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2013/03/05

「優先席」と「専用席」

電車やバスに必ず設けられている「優先席」。私たちの世代は「シルバーシート」などと呼んでいた。今から40年前の1973年、旧国鉄が優先席を導入するに当たり、当時大半が青色だった普通列車の通常座席と区別するために、シルバーグレー色のモケットを使用したことに由来するのだという。ちなみにこのモケットは、「団子鼻の新幹線」0系の古い座席に使用されていた布地の予備を活用したものなのだとか。
その後時代は変わり、列車の座席色もバリエーションが増え、優先席のカラーも必ずしもシルバーグレーではなくなった。最近では吊り革の色もオレンジ色にして、優先区画を明確に識別し、携帯電話オフを呼びかけている会社もある。

Img_0443そんな中、札幌市営地下鉄では「優先席」ではなく「専用席」と称している。
全国的にも札幌の地下鉄だけらしいが、一般の乗客は座らない前提なのが「専用席」で、あくまで「優先」であって、一般の乗客が座ることを妨げない「優先席」とはその意味合いが異なる。

Img_0444実際に地下鉄電車に乗ってみると、立ち客が出るような状況でも、「専用席」だけは空いていることが多い。これはラッシュ時も同様である。また、地下鉄に接続する市内の路線バスは、各社とも「優先席」としているが、地下鉄の「専用席」が浸透しているためか、こちらも混雑時でも誰も座っていないことが多い。

「優先席」のあり方は、今も昔も議論の対象となっている。
本来、高齢者や身障者、妊婦などに座席を譲ることは、個々人の良識に属することであって、強制力をもって行うべきではない。そういった「性善説」に立って考えれば、「専用席」はおろか「優先席」も必要ないのであるが、実際のところはそううまくはいかない。私自身、短時間であれば席を譲るのをためらうことはない。けれども疲れているときや腰の調子が悪いときなど、気持ちはあっても腰が上がらないことがある。

1999年に阪急電鉄・能勢電鉄などが「全席優先席」という方針を打ち出し、横浜市営地下鉄も追随したが、阪急・能勢電では2007年に優先席制度を再導入した。「席を譲ってもらえない」という苦情が多かったためだという。

ルールはモラルの低下した部分に対して発動され、改善が見られない環境で強化される。「優先席」の復活はまさにその典型であって、札幌市営地下鉄で「専用席」が導入された背景には、「優先席」だけではモラルが確保できないという当局の判断があったのだろう。
ラッシュの車内で、誰も座らずデッドスペースになっている「専用席」を見ると複雑な気持ちになるが、そのリスクも考慮してなお「専用席」制度を続けていることに対しては、ある種の寂しささえ感じる。
けれども、「専用席」の概念が定着した一方で、混んだ車内でも大股開きで2人分の座席を占拠して罪悪感のかけらも示さない若者や年配サラリーマンの姿を見ていると、それも仕方のないことなのかなと思えてくる。

高齢者・身障者向けの座席に「専用席」を導入している一方で、全国の都市部で導入が進んでいる「女性専用車」については、札幌市営地下鉄では「女性と子どもの安心車両」として、「専用」の言葉を用いていない。子供や身障者の付き添い乗車を考慮した結果だということだが、世の男達は粛々とそのゆるいルールに従っている

この辺が多少面白いな、と感じるところではある。世の中の女性が怖い、などと遠まわしに言うつもりは毛頭ないのだけれど。

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コメント

女性専用は必要ですね。遭ってみるとものすごく腹立だしいし、かつ恐怖で声があげられない大和撫子が多いからこうなってしまうんですね…悲しいことですが仕方がないですね。冤罪とかも映画にもなってますけど…。乗車する前に様子を伺いつつつ、ドでかい鞄でおしりをガードしながら、満員電車には乗る、ってのが遭遇しないコツ(笑)。

投稿: poem | 2013/03/06 10:23

席は譲ってもらえないなら譲ってもらえないで仕方の無いものだよ。
老人や身障者と、健常な若者との間に、電車の乗客という立場において優劣が無い以上は、席に座れる機会や権利にあっても同等でなければいけないものだから。
むしろ「席を譲ってもらえない」という苦情の方こそ、人として誤った認識の現れなんだよ。
それは、弱さを振りかざして健常な者を対等ではなく「下に見てる」ってこと。いわば「健常者差別」なんだからね。

彼らに「弱者は優遇されて“当然”だ」と思わせるような世の中であってはいけない。
「弱者といえど人間として対等が基本、だから厚意で優遇してくれることには心から感謝しなければいけない」という認識を弱者側が持たなければいけないし、また「弱者のために対等であるはずの自らの権利を手放す“自己犠牲”に対して、イイコトをしたネとちゃんと称賛される」世の中でなければいけないんだ。

“優先席”という考え方は、集団心理における「傍観者効果」の回避としてやむを得ない部分もあろうが、上記の理由から“専用席”というやり方は誤っていると感じざるを得ない。

ちなみに「女性と子どもの安心車両」だが、建前はそうでも実際はアンケート等から女性専用車両という強制性に否定的な傾向があったことからそのような名前になったのではないかと俺は思う。
これは札幌市のHPに「任意によるものなので、男性の乗車を拒否することはできない」と明確に表記されてることからも窺える。このようなことは異例であり、自ら進んで一般に明らかにしてる鉄道は他には無い。
世の中の女性が怖い、というのではない。
道民の女が「強い」のだろうな。いろんな意味で。

投稿: | 2013/03/06 10:46

>poemさん
いつもありがとうございます。
万人がモラルを重んじ、周囲を思いやる気持ちを持っていれば、「女性専用車」も必要はないのでしょうが、現実には自己欲求をコントロールできない人が存在するわけで、ゆえにこうしたルールが必要なんでしょうね。
ただ、男性の立場からすれば、「女性専用車」ができたところで他の車両から女性がいなくなるわけではなく、どこかで間違って無実の罪を着せられるリスクは減りません。女性の気持ちは十分わかりますが、多少複雑な気持ちになることもあります。

個人的には、夕方から最終までの電車に「酔っ払い禁止車両」を設けてほしいですね。前後不覚になった酔客に不快な気分にさせられたこと、少なからずありますから(笑)

投稿: いかさま | 2013/03/06 22:26

>匿名さん
コメントありがとうございます。

「厚意で優遇してくれることには心から感謝しなければいけない」「対等であるはずの自らの権利を手放す“自己犠牲”に対して、イイコトをしたネとちゃんと称賛される」ことが必要であることは、健常者と弱者の間に限らず、大切なことだと思います。

ただ、「席を譲ってもらえない」という苦情は、すべからく誤った認識の現れなんでしょうか。
この件に関して言えば、私はそれは違うと思います。すべての乗客の着席が保障されていない電車では、「座れる権利」ではなく、「公共交通機関を利用して移動できる権利」の方が大切なのだと思います。怪我や病気などで、「座らないと移動に耐えられない」人も中にはいるはずです。それは外から見て歴然とわかる場合もあれば、一見しただけではわからない場合もあります。
そうした人達にとって、座席が与えられないことで移動の手段が奪われてしまうのだとしたら、そのことの方が問題ではないかと思うのです。
そうした問題を回避するための「優先席」の設置はひとつの見識だと思いますし、鉄道事業者(この場合は札幌市ですね)がそれでは不十分だと考えた、あるいはより強い意識付けをするために「専用席」を設けたのならば、それもやむを得ないことと思います。

結局、どう転んでも最後はモラルの問題に行き着いてしまうような気がするのですが、譲ることができる場面で気持ちよく譲ることができること、そのことに対して譲られた側だけでなく周囲の乗客も譲った人に対して感謝の気持ちを持てること。そういうきわめて当たり前の意識が大切だということなのだと思います。
「席を譲ってもらえない」という苦情が人として誤った認識だとは思いませんが、たとえば私が席を譲った相手が「譲ってもらって当然」という雰囲気で席に着いたら、やはり気分が悪いと思います。それもまた、モラル、あるいは「心」の問題なのでしょうね。

投稿: いかさま | 2013/03/06 23:02

モラルやマナーで括ったら居場所が無くなります、ルールとマナーは別です。最近の公共交通や施設は協力の任意といいながらもマナーの大義で専用ではないものを専用に誘導してますよね、野球のキャッチャーがホームベース上でランナーの進入を妨害してはならない、これが新しいルールです、ランナーに優位でキャッチャーに不利なルールですが、怪我人を出さない為のルールですね、新聞の勧誘でかなりの嫌がらせを食らいましたが、善意は受けられなくて辛いところですが、それを先回りしてしまうことこそルールとマナーの混同になってしまうのではないでしょうか?

投稿: | 2016/11/20 14:58

>大股開きで2人分の座席を占拠して罪悪感のかけらも示さない若者や年配サラリーマン
ちゃんと観察して書いてるのかな
最近は爺さんの方が多いよこういうの

投稿: | 2017/01/21 02:33

 お二人の匿名さん、コメントありがとうございます。
 ルールとマナーを混同すると居場所がなくなるという論旨は一定理解できますが、本来マナーとして周囲に対して配慮していった方がいいであろうことを皆が平気でしてしまう状況になれば、ルールという網の中に入ってしまうのも致し方ないことかもしれません。携帯電話の普及期における電車内での使用規制などはそのいい例ではないかと思います。先回りというよりはむしろ後追いのような気がします。

 また、ちゃんと観察して書いてるのかな、とのご意見ですが、この記事は4年前に書いたものです。当時私は通勤で日常的に地下鉄を利用しており、確かにお年寄りの中にもそういう方がいなかったわけではありませんが、比率としては若者、それ以上に年配サラリーマンが多かったように思います。私自身もそれで嫌な目にも合いましたし、大きな声を出したこともあります。ただ残念ながらここ3年、通勤で鉄道を利用する機会が少ないので現状については何とも申し上げられません。

投稿: いかさま | 2017/01/22 22:17

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