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2018/09/08

北海道胆振東部地震~いかさまの40時間

 9月6日3時8分。居間で寝ていた私は、ゴーッという音とともに襲ってきた縦揺れで目を覚ました。ほどなく携帯電話の緊急アラームが響いたと思うと、家がミシミシという音を立てて横揺れを始めた。緊急地震速報より先に揺れが来たのも、家の中で物が落ちるほどの揺れの大きさも初めての経験である。背後の台所ではガラスのコップが割れる音がした。


 私はすぐにテレビと照明を点けた。家族も起き出してきたが、階段下には先ほど割れたグラスの破片が散乱している。家族を制止してとりあえず破片を拾い、掃除機で吸引。テレビでは胆振南東部で震度6強を告げていた。「札幌市南区・震度3」と表示が出たが、南区の計測地点は定山渓で、そこから直線距離で10kmほど離れた我が家の感触では震度5弱、もしくは5強程度の揺れではないかと思われた。
 のちに最大震度は厚真町の震度7、札幌市では東区で震度6弱だったことがわかる。


 ニュースに見入るうち、突然画面が消えて家が真っ暗になる。3時半ごろのことである。地震から停電までギャップがあったのは、苫東厚真火力発電所の停止により需給のバランスが崩れたためとされている。いずれにせよ情報収集の手段は業務用ガラケーのワンセグ放送とスマホでのネット情報だけとなる。


 午前4時過ぎ、会社の同僚と連絡を取ると、我が社のビルも停電していることがわかる。私のセクションはビル管理を担当しているので、放置するわけにはいかない。上司とも連携を取り、後事を嫁と子供たちに託して家を出て、車で市内中心部の職場へ向かった。これが5時頃のことである。道路は空いていたが、信号はすべて消灯しており、慎重に走る。


 5時半頃職場に着き、少し遅れて到着した上司、同僚と打ち合わせ。ビル内は非常電源に切り替わっており、最低限の照明と火災報知機などの機能だけが維持されている状態あわただしい状況確認や打ち合わせの合間を縫って、8時頃、停電中ながら営業していた近くのコンビニで、20分ほど並んで当面の食料を確保。
 非常用電源の残量を睨みながら最悪の状況を想定した手を打つうち、14時半頃、不意に北電からの電力供給が復活し、ビルの電源が息を吹き返す。


 一方、18時過ぎに帰宅した自宅の方はというと、幸い水道は生きており、トイレも含めて水には困らなかったのが救いだが、電気はいっこうに復旧しない。モバイルバッテリーで家族のスマホや携帯の電源だけは確保したが、そのうちに通話やデータ通信が不安定になりはじめ、夜も更けるころにはスマホでのデータ収集も困難になった


 カセットコンロで湯を沸かしてカップ麺を食べ、ふらりと外に出ると、仮死状態にある札幌の上空に満天の星空が広がっている。それはなかなかに感動的な景色だった。家族を呼んでしばしみんなで星空観察。温水器に残っていたぬるいお湯でシャワーを浴びて早めの就寝となる。札幌市内では、早いところではこの日の夕方には電気が復旧していたが、まだ大半の地域で停電が続いており、静かな夜である。


 明けて7日、この日も私は会社に出勤し、許しをもらってモバイルバッテリーを充電。慌しい業務の傍ら、ワンセグ以外の情報が得られない家族に代わって情報の収集に努める。北電による電力の復旧作業は着々と進んでおり、少しずつ停電が解消していたが、昼の段階でまだ全道の半分ほどの家庭が停電となっている。
 北電のホームページを見ると、市町村ごとの復旧状況が掲載されているが、情報が漠然とし過ぎており、ページ上だけでは札幌市は完全復旧しているように見える。もちろんこの段階で我が家は停電が続いている。そのうちに市町村別の復旧状況の表はページから消えた。情報の提供方法が粗雑すぎ、かえって誤解を招くようでは困る


 同じホームページにあった発電所の復旧状況と、ニュースが伝える停電の解消見込みを見比べると、18時半頃とされる伊達の火力発電所が再稼働すれば、全道の8割程度の電力供給が復活すると思われた。苫東厚真火力発電所の再稼働には時間がかかるとされており、逆にこのタイミングで復旧しないと、停電が長期化する可能性もあるな、と私は考えた。


 18時頃会社を出て自宅へ戻る。夕方まで停電していたはずの職場近くの信号も復旧しており、期待が高まる。自宅から2kmほどのところにある銭湯が営業しているのを横目に走るうち、照明がほとんど見えなくなった。自宅周辺は昨夜と同様真っ暗。時間は19時になっており、どうやら我が家は残りの2割に入ったか、と腹を括る。一方で1kmほど先の住宅地には灯りが広がっている。これが少々悔しい。


 自宅では2度目のろうそくを囲んでの食事。長期戦になるかもしれない、と家族に伝え、先ほど見かけた銭湯でとにかく風呂に入ろう、と提案。みんな即座に賛成し、着替えとタオルをそそくさとかばんに詰めて車に乗り込んだ瞬間、上の坊主が、
「あれ?お向かい、電気がついてる!」と一言。
 慌てて家へ戻り、ブレーカーをONにすると、家の中いたるところでブーンと音がした。40時間ぶりに文明が戻ってきた音である。灯りも点いた。「なんかじーんとするね」と坊主が一言。全くもって同感である


 お風呂沸かすのには時間かかるよね、ということで、結局家族そろって銭湯へ行き、ややぬるい風呂にのんびり浸かった後、自宅へ戻った。掃除や洗濯、テレビからの情報、2日間遠ざかっていた身近な感謝をかみしめる。そして私はPCに向かい、こうして半ば備忘録レベルの一部始終をこうして書き散らかしている


 厚真町での崖崩れ、札幌市内の液状化や道路陥没などをはじめ、大きな被害を生んだ地震の中で、こうして無事でいられることは実に幸せなことだと思う。
 今この時間にも道内にはまだ停電の続いている地域があり、需給状況によっては計画停電の実施も想定されている。札幌で感じる回数は少なくなったが、余震の頻度もまだ高い。向こう1週間程度は大きな余震(場合によっては本震)が来ることも考えられる。まだ気の抜けない状況が続くが、緊張感をもって日々を過ごしていかねば、と思う。




 通信が不自由な間、多くの皆様に心配や励ましのメッセージ、コメント等をいただきました。遅くなりましたがお礼申し上げます。ありがとうございました。
 また、今回の地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災されて今なお不自由な生活を強いられている方々に心からお見舞いを申し上げます。

 

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日常の旅人」カテゴリの記事

コメント

ご無事でなりよりでした。
まず 北海道地震というのでいかさまさんは・・・、
と、心配しておりました。
単身赴任が終わって、家族と一緒に居た!!!という事が
奥様・息子さんたちは心強かった事でしょうね。
連日TVは北海道のニュースです。
余りの凄さに・・・驚いています。

投稿: マーチャン | 2018/09/08 08:53

こちらは雨が降りそうだから地震の避難訓練は中止しようなんて言っているのに(というか毎年大地震が来ると言われて年2回は訓練しているから逆に気が緩んでいる)周囲で大災害が起きているのを見ていると申し訳なく思います。日常が戻ることを祈っています。

投稿: かわうそくん | 2018/09/08 09:25

師匠のお誕生日、完乗とお祝いにも駆けつけることも出来ず
この度の台風・地震と…何もすることができず…
スミマセン。
自分でも311であれだけコワイ思いをしたのに
現実、緊張感が薄れつつあったのです。師匠の記事で冷静な判断リアルな状況を伺ってもう一度自分も思い直さねばと…考えさせられました。
被災された方や大好き北海道の皆さんの暮らしが早く普通に戻られますよう心から願っています。

投稿: ゆきぱんだ | 2018/09/08 09:29

こんにちは!
停電には参りましたねsweat01
トイレの水も出ず、難儀しました。

職場では発電機を回してテレビで情報収集していました。
取引先がシステムが使えず銀行も閉まっていたので
全く仕事になりませんでしたね。

確かに夜の星空はすばらしく
綺麗でした!shineshineshine

投稿: monna | 2018/09/08 13:16

ご家族皆さん無事で何よりでした。建物被害も少なかったようで良かったです。
スーパーやホームセンターに並ばないで済んだようですね。
同じ市町村でも、エリアによって被害状況が大きく違いますからね。

投稿: しゅうちゃん | 2018/09/08 16:54

こんばんは!
ご無事で何よりでした。
ご家族と一緒の時で良かったですね。
私は未だに単身赴任を続けています。
今後、静岡で同様の地震があった時、私はいかさまさんの様に出勤する自信はありません。
仕事は放りだして静岡へ帰ると思います。
ですから、起きないことを祈るのみです。

投稿: FUJIKAZE | 2018/09/08 17:28

いかさま先生、災害直後の職場の対応お疲れさまでした。
先生やご家族の方もご無事で何よりです。他の方も書いていますが単身赴任から戻ってきていて良かったですね。

本当に停電は大変でしたね。
今回は停電の影響で地下鉄やJRをはじめとする公共交通機関が全線運休となったため、こちらは勤務先に駆けつけることができず、自宅待機となりましたよ。

次第にスマートフォンの電波状況も悪くなり、停電が復旧するまで情報源がラジオのみとなりました。
札幌に住んでいてこんな深刻な災害は初めてかなと思います。

しばらくは混乱が続くかと思いますが、頑張りましょうね。

投稿: M | 2018/09/08 21:34

ご家族や自宅も含め、ご無事で何よりでした。

札幌も地域によってはかなりの被害があった様子で、心配ではあったものの、まずは身内や身近なことに専念してもらった方がと、あえてメッセージの類は控えてました。

自分の仕事柄、同じ状況になったらどうするか、ということを意識しておくべきであることを、直近の災害から痛感しているところです。

まだまだ大変な状況が続くと思いますが、これ以上被害が広がらないことと、早い復旧を願っています。

投稿: miyap | 2018/09/09 09:49

いかさまさん、こんばんは。

本当に大きな地震で心配しておりました。ご家族を含め怪我無くお過ごしのようでよかったです。

電気がないと一気になのも出来なくなることを痛感させられますね。日常生活や仕事、情報の入手でさえ、何もかも電気に頼っている現代社会にある意味危機感さえ持ってしまいます。

余震が続いていると思いますが、どうか身の安全は確保されて下さいね。

投稿: omoromachi | 2018/09/09 19:55

 マーチャンさん、ありがとうございます。
 家族がどう思っていたかは定かではありませんが、少なくとも私としては遠くで心配するよりは気分的に安定していただろうと思います。
 札幌市内でも液状化などひどいところもありますが、幸い私のところは大きな被害もなく、少し安堵しています。

投稿: いかさま | 2018/09/10 00:02

 かわうそくんさん、ありがとうございます。
 東日本、熊本と、ひょっとすると私自身、他人事と思っていた部分が少なからずあるようで、今回は反省しました。こちらの余震の心配もさることながら、次は何処で災害が起こるか全くわかりません。用心と準備に越したことはないと思います。

投稿: いかさま | 2018/09/10 00:04

 ゆきぱんださん、ありがとうございます。
 私も逆に東日本や熊本の震災の時には何もできなかったです。それでも、たくさんの方がこうして北海道のことを機にかけてくださる、そのことだけでも十分に感謝の気持ちでいっぱいです。
 幸い自宅周辺ではインフラも復旧し、買い物に若干不自由する以外は普通の生活が戻りつつあります。まだ震源地付近や札幌市内でも一部地域は大変な状況が続いていますが、見守っていただければと思います。

投稿: いかさま | 2018/09/10 00:07

 monnaさん、ありがとうございます。そちらもご無事だったようでなによりです。
 私の会社は非常電源で最小限の照明だけでした。電気の復旧の情報がなく、システムをいったん落としたことで、ICT部門の担当はシステム復旧におおわらわの状態です。週明けも大変でしょうが、お互い頑張りましょう。


 札幌でも街の灯りの向こうにはあんなにきれいな星空が広がっているんですね。しんどい状況の中で、ほんのちょっぴりの癒しでした。

投稿: いかさま | 2018/09/10 00:12

 しゅうちゃんさん、ありがとうございます。
 我が家はオール電化で証明はおろか湯も沸かせませんでしたが、幸いカセットコンロのガスの買い置きがあったのと、水だけは問題なく出ましたので、当座の食糧には困りませんでした。
 札幌市内でも清田・厚別区は液状化の影響もあって水道も使えない状況でひどかったようです。それを考えれば不幸中の幸いだったと思います。

投稿: いかさま | 2018/09/10 00:15

 FUJIKAZEさん、ありがとうございます。
 仕事上、出勤しなければならない業務だったこともありますが、エリア的に自宅周辺はほとんど被害がなかったことと、たまたま足(車)があったこと、また家族の雰囲気を見て、これは大丈夫だ、と思えたことが大きかったと思います。
 単身赴任は家族の表情が見えないのがつらいですね。私も仮に旭川に居たら、どう動いていたかわかりません。

投稿: いかさま | 2018/09/10 00:17

 Mさん、ありがとうございます。
 私は幸い職場に駆けつけることができましたが、大半の職員は木・金と2日間は自宅待機となりました。
 我が家はラジオがなく、一瞬どうしようかと思いましたが、幸いガラケーでワンセグを見ることができましたし、最悪、カーテレビで情報は取れるだろうと思っていました。電力が早く復旧した会社でモバイルバッテリーの充電ができたのも大きかったと思います。

投稿: いかさま | 2018/09/10 00:20

こんばんは。

いかさまさんとご家族みなさんがご無事とわかり安堵しました。

まさか北海道でここまで大きな地震が起こるとは…
とても驚きました。

何のお役にたつこともできませんが、一日も早く元の生活に戻れるようお祈りしています。

阪神淡路大震災を経験した方がやはり、
避難所で見上げた満天の星空がとても美しく、
涙した…と仰っていたことをふと思い出しました。

まだまだ諸々大変なことが多く、ゆっくり休むこともできないかもしれませんが、ご家族皆様、お体には十分留意してお過ごしください。

投稿: アケ | 2018/09/10 00:24

 miyapさん、ありがとうございます。
 地震に限らず、あれだけ大きな災害が各地で起きていながら、どこか他人事のような感じで日々を送っていたことを少なからず反省させられました。自然の脅威の前に人間が無力であることは間違いないのですが、すべきこと、できることを常日頃から考えておくことで、もう少し上手に災害と対峙できるのではないか。そんな風に考えました。

投稿: いかさま | 2018/09/10 00:27

 omoromachiさん、ありがとうございます。
 幸い我が家は水道だけは普段どおり使えたのですが、マンションの高層階などでは電気がないためにポンプが動かせず、水の確保に苦労したという話も聞きました。携帯の電波も、エリアによっては基地局の電源がなくなたために利用できなくなったところもあるようです。
 幸い私は会社でモバイルバッテリーの充電ができ、携帯のワンセグで情報を入手することができましたが、電気と情報、このふたつについては、こうした不測の事態に、どのようにしてそれを確保するか、入手できるか、そういったことを日頃から考えておかなければならないと痛感しました。

投稿: いかさま | 2018/09/10 00:42

いかさまさん
本当に、本当に大変でしたね。でもご無事でなによりでした。
コメントが遅くなりごめんなさいね。
北海道とニュースで知って頭に浮かんだのは、北海道出身の同僚のことといかさまさんのことでした。
いかに強い揺れだったのか、停電でのご様子とか、この記事でよくわかります。
いかさまさんの冷静な行動も。
まだ余震の危険もあるでしょうし、電気も十分とは言えない状況だとお察しします。
どうかお気を付けて。平穏な日常が早く戻りますように!!

投稿: ミミ | 2018/09/10 23:25

 アケさん、ありがとうございます。
 お返事が遅れまして申し訳ありませんでした。

 地震から9日、日常生活も仕事の方もようやく少しずつ落ち着きを取り戻してきた感じです。幸い札幌市内でも、私たちの住んでいる南部はよい地盤に守られて大きな被害を受けずに済みました。
 幸いひと晩で電気が戻り、満天の星空は幻になってしまいましたが、あの夜見上げた札幌の夜空は、この後も折に触れて思い出すのではないかと思っています。

投稿: いかさま | 2018/09/15 23:27

 ミミさん、ありがとうございます。
 こちらこそお返事が遅れて申し訳ありません。
 同僚の方と並んで私ごときを思い出していただけたことを深く感謝します(笑)
 本人は地震発生直後から冷静に行動したつもりでいるのですが、9日たって思い返してみるといろいろと欠落していて、いろんな方々に迷惑をおかけしたのではないかと反省しています。節電目標は緩和されましたが、これから気温も下がり、電力需要は増加傾向になります。節電、大事ですね。あらためて電気の有難さを実感しました。

投稿: いかさま | 2018/09/15 23:30

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