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2019年3月

2019/03/30

親子ふたり旅【1】広島から出雲へ

 ご無沙汰しました。いかさまです。
 仕事も大物が一段落し、ココログもいくらか安定したようなので、とっておきのやつを出します。


 3月8日から11日まで、3泊4日で下の坊主とふたり旅に出ていた。


 上の坊主とは、小さい時から長距離フェリーや鉄道で1泊ないし2泊をふたりで過ごす機会が何度かあったのだが、下の坊主とはこれまでそういう機会があまりなかった。本人がそういうことにあまり興味を示さなかったこともあるし、小さい頃から週5回水泳に通っていたりして時間的な余裕もあまりなかったことによる。


 けれども、男親としてはやはり、一度ふたりきりでいろいろ話をしながら旅をしてみたい。万事においてリアクションが薄い傾向がある坊主の反応を見てみたい気もする。
 たまたま何かのはずみに下の坊主が「列車の中で寝てみたい」と言い始めた。私はこうした言葉尻をつかんで離さない。4月からは坊主も中学生になり、こうした私のオファーにも応えてくれなくなるだろう。今がチャンスとばかりにきっぷ、宿一式を整え、3月8日、新千歳空港15時発のJAL便で広島へ飛んだ。

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 広島空港からバスと電車を乗り継いで、平和記念公園に近いホテルに入り、とことこと30分ほど歩いて人気のお好み焼き店、「薬研堀 八昌」へ。時刻は夜7時半近く、店の前には20人以上が並んでいる。店に入るまで1時間半、それからお好み焼きが出てくるまで20分。座り続け歩き続けてさらに待ち続けでお疲れ坊主の機嫌はよろしくないが、生地に牛乳を使い、たっぷりのキャベツがしっとりとしつつ存在感を出すお好み焼きはお口にあったようでなによりである。

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 2日目は、晴れた空に厳然とたたずむ原爆ドームを眺めた後、平和記念資料館へ。私は一昨年見学しているので、坊主ひとりで入場させて外で待つ。現在本館は改修中で、東館のみが公開されている。退屈したり嫌だと思えばものの数十分で出てくるだろう、と思っていたが、案外なことに坊主が出てきたのは約1時間後。感想を問うてみたが多くを語らない。こういう場合、彼はなにがしか頭の中で思いを巡らせていることが多い。

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 広島バスセンターから11時25分発の高速バス「いさりび」号で浜田へ。ここには遠い親戚があり、大学卒業前の日本一周の旅に出た際、私は祖父の伝手を頼り、ここでひと晩お世話になった。初対面で図々しくも泊めてくれとお願いした非礼と、思いもかけぬおもてなしをいただいた当時のお礼を、24年経ってようやく申し上げる機会を得た。
 残念ながらおばあさん、おじさんはすでに亡くなられており、ひとりで家とお店を守る私の母と同い年のおばさんと2時間ほどお話しさせていただき、我が家とのご縁や先方の血縁関係など、当時できなかった話をゆっくりさせてもらうことができた。

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 浜田16時40分発の特急「スーパーまつかぜ12号」で出雲市へ入り、2泊目。新しくて小ぎれい、しかも大浴場のあるホテルに坊主はご満悦である。入浴後、近くの出雲そば屋で夕食。ホテルでのんびりしながらゆったりと時間を過ごす。テレビを見ながら他愛もない話をするだけで、普段と変わらない。ただそこが旅先である、ということだけで、何とも言えない、優雅な、そしてとても貴重な時間に思えてくるから不思議である。


 続く。


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2019/03/18

残念な…

 3月16日、JR各社および一部民鉄がダイヤ改正を実施した。


Dscn1128  今回のダイヤ改正のひとつの目玉は、青函トンネル内の最高速度引き上げに伴う北海道新幹線の所要時間短縮である。上下合わせて3本の列車が、東京-新函館北斗で初めて4時間を切り、3時間58分での運転となった。一般に鉄道と飛行機のシェアの境界は4時間と言われており、大きな改善と言えなくもないが、函館市中心部へのアクセスを考えれば時間短縮効果は限定的であり、何より大需要地である札幌まで伸びてきていない現状を考えれば、大きなシェア回復につながるとは考えづらい。


 先に発表された、北海道新幹線の2018年4月~2019年2月の利用状況は、北海道新幹線の1日当たりの乗車人員は4,700人で、前年度から約300人、2016年度からは1,500人減少している。輸送密度ベースではさらに厳しい数値になるとみられる。
 北海道側では抜本的な改善策として、青函トンネルの一層の高速化に向け、フェリー等の活用も含めた貨物輸送の分離なども検討されているが、農産物輸送への影響を考えると手放しで賛成できるものではない。まさに出口の見えないトンネルにいる状況が続いている。


 北海道では乗降客の少ない駅の廃止が今年も進み、東日本では中央本線の「あずさ」の運行体形が見直され、停車駅の削減がおこなわれた。ダイヤとは直接的に関係はないが、全国的に新幹線や特急列車における車内販売が不採算のために廃止されるなどのサービスカットが進むなど、人手不足の世の中を反映してか、輸送の合理化は一層進む傾向にあるように感じられる。


 その一方で都市部においては、西武鉄道の新特急「ラビュー」の運転開始、各線区での増発など輸送改善が進む。大阪では、おおさか東線・新大阪-放出11.0kmが開業した。これなどは喜ばしい出来事ではあるが、私にとっては非常に残念なことでもあった。


 私は昨年8月19日、日本の鉄道全線完乗を達成したところであるが、おおさか東線の開業により、その栄誉を一時返上することになるためである。月末には横浜シーサイドライン・金沢シーサイドライン金沢八景駅が移転し、こちらも営業キロが2.0km伸びる。
 どちらの方面にも遠征予定は当分なく、私の中で消化不良の状況が当面続く


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2019/03/07

いかさまさんの平成史 平成8年

 平成8年(1996年)は、年明け早々、村山富市首相の辞意表明と記録的な豪雪で幕を開けた。
 正月休みの長い私の会社は、8日の月曜日が仕事始めだったのだが、新年会終わりで遅めの帰宅となった独身寮の前にはすでに膝のあたりまで雪が積もっていた。
 明朝、積雪はさらに増え、除雪もままならない道路にはバスもタクシーも通らない。雪に半分埋もれながら30分以上歩いてたどり着いた手稲駅から、大幅なダイヤの乱れで東京並みの殺人ラッシュとなった電車に乗り、いつもの倍以上の時間をかけてようやく会社にたどり着いた。
 8日昼から9日昼の24時間で、札幌中心部では66cmの雪が一気に降った。84cmの降雪となった小樽市は、その後およそ3日にわたって国道も鉄道も通行止めで「陸の孤島」となった。


 そのようにインパクトの強い幕開けとなった平成8年だが、私の情緒はこれまでの人生の中でも最低と言っていいレベルの低空飛行を続けた。会社の雰囲気になじめず変人扱いをされ、それでカチンときて余計なことを言うものだから、ますます上司から疎ましがられた。金をもらっている以上仕事をしなければならんという使命感はまだ持ち合わせていたのだが、孤立感の深まる中で私の動きは空回りを続け、次第に意欲を喪失していく。


 こんな調子だから素敵な女性との縁に恵まれることも夢のまた夢である。同じ会社の別フロアに私の好みのタイプばっちりの可愛らしい女性がおり、幾度となくモーションをかけてみたのだが、相手は頭の回転も速く愛嬌もある優秀な女子、こちらは地面すれすれをもがくように飛び続けるダメ社員でいかんともしがたい。しかも学生時代からお付き合いしている方がいるとなればもはや戦わずして勝負の趨勢は判明する。公私にわたって実にチョベリバな1年であった。


 鉄道に目をやると、初めてのひとり旅以来幾度となくお世話になった、東海道本線の普通夜行列車、通称「大垣夜行」が、3月、特急型車両に置き換えられ、指定制の快速「ムーンライトながら」に衣替えした。車両のグレードアップは喜ばしい半面、私自身も初めてのひとり旅以来幾度となく利用した、直角座席の夜行列車は過去帳入りとなった。
 置き換え後、一度だけ東京発の下りを利用したことがあったが、「大垣夜行」時代と比べてはるかに快適なはずの車内で私はあまり眠ることはできず、むしろ落ち着かない気分だったことを覚えている。


 「ムーンライトながら」は、その後、全国的な夜行列車退潮の流れの中で、2009年に臨時列車化された。運転日数は年々減少し、現在は学校休みの時期を中心に年間数十日程度運転されるのみとなっている。


※平成8年の鉄道新規乗車実績 68.5km(通算18,410.0km)

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