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2015/08/23

「青い寝台特急」北斗星、さようなら。

 路線や列車が廃止になる時に限って大騒ぎする鉄道マニアを「葬式鉄」というそうだが、私はそうしたお祭り騒ぎがあまり好きではない。こうした場面は自宅でニュースを見ながら静かに見送るのが常であった。
 けれども昨日、札幌の自宅で庭の草むしりをしていて、ふと寝台特急「北斗星」の運転最終日であることに気付いた。


 これまでにも何度も書いたが、「北斗星」は私にとって非常に思い出深い列車である。
 ⇒「寝台特急の思い出【3】北斗星と私
 都合7度も利用した寝台特急は「北斗星」だけだし、私の北海道生活のアプローチにいた列車でもある。いろんな思い出もある。どんな列車よりも思い入れは深い。


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 自身が葬式鉄になるのは気が進まなかったが、その日に札幌に帰ってきているのも何かの縁だと思い、私は坊主二人を連れて札幌駅へ足を運んだ。
 改札口の上やホームの発車案内には「臨時特急北斗星 16:12 上野」の文字。今日を最後に、ここに「北斗星」の文字が刻まれることはない。


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 「北斗星」が出発する4番線のホーム上は、最後の瞬間を見送ろうとするファンが鈴なり。機関車が停車する付近は立入制限が敷かれていて、出発セレモニーと報道陣の定位置になっている。反対側のホームからの方が見通しがよさそうだと考え、5番線へ移動。こちらにもファンの姿は多いが、4番線ほどではない。


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 16時03分、青いDD51形機関車2両に牽かれて、上野行き「北斗星」が入線。反対側のホームの様子はよくわからないが、こちら側では押し合ったり大声をあげたりすることもなく、整然とファンがカメラに向かってシャッターを切る。私もスマホを高く掲げて写真を撮る。
 向うのホームではセレモニーが始まったようだが、ディーゼルエンジンの騒音に阻まれてよく聴き取れない。若い機関士も、幾分緊張しているように見える。


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 16時12分、いつもよりひときわ長い汽笛が鳴り響いた。ディーゼル機関車の鼓動が高まり、するすると列車が動き出した。1988年3月13日以来27年あまり、札幌と上野を直結してきた「北斗星」は、もうこのホームには戻らない。
 目の前を「ツインDX」、そして「ロイヤル」「ソロ」「デュエット」と個室が通り過ぎる。憧れの「ロイヤル」は北斗星では体験できなかったが、「ソロ」は都合4度利用した。
 1991年3月、3度目の「北斗星」は、札幌のアパートを契約した帰りに、父とふたりで乗った「ツインDX」だった。父とのふたり旅など、これ以外に記憶がない。
 それから20年後、2011年の正月には、「デュエット」で上の息子とふたり旅をした。父と息子、立場を変えての二度のふたり旅の舞台がどちらも「北斗星」だったことに思い至ると、不覚にも目のあたりがじんわりとしてきた


Img_1916_3  最後の「北斗星」は、こうして札幌駅を離れ、次第に小さくなっていった。青い客車列車自体は、少なくとも来年の2月まで、急行「はまなす」で姿を見ることができるが、寝台車メインで編成された青い寝台特急、「ブルートレインは、1958年、20系客車「あさかぜ」の登場以来57年の歴史に幕を下ろした。鉄道の風景から、昭和の残像がまたひとつ、消えた。


 この日札幌駅で「北斗星」を見送ったファンの数は約1,500人だとか。中には変わった格好の人や変わった挙動の人なども見られたが、大きな混乱もなく、穏やかに「北斗星」の最期を見送ることができたことは誠に喜ばしい。
 家に帰ってインターネットのニュースなどを見ると、反対側のホームで長身をいっぱいに伸ばしてスマホを構える私と、子供たちの姿が一瞬映し出されていた。

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コメント

あら~テレビを見ていましたが、
いかさまさんが写っていたとは!!!。
何事も始まりがあり、終わりがある。
始まりは嬉しいですが、終わりは寂しいですね~。
でも 今度は北海道新幹線登場ですね。

投稿: マーチャン | 2015/08/24 09:02

札幌駅側の様子、よくわかりました。
混雑の中、写真を見事に撮影されていますね!
レポ、ありがとうございます。
感謝の気持ちとともに、改めて寂しい気持ちでいっぱいになりました。

投稿: キハ58 | 2015/08/24 23:27

たくさんの思い出のある列車だもの、やはり最後の姿は眼に焼き付けておかなくては^^
万感の想いでしたね。
葬送鉄なんて言葉があるとは存じませんでした。
でも凄く沢山の人に見送られて、今更ながら人気の列車だったのですね。。
一つの時代の終わり…寂しいですね

投稿: ミミ | 2015/08/25 16:54

いかさまさんの北斗星の記事を以前読んだ記憶があったので、北斗星への思い入れの深さはよくわかります。そして、思わず札幌駅に駆けつけた気持ちも。
そういえば、以前のいかさまさんのその記事で、私といかさまさんに結構共通点が多いことも気づいた記事でした。私が札幌で学生時代を過ごしたのは、いかさまさんより一回りほど昔だったので、学生時代は、上野行きの直通のブルートレインはなく、それで、何度も北海道と本州は行き来しましたが、結局、ブルートレインには一度も乗れずに終わってしまいました。
来年には新幹線がいよいよ函館に到着しますが、寂しさはぬぐえませんね。

投稿: khaaw | 2015/08/25 21:59

マーチャンさん、いつもありがとうございます。

 イベントがおこなわれているホームの、線路(列車)を挟んで反対側にいたために、どこの局のニュースにも一瞬、小さくですが捉えられていました(笑)どれがわが親子かはご想像にお任せします。

 去り行くものへの一抹の寂しさはありますが、新たな時代が訪れることは素直に喜ばなければいけないのでしょうね。

投稿: いかさま | 2015/08/28 23:57

キハ58さん、いつもありがとうございます。

 札幌駅の映像はニュースでも流れましたが、やはり感極まった人がたくさんいたようですね。
 最後の「北斗星」の到着と車庫への見送りに訪れた皆さんのニュースも見ました。間違いなく鉄道史におけるひとつの時代の終わりだと思います。

投稿: いかさま | 2015/08/29 00:00

ミミさん、いつもありがとうございます。

「北斗星」が登場したとき、すでに退潮傾向にあった寝台特急にとってはある種、救世主のような存在が登場したと、ファンの誰もが感じたと思います。個室を多く備え、コース料理の食堂車、ロビーやシャワー室など充実したオープンスペースなど、改造車ながら目を見張ったものでした。けれども結局、九州ブルトレなどはテコ入れされることもなく終焉を迎え、その他の列車も徐々に消えていきました。嗜好の変化もあったのでしょうが、残念です。

投稿: いかさま | 2015/08/29 00:04

Khaawさん、いつもありがとうございます。

 この30年弱の間に、北海道と本州を結ぶ鉄道の姿は大きく変わりましたね。私などは連絡船を介して急行列車を乗り継いだであろうKhaawさんの世代と体験を少なからずうらやましく思ったりするのですが、今の子供たちから、青函トンネルを寝台に横になって通過した私たちが羨ましがられる時代も来るのでしょうね。
 「カシオペア」と「はまなす」は来年2月までの運転が正式に発表されていますが、3月以降の動向は不明です。新幹線の開業を控えて致し方ない部分もありますが、何とか残しておく方法はないものか、と、ファン的には考えてしまいます。

投稿: いかさま | 2015/08/29 00:09

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