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2019/03/07

いかさまさんの平成史 平成8年

 平成8年(1996年)は、年明け早々、村山富市首相の辞意表明と記録的な豪雪で幕を開けた。
 正月休みの長い私の会社は、8日の月曜日が仕事始めだったのだが、新年会終わりで遅めの帰宅となった独身寮の前にはすでに膝のあたりまで雪が積もっていた。
 明朝、積雪はさらに増え、除雪もままならない道路にはバスもタクシーも通らない。雪に半分埋もれながら30分以上歩いてたどり着いた手稲駅から、大幅なダイヤの乱れで東京並みの殺人ラッシュとなった電車に乗り、いつもの倍以上の時間をかけてようやく会社にたどり着いた。
 8日昼から9日昼の24時間で、札幌中心部では66cmの雪が一気に降った。84cmの降雪となった小樽市は、その後およそ3日にわたって国道も鉄道も通行止めで「陸の孤島」となった。


 そのようにインパクトの強い幕開けとなった平成8年だが、私の情緒はこれまでの人生の中でも最低と言っていいレベルの低空飛行を続けた。会社の雰囲気になじめず変人扱いをされ、それでカチンときて余計なことを言うものだから、ますます上司から疎ましがられた。金をもらっている以上仕事をしなければならんという使命感はまだ持ち合わせていたのだが、孤立感の深まる中で私の動きは空回りを続け、次第に意欲を喪失していく。


 こんな調子だから素敵な女性との縁に恵まれることも夢のまた夢である。同じ会社の別フロアに私の好みのタイプばっちりの可愛らしい女性がおり、幾度となくモーションをかけてみたのだが、相手は頭の回転も速く愛嬌もある優秀な女子、こちらは地面すれすれをもがくように飛び続けるダメ社員でいかんともしがたい。しかも学生時代からお付き合いしている方がいるとなればもはや戦わずして勝負の趨勢は判明する。公私にわたって実にチョベリバな1年であった。


 鉄道に目をやると、初めてのひとり旅以来幾度となくお世話になった、東海道本線の普通夜行列車、通称「大垣夜行」が、3月、特急型車両に置き換えられ、指定制の快速「ムーンライトながら」に衣替えした。車両のグレードアップは喜ばしい半面、私自身も初めてのひとり旅以来幾度となく利用した、直角座席の夜行列車は過去帳入りとなった。
 置き換え後、一度だけ東京発の下りを利用したことがあったが、「大垣夜行」時代と比べてはるかに快適なはずの車内で私はあまり眠ることはできず、むしろ落ち着かない気分だったことを覚えている。


 「ムーンライトながら」は、その後、全国的な夜行列車退潮の流れの中で、2009年に臨時列車化された。運転日数は年々減少し、現在は学校休みの時期を中心に年間数十日程度運転されるのみとなっている。


※平成8年の鉄道新規乗車実績 68.5km(通算18,410.0km)

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コメント

1996年は、XJR1200で東尋坊、青森に行った後、思い付きで大阪港から沖縄へフェリーで行き、帰りは鹿児島から東京へ戻ろうとしたらシートバッグがマフラーに触れて融けてしまい、荷物を高速道路にばらまいたという苦い思い出が・・・。夏にはバイクをホーネット250ccにして走りまくってました。当時事務で入った女性が好きでしたが、先輩の彼女だということが分かり茫然としたのもいい思い出です。

投稿: かわうそくん | 2019/03/07 20:39

 かわうそくんさん、ありがとうございます。
 お返事が遅れまして申し訳ありません。
 このころのかわうそくんさんはバイクで縦横無尽に走りまくっていらっしゃったのですね。私なんぞはバイクの免許は取っただけでついにここに至るまで使わずじまいですので羨ましい限りです。女性の話はまあこの年頃だと誰もが通る道、もう少し色男に生まれたかったと悔しく思ったものです。

投稿: いかさま | 2019/03/18 00:17

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