話す内容を組み立て、本番では常に参加者に目配りをしながら話す。表には出さないが、静かに自信をみなぎらせている。

学生時代の「たかがバイト」の中で、私たちはこういうスキルを学んだ。そこに至る過程で、私たちは互いの授業に対して意見を交わし、時にそのスタンスをめぐって激しいバトルを繰り返した。普通のバイトの中にはない一体感の中で私たちは過ごし、その結果として、会社人になっても存在感を現すための武器を得た。

だから今でもこういう関係で飲んで語り合えるのではないか、と思う。

その割に直属の上司に物申し上げるのは苦手だったりするのであるが、それとこれとは別である。



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コメント

こんにちは
同じ釜の飯を食った仲間っていう感じでしょうか
久しぶりの飲み会は充実していたようですね
本当に頭の良い人は、難しい言葉を使わず誰にでもわかる言葉を使うんだって、よく聞きます
自分だけが分かっていても相手に伝わらないと、意味ないですからね
「姿勢と目線」の話は、今の学校の先生にも望むことです
何かと忙しく、いろんな要求をされて大変だと思いますが、せめて対面できる授業中に、いかさまさん達がされてきたことを心がけると、また見えるものもあるのかも・・・
学生時代のアルバイトは、金銭面だけではなくいろんなものを吸収できますね
適度なシビアさと、ちょうどないい加減さ(これは褒め言葉です)柔軟さが、自分を育ててくれるようです
私もいろんなバイトをしましたが、そこから得たものは、宝物だなと感じることシバシバです

投稿: tutatyan | 2012/11/02 12:58

人前でしゃべるのが苦手なと~まとしては
羨ましいスキルでごじゃるなぁ
学生時代のバイトは、家庭教師とスポーツショップの店員さんでしたから、なんかスキルって感じがしないですね
教える難しさは十分に学びましたけど…

投稿: と~まの夢 | 2012/11/02 20:19

>tutatyanさん
いつもありがとうございます。

このアルバイトは本当に自分にとって、「教える」ことだけにとどまらず、実にたくさんのことを教えてくれたアルバイトでした。

よいか悪いかは別として、授業参観などに行ったときに、学校の先生をそういう観点から評価してしまうことはありますね。
塾講師と先生、求められるスキルや本来対処すべき課題は本質的に違っていますが、子供たちとどういうスタンスで向き合っていくか、という基本的な部分はそんなに違わないような気がしますね。これで子供を塾なんかに通わせるようになったら、それこそシビアな見方をしてしまうのでしょう。講師の方が今から気の毒です(笑)

投稿: いかさま | 2012/11/03 23:50

>と~まの夢さん
いつもありがとうございます。
実は塾講師をやるまで、僕は正直なところ、人前で話すのが「上手な」人だと思っていました。

ところが中学生を目の前にして、自分の言わんとしていることが伝わらないと悟った瞬間、自信はガラガラと崩れましたね。
「自分はそれほど得意じゃない」と理解することで、その後、伝え方が丁寧になったような気がします。これは今の環境で、後輩たちに何かを伝えたり、指示をしたりするのにも繋がりますね。

投稿: いかさま | 2012/11/03 23:53

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