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2013/03/22

音楽家・いかさまの休日

最近、鉄分濃い目のきっぷの話が続いているので、ちょっと軽めの話を。

一昨日、火曜日の夜。嫁と子供が友人宅にお泊りに出掛けて不在だった。ひとりぼっちの家で、さて何をしようかとぼんやりと考えた結果、私は寝室のクローゼットの奥からギターを引っ張り出してみた。

会社に入ってからの友人や知人にこの話をすると信じてもらえないことが多いが、私は4歳から14歳までの10年間、オルガンやピアノを習っていた。ヤマハのグループレッスンを7年、ピアノの個人レッスンに7年通い、小2から小5までの4年間はふたつのレッスンを掛け持ちする生活であった。

「それならさぞかし弾けるでしょう」とよく言われるが、残念ながら練習が空豆の塩茹でよりも嫌いだった私はショパンだのシューマンだのにたどり着く前に見事挫折し、「得意な曲は?」と聞かれると「ラジオ体操第1」と答える始末である。

10年の鍵盤生活に挫折した高校時代は、「バンドブーム」と呼ばれる時期で、BOOWYやTM NETWORKの全盛期。「いか天」が大人気となり、学校祭でも「自主バンド」などといって、音楽の好きな連中が我も我もとバンドを組んだ頃である。
そうして皆がエレキギターを握り始めていた頃、私が握ったのは、知人から譲り受けたアコースティックギターであった。友達が少なかったせいもあるが、それはこの際置いといて、その時期私はさだまさしにどっぷりとはまり込んでいたからである。

詳しく語ると長くなるので省くが、ともかく私はそれ以降独学でアコースティックギターを練習し、趣味として細々と続けてきた。高校の部室でかき鳴らして顰蹙を買い、大学時代のアパートや社会人駆け出しの頃の独身寮でも、迷惑にならない程度にポロポロと鳴らしてきた。

愛車CR-Vがクラッシュして傷心のその日、独身寮の庭で仲間と一緒に焼き肉をしながらやけっぱち気味に私はギターをかき鳴らした。その後、つい横着をして、焼き肉道具と一緒にギターを独身寮の荷物搬送用リフトに乗せたところ、バキバキと嫌な音がした。
私はあわてて2階へ駆け上がり、リフトからギターを取り出した。一見ギターは何事もなく無事だった。安心してふと真ん中の穴を覗き込んでみると、向こう側に寮の壁が見えた。驚いてギターを裏返すと、裏板が無残に剥がれていた。初代マイギターの悲惨な最期であった。

Img_0575_2
今持っているギターは2台目で、初代クラッシュ事件の半年ほどのちに買った安物のエレアコである。それから数年後、結婚して子供ができるとギターを握る時間は少なくなり、ほどなくギターは押入の奥の方に眠ることになった。最後に握ったのは、1年ほど前に弦を張り替えた時である。それも、それまでは音質にこだわって「ミディアムゲージ」と呼ばれる中程度の重さの弦を張っていたのだが、しばらく弾かないうちに上手く指で弦を押さえられなくなっていて、「ライトゲージ」と呼ばれる軽い弦に替えたのである。

1年ぶりに握るギターの感触は懐かしかったが、当然指は、弦を押さえる左も弦をはじく右も思うように動かない。それは予想どおりだったのだが、弦をはじいた時の「キーン」というあの美しい音が出ない。「ポスッ」という、固くなったパンのような音がする。左の指の先に力を入れてもそれは変わらない。ただ指先が痛くなるだけである。ライトゲージに張り替えてなお、弦を押さえられないほど、指が退化しているらしい。

それだけではない。弦を押さえた指が、隣の弦に触れているのである。これではきれいな音は出ない。私は左手の角度をこころもち変えたりしてみたが、結果は同じである。

私は自分の指を見た。かつてピアノ時代に白魚のようだと自画自賛していた指は明らかに太っている。私は肥満気味の指と、ベルトの上に乗った自分の腹の肉とを交互に見比べ、そそくさとソフトケースの中にギターを収納した。
次回ギターが押入から引っ張り出されるのはいつなのか、今の私には予想がつかない。

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日常の旅人」カテゴリの記事

コメント

そうおっしゃらずに
ぜひ弾いて下さい

投稿: 姉さん | 2013/03/23 06:00

意外な趣味があるのですね。カッコイイじゃないですか?私も最近実家から持ってきたエレクトーンを子どもとお遊びで一緒にたまに弾いてますよ。そういえば「マリオネット」とか好きでBOOWYの巨大ポスターを昔は部屋に貼ってましたっけ…グラス・バレーの出口サンが好きだったんだけど、マニアックすぎて知らないよね(笑)

投稿: poem | 2013/03/23 06:34

ホンマに世代が一緒ですね

私はアリスにハマってました
「冬の稲妻」「今はもうだれも」
苦手なFコードを誤魔化しながら
なんとか弾けたんやけど(笑)

あっ!それから中学校の音楽祭では
「贈る言葉」定番でしたね

投稿: buzzっち | 2013/03/23 09:43

>姉さんさん
いつもありがとうございます。
そうですね、音楽は世代や年齢を超えて楽しめる趣味。
簡単に挫折しないで続けてみましょうか。
姉さんさんの歌のように、とてもお聞かせできるシロモノではありませんが(笑)

投稿: いかさま | 2013/03/23 23:42

>poemさん
毎度ありがとうございます。
やはり意外でしたか(笑)。そうですよね。屁理屈と音楽はどう考えても同居しなさそうですもんね(笑)

BOOWYなんかは未だにカラオケで歌ったりしますね。
「Marionette」も良かったですが、僕個人的には、今聞いても涙腺を刺激するのは「CLOUDY HEART」ですね。大好きです。

出口雅之の名前を聞いたことはありますが、グラス・バレーは知りませんでした。勉強しときます(笑)

投稿: いかさま | 2013/03/23 23:46

>buzzっちさん
いつもありがとうございます。
FとかBmとか、押さえるのに苦労しましたね。いや、いまだに苦労なんです。音が「ポロポロ~ン」ではなく、「パツパツ」という感じになりがちですよね。

海援隊の「贈る言葉」然り、アリス・さだまさし然り、
人間の心模様を叙情的に描いた歌というのは、何年たっても色あせないものですね。

投稿: いかさま | 2013/03/23 23:57

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