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2014/04/22

いかさまトラブラー【8】珍トラブル編(2)

宿にまつわる軽いトラブルをひとつ。

職務質問と同じく、日本一周旅行の際の出来事。
この旅については、切符を手配する関係から、出発前に大枠の骨格だけを決めておき、あとは現地で気の向くままに乗り進む、という、アバウト感の強い旅行であった。時間はあるが金のない学生らしい旅ではある。

当日午後、行程の進捗状況を見極めながら、その日の宿泊地を決める。スマホや携帯電話のない当時、頼りは全国版の時刻表やホテルガイドで、その中から安い宿を探しては、夕方、公衆電話で予約を入れていた。よって、行ってみたら毛虫が這っていそうな和室の商人宿だったり、バスなしのホテルで併設の銭湯で入浴するように言われ、休館日のため薄暗くだだっ広い風呂にたったひとりで入ったなど、今ならば想定しにくいような出来事が起こったりする。

Bingoochiai広島駅から夕方の芸備線急行列車「たいしゃく」で、終点の備後落合駅へ向かった。
備後落合は芸備線と木次線、ローカル線とはいえ2本の路線の分岐点であり、急行列車の始終着駅でもある。かつて読んだ旅行記には駅前の旅館に泊まったという記述もあり、私は余裕綽々で列車に揺られ続けた。

広島出発時はほぼ満席に近かった2両編成の「たいしゃく」は、途中の三次でゴッソリと客を降ろしてしまうと閑散とした雰囲気になり、備後西城では私以外の乗客がすべて下車、たったひとりで終点の備後落合へ運ばれた。この辺りから私は少しずつ心細い気分になった。

備後落合の駅は無人。終点まで乗務した運転士と車掌はホームからそのまま駅併設の宿舎へと消えていき、真っ暗な駅前には私だけが残された。見ると上空からはちらちらと雪が舞っている。
私は備え付けの電話帳を頼りに、旅行記にもあった駅前の旅館に電話する。と、
「すみません、うちはもう廃業しておりまして…」と残念な声が受話器に響く。

それから電話帳を見ながら、駅周辺と思われる宿に片っ端から電話するが、つながらなかったり、呼び出しても出なかったりがほとんど。5軒目だったかでは、
あんた泊めろって? 何言ってんの?」ガチャン、と切られる。まさか間違えたわけではないと思うが、恐ろしくて二度目の電話をする勇気はない。

駅周辺の宿は全滅、この寒風吹きすさぶ駅で夜明かしかと、私は泣きそうな気分になりながら範囲を広げて宿の物色を続ける。そうして確か10軒目だったかで、
「もう時間が遅いですから素泊まりですけれども、それでもよろしければ」
女神の声。宿泊料も聞かずに予約を入れた。

備後落合駅からは遠いのでタクシーを利用するようにとのことだが、駅前を少し下ったところにある「道後タクシー」の看板を掲げた車庫は真っ暗。御用の際は、と電話番号を記した紙が一枚貼ってあるだけである。電話をしてみると、隣町の小奴可から回送するので10分ほど待ってくれ、とのことである。

ようやく到着したタクシーに乗り込み、雪の降る中を走ること10分、宿泊を受けてくれた「比婆山温泉 熊の湯」へ。翌朝も木次線の始発に間に合うように迎えに来てもらえるようお願いしておいた。夕食もとっておらず、腹が減っているが、この際泊めてもらえるだけでありがたい。小さな風呂だったが温泉の湯は気持ちよく、近くの工事のために長期逗留しているというおじさんと、のぼせるくらいまで語った。

当時で宿泊料は5,000円、その他に備後落合駅からのタクシー料金が往復で4,000円弱かかり、大きな投資についた。それでも中国山地の山中で凍死寸前の目に遭うことを考えれば、決して法外な投資ではなかったと、今でも思う。



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コメント

読んでるだけで凍えそうでした(笑)
いろんな経験が、今のいかさまさんを作ってるんですよね・・・。
ネットもケータイも発達した今、友達同士の待ち合わせでさえ、その場で連絡を取り合って決めるようですが・・・。
不便故に、記憶に残ってることも・・・ありますよね。

投稿: ai | 2014/04/23 15:40

>毛虫が這っていそうな和室の商人宿
まだまだ許容範囲ですやん
落ち武者が這って出てきそうな和室より (*≧m≦*)
やっぱりそっちかい!

投稿: buzzっち | 2014/04/23 18:38

生きててよかったですね( ´艸`)プププ
でも、若い時にこんな体験ができたことは
素晴らしい財産になりますよ。
今の若者は、情報も洪水状態で。。。それって決して
心は豊かとは言えませんよね。
貴重な体験談、またお待ちしています

投稿: ターコイズ | 2014/04/23 20:22

私の山陰旅行は、ユースホステルを使って行きました。
大山では、(夏でした)キャンプファイヤーの後高原に寝そべって流れ星をたくさん見ました★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

投稿: 姉さん | 2014/04/23 22:01

>aiさん
いつもありがとうございます。
19年前のあの薄ら寒さが伝わったようで何よりです(笑)
携帯・スマホ・ネットと、出先でも情報が入手できる手段が広がった今では考えられませんが、その昔、駅の改札近くには必ず「伝言板」なんてものもありましたね。
昭和は遠くなりにけり、です。

投稿: いかさま | 2014/04/25 23:40

>buzzっちさん
毎度ありがとうございます。
幸い私が泊まったその宿に、実際に毛虫は出てきませんでしたが、本当に出てきたら絶叫だったでしょうね。

ただ、落ち武者が出てきたとしても、私のことだからまったく気づかないで寝ていたような気がします。なんせ訳あり4,000円の宿でも平気な人ですから(笑)

投稿: いかさま | 2014/04/25 23:42

>ターコイズさん
いつもありがとうございます。
生きているからこそこんな話も笑い話にできるのですよね(笑)
その瞬間はかなり必死でした。移動しようにもどの方面へも最終列車は出た後。泣きそうになったことは今も忘れません。

「あの頃はよかった」と言ってしまえば今の若い人たちは笑うかもしれませんが、そういう意味での生命力は私たち世代のほうが旺盛なんだろうと思います。

いや、もう同じ体験をしたいとは思いませんが(笑)

投稿: いかさま | 2014/04/25 23:46

>姉さんさん
いつもありがとうございます。
ユースホステルは、この時の旅も含め、高校~大学時代にかけて非常によく利用しました。財布にも優しく、また泊まり合わせた人々との触れ合いも印象に残っています。

私自身も含めて、最近は触れ合いよりもプライバシー優先、ビジネスホテルにこもることが多くなっています。快適ではありますが、時々ふと物足りなくなることもあります。

投稿: いかさま | 2014/04/25 23:48

心細くなった状況が良く分かります。
男だから出来た旅ですね。
私も色んな旅の経験がありますが総じて凄く良いか、
悪いかの旅は何年経っても覚えています。
普通の旅は思い出すのにだんだん苦労します。
現代はインターネットで現地情報がすぐ入りますから
いかさまさんの様な経験はも~出来ないでしょうね。

投稿: マーチャン | 2014/04/27 06:54

>マーチャンさん
いつもありがとうございます。

すごく良いか悪いかの旅が記憶に残ると言うのは、本当にその通りだと思います。
旅行の記憶は、そのときに見たものや起こった出来事に対する印象の強いところを核にして構成されるのでしょうね。だからこそ、強い出来事があった旅は全体を通じてよく覚えているし、そうでない旅は記憶があいまいになるのだろうと思います。

昨今のネット社会、何でもかんでも予習していけば、トラブルなく旅を終えることは出来そうですが、意外と印象に残らないのかもしれませんね。

投稿: いかさま | 2014/04/30 01:47

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