« 明日の見えない鉄路の旅【2】札沼線・新十津川へ(2) | トップページ | 明日の見えない鉄路の旅【4】留萌本線の憂鬱 »

2019/09/23

明日の見えない鉄路の旅【3】根室本線・東鹿越へ

 これまでの経過はこちら⇒その1 その2


Dscn1550 Dscn1565   
 滝川からは10時12分発の特急「フラノラベンダーエクスプレス」で富良野へ。この列車のことは後日詳しく書く。11時07分着の富良野で、11時15分発の東鹿越行き普通列車に乗り継ぐ。


Nemuro  根室本線の滝川-富良野-新得も、JR北海道に「維持困難路線」とされた区間である。とりわけ富良野-新得81.7kmは深刻な状況で、先般発表された平成30年度の利用状況によれば、輸送密度は94人/km/日と札沼線末端区間に次ぐワースト2位、収入100円に対する費用を示す営業係数は1,764とワースト1位である。


 もともと振興局を跨ぐ区間で流動が少ないところに加え、2016年に北海道を襲った台風10号の影響で、東鹿越-新得が運休、代行バスによる輸送となっている。鉄道の復旧には10.5億円が必要とされており、2018年6月には国土交通省との協議の中で、2020年度中の廃止を目指す方針も打ち出されていることから復旧は手つかずの状況である。
 

Dscn1568  東鹿越行き普通列車はキハ40形1両。乗客は20人弱で、札沼線ほどではないものの「その筋の方」の姿も見える。この列車は滝川9時42分発で、ダイヤの上では、3年前に区間運休になるまで運転されていた、当時の「日本最長距離普通列車」のスジを引き継いでいる。7年前に私がその列車に乗ったのもちょうどこの時期だった。
 あの時は富良野で1両増結して2両編成での運転だったが、乗客は40人ほど、うち10人ほどがその筋の方だった。


Dscn1570 Dscn1574   
 富良野から山部にかけての区間は国道38号線がほぼ並走しており、旭川勤務時代によく走ったところである。沿線では名産の玉葱の収穫が本番を迎え、畑やJAの集出荷施設に玉葱を満載したコンテナが積み上げてある。「北の国から」第1話の舞台となった布部は乗降客なし。次の山部も1人が下車しただけで、乗客の出入りは少ない。


Dscn1582 Dscn1585   
 山部の先で国道38号線は空知川の右岸へ離れ、根室本線は引き続き左岸を山の中へと分け入っていく。下金山、金山と狭い谷の中に開けた小さな集落の駅に停まるが乗降はなし。長いトンネルを抜けると、左手にかなやま湖が広がる。金山ダム建設に伴う人造湖である。2016年台風10号の際にはこの人造湖が激増した川水をため込み、富良野市をはじめとする下流域への洪水被害を最小限に食い止めている。


Dscn1587 Dscn1588   
 その人造湖のほとりに立つのが、現在列車の終着となっている東鹿越駅である。山手側には石灰の砿業所がいくつかあるが、民家は見えない。台風被害まで1日平均1人の乗客しかおらず、2016年7月にはJR北海道が翌年のダイヤ改正で廃止する方針を示していたこの駅が、現在列車とバスの接続駅になっている。無人の駅横には貸切タイプのバスが横付けされており、列車から降りた人の大半が乗り込んだ。このバスは、南富良野町の市街地にある幾寅駅、狩勝峠の入口に当たる落合駅を経て、約1時間かけて新得へ向かう。


Dscn1593 Dscn1590   
 駅ホームから幾寅方面を見ると、線路は雑草の中に埋もれており、入ってこない列車に向けて信号がいくつか灯っていた。その信号の先の線路が今どのような状況になっているかは知る由もないが、線路の先にある南富良野町は、台風被害の直後から復旧業務で数えきれないほど足を運び、被害状況から復旧の様子までつぶさに見てきている。
 私は折り返し12時09分発の滝川行き普通列車に乗った。10人ほどの客を乗せた列車は、富良野から先、いくらか乗客を増やして、1時間48分かけて滝川へたどり着いたが、私の座っていた4人掛けのボックスには最後まで相客は現れなかった。


 続く。

ランキング参加中です。みなさまの「クリック」が明日への糧になります。よろしかったら、ポチッとな。

にほんブログ村 鉄道ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ 鉄道コム

|

« 明日の見えない鉄路の旅【2】札沼線・新十津川へ(2) | トップページ | 明日の見えない鉄路の旅【4】留萌本線の憂鬱 »

鉄道の旅人」カテゴリの記事

コメント

今年のGWにバイクで芦別~帯広の国道38号を走りましたが、高速がないので、大型トラックも夜中まで走ってましたけど、貨物列車がいるほどの需要はなさそうだし、一般客の需要は札幌から放射状にあって、環状にはないでしょうからもうどうにもならないところでしょうか。地元でいえば、名鉄はすべて名古屋のためにあるといったところでしょうか。

投稿: かわうそくん | 2019/09/24 20:56

往年の同党結ぶ大動脈が・・・。
2年前に行ったとき、ほんと驚きでした。
JRの乗車券でバス使い狩勝峠に行くことで来たのですが、思いは複雑だったことを思い出しました。

投稿: キハ58 | 2019/09/24 22:24

 かわうそくんさん、ありがとうございます。
 1981年の石勝線開業の時点で、根室本線・滝川-新得のローカル化は確定だったわけですが、ここまで状況が悪化することは想定外だったと思います。貨物輸送も、農産物輸送のある滝川-富良野だけですね。
 かたや道路の方は、有料の道東道や、線形の悪い国道274号を避けて38号線を走るトラックも多いのではないでしょうか。

投稿: いかさま | 2019/09/29 22:12

 キハ58さん、ありがとうございます。
 石勝線開業までは、函館・札幌と道東を結ぶ特急「おおぞら」も運転された路線としてはあまりに寂しい末路です。落合駅で気合をこめたディーゼルカーが狩勝越えに挑むあの姿も、再び拝むのは厳しいかもしれません。

投稿: いかさま | 2019/09/29 22:14

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 明日の見えない鉄路の旅【2】札沼線・新十津川へ(2) | トップページ | 明日の見えない鉄路の旅【4】留萌本線の憂鬱 »