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2015/05/10

福知山線事故10年に想う【3】

 前回から時間が開き過ぎてしまったが、続きとまとめ。


 福知山線事故発生の2つ目の間接的要因は、現場社員に対する管理体制に関することである。このことは事故発生後数日を過ぎてからクローズアップされはじめ、次第に大きなうねりとなった。「日勤教育」という言葉に記憶がある方も多いと思う。


 「日勤教育」とは、業務上ミスを犯した運転士や車掌などの現場社員に対しておこなわれる、再発防止のための再教育である。期間は現場の管理職が決定していたようだが、JR西日本大阪支社管内では、最短で1日、最長で44日で、再犯あるいは虚偽報告などの場合に長くなる傾向があった(本文2.7.4)。
 また、内容はというと、当時は再教育とは程遠いものだったようである。レポート作成を毎日繰り返させたり、本来の業務と無関係な清掃作業などを命じられたり、見せしめ・晒し者、あるいは監禁に近い環境で恫喝退職強要などもおこなわれたという。小中学生の罰当番レベルである。


 事故電車の運転士は、この日勤教育を運転士として1回(13日)、車掌として2回(計5日)受けている。運転士としての1回はブレーキミスによる所定停止位置超過(100m)が原因であるが、その日勤教育においてブレーキ操作に関する再教育を受けた形跡はない(付図37~39)。
 いずれにせよ、日勤教育という外的要因がどの程度本人のメンタルに作用したかを測定するのは難しいが、罰当番も十日以上も続けば十分なプレッシャーとなったであろう事は想像に難くない。


 事故当日、運転士はこの電車を運転して放出から回送で出発、松井山手から京橋尼崎と客扱いをおこない、その後回送電車として宝塚へ向かった。この際、宝塚駅構内へ速度超過の状態で進入、ATSによる非常ブレーキが作動してホーム手前で停車するミスが発生する。
 さらに折り返しの5418Mでは、3つ目の停車駅である伊丹で、ブレーキの掛け遅れと見られる状態でオーバーラン、車掌が操作した非常ブレーキにより、所定の停車位置を約72m行き過ぎて停止している。(本文2.2.1~2.2.6)


 結局、オーバーランの発生により、30秒程度だった列車の遅れは1分20秒に拡大した。この際、運転士は車内電話で車掌に「(オーバーランの距離を)まけてくれへんか」と依頼している。その後車掌は列車無線で指令所へ、オーバーラン距離は8m、遅延時間は1分半との報告をおこなっている(本文2.2.7~2.2.8)。この内容は無線を通じて運転士の耳にも入っている。事故発生はこの報告の直後であった。


 調査報告書は、事故発生に至ったこれらのミスについて、断定は避けているものの、
(1) 宝塚駅でのATS作動は、運転士の眠気による意識レベル低下の可能性。
(2) 伊丹駅でのオーバーランは、(1)のミスを気にして注意力が低下した可能性。
(3) 事故発生は、(2)のミスに関して、日勤教育や運転士をやめさせられることを懸念したこと、また事故についての車掌から指令への報告交信に気をとられたことなどにより注意力が低下した可能性。

と、最初に発生したミスがメンタル面で事故発生を誘発した可能性が高いことを指摘し(本文3.8.3~3.8.6.2)、かつ、運転士のブレーキ遅れを最終的な事故原因としたうえで、その発生に日勤教育をはじめとするJR西日本の運転士管理方法が関与した可能性を挙げた(本文4)。


 報告書の中にも触れられているが、運転士のメンタル面への影響を与えたもうひとつの遠因に、設定上無理のあるダイヤ構成もあると考えられる。
 列車の運行回数の増加、あるいはスピードアップは、通常、車両や地上設備の改良によって実現するものであるが、もうひとつには、これまで「余力」と考えられていた部分を活用することによってもたらされる場合である。それは例えば、運転時間の余裕の削減であったり、駅停車時間の短縮であったりする。並行する在来私鉄路線を持ち、運賃や本数、所要時間などでし烈な争いをしている区間では、特にJR化以後、余力の削減によるスピードアップが繰り返しおこなわれてきた。阪急宝塚線と競合関係にある福知山線も、そのひとつであった。


 余裕時間の削減は、そのまま運転士の精神的負担の増加につながる。制限速度いっぱい加速し、ブレーキタイミングをギリギリまで遅らせる。そこまでしなければ守れないダイヤだったのならば、運転士の緊張は想像するに余りある。その後に日勤教育のような罰ゲームが待っているのならなおさらである。その運転士の負担を軽減し、事故やミスの発生から旅客を守るのが、前回述べた「システム」面なのではないか。


 すべての人為的ミスをシステムで防止しようとすれば莫大な費用が掛かるが、ダイヤ構成が過密化・高速化して人間の管理能力を超えるのならば、その部分についてシステムを向上させて対応していくことは必要なことである。
 今回の場合、(1)のような駅進入時の速度超過に対しては、ATSによる制動、すなわち「システム」が正しく作動した。けれども、その後に起こった脱線事故については、その地点での速度を抑止するシステム自体が存在しなかった。つまり、制限速度を40km以上も超過するようなことは想定していなかったわけで、運転士の精神的負担の増加に、システム整備が追いついていなかった、ということが言えると思う。


 JR福知山線の事故は、このようにいくつもの要件が重なり合って発生した、実に不幸な事故であった。現場の危険性を認識していながら改善策をとらなかったとして、JR西日本の歴代3社長および当時の安全担当役員が業務上過失致死傷罪に問われたが、安全担当役員は2012年に無罪が確定した。歴代3社長は不起訴処分から検察審査会による議決で強制起訴されたが、2013年の第一審(神戸地裁)で無罪、2015年の控訴審(大阪高裁)でも控訴棄却となった。指定弁護士は上告をおこなっており、刑事裁判はまだ続く。


 節目のタイミングを除けば、この事故について報道される機会はかなり少なくなってきた。熱さが喉元を過ぎたころになって、JR北海道で一連の事件は発生した。幸運なことに死者は出なかったが、石勝線特急火災レール検査記録改ざんなど、一歩間違えば福知山線事故に匹敵する大惨事になった可能性がある。
 これらの事故にも、無理なスピードアップや歪んだ労使関係など、10年前の事故と似たような遠因が隠れている。いま一度福知山線事故を思い出し、安全への礎にしなければ、事故で亡くなられた多くの方々に申し訳が立たない。



 最後に、あらためて事故犠牲者の方々のご冥福と、鉄道の安全を祈る。


※文中( )内の数字は、事故調査報告書の項番号を示しています。

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コメント

こないだテレビでやってました。
あれだけの重大な事故を起こして、誰も責任を取らない、被害者の方を初め、遺族の方のケアーままならぬような中で真実を知りたい一念で活動されていました。
何故?・・・なぜ?JRもこの質問に改めて、会社目線での運営に気づかされたようなことあってました。
事故は予想してない、予想できてもまさかの出来事ですので目線をぐっと下ろして、何故?から初めて、このような悲惨な事故が起きないようにしてもらいたいですね。日本が誇る安全安心な暮らしを今一度取り戻して欲しいと思います。

投稿: mitakeya | 2015/05/11 18:22

あの酷い事故からもう10年経つのですね。
私には詳しい事はわかりませんが、起こるべくして起きたような気もします。
そしてこの国はトップが責任を取らないんだなと。この事例だけでなくほとんどすべての事柄について…
公共交通機関に乗る時は何も無くて当り前。
自分が列車事故にあうなんて考えてもいません。
安全面を第一に考えてほしいです。
そして職員のことも大切にしてほしいです。
それが信頼に繋がると誰だってわかるのにどうして経営サイドはわからないのかなと…これは他の業種にも共通しますけどね。。
もう二度とこのような事故は起こしてほしくありません。

投稿: ミミ | 2015/05/11 20:55

こんばんは
亡くなった方々、怪我をされた方々、またご家族の方のお気持ちを考えると本当に言葉がありません。
また繰り返さない為に、事故が起きる要因の解明と対策を万全にしてほしい。
悲しい事故ができるだけ起きませんように!
憧れで夢のある乗り物であってほしいです。

投稿: ミナゾウ | 2015/05/11 23:21

>mitakeyaさん
いつもありがとうございます。
刑事訴追が10年たってもまだ集結していないことは非常に残念だと思います。
ただ、忘れてはいけないのは、この事故の性質上、責任を問うべき相手は組織そのものであって個人ではないということではないでしょうか。JR西日本をまとめる者としての経営陣の責任は免れませんが、経営陣だけでなく管理職の横暴、社員の怠慢、組合のあり方、そうしたいろいろなものが作用して起こった事故です。その結果、経営陣が訴追の矢面に立たされているのであって、その背後にある会社そのものに私たちはもっと厳しい目を向けるべきなのだろうと思います。

投稿: いかさま | 2015/05/17 02:58

>ミミさん
いつもありがとうございます。
JR西日本という会社の体質は、この事故より以前、信楽高原鉄道で正面衝突事故の片方の当事者となった時にも指摘されていましたね。
そこでの反省が薄かったために引き起こされた福知山線事故であったかもしれません。
経営陣の責任を問うこと、そして経営陣が非を率直に認めることも大切ですが、トップの首をすげかえ、責任を追及しても根本的な解決には至らないような気がします。石勝線での特急炎上事故などを起こし、歴代社長のうち2人が自殺に追い込まれてなお、事故・トラブルが続くJR北海道を見ていると、強くそれを感じるのです。

投稿: いかさま | 2015/05/17 03:02

>ミナゾウさん
いつもありがとうございます。
遺族の方々のお気持ちを察するとやや不適当かもしれませんが、今後こうした事故を起こさないための最大のポイントは、犯人捜しではなく、原因追求と再発防止をしっかりとおこなうことですね。それをして、初めて遺族の方々へのお詫びの気持ちがしっかりと伝わることになるのではないでしょうか。
幸い、JR西日本では、これ以降死傷者を出すような事故は発生していませんが、時とともに風化することのないよう、「安全」は永遠のテーマとして行ってほしいと思います。

投稿: いかさま | 2015/05/17 03:07

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