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2014/05/14

伝聞・江差線最後の日

5月11日、JR北海道江差線、木古内-江差間42.1kmが、79年の鉄道としての歴史に幕を下ろした。最終日には駅・沿線に1,000人を超えるファンが訪れたという。

私自身は散々悩んだ挙句、現地を訪れることなく江差線を見送った。今回廃線となった江差線末端区間には、1991年9月に乗車したのが最初で最後となった。今振り返れば残念なことだとは思うものの、鉄道ファンが殺到し、普段の姿を失った江差線を積極的に訪れようという気持ちは、昨年の廃線報道以来ついに起きなかった。

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仕事の関係で地元に住む友人のM君の話を聞くと、江差駅のホームでは列車が到着するたびにホームに並んだファンや地元住民がカメラの放列を浴びせる盛況であったようである。普段はディーゼルカーしか入線しないこの区間にも、機関車にけん引された客車が連なる記念列車が運転され、こちらも大勢のファンでにぎわったとのこと。
写真は、M君の了解を得て借用させていただいたものである。後列に控えたM君がかなり苦労をして写真を撮った様子が窺える。

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こちらもM君の写真。江差駅前では廃線記念イベントなるものも開催されていた。M君によれば、お祭りのような雰囲気であったという。
「廃線」という事象がお祭りをするに値するできごとなのかどうかは定かではないが、これまで地域を支えてきた鉄道に対する感謝の現れだとすれば、多少は納得ができる。一方でJRは「廃線記念乗車券」などを売り出して商魂たくましい。何か筋違いな気がしないでもない。

さて、私が気になっていたファンの言動であるが、M君がいた江差駅周辺には、周囲の迷惑を顧みないような横紙破りの困ったファンの姿は目立たず、総じて雰囲気は良かったとのことで、なによりである。

しかしその一方で、湯ノ岱駅では、列車の出入口付近にいた漫画家が、写真撮影の妨げになったということで心無いファンに殴られるという事件も発生した。漫画家がtwitter上に加害者の写真を公開したことで、ネット上でも話題になった。
被害者には気の毒であるが、巻き込まれたのが地元住民でなかったのは不幸中の幸いである。こうしたひと握りのファンの暴走が、結果的に鉄道ファン全体に対する周囲の評価を下げているということを、ファン自身が肝に銘じる必要があると思う。

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JR北海道経営問題」カテゴリの記事

コメント

いかさまさん こんにちは。
散々悩まれたお気持ちよくわかります。
昔の姿を知っている人にとって、最後にお祭り騒ぎの中、廃線になるのは、なんかしっくり来ないような気がします。ましてや、心無いファン(?)の中に身をおきたくないという気持ちも。
私も札30年ほど前、札幌に暮らしたことがありますが、その頃、「日本一の赤字路線、美幸線の切符を買おう!」なんて言って頑張っていた美深町長がいたなあなんてことをふっと思い出しました。美幸線、確かそのあと直ぐに廃線になったと思いますが。それ以来、色々な線が廃線になってきた北海道、仕方がないといえばそれまでですが、やはり寂しい気がしますね。

投稿: Khaaw | 2014/05/17 20:41

>khaawさん
コメントありがとうございます。同じ鉄道ファンとして身勝手だとは重々承知していますが、やはり心無いファンとひとくくりにされるのはやるせない気持ちになるものなのです。理解していただけてうれしく思います。

美幸線は廃止になってからもう30年近くたちます。奇しくも今、そのエリアを担当するブランチで勤務していますが、ここに鉄道が通っていたのか、と思うほど何もないところです。最盛期に4,000kmを超えていた北海道のJR線も、今は2,500km足らず。過疎化の深刻さをあらためて思い知らされます。

投稿: いかさま | 2014/05/18 00:05

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