鉄道の旅人

2019/10/07

明日の見えない鉄路の旅【5】クリスタル・エクスプレスとの別れ

 これまでの経過はこちら⇒ その1 その2 その3 その4


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 深川から17時19分発の特急「ライラック36号」で、今日三度目の滝川下車。17時45分発の臨時特急「フラノラベンダーエクスプレス4号」に乗り継いだ。
 夏の最繁忙期には2往復が運転される札幌-富良野間の「フラノラベンダーエクスプレス」には、2種類の車両が使用されている。ひとつは「ノースレインボーエクスプレス」、そしてもうひとつがこの日使用されている「クリスタルエクスプレス」である。


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 北海道におけるリゾート用車両(当時は「ジョイフルトレイン」と呼んだ)の嚆矢は、1985年に余剰となっていた急行用ディーゼルカーの改造により登場した「アルファコンチネンタルエクスプレス」である。この列車の改造は、バブル草創期に、トマム・サホロのリゾートホテルとタイアップしておこなわれた。また、列車の座席をホテルが買い取って運行するスタイルも画期的だった。
 この列車の好評を受けて、翌年には富良野プリンスホテルとのタイアップにより、特急型ディーゼルカー改造による「フラノエクスプレス」が登場する。


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 JR北海道発足後には、1987年に食堂車も組み込んだ「トマムサホロエクスプレス」、1988年には初めての新製車両として「ニセコエクスプレス」が登場し、1989年登場の「クリスタルエクスプレス」、1992年登場の「ノースレインボーエクスプレス」と合わせて最盛期には6本のリゾート車両が道内を駆け巡った。その後、車両の老朽化や需要構造の変化によって廃車が進み、2本のみとなっている。


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 「クリスタルエクスプレス」は、小田急ロマンスカーのように運転席を2階に上げて1階前頭部を展望席としていたこと、中間に2階建て車両を連結し、1階を個室としていたことなど、他の車両にはない個性が人気の的だった。しかし、2010年に函館本線を時速130kmで疾走する特急「スーパーカムイ」とトラックとの踏切事故が発生したことを受けて、旅客の安全確保のため展望室は閉鎖され、座席も撤去された。また、個室も現在は一般販売されず、多目的室とされている。一連のJR北海道の事故続発により、一般の特急列車の代替車両として運用されることも増え、供食・売店設備やBGM・VTR装置などは使用されなくなり、本来の楽しさを失っていった。


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 私は日中に滝川から富良野まで乗車した下り3号では2号車、滝川から札幌までの上り4号では先頭4号車を利用した。ふんわりと体が沈むようなシートの快適さは変わらなかったが、見上げるとディーゼルのすすが屋根肩まで回り込んだ窓を黒く汚している。登場から30年を経たクリスタルエクスプレスは、それ自体が観光客をもてなす車両から、単に観光地へ客を運ぶための列車に変わってしまっていた。


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 30分間隔の電車特急の合間を縫うようにして快走した「フラノラベンダーエクスプレス4号」は、18時46分、日の暮れた札幌駅に到着した。あらためて全体を眺めてみると、遠くから見ると美しかった車体のところどころでは外板の塗装の割れも観られるなど、30年にわたる疲労は外からも隠し切れないようであった。



 この日からちょうど2週間後の9月29日の運転をもって、「クリスタルエクスプレス」は退役となった。JR北海道のリゾート列車6兄弟も、残すところ「ノースレインボーエクスプレス」1本だけとなった。
 クリスタルエクスプレスの後継となるのは、特別仕様で製作が進められているキハ261系となりそうである。この他にも、JR東日本や伊豆急行などからの借り入れ車両を使った観光列車の運行などもおこなわれることになっている。
 けれども、私たちファンは、旅心をそそられるリゾート車両とそのサービス、国内の先端を行く高速化技術を持った新型特急車両の登場に、JR北海道で働く人たちの熱い意気込みを感じ取っていた。今のJR北海道にそれを望むことはできない。そのことがあまりにも切ない。



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2019/09/29

明日の見えない鉄路の旅【4】留萌本線の憂鬱

 これまでの経過はこちら⇒ その1 その2 その3


 JR北海道の路線・区間の中で、輸送密度ワースト1位の札沼線(北海道医療大学-新十津川)から始まり、ワースト2位の根室本線(富良野-新得)の東鹿越まで往復して、再び私は滝川に戻った。これから目指すのは、ワースト3位留萌本線である。


Rumoi  留萌本線の2018年度の輸送密度は145人/km/日。2016年12月に不振の著しかった留萌-増毛間16.7kmを廃止したが、苦境が続いている。列車の本数も1日8.5往復と少ない。滝川から留萌へは函館本線で深川乗り継ぎが常套手段だが、この時間は特急列車の間隔も空いており、接続も悪く、留萌着は17時を過ぎ、札幌への帰着も遅くなる。


 そこで滝川駅前から14時25分発の北海道中央バス「高速るもい号」に乗り込んだ。札幌と留萌を道央自動車道経由で結ぶ「高速るもい号」は1日9往復、うち4往復が滝川駅を経由する。留萌までの所要時間は1時間15分。留萌発16時17分の深川行き普通列車に余裕で間に合う。フリーパスがあるのに1,600円のバス運賃の投資はもったいないが、時間には代えられない。


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 滝川駅前から乗り込んだ2人を入れても10人余りと空いているバスは、国道451号から275号を経て、北竜町の碧水から国道233号に入る。深川留萌自動車道が留萌市街の手前、大和田まで伸びているが、そちらを走るまでもなく、交通量も少なく快適な道のりである。おまけにリクライニングシートで空調完備、無料でWi-fiまで使える。国道にほぼ並行して走る列車は分が悪い。


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 留萌市内の停留所で少しずつ乗客を降ろし、定刻より少し遅れて15時45分頃、留萌駅近くの留萌ターミナルに到着。留萌駅までは200mほどである。
 列車本数に反して立派な留萌駅の待合室には、立ち食いそばコーナーがあるがあいにくお休み。それでも駅近くにはコンビニもあり、食事ができそうな店もいくつかある。滝川駅前よりもよほど駅前らしい雰囲気が漂っている。


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 運転本数が極端に少ないが駅員が配置されており、列車発車の5分ほど前に改札が始まる。昭和の香りが残るホームに出て増毛方面を望むと、線路はホームの少し先で切られ、その奥には重機の姿が見える。草生した線路跡はあと何年かのうちに野に還り、武骨な鉄橋もいずれ解体されて痕跡をとどめなくなるのだろうか。


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 深川行きの普通列車は一部転換シートを備えたキハ54形1両。20人ほどの乗客が埋めている。国鉄末期に製造されたこの車両に冷房は付いていない。窓を大きく開けて風を受けながら景色を楽しめるのは、私たちにとっては無上の喜びだが、一般の乗客には評判が悪いだろう。座席と窓割も合っておらず、席によっては壁が真横に来て景色さえ見えないところもある。


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 留萌本線の最高速度は95kmになっており、札沼線と比べれば快調な走りではあるが、並行する国道のクルマの流れも順調で、はるか遠くに見える高架の深川留萌道はなおさらだろう。駅ごとに停まる列車は、全区間で馴らすと平均速度は50km/hを下回る。峠下で下り列車と行き違い。あちらも同じキハ54形1両である。


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 軽い上り勾配で振興局境を越え、NHKの朝ドラ「すずらん」で一時多くの観光客が訪れた「明日萌駅」こと恵比島。木造の味わい深い駅舎の待つ駅で乗り降りする客はなく、ひっそりと佇んでいる。石狩沼田で地元客を5人ほど乗せ、広い水田地帯を駆ける。夕暮れが近づき、いっそう黄金色のコントラストが映える田圃では、収穫作業も始まっている。


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 難読駅の秩父別(ちっぷべつ)、北一已(きたいちやん)を過ぎて、17時15分、深川着。30人に満たない乗客がホームに降りた。輸送密度の数字が表すとおり、札沼線・根室線と比べると乗客はいくらか多いように感じたが、それでも少ないことに変わりはない。地域間流動はともかくとして、札幌方面へ都市間移動の手段としては、高速バスの方が設備・本数において優位で、時間的にも大差はない。


 2018年度の留萌本線の営業損益は6.4億円の赤字。今後の設備維持費用などを考慮すると、路線存続のためには年間9億円の自治体負担が必要になるという。JR北海道は札沼線末端区間に続き、根室本線(富良野-新得)、留萌本線もバスへの転換を目指す意向である。今後の動向が気にかかる。



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2019/09/23

明日の見えない鉄路の旅【3】根室本線・東鹿越へ

 これまでの経過はこちら⇒その1 その2


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 滝川からは10時12分発の特急「フラノラベンダーエクスプレス」で富良野へ。この列車のことは後日詳しく書く。11時07分着の富良野で、11時15分発の東鹿越行き普通列車に乗り継ぐ。


Nemuro  根室本線の滝川-富良野-新得も、JR北海道に「維持困難路線」とされた区間である。とりわけ富良野-新得81.7kmは深刻な状況で、先般発表された平成30年度の利用状況によれば、輸送密度は94人/km/日と札沼線末端区間に次ぐワースト2位、収入100円に対する費用を示す営業係数は1,764とワースト1位である。


 もともと振興局を跨ぐ区間で流動が少ないところに加え、2016年に北海道を襲った台風10号の影響で、東鹿越-新得が運休、代行バスによる輸送となっている。鉄道の復旧には10.5億円が必要とされており、2018年6月には国土交通省との協議の中で、2020年度中の廃止を目指す方針も打ち出されていることから復旧は手つかずの状況である。
 

Dscn1568  東鹿越行き普通列車はキハ40形1両。乗客は20人弱で、札沼線ほどではないものの「その筋の方」の姿も見える。この列車は滝川9時42分発で、ダイヤの上では、3年前に区間運休になるまで運転されていた、当時の「日本最長距離普通列車」のスジを引き継いでいる。7年前に私がその列車に乗ったのもちょうどこの時期だった。
 あの時は富良野で1両増結して2両編成での運転だったが、乗客は40人ほど、うち10人ほどがその筋の方だった。


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 富良野から山部にかけての区間は国道38号線がほぼ並走しており、旭川勤務時代によく走ったところである。沿線では名産の玉葱の収穫が本番を迎え、畑やJAの集出荷施設に玉葱を満載したコンテナが積み上げてある。「北の国から」第1話の舞台となった布部は乗降客なし。次の山部も1人が下車しただけで、乗客の出入りは少ない。


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 山部の先で国道38号線は空知川の右岸へ離れ、根室本線は引き続き左岸を山の中へと分け入っていく。下金山、金山と狭い谷の中に開けた小さな集落の駅に停まるが乗降はなし。長いトンネルを抜けると、左手にかなやま湖が広がる。金山ダム建設に伴う人造湖である。2016年台風10号の際にはこの人造湖が激増した川水をため込み、富良野市をはじめとする下流域への洪水被害を最小限に食い止めている。


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 その人造湖のほとりに立つのが、現在列車の終着となっている東鹿越駅である。山手側には石灰の砿業所がいくつかあるが、民家は見えない。台風被害まで1日平均1人の乗客しかおらず、2016年7月にはJR北海道が翌年のダイヤ改正で廃止する方針を示していたこの駅が、現在列車とバスの接続駅になっている。無人の駅横には貸切タイプのバスが横付けされており、列車から降りた人の大半が乗り込んだ。このバスは、南富良野町の市街地にある幾寅駅、狩勝峠の入口に当たる落合駅を経て、約1時間かけて新得へ向かう。


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 駅ホームから幾寅方面を見ると、線路は雑草の中に埋もれており、入ってこない列車に向けて信号がいくつか灯っていた。その信号の先の線路が今どのような状況になっているかは知る由もないが、線路の先にある南富良野町は、台風被害の直後から復旧業務で数えきれないほど足を運び、被害状況から復旧の様子までつぶさに見てきている。
 私は折り返し12時09分発の滝川行き普通列車に乗った。10人ほどの客を乗せた列車は、富良野から先、いくらか乗客を増やして、1時間48分かけて滝川へたどり着いたが、私の座っていた4人掛けのボックスには最後まで相客は現れなかった。


 続く。

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2019/09/19

明日の見えない鉄路の旅【2】札沼線・新十津川へ(2)

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 前回の続き。


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 小休止ののち、8時40分に石狩月形を発車。座席はほぼ埋まり、運転席の後ろにはカメラを持ったその筋の方が数名陣取って、前方の線路を眺めている。民家や道路から離れ、雑木に囲まれた秘境ムードの豊ヶ岡駅付近が、札沼線の非電化区間で最も国道275号線と離れている場所になる。とは言ってもその距離は直線で600mほど。次の札比内の手前から再びほぼ並走になる。線形は向こうの方が良い。平坦区間で65km/h、勾配で45km/h程度のディーゼルカーでは、60km/h制限の道路をそれよりやや早い速度で流れる国道のクルマに歯が立たない


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 難読駅の晩生内(おそきない)を過ぎて、浦臼。ようやくはっきり地元住民とわかる人が数人、乗って来た。石狩月形-浦臼には1日6往復の列車が曲がりなりにも設定されているが、うち5往復は浦臼発着。ここから先の列車は1日1往復。つまり今私が乗っているこの列車と、終点の新十津川から折り返して石狩当別へ戻る列車だけである。3年前までのダイヤ改正で2往復が削減され、現在の形になった。浦臼より北の駅から、上り(石狩当別・札幌方面)の列車に乗った客は、列車では同日中に帰ってくることはできない


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 線路の西側遠くにそびえるピンネシリの麓から、石狩川を挟んで広がる、一面黄金色の水田に囲まれながら走る。終点のひとつ手前、これも難読駅の下徳富(しもとっぷ)からのラストスパートはほぼ一直線。列車がスピードを緩めるころ、右手遠目に石狩川の堤防が見える。川の向こうは滝川市である。石狩川の右岸を走る札沼線と、左岸を走る函館本線は、このあたりで最接近する。直線距離にして1kmに満たない。列車は住宅街の中に入り、緩やかに左にカーブしながら終点の新十津川に到着する。9時28分着。


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 コスモスに彩られた新十津川の小さな駅には、1日1回だけの列車の発着に合わせ、列車に乗る客、ただ眺めるだけの人と、多くの人が集まっていた。無人駅のはずの駅窓口では、「ご当地入場券」などが販売されており、やはり列が伸びた。「終着駅到達証明書」と銘打った絵葉書も配布されている。駅前には土産物屋も店開きし、地元の名産品や鉄道グッズなどを熱心に売っている。折り返しの列車は10時ちょうど発。これが出てしまうと、おそらくひっそりするのだろう。


Sasshou2  さて、「札沼線」という名前が示すとおり、この路線はかつて新十津川からさらに北、留萌本線の石狩沼田まで線路を伸ばしていた。浦臼-新十津川は、石狩沼田側から建設が進められた札沼北線として1934年に開業している。札沼南線・桑園-石狩当別の開業より1か月早い。石狩当別-浦臼が延長されて南北の路線が結ばれたのは翌1935年のことである。

   
 その後札沼線は数奇な運命をたどる。戦時中、不急不要路線として石狩月形-石狩沼田は営業休止とされ、戦後、1946年に石狩月形-浦臼で営業再開されたが、全線の営業再開は1956年と遅れた。復活からわずか16年後の1972年、当時の「赤字83線」のひとつとして新十津川-石狩沼田は廃止され、現在に至っている。
 新十津川駅のホームから、JAの集荷場や倉庫の間を、数百m北まで線路は伸びている。車止めのすぐ先はアパート。その先は国道を挟んで住宅街になっており、線路の跡を偲べるものは何も残されていない。


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 札沼線の線路が新十津川付近から石狩沼田方面でなく、石狩川を跨いで滝川方面へつながっていれば、あるいはまた異なった展開があったかもしれない。事実、地元ではそういう動きもあったようだが、経営悪化に苦しむ当時の国鉄は全く関心を示さなかった。
 廃止区間には、滝川駅から新十津川を経て石狩沼田駅まで国鉄バスが代替運行され、のち北海道中央バスに引き継がれたが、こちらも乗客の減少で減便と運転区間の短縮が繰り返され、現在は滝川と北竜町碧水の間に4往復が運転されるだけになっている。碧水から石狩沼田の間にバスは運転されていない。


 札沼線・北海道医療大学-新十津川47.6kmは、来年5月7日の廃止が決定している。JR北海道が示す一連の「維持困難線区」としては石勝線夕張支線(新夕張-夕張)に次ぐ2線目の廃止線区となる。
 9月4日にJR北海道がプレスリリースした2018年度の利用状況によると、この区間の輸送密度は62人/km/日と、前年比+5人となったものの相変わらずぶっちぎりのワースト1。営業収入は1,600万円しかなく、費用を差し引くと2億8,000万円の赤字である。廃止後の代替バスもブツ切りで、代替バスが運行しない区間もあるということが、地域の流動とこの路線の存在の乖離を示している。


Dscn1545_20190919224201 新十津川駅に近い、新十津川役場前バス停から乗った滝川駅行き路線バスの車内は、札沼線の列車から乗り継いだ客が大半を占め、4、5人の地元客はその筋の方に囲まれるように小さくなっていた。
 わずか10分ほどで運ばれた滝川の駅前は、私が岩見沢勤務していた10年前と比べてもさらにシャッター街化が進み、閑散としていた。駅待合室の売店もなくなっている。これでは仮に札沼線がここまで伸ばされていても、結果は同じだったような気もする


 続く。



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2019/09/16

明日の見えない鉄路の旅【1】札沼線・新十津川へ(1)

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 3連休の真ん中、9月15日日曜日。思い立って札幌近郊の日帰り旅に出た。


199103043 ことの発端はその前の週、たまたま立て続けに出張で帯広、函館へ行く機会があったことによる。
 通常出張ならば往復割引きっぷなどを利用するのだが、金額的にもさほど差がなかったため、北海道フリーパスを久々に利用してみた。7日間有効で特急利用可、指定席も6回まで利用できる。出張でフル活用したフリーパスの有効期限は三連休の最終日まである。これを利用しない手はない。


 早朝6時前に自宅を出て札幌駅へ向かい、6時39分発の札沼線(学園都市線)石狩当別行き普通列車に乗った。早朝の車内は空いていたが、地元客に交じって明らかにその筋の方と思われる風体の人々がたくさん乗っていることに気付く。この時間帯から一眼レフを首からぶら下げている人、大きな荷物を背負って手にメモ帳を持っている人。雰囲気と、普通の人とほんの少し違う服装でその筋の人とわかる。私が該当するかどうかは客観的には定かではない。


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 案の定、というか、私が石狩当別駅前のコンビニで買い物をして戻ってくると、2両編成の新十津川行き普通列車は、すべてのボックスシートにひとりずつ、その筋の方が収まっている。私はデッキ近くのロングシートに腰掛けて発車を待つ。札幌を6時58分に出た普通列車が到着すると、さらに乗客は増え、8割方座席が埋まった。私も含めその9割以上は明らかに地元客でない人々である。一見普通の家族連れ、夫婦連れに見える客も混じっているが、みなカメラを手にしているところを見ると、程度の差こそあれ同好の士と察する。


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 普通電車を見送り、7時50分、発車。当別町の住宅街が途切れるとほどなく左手に大きな学校が見え、北海道医療大学。先行した普通電車が折り返しを待っている。ここから先が非電化となり、来年5月7日に廃止となる区間である。また何人かのその筋の方が乗り込んできた。
 この先、札沼線はほぼ全線にわたって国道275号線と並走する。一部4車線のほかはほぼ2車線だが道路状況はよく、交通量もそれほど多くないため、60km/h均衡で快調に走る我が列車を、さらに快調に自動車が抜き去っていく。


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 札沼線は広大な石狩平野のほぼ西端に沿って北へ伸びている。右手国道の向こうには、金色の穂先を垂れた水田が広がる。左側は雑木が生い茂る山だが、時折開けて一面の水田となる。今年は平年以上の作が期待できると友人から聞いた。石狩金沢、本中小屋、中小屋と、周辺に民家は少なく、貨物列車の緩急車を流用した粗末な駅舎が続く。乗降客はない。


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 石狩当別から30分あまり、ひさしぶりにまとまった住宅地が見えて、8時18分、石狩月形着。往時の主要駅らしく、広い構内の跡の向こうに農業倉庫が並ぶ。農産物輸送全盛期の名残である。このあたりから新十津川、さらにその北にかけてのエリアは、2003年から2009年にかけて、当時岩見沢勤務だった私が何度も行き来した懐かしい地区である。


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 上り列車との交換のため20分余りの小休止となる。駅前に出ると、岩見沢駅からの北海道中央バスが到着して、やはりその筋の方と思われる客を数人降ろした。ここから列車に乗るのだろう。
 列車の乗客たちは、駅窓口で入場券を買うために並んだり、ホームで列車や駅の写真を撮ったりしている。8時35分に浦臼からの普通列車が到着すると、狭いホームはカメラを持ったファンでいっぱいになった。ワンマン運転の列車に乗務していたJR北海道の社員が、狭いホームや駅舎への通路でたむろする乗客の整理に当たっている。横着なマニアの姿が見られないのは何よりだった。


 続く。



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2019/07/29

帰省百態【1】名古屋・札幌 空の玄関の28年

 変わったルートでの帰省の話の前に、まずは飛行機での単純往復の話を。


 飛行機での北海道と岐阜を往来する単純往復は、体験した回数も多く、ルートも毎回同じなので面白味に欠けるが、それでも実際には28年も経てばいろいろな変化があり、今思い出すと感慨深い。


 1991年当時、中部国際空港はまだなく、岐阜の実家の最寄り空港は名古屋空港(小牧空港)だった。鉄道系の交通アクセスとは無縁な空港で、実家がある土岐市からだと、JR中央本線で勝川下車、そこから路線バスに乗って15分ほどを要した。むしろ車ならば、国道19号線を走って1時間足らずで行くことができたから、当時は両親が車で送り迎えをしてくれた。


 1階が到着ロビーと発券カウンター、2階が出発ロビーと売店、レストランというシンプルな名古屋空港だったが、全国各地へ飛行機が賑やかに飛び立ち、ターミナル内は旅客の活気であふれていた。2階にあった喫茶店は、どの時間帯でも混雑していた。
 2005年の中部国際空港開港で、大半の路線は新空港発着となった。「県営名古屋空港」と呼称が変わった現在の空港からは、FDAが8都市へ片道24便が送り出されるばかりとなっている。現在の名古屋空港がどう変わっているか気になるが、中部開港以来行っていない。往時の賑わいを知っている身としては、行かない方がいいような気も多少しないではない。


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 空港が実家からかなり離れてしまったため、車での送り迎えはなくなり、中部国際空港へは名鉄電車とJR中央本線を乗り継いで行き来することになった。中部国際空港の開港当時は、今は亡き名鉄パノラマカーも急行電車として乗り入れており、快速特急「ミュースカイ」に乗れば金山まで30分足らずのところ、わざわざ40分以上かけてパノラマカーに揺られることもあった。


 空港が新しくなったのは、北海道側も同じである。1991年当時、新千歳空港はまだ滑走路だけが供用開始されており、ターミナルは千歳空港だった。新千歳空港ターミナルビルの開業は翌1992年のことである。
 旧千歳空港ターミナルに降り立つと、ターミナルビル2階とつながる長い跨線橋を渡って国道36号線を跨ぎ、千歳空港駅まで歩いた。1980年に開業した、空港連絡駅の嚆矢である。徒歩5分ほどかかる跨線橋には、大きな荷物を運搬するための台車も用意されていた。


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 千歳線の本線上にあった千歳空港駅は、石勝線の分岐駅でもあり、函館方面からの「北斗」、帯広・釧路方面からの特急「おおぞら」「とかち」すべてが停車した。この他に室蘭方面からのL特急「ライラック」と普通列車が空港アクセス列車として利用されていた。普通乗車券より200円ほど高い「エアポートシャトルきっぷ」を買えば、特急列車の自由席も利用できた。


 専用列車でない分混雑はひどく、座れないことも多かった。当時の「ライラック」781系電車には、長距離バスのような補助席を取り付けた車両もあった。この話をすると「特急に補助席?まさか」と一笑に付されることが多いのだが、「MY FAVORITE THINGS」というホームページの中に当時の写真があったので、妄想ではなかったようである。


 1992年の新千歳空港ターミナル開業に合わせて、千歳線の支線が千歳空港駅から分岐して空港直下へ乗り入れた。千歳空港駅は南千歳駅と改称されて各方面への乗り継ぎ駅となった。特急列車は利用できなくなったが、1時間4往復の快速「エアポート」が運転されて利便性は格段に向上した。ホームには常時1本の列車が待機しており、とにかくホームに降りれば列車に乗れるというサービスであった。この体系は現在に至るまで変わっていない。各列車に1両の半分設けられていた指定席はのちに「uシート」に発展し、1両に拡大される。


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 快速「エアポート」は、毎時4本のうち、転換クロスシートの721系電車6両編成が2本、特急型の781系4両編成が2本運転されていた。781系の列車のうち1本は、札幌からL特急「ライラック」となって旭川まで足を伸ばしていた。のちに乗り入れ列車は785系・789系電車の「スーパーカムイ」となり、岩見沢に住んでいた頃は頻繁に利用した。しかし、短編成と乗降口の少なさから特に快速区間での混雑が目立つようになったことと、ダイヤの乱れの影響を小さくするため、2016年に直通運転は終了となる。また、私も札幌市南区に居を構えたため、空港アクセスにJRよりも真駒内方面へのバスを利用する機会が増えた。南区民にとってはバスの方が運賃も安く、所要時間も短い。


 最後に飛行機本体。当時の名古屋~千歳便は、数便のJAL・JAS(これも懐かしい)の他は大半がANA便で、2+3+2列の座席配置を持つ中型機のボーイング767型機が主流だった。機内の後ろ半分が喫煙席になっていたのも懐かしい思い出である。もっとも、当時の私からすれば喫煙席などはなはだ迷惑な存在でしかなく、座席はなるべく最前部に近い席を選んでいた。私が諸般の事情から煙草に手を出したあたりから飛行機をはじめ公共交通機関から喫煙席が減っていったのは皮肉である。



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2019/07/15

帰省百態【0】岐阜・札幌間の小さな旅

 私が岐阜県の出身で、大学時代以来北海道に住み続けている、ということは、これまでも折に触れて書いた。大学入試の時まで足も踏み入れたこともない北海道が私の生活の拠点になることなど全く予想もしていなかったが、現実には北海道民になってまもなく30年になる。


 岐阜と北海道と言えば軽々しく移動できる距離ではなく、帰省と言っても年に1回から2回くらいがせいぜいであるが、それでもこれまでに何十回もこの間を移動している。普通ならば札幌から新千歳空港までJRまたはリムジンバス、そこから飛行機で中部国際空港へ飛び、名鉄電車とJR中央線を金山で乗り継いで多治見ないし土岐市まで、というルートになる。乗り継ぎ時間にもよるが、自宅から実家までの最速所要時間は5時間半程度といったところである。


Img_3801_20190715221901  今でこそLCCの登場により、新千歳-中部で1万円を切るような航空券も比較的入手しやすくなったが、私が北海道へ渡った当初は、名古屋(中部ではない)-千歳は正規運賃で約3万円。事前予約ができない「スカイメイト」でも35%引で2万円弱を要した。
 かたやで鉄道だとどうかというと、当時東北新幹線はまだ盛岡止まりで、東海道新幹線の「のぞみ」も誕生前。札幌から函館、盛岡、東京、名古屋と乗り継いで、札幌-土岐市が15時間程度と、時間的には全く勝負にならない。運賃は当時は学割が使えたので2割引、新幹線などの特急料金も含めて25,000円程度と、飛行機の正規運賃よりも安かった。


 特に大学時代は、金はないが時間はあった。加えて、せっかく1,000kmを超える移動を、単に飛行機でブーンと飛ぶだけではつまらない。よって私は、「帰省」という機会を存分に利用して、飛行機はもちろん、鉄道だけにこだわらず、さまざまな手段、ルートで北海道と岐阜の間を往復してきた。過去を思い出しながら整理してみると、飛行機による王道の往復を別としても、

1.鉄道・バスのみ
2.飛行機+鉄道・バス
3.鉄道・バス+フェリー
4.自家用車+フェリー
 
といった感じの手段がある。それぞれに多様なルートがあるので、ネタ切れの当節、これだけでも十分ブログのネタにはなりそうである。

 

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2019/03/18

残念な…

 3月16日、JR各社および一部民鉄がダイヤ改正を実施した。


Dscn1128  今回のダイヤ改正のひとつの目玉は、青函トンネル内の最高速度引き上げに伴う北海道新幹線の所要時間短縮である。上下合わせて3本の列車が、東京-新函館北斗で初めて4時間を切り、3時間58分での運転となった。一般に鉄道と飛行機のシェアの境界は4時間と言われており、大きな改善と言えなくもないが、函館市中心部へのアクセスを考えれば時間短縮効果は限定的であり、何より大需要地である札幌まで伸びてきていない現状を考えれば、大きなシェア回復につながるとは考えづらい。


 先に発表された、北海道新幹線の2018年4月~2019年2月の利用状況は、北海道新幹線の1日当たりの乗車人員は4,700人で、前年度から約300人、2016年度からは1,500人減少している。輸送密度ベースではさらに厳しい数値になるとみられる。
 北海道側では抜本的な改善策として、青函トンネルの一層の高速化に向け、フェリー等の活用も含めた貨物輸送の分離なども検討されているが、農産物輸送への影響を考えると手放しで賛成できるものではない。まさに出口の見えないトンネルにいる状況が続いている。


 北海道では乗降客の少ない駅の廃止が今年も進み、東日本では中央本線の「あずさ」の運行体形が見直され、停車駅の削減がおこなわれた。ダイヤとは直接的に関係はないが、全国的に新幹線や特急列車における車内販売が不採算のために廃止されるなどのサービスカットが進むなど、人手不足の世の中を反映してか、輸送の合理化は一層進む傾向にあるように感じられる。


 その一方で都市部においては、西武鉄道の新特急「ラビュー」の運転開始、各線区での増発など輸送改善が進む。大阪では、おおさか東線・新大阪-放出11.0kmが開業した。これなどは喜ばしい出来事ではあるが、私にとっては非常に残念なことでもあった。


 私は昨年8月19日、日本の鉄道全線完乗を達成したところであるが、おおさか東線の開業により、その栄誉を一時返上することになるためである。月末には横浜シーサイドライン・金沢シーサイドライン金沢八景駅が移転し、こちらも営業キロが2.0km伸びる。
 どちらの方面にも遠征予定は当分なく、私の中で消化不良の状況が当面続く


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2018/12/10

鉄道完乗こぼれ話【4】下世話な話ですが、お金。

 鉄道乗りつぶしの話に関してもうひとつよく聞かれる、というか、興味を持ってくれた人の大半が気になるらしいのが、「いくらかかりましたか?」という費用面の話である。実は私もその点については非常に気になっているのだが、実際のところいくらくらいかかったのか、ということを精査したことはない。


 そもそもこの話については、どこからどこまでを費用とみるか、など、難しい話が多い。前回の修学旅行の話がそうだったように、私がこれまでに乗車した鉄道の中には、私の意思と無関係に乗ったところや、出張の結果乗車済みになったところ、あるいは出張や家族旅行などの際に「ついでに」乗ったところも多い。当然そこへ行くまでには費用も発生しているわけだが、少なくとも飛行機代に関する限り私が身銭を切っているわけではない。


 その飛行機代にしても、ここ何年かの大半の遠征については、貯めたマイルで交換した「特典航空券」で飛ぶことが多い。もちろん、そのために私は、単身赴任時代の公共料金の支払から、コンビニでのこまごました買い物に至るまで、ありとあらゆる場面でカードを駆使し、しこしことマイルを貯めてきた。ボーナスマイルを貯めるために余計な年会費を払っていたりするので、これが交通費にカウントできないわけではないが、厳密な意味で交通費と言えるかどうかは疑わしい。


 では、例えば1回の遠征でどのくらいの費用が掛かっているか、となると、これも何処へ出かけて何に乗るか、による。
 JR線が中心の乗りつぶし旅で、「青春18きっぷ」や地域のフリーきっぷでおおむね賄える時期やエリアであれば、現地交通費は1万円から2万円程度である。遠方だったり別払いの切符代がかさむ地方の私鉄が多い時などは、これに加えて1~2万円程度は余計にかかる。


 この他に宿泊代がかかるわけだが、そもそも鉄道に乗ることが目的なので高い投資はしない。この年になるとさすがにネットカフェとかサウナで夜明かしをすることは稀になったが、大半が5,000円以下のビジネスホテルである。中にはハズレもあったり、buzzっちさん(←懐かしいお名前)に「そこは多分『出る』部屋だ」などと脅されたりする訳あり物件だったりするのだが、ブログのネタになるようなひどい部屋に当たった経験は少ない。


 これらに食費などその他こまごまとした費用を含めると、1回3泊4日あたり3~6万円程度、と導き出される。それはけっこうな金額ですね、などと言われることもあるが、基本年1回の趣味に投資する金額としてこれがさほど高いとは私は思っていない。


 例えばゴルフの好きな友人などは、1年間(北海道の場合実質半年)で20ラウンド以上する。最近ではセルフプレイのコースが増えて、平日なら5,000円以下、休日でも1万円以下というところもある。だがそれでも回数が20回に及べば、1回単価5,000円としても10万円にはなる。私の旅行2回分である。5年ごとにクラブを買い替えるとして道具への投資は年2万円近い。私の重要なツールである時刻表は1冊1,100円程度。1年毎月買い続けてもお釣りが来る


 ただ、この趣味は30年超の歴史を持っており、1988年の初めてのひとり旅が4日間で約5万円だった。以来、1989年夏の北陸・紀伊半島4日間が約6万円、1990年春の九州一周2週間が約18万円だった。お年玉に加えて、当時高校の唯一の公認バイトだった年賀状配達で稼いだお金を握りしめて旅立ったのが懐かしい。
 大学卒業時の日本一周の際は、現地調達分も含めて1か月で約40万円の費用を要している。これも塾講師時代、冬期講習をフル回転したバイト代を全部突っ込んでいる。


 社会人になってから、「乗るための旅」に出たのは、2006年以降9回。これで約50万円。ここまでの積み上げでも120万円に達する。これに「ついで」の乗り歩きやこまごましたものを加えると、正確には出せないが、普通車1台分くらいの金額にはなっているのではないかと思う。いずれ落ち着いたときに、一度ちゃんとはじき出してみたい気はする。


 ただ、「全線完乗」の定義づけの迷走もあり、九州へ3回、四国へ2回など、同じ所へ何度も行き来しているので、費用は相当にかさんでいる。真剣に乗りつぶしだけを目的に効率的に乗り歩けば、おそらく費用はこの半分程度で済むのではないかと思うが、先日の五能線の例もあるように、季節や天候を違えれば全く違う風景に会うことも少なくない。これはこれで楽しめたと思っている。この投資額を果たしてどうとらえるか、は、これまた人それぞれではないか、と思う。


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2018/12/02

新函館北斗駅の憂鬱

 所用で仙台まで出掛ける用事があり、特急「スーパー北斗」と東北・北海道新幹線「はやぶさ」を乗り継いで行ってみた。その際、新函館北斗での乗り継ぎに時間の余裕を持たせて、先日の鉄道完乗の日にじっくり観察できなかった新函館北斗駅に降りた。


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 函館の北、北斗市の大野地区に設けられた新函館北斗駅。この位置にはもともと、普通列車の一部だけが停車する無人駅、渡島大野駅があった。函館から先、札幌に向けて延伸工事がおこなわれる北海道新幹線において、地形的に袋小路となる函館市への駅設置は現実的でなく、この位置になったわけだが、このことが当初から仮称「新函館」として計画されていた新幹線駅名をめぐる、函館市と北斗市の激しい綱引きにつながった。

 ⇒「新函館よ、どこへ行く」


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 駅そのものは、在来線4線、新幹線2線の比較的コンパクトな構造である。在来線1・2番線と新幹線11番線の間は階段を上り下りすることなく乗換可能になっている。乗り換えに要する時間は、新幹線ホームから遠い3・4番線からでも5分程度だろう。ただし大量の乗換客で混雑した先日の体験もあり、時期によっては10分程度の余裕が必要になる。


 もともと在来線・新幹線ともに本数が少ないこともあり、列車ダイヤは接続を考慮して組まれているが、雪による列車遅延などが多い地域特性からか、札幌方面、函館方面ともに乗り換え時間は余裕を持って組まれている。
 ただ、駅構外へ出てのんびり土産物の物色や飲食をしているほどの余裕はない。


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 正面に相当する駅南口の周辺の開発はあまり進んでいない。駅前には郵便局と、主要レンタカー会社の営業所が並ぶ程度で、商業ビルなどの姿はなく、新青森に輪をかけて寂しい。隣接する北斗市観光交流センター内には、土産物屋や軽飲食店など10店ほどが入店しているが、土曜日の正午前後になっても客の姿はまばらである。新青森駅構内のショップ街が多くの客で賑わっていたのとは対照的である。


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 反対側の北口はこれをさらに上回り、小さなロータリーの目の前には田んぼや畑が広がり、民家さえ少ない。改札へ向かう長く、広い階段を通る人はなく、寂しさだけが募る。
 函館の市街地を大きく離れており、しかも札幌延伸までの仮の終着駅を宿命づけられているためだろう、企業や商業施設の誘致は進んでいないようである。終着駅、というよりは、新幹線と在来線の単なる乗換駅、といった風情で、ある種往年の千歳空港駅(現在の南千歳駅)に通ずるものがある。


 JR北海道が去る11月9日に公表した、2017年度の線区別輸送概況によると、北海道新幹線の輸送密度は、前年度の5,638人/km/日から約2割減の4,510人/km/日となった。この数値はJR北海道全体の平均輸送密度を下回る水準である。営業収入の減少に加え、保守費用などの増加もあり、共通管理費を含めた営業損失は前年度から45億円悪化し、99億円に達した。JR北海道全体の鉄道営業損失の2割近くを占め、線区別では最大である


Dscn1128  JR北海道は先頃、貨物列車とのすれ違いの安全確保のために最高速度を140kmに制限している青函トンネルについて、最高速度を160kmに引き上げ、東京-新函館北斗の最短所要時間を3時間台に短縮すると発表した。鉄道と飛行機のシェア逆転のボーダーラインの内側に入ってくることになるのだが、結局乗り継ぎで函館方面へは30分余計にかかるわけで、劇的に鉄道利用シェアが伸びるとは思えない。札幌延伸まで予定ではあと12年。北海道新幹線と新函館北斗駅の将来像は、まだ描けない。


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