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2013/03/11

3月11日

東日本大震災から丸2年が過ぎた。

ちょうど1年前にも書いたが、生まれて約40年間、東北と無縁のところで暮らしてきた私が何を書いても、所詮は外野の発言になる。テレビや雑誌が伝える情報は、今東北や、東北の人々に起こっていることの氷山の一角に過ぎない。ゆえに多くを語ることはできない。

現地の鉄道の復旧状況については、少なからず気になっている。
震災以降、現在でも、
・JR常磐線 広野-原ノ町 54.5km、相馬-亘理 27.6km
・JR仙石線 高城町-陸前小野 11.7km
・JR石巻線 渡波-女川 9.0km
・JR山田線 宮古-釜石 55.4km
・三陸鉄道南リアス線 盛-釜石(全線) 36.6km
・三陸鉄道北リアス線 小本-田野畑 10.5km
の2社6線7区間が不通となっている。

このうち常磐線の浜吉田-亘理5.0km、石巻線の渡波-浦宿6.5kmは今週末16日に、また三陸鉄道南リアス線の盛-吉浜21.6kmは4月3日から、それぞれ運転が再開される。
残る区間も来年から平成27年頃にかけて順次再開が予定されているが、津波被害の大きかった宮古-釜石、原発事故の影響で被害状況の把握さえできない広野-原ノ町は、復旧の目処が立っていない。

もうひとつ、気仙沼線の柳津-気仙沼55.3km、大船渡線の気仙沼-盛43.7kmは、鉄道ではなく、線路敷をバス専用道路として仮復旧させる「BRT(Bus Rapid Transit)」による運行が行われている。
年単位での復旧期間を要すること、仮に復旧した場合、安全のために路線を大幅に移設する必要があることから、住民の交通確保を優先させた形である。ただし、地元には、線路敷を舗装して設置するBRTにより、鉄道による復旧の約束が反故にされることを懸念する声もある。山田線の宮古-釜石も、同様の方式による仮復旧がJRから地元自治体に提案されたが、地元は拒否したという。

2010年7月の 「東洋経済 鉄道完全解明」によると、旅客流動を測るためのモノサシである輸送密度(1日1kmあたりの通過旅客数)は、山田線419、大船渡線788、気仙沼線938。以前のブログで触れた江差線末端区間の41よりはかなり優秀だが、昨春廃止された十和田観光電鉄の1,132をはるかに下回っている。震災により沿線人口は減少しており、膨大な費用をかけて鉄道を復旧させたとしても大幅な赤字を生む可能性は否定できない。

現在運休中になっている路線は、すべて私が20年前に乗車したことのある区間ばかりであるが、仮に鉄道が再開した際には、線路の付け替えなども行われて、当時とは風景は一変していることだろう。
復旧が果たしてどのような形で進められていくのかはわからないが、全面的に復旧した暁には、現地を訪れてみたいと思っている。

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