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2013/02/26

本棚:「増補版 時刻表昭和史」宮脇俊三

今日、2月26日は、紀行作家・宮脇俊三氏が亡くなってからちょうど10年目に当たる。

昨年の今日も書いたが、宮脇俊三氏の本は、私にとって鉄道趣味の世界を大きく広げるきっかけになったツールのひとつである。その最初の1冊が「時刻表2万キロ」であったわけだが、もう1冊、私にとって強い印象を残した本が、「時刻表昭和史」である。

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時刻表昭和史」の第1章は、昭和8年の渋谷駅頭の光景から始まる。
市電が駅前を頻繁に往来し、改札の脇には銅像でないハチ公が横臥していた時代である。まだ東京市に編入されて間もない渋谷周辺の風景を、当時小学1年生だった筆者の視点から描いたあと、初めて子供だけで電車に乗った記憶へとつながっていく。

その昭和8年から昭和23年までの15年間を、著者の体験にまつわる列車名を副題に、18章に分けて書かれている。鉄道華やかなりし昭和ひとケタから、戦争の影がひたひたと近寄り、やがて開戦。鉄道輸送は旅客から貨物(軍事輸送)に軸足を移し、昭和20年の敗戦をはさんで一気に悪化した石炭事情を背景に荒廃する様子を淡々と描いている。紀行文に近い形をとっているが、当時の鉄道事情のみならず、時代背景や日常生活もうかがえる

今私の手元にある本は「増補版」の肩書が付いている。
この本の最終章は、昭和23年4月の第18章(東北本線103列車)となっているが、私が最初に手にした角川選書版(1980年発行)では、筆者が米坂線今泉駅前で終戦の玉音放送を聞く第13章(米坂線109列車)で終わっている
「増補版」のあとがきによると、筆者は当初から、鉄道事情がどん底となった時期を昭和23年ごろととらえ、そこまでを一区切りとして書こうとしていたようである。けれども、

「…昭和20年8月15日の米坂線の章を書き終えたところで、重いものがストンと落ちてしまい、その先を書きつづける意欲が失せてしまった。」

と記している。その思いを17年たってようやく具現化したのが「増補版」なのだという。

「増補版」に追記された戦後の5章も味わいのある文なのだが、私個人的には第13章の印象が非常に強い。ことに、玉音放送終了直後に普段と変わらずやってきた列車をあらわした、

時は止っていたが汽車は走っていた。

という一文などは、私に強烈な印象を与えた。全体を通した書籍の芸術性は、当初どおり第13章で終っていた方が高かったのではないか、という思いはある。

戦前戦後を通じた鉄道輸送の姿を、筆者独特の抑えた筆致で見事に表現したこの作品は、「増補版あとがき」にもあるように、筆者の最も愛着のある一冊だという。そして私も、宮脇俊三氏の本の中で、最も素晴らしいと思う一冊である。


長くなるがもうひとつ。
宮脇俊三氏の父親は宮脇長吉といい、陸軍航空兵大佐から衆議院議員に転じた人物である。軍人出身でありながら自由主義的思想の持ち主で、1947年のいわゆる「翼賛選挙」で大政翼賛会の推薦を受けられず落選した。
1938年、陸軍省の説明員として衆議院の委員会に出席した陸軍中佐・佐藤賢了が、野次を飛ばす国会議員に対して「黙れ!」と一喝した事件(「黙れ」事件)の相手がこの宮脇議員だったとされている。

このような話も含め、鉄道以外の国内情勢や街の様子についても描かれたこの本は、戦中戦後の日本史を語る上で、鉄道好きでなくても読んでおいて損のない本だと思う。

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コメント

鉄道文学…今日知りました。宮脇俊三はまだ読んだことがないですね。前妻の宮脇愛子サンのワイヤー作品とか結構好きなんだけど。ヒトって意外な所でつながっているものだね~。また見かけたら手にとってみます。

投稿: poem | 2013/02/27 10:49

(^^)お早うございます
今日のいかさまさんの書評、とても楽しそうに宮脇俊三さんの本の事を語られているなぁ、と感じました
本当に、「増補版 時刻表昭和史」に思い入れがあるのでしょうね
以前書いたかもですが、私は時刻表を見るのが好きですが、あまり紀行文は読まないのです
ですが、今日のお話で宮脇俊三さんの本を読んでみたいと思いました

投稿: tutatyan | 2013/02/28 05:48

>poemさん
いつもありがとうございます。
そうそう、宮脇俊三氏の前妻にして磯崎新氏の現妻、愛子さん。彫刻家なんですね。宮脇氏と結婚しているときに成功したため、いまも宮脇生のまま通していらっしゃるんだそうですね。

紀行文学は古くからいろいろと存在していたらしく、内田百閒・阿川弘之・宮脇俊三が「御三家」といってもいいのではないかと思うのですが、読みやすさでは宮脇俊三氏が一番だと思います。ぜひ手にとってみてください。

投稿: いかさま | 2013/02/28 23:41

>tutatyanさん
いつもありがとうございます。

そうですか、もう文章からしてバレちゃってましたか。
実は書いていて楽しかったです(笑)。本を開かなくてもフレーズがスラスラと出てくるような本ってありますよね?僕にとってはこの本がまさにそうなのです。

もし興味がおありでしたら、できるだけ初期の作品を読んでみてください。昔の作品なので、時刻表ではなく、地図を隣に置いて(笑)

投稿: いかさま | 2013/03/01 00:04

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