« 嵐で呼ばれる男 | トップページ | 2009年世界の旅【16】ボストン(14)ボストンの休日・その4 »

2015/11/17

2009年世界の旅【15】ボストン(13)ボストンの休日・その3

前回の続き。これまでの経過は ⇒こちら。


 翌20日の日曜日も、朝10時過ぎ、グリーンラインD線のインバウンド電車に乗った。天気は見事な快晴である。今日は、学校の友人たちを誘って、「
フリーダム・トレイル(Freedom Trail)」で市内を散策しようと考えている。


P9212738 ボストン・コモンの入口にある観光案内所から、公園の外に向かって1本の赤い線が引かれている。時にペンキだったり、埋め込みのブロックだったりするこの線は、ボストンの市街地に点在する16か所の名所を結び、ボストン湾を挟んだ対岸のバンカー・ヒル(Bunker Hill)まで続いている。

 この線をたどって市内の主要名所をめぐるのが「フリーダム・トレイル」で、総延長は4kmほどだというから、散歩にはもってこいである。


 仲間たちとの待ち合わせ場所であるパーク・ストリート駅で下車すると、駅のホームに、Aさんの姿を見つけた。当初メンバーは私たちのほか、ヒロシ・ミク・ジヨンの計5人。日本なら携帯電話で連絡を取るところだが、アメリカで日本の携帯電話を使うと破壊力のある料金がかかるため、携帯なしで待ち合わせる。うまく待ち合わせ場所の意思疎通ができていなかったため、お互いに徘徊しながら30分あまりかかってようやく遭遇。あらためて携帯電話とはまことに便利なものであると思う。


P9212730 まずは観光案内所の前から赤線に沿ってボストン・コモンを横断し、公園の東側にある
州会議事堂へ向かう。青空に金色の丸い屋根が映える州会議事堂の前で記念撮影し、さあ歩くぞと出発しようとすると、若手3人から、えー、歩くの? という雰囲気がにじみ出る。「フリーダム・トレイル」と言えばだいたいどんなものか誰もが認識している、という先入観があったのだろう、中身をこちらがよく説明していなかったから、ただ歩くという行為が少し意外だったらしい。見るとジヨンなどは細いヒールのついた靴を履いている。


 私は自分の説明力不足を申し訳ないと思いつつも、州会議事堂から赤い線に沿って市街地中心部へ向けて歩き出した。
旧州議事堂に近い広場で、ヒロタカ、アスカ、ヒロコの3人が合流した。けれども彼らは、現地の携帯電話の購入手続きをするとかで、そのまま携帯電話ショップへ消えた。残った私たちはさらにしばらく待つことになり、メンバーの間に何となく淀んだ空気が漂う。


P9212735 数十分後、用を済ませて戻ってきた3人を加えて再び赤線に沿って歩く。アメリカ独立戦争の契機となったレキシントン・コンコードの戦いで重要な役割を果たした
ポール・リビアの像が建つ広場までたどり着いたところで、ドミトリー組の韓国人、ワイジェイが合流。すでに時間は14時近くなっており、誰からともなくお腹が空いた、の声が上がる。


 メンバーの誰かが蕎麦屋の存在を知っている、と言い、自然にメンバー全体に蕎麦の機運が高まる。いったん赤線を外れて店探しを始めるが、ややしばらく迷った挙句に見つけた件の蕎麦屋は本日休業。誰からともなくため息が漏れる。集団でやみくもにとぼとぼと歩き、結局、通り道にあったダンキン・ドーナツで休憩。完全に何をしているのか分からない状況になっている。


 もっとも、そもそもちゃんと主旨説明できていたかどうかも疑わしい。これは完全に私の不徳の致すところで、ヒロシやミクなどの日本人にすらちゃんと主旨が伝えられていないのだから、語学力に不自由のある私が外国人に正確にそれを伝えることなど、素人のフルマラソン並みの不可能領域である。仲間たちの空気も淀んでいる。私は申し訳ない気持ちで、呼吸をするのも苦しくさえ感じた。

 延々と、続く。




ランキング参加中です。みなさまの「クリック」が明日への糧になります。よろしかったら、
ポチっとな

ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ にほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ 鉄道コム

|

« 嵐で呼ばれる男 | トップページ | 2009年世界の旅【16】ボストン(14)ボストンの休日・その4 »

世界の旅人」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2009年世界の旅【15】ボストン(13)ボストンの休日・その3:

« 嵐で呼ばれる男 | トップページ | 2009年世界の旅【16】ボストン(14)ボストンの休日・その4 »