« 2009年世界の旅【94】フランス(6) モン・サン・ミッシェルの1日・その3 | トップページ | 2009年世界の旅【95】フランス(7) 最後の一夜 »

2018/07/03

さようなら、歌丸さん

 夕方、たまたま一息つきにいこうと席を立った瞬間、私のスマートフォンがブルッと震えた。普段仕事中にメールをよこすことなどめったにないうちの嫁から、「歌丸さん死んじゃったって!」とたった1行のメッセージであった。


 以前にも書いたが、私は怪物番組「笑点」が大好きである。番組の歴史が52年、そのうち私は物心ついてから40年以上付き合ってきた、そのシーンに常に居続けた人が亡くなった


 司会としての最後の数年間は、見ていても本当に辛そうだった。肺気腫、帯状疱疹、背部褥瘡と幾度も病欠、もともと細かった体がさらに細くなっているのが、紋付きの袖から覗く腕をみるとよくわかった。


 「笑点」勇退後も高座に上り続ける歌丸さんの姿がしばしばテレビで報じられたが、長年の喫煙で呼吸器を痛めつけたために鼻にチューブを入れ、吸入しながら語り続ける姿は、落語に対する情熱を垣間見せた。まさに鬼気迫る表情で、圓朝の怪談噺を語るにはふさわしかったかもしれない。ぜひ一度生で見てみたいという思いは叶わなくなった。ご本人も、「高座で死ねたら本望」を地で行く生き様だったとはいえ、もう少し長く高座に上がり続けたかっただろうと思う。


 ここ数年、BS放送で「笑点なつかし版」と題して、圓楽時代・歌丸時代の「笑点」の再放送がおこなわれている。私は最近の「笑点」も変わらず好きだが、歌丸さんのいる「笑点」は面白い。とりわけ、先代圓楽が司会で、回答者の真ん中あたりに歌丸さんが座る「大喜利」は安定感があり、「外れ」がない。台本があったとかなかったとかいう噂もあるが、そんなことはどうでもいい、そう思える楽しい日曜日の夕方だった。


 9年前、先代圓楽さんの訃報を、私は視察研修先のオランダで聞いた。それから9年。私が「笑点」を見始めた頃のレギュラーメンバーは過半が鬼籍に入った。75歳になったこん平さんも闘病生活に入って長い。実に月並みな表現で情けないが、時代の節目を迎えた、ということなのだろうか。


 歌丸さん、お疲れ様でした。
 あっちで談志、圓楽、小円遊、そんなメンバーと、落語や笑点談義をゆっくりしてほしい。ご冥福をお祈りします。

 ※過去記事⇒愛すべき怪物番組「笑点」への思い

>ランキング参加中です。みなさまの「クリック」が明日への糧になります。よろしかったら、ポチっとな

ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ にほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ 鉄道コム

|

« 2009年世界の旅【94】フランス(6) モン・サン・ミッシェルの1日・その3 | トップページ | 2009年世界の旅【95】フランス(7) 最後の一夜 »

日常の旅人」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
ニュースで訃報を知った時、驚きと同時にとうとう…と思いました。
酸素を付けた姿でテレビに登場するようになって頻繁に入院されてましたね。
それでも何度もお姿をお見かけするうち、まだまだ当分大丈夫かもって思っていたのですが…
ニュースで舞台裏を少し映してましたが、幕が下りてから本当に苦しそうにされてました。
それでも噺家を続けられる情熱はただただ凄いとしか言いようがありません。
歌丸さんの落語は本当に面白かった。
どこかお茶目で憎めなくてあたたかかった。
寂しいです。。。ご冥福をお祈りいたします。
それにしても、笑点のメンバーの変遷を考えると自分が年を取ったのだと思い知らされます。。

投稿: ミミ | 2018/07/03 23:00

 ミミさん、いつもありがとうございます。
 「笑点」の看板を守り続ける傍ら、新しい噺の習得に勤しまれたそうですが、その裏側には壮年期、笑点で大いに名を売っていた頃に「話が下手」と言われたことへの反骨心があったそうです。単純に話をいじるのではなく、古典を現代に沿わせていってわかりやすい笑いをとる、そんな落語を得手とされていたように思います。
 「長寿番組」と言われて久しいですが、私をしてその8割あまりを観続けてきたことになります。歳をとるわけですね(笑)

投稿: いかさま | 2018/07/05 01:21

こんばんは☆
 
ホントに しゃべらなくなっちゃったんですね。
何度アブナイと言われても 不死鳥のように戻って来たので
今度も嘘じゃないか、なんて思ったりしたんですが。
 
生まれた時から「笑点」には 歌丸さんがいて当たり前だったので
司会を下りた時も 何だか変な感じでした。
あぁ、寂しいなぁ。

投稿: 花mame | 2018/07/06 02:17

 花mameさん、ご無沙汰しております。コメントありがとうございます。
 「病のデパート」とまで言われた満身創痍の歌丸さん。その様子はテレビの画面からも伝わってきましたが、そんなことはお構いなしといった風情で常に明るく、笑いを提供してくださっていましたね。司会交代から2年が過ぎ、ようやく違和感を感じることなく観られるようになってきたところだったのですが、しばらくはまた複雑な思いでテレビに向かうことになりそうです。

投稿: いかさま | 2018/07/06 23:29

追悼VTRに出ていたこんちゃんも、持ち直したとはいえ、笑点に出ていた頃からは信じられないくらい弱々しくなっちゃって……。木久ちゃんも歌さんと年はあまり変わらないし、歌さんほどではないけど入院で休んだりしてるからなあ。

投稿: 龍 | 2018/07/08 20:11

 龍さん、コメントありがとうございます。
 ちょっと出掛けておりまして本の数時間前に戻ったばかりですので、残念ながら追悼番組は見ていません。録画していますのでおいおい見ようと思っていますが、24時間テレビなどで時々出てこられるこん平さんも大変な状況の中頑張っておられますね。一時歌丸さんが「笑点はバラエティーというよりヒューマンドキュメント」と自嘲気味に言われていましたが、歴史、そして時間とはそういうものなのかな、ということを今一度考えさせられました。

投稿: いかさま | 2018/07/09 01:27

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: さようなら、歌丸さん:

« 2009年世界の旅【94】フランス(6) モン・サン・ミッシェルの1日・その3 | トップページ | 2009年世界の旅【95】フランス(7) 最後の一夜 »