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2018/04/09

JR北海道「維持困難線区」は何処へ【3】札沼線末端区間

 札沼線は、札幌駅の隣、桑園から石狩当別を経て新十津川までを結ぶ路線である。もともとは新十津川から先、留萌本線の石狩沼田までを結んでいたが、1960年代後半からのいわゆる「赤字83線」のひとつとして、1972年に新十津川-石狩沼田間が廃止された。
 私の手元にある「時刻表」1964年8月号を見ると、桑園-石狩沼田を直通する列車が6往復、他に札幌-浦臼2往復、札幌-石狩当別2.5往復、浦臼-石狩沼田1往復が運転されているだけの純然たるローカル路線であった。


 現在の札沼線は、石狩当別の1つ先に新設された北海道医療大学と桑園の間が電化され、札幌口では日中でも20分間隔で電車が発着する都市型路線に変貌した。
 一方、北海道医療大学以遠は非電化で本数も激減し、石狩月形までが7.5往復、浦臼までが6往復。浦臼-新十津川間は2年前から1日わずか1往復の運転となっている。北海道医療大学-新十津川間の輸送密度は66人/km/日(2016年度)。1975年度から40年あまりでおよそ9分の1に減っている。桑園-石狩当別間が同じ期間で3倍以上に増えたのと対照的である。


 以上の状況から、JR北海道が維持困難線区として札沼線の末端区間を指定するのは必然であった。先日公表されたフォローアップ会議の報告書の中でも、この区間は12線区で唯一、「バス転換も視野に」と結論付けられている。
 これより前、2016年秋にはJR北海道から沿線自治体に対してバス転換の打診がすでに行われており、沿線自治体も鉄道存続を模索しつつも厳しい情勢にあることを認識している様子である。


 かつて岩見沢に勤務していた頃、私はこの沿線を営業でよく走り回った。石狩当別-新十津川の沿線は、水田を中心に野菜や果実を組み合わせた純然たる農業地帯で、沿線人口が非常に少ない。このエリアはほぼ平坦な地形で、全区間で並行する国道275号線の整備状況はよく、線形も悪くない。線路と国道は、月形町内と新十津川町内で500mほど離れるところがあるほかは、ほぼ「併設」に近い状態である。

Sassho
 空知総合振興局(昔の空知支庁)に属する月形・浦臼・新十津川の沿線3町の旅客流動は、振興局所在地である岩見沢と道内最大都市である札幌に向いている。
 この沿線から札幌方面へ向かう客は、バスや車で、石狩川をはさんだ東側を走る函館本線の駅へ出る方が利便性が圧倒的に高い。石狩月形からは岩見沢まで20km弱の道のりだが、北へ行くにしたがって2つの路線は接近し、新十津川から滝川へはわずか4kmほどである。一番近いところでは2kmほどしか離れていない。
 函館本線には30分ないし1時間おきに特急電車が走っている。札幌につながっているとはいえ、途中まで1日1往復ないし7.5往復の札沼線ではまったく勝負にならない。


 2018年2月16日にJR北海道から沿線自治体による「札沼線沿線まちづくり検討会議」に対して提案された新たな交通体系の案では、石狩当別(北海道医療大学)-石狩月形、石狩月形-浦臼、浦臼-新十津川の3ブロックに分けてバス路線を整備し、浦臼-奈井江、新十津川-滝川に運転されている既存バス路線と函館本線の連携による利便性確保も見据えている。一気通貫の代替路線が整備されないのは珍しいパターンだが、沿線自治体相互間の利用が極めて少ないこの路線の性格をよくあらわしているとも言える。


 ⇒JR北海道によるプレスリリースはこちら。


 「地域の皆様との協議をお願い申し上げたいと考えております」とプレスリリースは結ばれているものの、かなり突っ込んだ内容になっていることを見ると、沿線自治体との間では代替交通機関の整備に向けて水面下での打ち合わせがかなり進んでいるのではないかと思う。石勝線夕張支線と異なり、利害関係のある自治体が複数あることから、すんなりと話が進むとは思えないが、提案に沿ってブロックごとに自治体が個別交渉をおこなっていけば、案外早く結論がまとまる可能性もある。


Photo
 新十津川駅は現在、「日本一最終列車が早い駅」として話題になっており、コアな鉄道ファンの姿も散見されるようだが、JR北海道による特定日調査の結果は、5年間平均で1日の乗客数は4.2人。北海道医療大学より北の駅では、石狩月形(79人)、浦臼(14人)の他はすべて平均10人以下で、浦臼-新十津川間の中間駅は4駅とも1人以下という惨憺たるありさまである。
 もはや地域が鉄道という存在をほとんど当てにしていないことが如実に示されているが、一方でわずか1往復という列車の設定からは、JR北海道も地域住民の利用をまったく当てにしていないことがありありと窺える。実に気の毒な路線だというよりほかない。



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JR北海道経営問題」カテゴリの記事

コメント

いかさまさんの提案のように
北海道に移住してメロン作りでも…
ほんとそうできたらいいですね

メロンは苦手なのでジャガイモがいいかな(笑)

投稿: ゆきぱんだ | 2018/04/10 09:11

 ゆきぱんださん、いつもありがとうございます。
 私の周囲にも何人かいましたが、メロンが苦手という方は結構多いみたいですね。私はあの甘さがたまらなく大好きなのですが、好みはそれぞれですね。

 北海道はメロン、ジャガイモに限らず農産物の宝庫。就農したくなったらぜひご一報ください(笑)

投稿: いかさま | 2018/04/12 22:23

初めまして。
いかさまさんは東濃のご出身のようですが、私は元岐阜市民で、かつての美濃町線沿線に住んでました。

去年の北海道地震の直前まで、出張で白石区と滝川市に一ヶ月ほど滞在してましたが、太平洋フェリーで車ごと上陸しました。私は北海道は初めてで、フェリーでの船旅はちょっとリッチな気分が味わえました。

滝川での滞在期間中に、滝川中心部から新十津川駅まで歩きましたが、確かに4Kmほどで1時間位掛かったように思います。
一日一往復のみの運行ということで、札幌まで遊びに行って、帰りは函館本線で滝川駅まで戻るコースを選びました。

美濃町線もそうでしたが、あの札沼線が無くなるのはとても残念ですね。かつて岐阜市は路面電車王国だったのに、今では跡形も無いですが。
いかさまさんは、鉄道全路線を制覇されたということですが、全国のあらゆる路線の話が通じるのですね。恐れ入りました。

投稿: みのり | 2019/06/11 04:31

 みのりさん。はじめまして。
 コメントありがとうございます。お返事が遅れまして申し訳ありません。
 鉄道の廃止間際は利用状況も非常に寂しくなるものですが、それでも美濃町線は最後まで奮闘していましたね。私が乗車した30年ほど前はまだ美濃まで伸びており、その後関から先が廃止になりましたが、この時もただ廃止するのではなく長良川鉄道の駅まで伸ばしたり、新車も導入するなど、利用者を獲得するための努力は続けられていたように思います。岐阜近郊の道路上を遠慮気味に走っていた美濃町線の電車を思い出します。

 またぜひお越しください。

投稿: いかさま | 2019/06/18 23:30

お返事有り難う御座います。
実は、山本五十六らのことで偶然こちらに辿り着いたのですが、私は「歴史の旅人」系の人間でして、SNSなどのネット上で言論活動をしています。ブログなどを書いたことはなく、物書きの訓練が出来ていないので、いかさまさんの洗練された文章を読むと、お世辞ではなくその差を実感します。

ブログを書く気力が減退している、とのことですが、やはり、完乗を達成してしまったということで、具体的な目標が無くなったということでしょうか。しかし、歴史の旅人という世界ならネタに困らないと思います(笑)。

いかさまさんは、昭和政治史がお好きということですが、あの大東亜戦争とは何だったのか、何故、我が国が苦境に立たされ、世界情勢が混迷に陥っているのか。何故、JR北海道の問題を抱える北海道が「アカい大地」と呼ばれているのか。労働組合や農協とは何なのか。

先ずは以下を読んでみて下さい。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe800.html

投稿: みのり | 2019/06/20 21:23

 みのりさん、ありがとうございます。
 お褒めいただくと背中のあたりがくすぐったくなりますが、なんとか実態が伴うように頑張っていこうと思います。

 確かに歴史の話は深く、また語れる部分も多くありますね。あるひとつの事象について見ているにもかかわらず、それをどう読み取り、どう理解するかで、これほどまでに導き出される答えが異なる、それが数学や科学と異なる歴史の魅力だと思います。ただこれはにわか勉強で語ると大怪我をしますね(笑)
 ご紹介の文章については、じっくり読ませていただこうと思っています。

投稿: いかさま | 2019/06/24 00:13

blogを大まかに拝見しましたが、やはり、鋭い物の見方や考え方をお持ちですね。
確かに簡単に理解することは不可能なので、年単位の時間が掛かるとは思いますが、いかさまさんなら常人より早いと思います。
モーゼの本は、世の中の常識と天地がひっくり返るほどの破壊力がありますが、真実の歴史と世の中の仕組みを知るには、避けて通ることが出来ないものです。
取り敢えず関連情報になりますが、とても優れた論客の一人です。
http://ym-history.seesaa.net/article/103556817.html

投稿: みのり | 2019/06/29 01:25

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