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2015/07/01

安全と利便性の境界線

P7095861  6月30日昼、東海道新幹線「のぞみ」の車内から出火、列車が停車し、車内で2名の乗客が心肺停止状態と報じられた。
 のちに出火の原因は、乗客の70歳代の男性が、自らガソリンを頭からかぶって火を放ったことによる焼身自殺と報じられた。事件のあった1号車に乗っていた52歳の女性が一酸化炭素中毒とみられる状態で亡くなられた。煙を吸うなどして26名の方が重軽傷を負われているという。

 私はこのニュースを、職場の地下の食堂のテレビで見た。まだ原因は報じられておらず、最初に私が感じたことは、「ついに新幹線で事故が起こったか!」ということであった。

 新幹線は、列車の運行過誤による旅客の死亡事故がきわめて少ないことで知られている。1995年に三島駅で列車のドアに挟まれた高校生がホームから転落して死亡する事故が発生しているが、開業以来51年間での死亡事故はこれ1件だけで、「新幹線の安全神話」などと呼ばれた。

 福知山線の事故の件でも触れたように、世の中に100%安全な乗り物など存在しない。新幹線の安全神話も、新幹線の建設と運行に関わったすべての人々が作り出した「人話」である。
 もし今回の事故が、JR北海道がこれまで立て続けに起こしてきたような車両火災が原因であったとすれば、半世紀にわたって先人たちが積み上げてきた安全の実績が音を立てて崩れ去ることになっていた。

 結果的には列車の火災ではなく、「事故」というよりは「事件」であったが、その一方では古くて新しい問題が再びクローズアップされることになった。
 それは鉄道における乗客のセキュリティの問題である。車両の中にガソリンが持ち込まれる、という事態は、例えば航空機のようなセキュリティチェックがおこなわれていれば、発生する確率はきわめて小さい。けれども不特定多数が出入りする鉄道では、常に直面するリスクである。車内に不審な荷物が持ち込まれる事例は数多い。

 すべての駅で独立改札がおこなわれ、施設自体が通常の在来線と分離されている新幹線であれば、航空機同様のセキュリティチェックをおこなうことは、物理的には不可能ではなさそうに思える。
 けれども、東京駅から新幹線を利用する乗客は、東海道新幹線だけで1日平均約93,000人(平成25年度)。同じ年度の羽田空港国内線利用者は2ターミナル合わせて1日平均約166,000人だが、こちらは乗降合わせての数字だから、出発だけならばおよそ半分、約83,000人程度と推測される。限られた駅空間で、羽田空港を越える旅客のセキュリティを確認するのは容易ではない。

 加えて、新幹線のみならず、鉄道の利便性を支えてきたのは、その乗車手続きの簡便さであった。1時間に最大15本が出発できる東京駅の東海道新幹線は、まさに通勤列車並みの、「出発間際に駅に来れば列車に乗れる」を体現している。セキュリティのチェックはこの利便性を大きく損なうものである。海外を見渡しても、列車でセキュリティチェックを実施しているのは、私の知る限り、ロンドンとパリ・ブリュッセルを結ぶ「ユーロスター」くらいである。

 安全と利便性の境界をどこに見つけ、折り合っていくかは非常に難しい問題ではあるが、結局、行き着くところはモラルの問題にしかならないように思う。今回の焼身自殺が何を目指したものだったのか、皆目見当がつかないが、少なくとも罪のない多くの人を巻き込んで自分の意思を具現化しようとするその発想は全く理解できない。自らの命を絶つという負の選択肢しか見えない人にそういう思慮深さを求めるのは無意味なようにも感じるが、自身の身勝手な行動が周囲にどういう危害を及ぼすか、しっかりと考えてほしいと思う。

 今回の事件では新幹線が数時間に渡って止まり、運転再開後も大幅にダイヤが乱れた。特急料金の払い戻しや旅行中止など、JR東海の逸失利益は、火災にあった車両も含めれば10億円は下らないだろう。飛び込み自殺などもそうだが、こうした事件の場合、被害者の親族に対して損害賠償請求もおこなわれるはずである。

 まして失われた命は戻らない。怪我を負われた方も多いし、外傷のない方でも精神的にショックを受けた方は相当数にのぼるだろうと思われる。
 亡くなられた方のご冥福と、負傷された方の一日も早い快癒をお祈りする。


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コメント

私は東海道新幹線を運行するJR東海は、在来線を軽視する偏った経営方針故、正直言ってあまり好きではありません。しかし今回の焼身自殺は罪のない他の乗客が、
巻き添えを喰らいそして列車が運休したり、遅延したりしたのですから迷惑な話です。どの様な理由で自殺したのかは解りませんが命を、粗末にするなと私は声を大にして言いたいです。

投稿: 佐藤C作 | 2015/07/01 06:19

搭乗手続きのようなものが存在しない乗り物は、全てこういうリスクがあるものなんですね……(>_<)
40年近く前、新宿でバスにガソリンをかけた木をアルミ缶?に入れて火をつけ、乗員乗客に死傷者が出た事件がありました。高校生だった当時、深夜バスに乗るのが怖くなってしまったけれど、そういうことは滅多にないとも思ってました。
ともかく、関係のない人を巻き込む最悪な所業だと思います。だって、乗り物に乗ると人はどうしたものか安心してしまいます。そんな不心得者が同乗するなんて想像もしない。それって乗客の特権かなぁと思っていただけに、ショックが大きいですよね。
52歳、同い年の女性に心を寄せてご冥福をお祈りしたいと思います

投稿: と~まの夢 | 2015/07/01 09:44

いかさまさん こんにちは、
私もこのニュースを聞いて、ガソリンを使った焼身自殺が原因らしいと聞いたとき、いかさまさんと同じことを思いました。いかさまさんの言われるように、人々のモラルの上に成り立っている利便性、モラルが変化する中、どこで折り合いをつけるかは、難しい問題です。
その中で、今回の事件で、JR職員の行動に賛辞が寄せられているのが、唯一の救いでしょうか?
日本の公共輸送に携わる職員の質の高さは本当に誇るべき国の財産だと思います。

投稿: Khaaw | 2015/07/04 07:43

佐藤C作さん、コメントありがとうございます。
JR東海が在来線を軽視しているかどうかはともかくとして、不特定多数の乗客が集まる大動脈の車内でこうした事件を起こす犯人に対しては同情の余地はないですね。
 命を粗末にしてはいけないというのは、他人に対してもそうですが自分に対してもそうだと思います。そのきわめてまっとうな声も、こういうことを考える犯人にはきっと届くことはなかったでしょう。寂しい話だと思います。

投稿: いかさま | 2015/07/06 02:04

 と~まの夢さん、いつもありがとうございます。
 新宿バス放火事件ですね。あの事件では母子家庭のお母さんが犠牲になるなど、実にいたたまれない事件でした。
 今回の事件は、借金苦のうえでの犯行だとの報道がなされていますが、だとすれば公共交通機関という場所で一般の方を巻き込んで焼身自殺する必然性は全く感じられません。新宿バス事件や、地下鉄サリン事件に匹敵する不条理さを感じます。

投稿: いかさま | 2015/07/06 02:14

 Khaawさん、いつもありがとうございます。
 地下鉄サリン事件の時も、自らの命を犠牲にして乗客の救助にあたった駅員の方がおられましたね。
 乗務員の方々のこうした献身的な対応には頭が下がります。中国の高速鉄道事故、韓国のフェリー事故など、会社や乗務員の対応のまずさを目の当たりにしてくると余計にそう感じます。
 システムで安全を確保することも必要ですが、こうしたことが発生したときに人間系でどのように対応するか、これも被害を最小限に食い止めるために重要なことだとあらためて認識します。

投稿: いかさま | 2015/07/06 02:22

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