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2019/04/07

親子ふたり旅【3】「サンライズ出雲」の夜

 前回の続き


 米子で高校時代の同級生と会い、松江へ引き返すと時刻は18時14分。駅前のデパートで弁当や飲み物を買い込み、ホームへ上がる。めざすは、寝台特急、「サンライズ出雲」である。


Img_3691   東京と出雲市を結ぶ「サンライズ出雲」、岡山まで併結して走り四国へ向かう「サンライズ瀬戸」は、現在、定期列車として残る唯一の寝台特急である。坊主が「列車の中で寝てみたい」といった時、自然に選択肢となった。
 私は2011年7月に、横浜から下り列車に乗って以来、7年半ぶり2回目の体験である。この時は関ケ原でイノシシと衝突して1時間近く列車が遅れ、先を急ぐ私は姫路で列車を降り、振り替え輸送の新幹線「こだま」と特急「やくも」で米子へ向かうという、やや消化不良の体験となった。


Dscn1306 Dscn1309   
 19時24分、松江駅のホームに前照灯を輝かせて、「サンライズ出雲」のベージュのボディがゆっくりと入ってきた。今では珍しくなりつつある幕式の行先表示に「東京」の文字が誇らしく輝いている。
 指定された7号車に乗り込む。今回利用するのは、「シングルツイン」と呼ばれる、2段ベッド式の個室である。「サンライズ出雲」にはこの他に「サンライズツイン」と呼ばれる2人用個室もあるが、2階建ての1階にある「サンライズツイン」よりも「シングルツイン」の上段ベッドの方が眺めがいいとの判断でこちらを選択した。料金はシングルツインの方が若干安い。


Img_3692   「シングルツイン」の部屋に入ると、すでにベッドがセッティングされた状態になっていたが、いったん下段寝台を撤収し、マットをずらして背もたれをつくると、向かい合わせの座席になる。
 19時27分、発車。東京まで12時間弱の長旅である。松江で買った弁当を広げて乾杯。窓の外を流れる灯りをちらちら眺めながらの食事は、坊主にとってはなかなか新鮮なようである。8年前、今は亡き「北斗星」のツインで、小学校1年生だった上の坊主と同じように向かい合って弁当を食べた。時を経てふたりの子供とそれぞれに私は贅沢な時間を過ごしている。


Dscn1315  それから車内をひと回りして部屋に戻ると21時近く。朝から動き詰めの私を睡魔が襲ってきた。再び下段のベッドをセッティングし、予定どおり私が下段、坊主が上段に納まる。今日は疲れているだろうし、明日も早いから、ということで、早々に部屋の灯りを消して就寝モードに入ることにする。
 坊主は2段ベッドの端から手を伸ばしたり、顔をのぞかせたりしてニヤニヤしている。そう言えば2段ベッドで寝るのも彼にとってはレアな体験である。最初のうちは私も反応していたが、そのうちに眠くなり、目を閉じると上段も静かになった。私はそのまま少し眠ったようである。


 ふと目を覚ますと、時刻は22時頃、列車は伯備線を走っている頃である。窓の外に、星明りにほんのりと照らされた田畑景色が浮かんだ。夜=景色が見えない、と勝手に思い込んでいたのだが、こちら側が真っ暗だとうっすらと見えるらしい。
 立ち上がって上段ベッドを覗くと、これまで3日間、およそ車窓の景色に関心を示すことがなかった坊主が、ベッドの上に座って身じろぎもせず窓の外を流れる景色を見つめていた。声をかけると、坊主は振り向き、夜でも景色って見えるんだね、とぼそりと言った。なぜだかわからないが、その刹那、私の中にこみあげてくるものがあった。一緒に連れてきてよかった、と思った。
 私は上段ベッドに肘をついて、坊主と同じく流れる景色を眺めながら、ふたりでとりとめのない話をした。時間にして30分から40分くらいだったと思う。何を話したかはよく覚えていないが、おそらく私にとっては一生忘れることのない瞬間になると思う。


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 再び眠りに落ちた私が、次に目を覚ましたのは4時半過ぎ、列車が静岡駅に着く頃だった。たくさん話をした後も起きてゴソゴソしている様子だった坊主もさすがにぐっすりと眠っていた。まだ子供らしさの残る寝顔だった。
 それからしばらくして少しずつ闇が溶けるように消えていった。6時半前、坊主を起こして部屋の片付けに入る。7時8分、「サンライズ出雲」は東京駅に到着した。すでに月曜朝の東京駅は、どこのホームにもスーツ姿の乗客が立ち並び、平日の営みを始めていた。私たちは山手線の内回り電車に乗って池袋へと向かった。


 この後私たちは、池袋で朝食をとった後、坊主の要望に基づき、池袋サンシャインシティの「ポケモンセンターメガトウキョー」、および日本橋高島屋の「ポケモンセンタートウキョーDX」を訪れ、夕刻の飛行機で札幌へ帰った。寝不足のはずの坊主の電池は最後まで切れることはなく、途中随所で退屈を挟みながらも、充実した4日間を過ごしてくれたようであった。


 ただ、盛りだくさんのアトラクションを投入したお父さんの苦心のスケジュール設定にもかかわらず、自宅に帰って嫁に報告した内容からは玉造温泉の話が危うく欠落しかけ、さらには一番楽しかったのは、との問いには迷うことなく「ポケモンセンター」と答えた。ある程度予測された答えであったとはいえ、お父さんが少々がっかりしたのは言うまでもない。



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コメント

素敵な旅ですね。
「ポケットモンスター」と答えても、いかさまさんと巡ったそれぞれの場所はしっかり心に刻まれているでしょう。
次男さんの年齢だからこそのピュアな感覚。
お父さんと一緒に見た列車の窓からの夜の風景。
心の深い部分に大切にしまわれた気がします^^
次男さんにとってもいかさまさんにとっても、忘れられない旅の一つになりましたね。

投稿: ミミ | 2019/04/09 21:03

 ミミさん、ありがとうございます。
 なにしろ3歩歩いたら忘れる鳥頭ですから実のところどうかはわかりませんが、子供心にいろいろなものが刻まれたのではないかな、と思っております。
 今はポケモンオンリーでも構いません。あと10年、20年経ったときに、こんなことがあったなあ、と思い出してくれれば、私にとっては最高の幸せだと思います。

投稿: いかさま | 2019/04/10 01:38

親子で寝台旅とはいいですね!
私は、あけぼの・秋田-青森間昼寝で長男と一緒という経験どまりです。
>坊主は振り向き、夜でも景色って見えるんだね、とぼそりと・・・
いいなあ。素晴らしい瞬間の想い出ですね^.^/

投稿: キハ58 | 2019/04/12 23:15

 キハ58さん、いつもありがとうございます。
 上の坊主と「北斗星」、下の坊主と「サンライズ」と、それぞれに思い出ができました。今思い出してもその一瞬は背筋がぞわっとするような瞬間ですが、車窓というのは子供たちのそういう感性を見事に引き出してくれるように思いました。

投稿: いかさま | 2019/04/13 00:07

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