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2015/12/14

2009年世界の旅【20】ボストン(18)迷走食生活 夕食編とジュディストの新年会 その2

 ジュディストの新年会に同席した翌日の土曜日は、私がボストンの街歩きにひとりで出掛けた日であるが、その日の朝、フランさんから、
 “今日は寺院にお参りに行く日だから、あなたは外で食事を食べて来てちょうだい。”
と申し渡された。ホームステイの契約上は週14回の食事は保証されており、外で食べて来いとの指示は釈然としないが、反論するのも面倒なので黙っておく。


 私はその日、先に書いたように電車の乗り歩きを楽しみ、課題の夕食をめぐって逡巡したあげく、グリーンラインC線の途中にある繁華街、クーリッジ・コーナー(Coolidge Corner)のダンキン・ドーナツでドーナツを2個、それに例のショウズでカップヌードルを買ってホームステイに帰った。
 フランさんはすでに帰宅しており、私が買って帰った夕食をちらりと見て、
 “カップヌードルは私の家の中では食べないでちょうだい。
と言った。ユダヤの掟でが禁制なのは理解していたが、そのエキスやエビもどうやらだめらしい。私は結局、ドーナツ2個をインスタントコーヒーで流し込み、空腹の一夜を過ごした。


 次の週の月曜、私は18時頃に帰宅して、食事を待っていた。ところがフランさんが20時を過ぎても帰ってこない。次第に空腹が脳内を支配し始めて、何か食べるものはないかとスーツケースの中を当たったところ、「白い恋人」が出てきた。来月の取引先訪問時の日本人スタッフ用に用意したお土産であるが、空腹色に染められた脳の前に、白い恋人は無残に開封され、数片が胃袋の中に納まった


 さらに腹をさすりながら待ち、もう待ちきれないぞ、と外へ飛び出そうと考えた矢先の21時半、ようやくフランさんが帰って来たが、私の姿を見るなり、
 “あら、何も食べてないの?
とのたまった。この時間まで何の音沙汰もなく待たせておいて、何も食べてないの、もないものだと不快に思うが、そんなことよりとにかく腹が減っている。フランさんは仕方なさそうに夕食の準備を始め、ほどなくテーブルに見覚えのあるライスのキャベツ包みが並ぶ。予想どおりの展開だが、黙って胃に流し込む。


 翌日、私はワシントン・スクエアのスターバックスで、予想以上のボリュームの宿題と格闘し、帰宅が19時近くなった。ドアを開けて家に入るなり、
 “ここで食事を取るのなら18時には帰って来ているのがマナーよ。遅くなるのだったら、よそで食べてきてちょうだい!
と、フランさんに叱責された。
 昨日の一件があるし、さすがにムッと来たが、たかだか1か月間の滞在で波風を立てるのも面倒なので、これ以上は何も言わないことにする。黙って外で食べてきたりすれば、それはそれで怒られるのだろう。
 フランさんはそれでも夕食を用意してくれたが、出てきたのはライスのキャベツ包み。翌日のパスタを挟んで、木曜日も同様だった。


 その週末の金曜日、フランさん宅では再び農耕暦の新年を祝うパーティが催された。この日も敬虔なジュリストが4名ほどやって来たが、2名は先週と同じ人、2名はまた別の人であった。
 髭おっさん夫妻の姿はなく、代わりに5日ほど前から下宿をしている台湾人留学生3名がテーブルについて、先週の私と同じように呆然と座っていた。私は2度目だからもう驚かないが、頭上を飛び交う英語の下で、これで来週の夕食のメニューもおおむね決まったな、と、ぼんやり考えていた。


 延々と、続く。




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