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2019/04/25

いかさまさんの平成史 平成15年~平成17年

 このところ公私ともにバタバタと忙しい日が続いており、なかなかブログを更新する暇もなかった。平成の終わりに当たって私自身の平成史を振り返り、懐かしみながら記事を書こうと思っていたのだが、気が付けば令和時代の到来まであと1週間を切っている
 とはいえ、ここまで書いてきたものが尻切れトンボになるのも心が痛むので、もう少し、自分振り返りの旅を続けようと思う。


 バブル絶頂期の平成元年に38,915円を記録した日経平均株価が7,607円と底を打った平成15年(2003年)は、私にとって何度目かの人生の大きな転機になる年となった。2月に4年間を過ごした旭川から岩見沢へ転勤となり、7月には待望の長男が私と同じ顔で生まれてきた。仕事はきわめて順調で、私はこの年からしばらく、仕事と家族(子供)を中心に充実した、悪く言えば振り回される生活を送ることになる。こういう状況の中で、鉄道乗りつぶしの方は、平成15年に仕事で九州・関西へ行った際、未乗だった山陽新幹線・三原-博多間373.8kmに乗ったのが唯一の大物で、相変わらずお休みに近い状況が続いた。


 一方でこの3年間は、鉄道にとって大きな出来事が重なった年であった。平成15年10月1日、東海道新幹線品川駅が開業、東海道新幹線はこれまでの「ひかり」から「のぞみ」中心のダイヤに大幅変更された。品川に「のぞみ」全列車が停車するようになるのはこの5年後だが、品川、新横浜への停車拡大により首都圏西部から新幹線へのアクセスが飛躍的に向上することになった。
 翌平成16年3月13日には九州新幹線・新八代-鹿児島中央間が開業。在来線の線形が悪い区間の先行開業は、既存の新幹線と接続しない異例の形で、博多-新八代間の開業を待つことになる。


 華やかな出来事が続いたJR各社に大きな衝撃の走る事故が、平成17年4月25日、発生する。JR西日本・福知山線脱線事故である。この事故については以前にも書いたので詳細は省くが、成長と技術革新、スピードアップの裏側で大切なものを置き忘れてきたことに気付かされた瞬間でもあった。JR西日本では在来線ダイヤの見直しが行われ、ホームページのトップには今も福知山線事故に関する記述が残っている。こうした事故の発生を目の当たりにしながら、この6年後、JR北海道で鉄道の安全性が否定されかねない事故が続発し、今日的状況を招いていることも、これまでに何度も書いてきた。


 政治的には平成13年に旋風を巻き起こして誕生した小泉純一郎内閣が長期政権となり、平成17年にはかねてからの持論であった郵政民営化法案を参議院で否決された小泉首相が衆議院を解散する、いわゆる「郵政解散」がおこなわれた。私の住む岩見沢の選挙区でも、自民党の現職が造反して刺客を送り込まれ、分裂選挙となった。その結果、民主党前職が漁夫の利を得て余裕の当選、比例単独一位とされた刺客は小選挙区では最低の得票だったものの比例復活で難なく当選し、自民党の公認を失った前職は健闘空しく当選ならなかった。全国的には自民・公明の連立与党が300議席以上を獲得して政権を盤石の体制にしている。


 盤石と言えば、2004年に発足した中日ドラゴンズの落合博満監督体制も、その後8年間、リーグ優勝4回、日本一1回、8年間すべてでAクラスという盤石な体制を築いた。就任1年目、「現有戦力の底上げだけで優勝を目指す」と公言してそれを実行した「有言実行」の行動力、業界(政界)内ではどちらかというと一匹狼の印象が強く「変人」的評価を受けていた落合博満と小泉純一郎はどこか相通ずるところがある。この年、プロ野球界は近鉄とオリックスの合併に端を発するプロ野球界再編問題から前代未聞のストライキに突入し、結果、楽天が新規参入で2リーグ12球団体制の維持が図られることになった。今シーズンの楽天イーグルスはここまで好調な戦績を残しているが、参入初年度97敗という記録的な敗戦数となったことを思うと非常に感慨深い。そう言えばその年の楽天の監督、田尾安志も中日の中核選手だったなあ、と、ふと思い出す。



※平成15年の鉄道新規乗車実績  379.3km(通算 19,212.0km)
※平成16年の鉄道新規乗車実績   26.0km(通算 19,238.0km)
※平成17年の鉄道新規乗車実績   80.0km(通算 19,318.0km)


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コメント

 思い出しましたが平成14年の11月に教育実習を3週間受けることになり、実は退職しておりました。失業手当は満10年働くと跳ね上がるのでしたが、9年目なので100万ちょっとしかなく、それもバイクの頭金で消えました。
平成15年からは無職となり、ピザの配達、塾の講師をしていましたが、税金は前年度の給与からはじき出されるので、その支払いと国民年金、国民健康保険の額が高く感じたものです。
平成16年に小学校の講師となり、教員採用試験は北海道、東京、川崎、愛知、鳥取と受けましたが、受かったのは結局地元愛知県でした。そして平成17年は正規教員スタートの年です。

投稿: かわうそくん | 2019/04/25 22:37

 かわうそくんさん、いつもありがとうございます。
 かわうそくんさんが迎えられた人生の転機からすれば、私の転機などとるに足らないものではありますが、どこかで区切りを探した時、私にとってはおおきなひとつになった年でした。
 これまで培ってきたものと決別して新たな道を歩むことのしんどさは想像するに余りありますが、そこに居続けることもまた、しんどいことであると気付くのはもう少し先の話になります。
 こうして同世代の別の方と歩みを重ねながら見ていくというのも、楽しいものですね。ありがとうございます。

投稿: いかさま | 2019/04/28 13:14

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