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2018/07/26

2018年夏 東北乗り歩きの旅【5】 三陸鉄道南リアス線、震災の影

 前回の続き。


 三陸海岸をたどる鉄道には、今から27年前、1991年に乗車した記録が残っている。よって釜石駅に降り立つのは2度目のはずなのだが、駅周辺の記憶が全くない
 後日、あらためて当時の手帳を引っ張り出してみると、盛から三陸鉄道南リアス線の列車で釜石に着いたのが16時26分。わずか4分の接続で山田線宮古行きに乗り継いでいる。当然駅の外に出られるわけもなく、駅周辺の記憶が全くないのも道理である。


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 初めて降り立った釜石駅前には、駅前を横切る国道283号線を挟んで新日鐵住金釜石製鐵所の大きな工場がどんと鎮座している。高炉は1989年に休止されているが、釜石市の人口は最盛期に9万人を数えたという。現在の人口は3万人台で、5万人台の宮古市と逆転してしまっているが、盛岡と宮古を直結する山田線より釜石線の方がいくらか格上の扱いになっているのは、こうした歴史もあるのだろう。当時は釜石を中心に、工場夜勤者用の深夜列車が運転されていたこともあるという。


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 JRの立派な駅舎と隣り合って、三陸鉄道釜石駅の駅舎がこじんまりと鎮座している。ネーミングライツにより、「イオンタウン釜石駅」の看板が大々的に掲げられている。
 駅の柱には、東日本大震災の際、津波が到達した高さが記されている。内陸をうろうろしていて忘れがちになるが、つい7年前、三陸海岸一帯は津波が一瞬にして街と多くの人々を奪ったのであった。


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 14時25分発の三陸鉄道南リアス線、盛行きの列車に乗る。南リアス線も区間によって津波の影響を大きく受け、3年にわたって運休が続いた。車両も3両が冠水して使用不能になり、クウェートからの支援により新たに導入された。私が乗っているのも、その車両のうちの1両である。夏らしくひまわりの造花が飾られた車内に、乗客は10人ほどである。


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 線路の規格は立派である。リアス式の出入りの激しい海岸線が内陸に食い込んだところに集落と駅があり、その集落と集落の間をトンネルと高架や盛り土で比較的直線的に結んでいる印象である。いずこの集落でも重機が動き、大きな防潮堤の工事が進められている。


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 一番古い区間でも1970年の開業という、歴史的には非常に浅い南リアス線は、戦後の鉄道工事の技術をもって頑丈かつ高いところに敷設された。けれども、その南リアス線の上をも津波は越えていった。釜石から2駅、唐丹のホームの柱に記された津波到達高さのしるしがそれを物語っている。


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 吉浜の手前で案内放送が流れて紹介された吉浜湾は、リアス式海岸がぐっと内陸に入り込んでできた美しい湾。明治・昭和と二度の大津波で大きな被害を受けたこの集落は、先人の教えを忠実に守って高台に居続け、平成の東日本大震災では住民の犠牲を最小限に食い止めた。吉浜を過ぎて再びトンネルに入り、それを抜けると三陸。ここも海岸には立派な防潮堤が見える。風景としては無粋だが、人の命には代えられない。


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 恋し浜で3分ほど停車。待合室に所狭しと、ホタテ絵馬と呼ばれる、メッセージを書いたホタテの貝殻が無数に飾られている。列車行き違いのできない駅なので、これを見てもらうために眺めに停車時間をとっているらしい。
 旧駅名は「小石浜」で、地元のホタテブランドの名にちなんで改称されたという珍しい駅である。そういう由来を聞いてしまうとさほどご利益があるようには思えないが、鉄道や駅に人が集まってくるきっかけにはなるだろうと思う。



 続く。

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コメント

震災後、北リアス線に乗車した際に車両にアラビア語でメッセージが書いてあり、クエート政府の支援を知りました。
恋し浜、車で行こうと思いましたが道路事情が悪く行けませんでした、南リアス線の方が早くて便利な場所だと知りました。

投稿: しゅうちゃん | 2018/07/27 20:48

 しゅうちゃんさん、いつもありがとうございます。
 私も知らなかったのですが、震災復旧に当たってはかように遠い国から暖かい心遣いがあったのですね。列車のボディーに貼られたメッセージを読んで神妙な気持ちになりました。
 恋し浜は車だと行きにくい場所なのですね。列車ですと降りて目の前が貝殻だらけの待合室ですので、これ以上便利な交通手段はないですね(笑)

投稿: いかさま | 2018/07/29 22:36

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