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2017/06/22

2009年世界の旅【65】イタリア・ミラノ(4) とてもストレスフルな夜

これまでの経過は ⇒こちら。


Pa273710  大聖堂から広場に向かって右手には、「ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレ・Ⅱ(Galleria Vittorio Emanuele Ⅱ)」と呼ばれる巨大なアーケード街がある。

 19世紀後半以来の歴史を持つガレリアの天井は、3~4階の雑居ビルがすっぽりとおさまるほど高く、開放感がある。2本のアーケード街が十字に交わる交差点で見上げると、ガラスの大きなドームが天井を覆っている。アーケードの内部には、高級ブランド店やオートクチュールの店から、カフェ、レストランやマクドナルドに至るまで、様々な店が立ち並んでいる。


 そのアーケードの外れの1軒のカフェに入り、レジでコーヒーを注文。金を払ってレシートを受け取り、隣のカウンターでそのレシートとコーヒーを引き換える仕組みである。
 カウンターに立っていた坊主頭の店員にレシートを渡すと、巻き舌の早口イタリア語で、何やらまくし立てている。よくわからないから、「ん?」という表情を見せると、馬鹿にされたと思ったのか、顔を真っ赤にして、禿げ頭から湯気を出さんばかりの勢いで喋りまくる。かろうじて聞き取れる単語をつなぎ、雰囲気としぐさから想像すると、

“カプチーノかエスプレッソかアメリカーノかお前は何が飲みたいんだ、あん?返事もできねえのかこの野郎!”

というようなことを言っているらしい。先ほどレジに立っていた店員が体ごと間に割って入り、坊主頭をなだめている。聞き取れない私も悪いのだが、たかだかコーヒー1杯でなぜここまでエキサイトされねばならないのか、という理不尽な思いの方が強い。


 坊主頭が、コーヒーをカウンターの上にガチャン、と割れるかと思うほど乱暴に置いた。小さなカップからソーサーの上にコーヒーがこぼれる。私は坊主頭に「このハゲ!」と日本語で怒鳴りつけて、その場を離れた。コーヒーを顔面にお見舞いしてやろうかと思ったが、それはやめておいた。


Pa253576 Pa253580
 イタリアオペラ界の最高峰の歌劇場であるスカラ座(Teatro alla Scala) 前を経由し、ホテルへ向かって帰る。ふらふらと歩くうち、ブランドショップを中心に、小さなお店が軒を連ねる細い小路に入り込んだ。「モンテ・ナポレオーネ(Via Monte Napoleone)」と呼ばれる通りである。普段なら気の向くままに2、3軒は覗き込むところなのだが、もう今日は気分が全く乗らない。さっさとホテルに戻りたい。


 ホテルまでの間に何か食べるものを買おうと考えたが、いわゆるコンビニやファストフードの類は一切見当たらない。食欲をそそられるようなレストランも見つからない。ホテルの近くの日本食レストランの前まで行ってみたが、19時過ぎの書き入れ時に、店員、それも中国人がふたり、店の外で暇そうに煙草を吸っている。その姿を見て、これはだめだと直感した。


 トゥラッティ駅の近くにあった路面電車の停留所から電車に乗り、ミラノ中央駅へ向かってみる。黄色い古びた電車は、乗ってみると、板張りの床、上等とは言えない椅子のモケット、夜の闇の中でぼんやりと薄暗く灯る白熱灯と、さながら「3丁目の夕日」の雰囲気である。

Pa253583  20人ほどの乗客を乗せた電車は、大きな通りに出て左折したところで動かなくなった。かなり前方から電車が詰まっている様子である。そのまま10分近く過ぎ、我慢できなくなった女性の乗客が運転士に声をかけて下車。さらに3~4人の乗客が続いて電車から降りる。後の乗客は、とりあえず模様眺めといった雰囲気で、座席に腰を下ろしたまま待つ。


 身動きの取れない状況はなおも続き、ひとり、またひとりと諦めたように席を立ち、電車を後にする。
 私も15分ほ我慢できなくなって電車を降り、団子状に連なった電車を横目に歩く。私たちの乗っていた電車からさらに右折したしばらく先で、車が1台、線路に半分乗り入れたまま動けなくなっていた。地図を見れば、ここから中央駅までは歩いても10分ほどである。夜風に吹かれながらふらふらと歩くうち、団子になっていたはずの電車が、私を立て続けに追い抜いて行った


 夜空の中に、ライトアップされて浮かび上がっているミラノ中央駅の周辺に、これはと思えるレストランは見つけられず、駅前広場を挟んだ反対側にマクドナルドを見つけた。
 交差点で信号を待っていると、突然背後から「ワッ!」と大きな声が降ってきた。往来の少ない夜の街だから、心臓をいきなり鷲掴みされたような恐怖感を覚える。
 振り返ると、1台のタクシーが視界に入った。窓から運転手が顔を出して、こちらを向いてニヤニヤと笑っている。犯人はこいつらしい。どうやらからかわれたようである。私は心底頭にきたが、タクシーはすでに走り出しており、「死ねコラ!」と大声を上げるのが精いっぱいだった。


 マクドナルドでハンバーガーを2個とドリンクを買って、すでに正常運転に戻っていた路面電車に乗ってホテルへ帰った。その夜はなんとなく悶々とした気分で過ごした。




 延々と、続く。



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世界の旅人」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。

なんだか次から次へと、いろいろ事件?が勃発する旅だったのですねぇ。
しかも登場人物のキャラが濃すぎ…
私も「日本人女性」というだけで小ばかにされたり、からかわれたり…多々あります。
某国スタバで注文を迷ってると「は~?何言ってるか聞こえませ~ん!(←どうぜ日本人は英語話せないダロ?的に)」と怒られたり、タクシー運転手との待ち合わせに行き違いがあった時、「おぉ、神よ!この可哀想な日本人をお許し下さい」と祈られたり
「日本人だってすごいんだからねっ!」と、たま~に叫びたくなります(笑)

投稿: アケ | 2017/06/23 13:44

いかさまさん こんにちは
本当に色々なことが立て続けにあって本当に大変だったのですね。旅先で少なからず神経が過敏になっている時に、嫌なことが立て続けに起こると本当に気が滅入ります「弱り目に祟り目」というやつですね。やはりこういう時は負の連鎖を早く断ち切るよう、こちらの気分を変えるしかないかもしれません。
30年ほど前にローマに暮らした経験からすれば、最初の店員の態度もこう考えれば、少しは納得できるかもしれません。
コーヒーを売るバールの店員はコーヒーの種類に自信をもっていて(いかさまさんが書かれていたのに加え、カフェマッキャードやルンゴなど色々あります)、またイタリア語以外の言葉は苦手で、いつも「英語は話せないのか?」とか言われていたのかもしれません。ちょうど、いかさまさんの前にそういった失礼な客がいて機嫌が悪かったのかも。どういう理由があれ、そんな失礼な店員は許せないのですが、こちらの気分転換の方法としては、その店員に向かって日本語で微笑みながら「君のようなバカな店員に会えて勉強になったよ」って言うのが良いそうです(なかなか微笑みながらが難しいのですが・・・)
トラムの話ですが、やはり日本では信じられないようなことがしばしば起こります(たぶんまだ時刻表はないと思いますが)。私も(トラムではなく路線バスだったですが)バスの中で、突然、運転手が「おれはこの先の行き方がわからないんだ、誰か教えてくれ!」と叫んだことがありました。すると乗客の一人が運転手の横に立って、次の交差点で右だとか左とかの指示を出し始めました。そしてしばらくすると、その乗客が「おれは次で降りるから、誰か、あとよろしく」といって降りていきましたが、次の客が、あたりまえのように同じように指示していました。その時私は、最後の客にならないことを祈っていましたが幸い私の停留所までは大丈夫でした。今回のいかさまさんの件も腹立たしいですが、私のバスの運転手に比べれば、まだましと思えば気持ちも少しやわらぐかもしれません。
少し、長くなりましたが、ちょっとだけイタリアの肩も持ちたくて書き込んでしまいました。

投稿: Khaaw | 2017/06/24 09:16

 アケさん、いつもありがとうございます。
 2か月も放浪していますといろんなことが起こるのは当然と言えば当然ですが、これは今でも情景がくっきりと目に浮かぶできごとのひとつです。
 最初は何が起こったのかわかりませんでした。ひょっとするとこちらに何か失礼があったのでは、とも思いましたが、それにしても日本人ならこういう接客はしませんね。これも文化の違いでしょうか(笑)

投稿: いかさま | 2017/06/26 01:09

 Khaawさん、いつもありがとうございます。
 これも長い旅行中のいろんな出来事のうちのひとつなのだろうと、今思えばある種愉快な話なのですが、その時はかなり本気でカチンときたことを覚えています。こういう場面で大人の対応をできない私も残念な人なのですが(笑)、Khaawさんに実体験に基づいたこういうお話を聞くと、次の機会にはもう少し違った対処ができるのかな、と思ったりします。やはり情報は大切にしなければいけませんね。
 イタリアの名誉のために付け加えれば、この翌日出掛けたフィレンツェは、ミラノで受けたイタリアの印象を大きく変えるのに十分な雰囲気を持っていました。


 バスの運転手が自分の行き先をわからない話は、これまた強烈な話ですね(笑)道を知らない運転手も運転手ですが、雇ってほったらかしのバス会社もある種大したもんですね。

投稿: いかさま | 2017/06/26 01:16

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