鉄道の旅人

2019/07/29

帰省百態【1】名古屋・札幌 空の玄関の28年

 変わったルートでの帰省の話の前に、まずは飛行機での単純往復の話を。


 飛行機での北海道と岐阜を往来する単純往復は、体験した回数も多く、ルートも毎回同じなので面白味に欠けるが、それでも実際には28年も経てばいろいろな変化があり、今思い出すと感慨深い。


 1991年当時、中部国際空港はまだなく、岐阜の実家の最寄り空港は名古屋空港(小牧空港)だった。鉄道系の交通アクセスとは無縁な空港で、実家がある土岐市からだと、JR中央本線で勝川下車、そこから路線バスに乗って15分ほどを要した。むしろ車ならば、国道19号線を走って1時間足らずで行くことができたから、当時は両親が車で送り迎えをしてくれた。


 1階が到着ロビーと発券カウンター、2階が出発ロビーと売店、レストランというシンプルな名古屋空港だったが、全国各地へ飛行機が賑やかに飛び立ち、ターミナル内は旅客の活気であふれていた。2階にあった喫茶店は、どの時間帯でも混雑していた。
 2005年の中部国際空港開港で、大半の路線は新空港発着となった。「県営名古屋空港」と呼称が変わった現在の空港からは、FDAが8都市へ片道24便が送り出されるばかりとなっている。現在の名古屋空港がどう変わっているか気になるが、中部開港以来行っていない。往時の賑わいを知っている身としては、行かない方がいいような気も多少しないではない。


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 空港が実家からかなり離れてしまったため、車での送り迎えはなくなり、中部国際空港へは名鉄電車とJR中央本線を乗り継いで行き来することになった。中部国際空港の開港当時は、今は亡き名鉄パノラマカーも急行電車として乗り入れており、快速特急「ミュースカイ」に乗れば金山まで30分足らずのところ、わざわざ40分以上かけてパノラマカーに揺られることもあった。


 空港が新しくなったのは、北海道側も同じである。1991年当時、新千歳空港はまだ滑走路だけが供用開始されており、ターミナルは千歳空港だった。新千歳空港ターミナルビルの開業は翌1992年のことである。
 旧千歳空港ターミナルに降り立つと、ターミナルビル2階とつながる長い跨線橋を渡って国道36号線を跨ぎ、千歳空港駅まで歩いた。1980年に開業した、空港連絡駅の嚆矢である。徒歩5分ほどかかる跨線橋には、大きな荷物を運搬するための台車も用意されていた。


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 千歳線の本線上にあった千歳空港駅は、石勝線の分岐駅でもあり、函館方面からの「北斗」、帯広・釧路方面からの特急「おおぞら」「とかち」すべてが停車した。この他に室蘭方面からのL特急「ライラック」と普通列車が空港アクセス列車として利用されていた。普通乗車券より200円ほど高い「エアポートシャトルきっぷ」を買えば、特急列車の自由席も利用できた。


 専用列車でない分混雑はひどく、座れないことも多かった。当時の「ライラック」781系電車には、長距離バスのような補助席を取り付けた車両もあった。この話をすると「特急に補助席?まさか」と一笑に付されることが多いのだが、「MY FAVORITE THINGS」というホームページの中に当時の写真があったので、妄想ではなかったようである。


 1992年の新千歳空港ターミナル開業に合わせて、千歳線の支線が千歳空港駅から分岐して空港直下へ乗り入れた。千歳空港駅は南千歳駅と改称されて各方面への乗り継ぎ駅となった。特急列車は利用できなくなったが、1時間4往復の快速「エアポート」が運転されて利便性は格段に向上した。ホームには常時1本の列車が待機しており、とにかくホームに降りれば列車に乗れるというサービスであった。この体系は現在に至るまで変わっていない。各列車に1両の半分設けられていた指定席はのちに「uシート」に発展し、1両に拡大される。


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 快速「エアポート」は、毎時4本のうち、転換クロスシートの721系電車6両編成が2本、特急型の781系4両編成が2本運転されていた。781系の列車のうち1本は、札幌からL特急「ライラック」となって旭川まで足を伸ばしていた。のちに乗り入れ列車は785系・789系電車の「スーパーカムイ」となり、岩見沢に住んでいた頃は頻繁に利用した。しかし、短編成と乗降口の少なさから特に快速区間での混雑が目立つようになったことと、ダイヤの乱れの影響を小さくするため、2016年に直通運転は終了となる。また、私も札幌市南区に居を構えたため、空港アクセスにJRよりも真駒内方面へのバスを利用する機会が増えた。南区民にとってはバスの方が運賃も安く、所要時間も短い。


 最後に飛行機本体。当時の名古屋~千歳便は、数便のJAL・JAS(これも懐かしい)の他は大半がANA便で、2+3+2列の座席配置を持つ中型機のボーイング767型機が主流だった。機内の後ろ半分が喫煙席になっていたのも懐かしい思い出である。もっとも、当時の私からすれば喫煙席などはなはだ迷惑な存在でしかなく、座席はなるべく最前部に近い席を選んでいた。私が諸般の事情から煙草に手を出したあたりから飛行機をはじめ公共交通機関から喫煙席が減っていったのは皮肉である。



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2019/07/15

帰省百態【0】岐阜・札幌間の小さな旅

 私が岐阜県の出身で、大学時代以来北海道に住み続けている、ということは、これまでも折に触れて書いた。大学入試の時まで足も踏み入れたこともない北海道が私の生活の拠点になることなど全く予想もしていなかったが、現実には北海道民になってまもなく30年になる。


 岐阜と北海道と言えば軽々しく移動できる距離ではなく、帰省と言っても年に1回から2回くらいがせいぜいであるが、それでもこれまでに何十回もこの間を移動している。普通ならば札幌から新千歳空港までJRまたはリムジンバス、そこから飛行機で中部国際空港へ飛び、名鉄電車とJR中央線を金山で乗り継いで多治見ないし土岐市まで、というルートになる。乗り継ぎ時間にもよるが、自宅から実家までの最速所要時間は5時間半程度といったところである。


Img_3801_20190715221901  今でこそLCCの登場により、新千歳-中部で1万円を切るような航空券も比較的入手しやすくなったが、私が北海道へ渡った当初は、名古屋(中部ではない)-千歳は正規運賃で約3万円。事前予約ができない「スカイメイト」でも35%引で2万円弱を要した。
 かたやで鉄道だとどうかというと、当時東北新幹線はまだ盛岡止まりで、東海道新幹線の「のぞみ」も誕生前。札幌から函館、盛岡、東京、名古屋と乗り継いで、札幌-土岐市が15時間程度と、時間的には全く勝負にならない。運賃は当時は学割が使えたので2割引、新幹線などの特急料金も含めて25,000円程度と、飛行機の正規運賃よりも安かった。


 特に大学時代は、金はないが時間はあった。加えて、せっかく1,000kmを超える移動を、単に飛行機でブーンと飛ぶだけではつまらない。よって私は、「帰省」という機会を存分に利用して、飛行機はもちろん、鉄道だけにこだわらず、さまざまな手段、ルートで北海道と岐阜の間を往復してきた。過去を思い出しながら整理してみると、飛行機による王道の往復を別としても、

1.鉄道・バスのみ
2.飛行機+鉄道・バス
3.鉄道・バス+フェリー
4.自家用車+フェリー
 
といった感じの手段がある。それぞれに多様なルートがあるので、ネタ切れの当節、これだけでも十分ブログのネタにはなりそうである。

 

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2019/03/18

残念な…

 3月16日、JR各社および一部民鉄がダイヤ改正を実施した。


Dscn1128  今回のダイヤ改正のひとつの目玉は、青函トンネル内の最高速度引き上げに伴う北海道新幹線の所要時間短縮である。上下合わせて3本の列車が、東京-新函館北斗で初めて4時間を切り、3時間58分での運転となった。一般に鉄道と飛行機のシェアの境界は4時間と言われており、大きな改善と言えなくもないが、函館市中心部へのアクセスを考えれば時間短縮効果は限定的であり、何より大需要地である札幌まで伸びてきていない現状を考えれば、大きなシェア回復につながるとは考えづらい。


 先に発表された、北海道新幹線の2018年4月~2019年2月の利用状況は、北海道新幹線の1日当たりの乗車人員は4,700人で、前年度から約300人、2016年度からは1,500人減少している。輸送密度ベースではさらに厳しい数値になるとみられる。
 北海道側では抜本的な改善策として、青函トンネルの一層の高速化に向け、フェリー等の活用も含めた貨物輸送の分離なども検討されているが、農産物輸送への影響を考えると手放しで賛成できるものではない。まさに出口の見えないトンネルにいる状況が続いている。


 北海道では乗降客の少ない駅の廃止が今年も進み、東日本では中央本線の「あずさ」の運行体形が見直され、停車駅の削減がおこなわれた。ダイヤとは直接的に関係はないが、全国的に新幹線や特急列車における車内販売が不採算のために廃止されるなどのサービスカットが進むなど、人手不足の世の中を反映してか、輸送の合理化は一層進む傾向にあるように感じられる。


 その一方で都市部においては、西武鉄道の新特急「ラビュー」の運転開始、各線区での増発など輸送改善が進む。大阪では、おおさか東線・新大阪-放出11.0kmが開業した。これなどは喜ばしい出来事ではあるが、私にとっては非常に残念なことでもあった。


 私は昨年8月19日、日本の鉄道全線完乗を達成したところであるが、おおさか東線の開業により、その栄誉を一時返上することになるためである。月末には横浜シーサイドライン・金沢シーサイドライン金沢八景駅が移転し、こちらも営業キロが2.0km伸びる。
 どちらの方面にも遠征予定は当分なく、私の中で消化不良の状況が当面続く


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2018/12/10

鉄道完乗こぼれ話【4】下世話な話ですが、お金。

 鉄道乗りつぶしの話に関してもうひとつよく聞かれる、というか、興味を持ってくれた人の大半が気になるらしいのが、「いくらかかりましたか?」という費用面の話である。実は私もその点については非常に気になっているのだが、実際のところいくらくらいかかったのか、ということを精査したことはない。


 そもそもこの話については、どこからどこまでを費用とみるか、など、難しい話が多い。前回の修学旅行の話がそうだったように、私がこれまでに乗車した鉄道の中には、私の意思と無関係に乗ったところや、出張の結果乗車済みになったところ、あるいは出張や家族旅行などの際に「ついでに」乗ったところも多い。当然そこへ行くまでには費用も発生しているわけだが、少なくとも飛行機代に関する限り私が身銭を切っているわけではない。


 その飛行機代にしても、ここ何年かの大半の遠征については、貯めたマイルで交換した「特典航空券」で飛ぶことが多い。もちろん、そのために私は、単身赴任時代の公共料金の支払から、コンビニでのこまごました買い物に至るまで、ありとあらゆる場面でカードを駆使し、しこしことマイルを貯めてきた。ボーナスマイルを貯めるために余計な年会費を払っていたりするので、これが交通費にカウントできないわけではないが、厳密な意味で交通費と言えるかどうかは疑わしい。


 では、例えば1回の遠征でどのくらいの費用が掛かっているか、となると、これも何処へ出かけて何に乗るか、による。
 JR線が中心の乗りつぶし旅で、「青春18きっぷ」や地域のフリーきっぷでおおむね賄える時期やエリアであれば、現地交通費は1万円から2万円程度である。遠方だったり別払いの切符代がかさむ地方の私鉄が多い時などは、これに加えて1~2万円程度は余計にかかる。


 この他に宿泊代がかかるわけだが、そもそも鉄道に乗ることが目的なので高い投資はしない。この年になるとさすがにネットカフェとかサウナで夜明かしをすることは稀になったが、大半が5,000円以下のビジネスホテルである。中にはハズレもあったり、buzzっちさん(←懐かしいお名前)に「そこは多分『出る』部屋だ」などと脅されたりする訳あり物件だったりするのだが、ブログのネタになるようなひどい部屋に当たった経験は少ない。


 これらに食費などその他こまごまとした費用を含めると、1回3泊4日あたり3~6万円程度、と導き出される。それはけっこうな金額ですね、などと言われることもあるが、基本年1回の趣味に投資する金額としてこれがさほど高いとは私は思っていない。


 例えばゴルフの好きな友人などは、1年間(北海道の場合実質半年)で20ラウンド以上する。最近ではセルフプレイのコースが増えて、平日なら5,000円以下、休日でも1万円以下というところもある。だがそれでも回数が20回に及べば、1回単価5,000円としても10万円にはなる。私の旅行2回分である。5年ごとにクラブを買い替えるとして道具への投資は年2万円近い。私の重要なツールである時刻表は1冊1,100円程度。1年毎月買い続けてもお釣りが来る


 ただ、この趣味は30年超の歴史を持っており、1988年の初めてのひとり旅が4日間で約5万円だった。以来、1989年夏の北陸・紀伊半島4日間が約6万円、1990年春の九州一周2週間が約18万円だった。お年玉に加えて、当時高校の唯一の公認バイトだった年賀状配達で稼いだお金を握りしめて旅立ったのが懐かしい。
 大学卒業時の日本一周の際は、現地調達分も含めて1か月で約40万円の費用を要している。これも塾講師時代、冬期講習をフル回転したバイト代を全部突っ込んでいる。


 社会人になってから、「乗るための旅」に出たのは、2006年以降9回。これで約50万円。ここまでの積み上げでも120万円に達する。これに「ついで」の乗り歩きやこまごましたものを加えると、正確には出せないが、普通車1台分くらいの金額にはなっているのではないかと思う。いずれ落ち着いたときに、一度ちゃんとはじき出してみたい気はする。


 ただ、「全線完乗」の定義づけの迷走もあり、九州へ3回、四国へ2回など、同じ所へ何度も行き来しているので、費用は相当にかさんでいる。真剣に乗りつぶしだけを目的に効率的に乗り歩けば、おそらく費用はこの半分程度で済むのではないかと思うが、先日の五能線の例もあるように、季節や天候を違えれば全く違う風景に会うことも少なくない。これはこれで楽しめたと思っている。この投資額を果たしてどうとらえるか、は、これまた人それぞれではないか、と思う。


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2018/12/02

新函館北斗駅の憂鬱

 所用で仙台まで出掛ける用事があり、特急「スーパー北斗」と東北・北海道新幹線「はやぶさ」を乗り継いで行ってみた。その際、新函館北斗での乗り継ぎに時間の余裕を持たせて、先日の鉄道完乗の日にじっくり観察できなかった新函館北斗駅に降りた。


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 函館の北、北斗市の大野地区に設けられた新函館北斗駅。この位置にはもともと、普通列車の一部だけが停車する無人駅、渡島大野駅があった。函館から先、札幌に向けて延伸工事がおこなわれる北海道新幹線において、地形的に袋小路となる函館市への駅設置は現実的でなく、この位置になったわけだが、このことが当初から仮称「新函館」として計画されていた新幹線駅名をめぐる、函館市と北斗市の激しい綱引きにつながった。

 ⇒「新函館よ、どこへ行く」


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 駅そのものは、在来線4線、新幹線2線の比較的コンパクトな構造である。在来線1・2番線と新幹線11番線の間は階段を上り下りすることなく乗換可能になっている。乗り換えに要する時間は、新幹線ホームから遠い3・4番線からでも5分程度だろう。ただし大量の乗換客で混雑した先日の体験もあり、時期によっては10分程度の余裕が必要になる。


 もともと在来線・新幹線ともに本数が少ないこともあり、列車ダイヤは接続を考慮して組まれているが、雪による列車遅延などが多い地域特性からか、札幌方面、函館方面ともに乗り換え時間は余裕を持って組まれている。
 ただ、駅構外へ出てのんびり土産物の物色や飲食をしているほどの余裕はない。


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 正面に相当する駅南口の周辺の開発はあまり進んでいない。駅前には郵便局と、主要レンタカー会社の営業所が並ぶ程度で、商業ビルなどの姿はなく、新青森に輪をかけて寂しい。隣接する北斗市観光交流センター内には、土産物屋や軽飲食店など10店ほどが入店しているが、土曜日の正午前後になっても客の姿はまばらである。新青森駅構内のショップ街が多くの客で賑わっていたのとは対照的である。


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 反対側の北口はこれをさらに上回り、小さなロータリーの目の前には田んぼや畑が広がり、民家さえ少ない。改札へ向かう長く、広い階段を通る人はなく、寂しさだけが募る。
 函館の市街地を大きく離れており、しかも札幌延伸までの仮の終着駅を宿命づけられているためだろう、企業や商業施設の誘致は進んでいないようである。終着駅、というよりは、新幹線と在来線の単なる乗換駅、といった風情で、ある種往年の千歳空港駅(現在の南千歳駅)に通ずるものがある。


 JR北海道が去る11月9日に公表した、2017年度の線区別輸送概況によると、北海道新幹線の輸送密度は、前年度の5,638人/km/日から約2割減の4,510人/km/日となった。この数値はJR北海道全体の平均輸送密度を下回る水準である。営業収入の減少に加え、保守費用などの増加もあり、共通管理費を含めた営業損失は前年度から45億円悪化し、99億円に達した。JR北海道全体の鉄道営業損失の2割近くを占め、線区別では最大である


Dscn1128  JR北海道は先頃、貨物列車とのすれ違いの安全確保のために最高速度を140kmに制限している青函トンネルについて、最高速度を160kmに引き上げ、東京-新函館北斗の最短所要時間を3時間台に短縮すると発表した。鉄道と飛行機のシェア逆転のボーダーラインの内側に入ってくることになるのだが、結局乗り継ぎで函館方面へは30分余計にかかるわけで、劇的に鉄道利用シェアが伸びるとは思えない。札幌延伸まで予定ではあと12年。北海道新幹線と新函館北斗駅の将来像は、まだ描けない。


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2018/11/26

鉄道完乗こぼれ話【3】 鉄道完乗に要した期間

 一般の方と話していてよく聞かれることは他にもあり、多いのは「何年くらいかかったんですか」というものである。これも人それぞれで一般化できる話ではないのだが、あくまで私の場合、ということでお話をさせていただく。


 いかに私が鉄道が好きであっても、年に何回も遠征を重ねてひたすら鉄道に乗れるほど、時間的にも経済的にも余裕があるわけではない。まして18歳以降、私は北海道に住んで、遠くの鉄道に乗りに行くための距離的ハンデを抱えている。
 おそらくすべてを投げうってひたすら乗り歩けば、半年もあれば日本の鉄道全線制覇できるのではないかと思うが、私の場合、乗車記録を取り始めて以降、完乗を達成するまでには31年と4か月半を費やしている。


 私が乗車記録として自分で認定しているのは、1987年4月1日以降、すなわち国鉄分割民営化以降の乗車である。このルールに従うと、最も古い私の乗車記録は、1987年6月6日、JR東海中央本線・土岐市→名古屋、43.2kmになる。私は中学3年生、この乗車は日光・東京への修学旅行でのものだった。この時はその先、東海道新幹線、東武伊勢崎・日光線と列車を乗り継いでいる。0系新幹線の回転しない3人掛け座席、まだジュークボックスが残っていた東武DRCなどをよく覚えている。


 もちろん、これより以前に乗った鉄道がないわけではない。中央本線の土岐市-名古屋間などは幼い頃から何度も乗っているし、家族旅行で乗った名鉄パノラマカーや近鉄特急、新幹線の0系食堂車などの印象は非常に鮮烈である。
 だが、これとてどこかで線引きをしないと、古い記憶を掘り出していくのは非常に難しい。たまたま私の場合は、ちょうど鉄道の乗り歩きを志した時期に国鉄分割民営化という、日本の鉄道にとっては一大トピックとなる出来事が起こっていたから、それを起点として記録を整理することにしたのである。


 したがって幼少期に乗った路線はすべてそれ以降に乗り直している。また、修学旅行で乗った路線も、その後何度か乗車している。一度乗った路線に別の旅の途上で再度乗車するなどということは珍しいことではなく、新幹線やJRの主要な幹線などはたいがい複数回乗車している。


 ではそういう視点から、私が最後に乗ったのが最も古い路線を拾ってみると、1988年2月11日、愛知環状鉄道・八草-新豊田になる。この区間は後にも先にもこの時乗ったっきりである。それ以前の路線はその後何らかの形で再度乗っている。したがって、私がよく質問される「全部乗るのに何年くらいかかりましたか?」という質問に対する最も正確な答えは、「30年半」ということになる。


 全線完乗達成が目前に迫ったころ、私はこの「偉業」を、せめて平成が終わるまでに達成しよう、と考えていた。幸い、この目標は達成されたのであるが、そこに至る過程の中で、ふと、乗車記録のスタート時点を1987年でなく、1989年1月8日、すなわち平成最初の日として、平成の30年間ですべての鉄道に乗ったという整理にできないか、と考えたことがある。


 その時、昭和時代に乗車済みで、平成以降乗った記録がない路線がどのくらいあるかを再度確認してみたが、思った以上に多く、360kmほどあった。先の愛知環状鉄道の他にも、JR東日本磐越西線(郡山-会津若松)、飯山線、JR東海飯田線、東武鉄道鬼怒川線、野岩鉄道など、けっこう各地に点在している。
 これらの路線に乗り直すためには、さらにあと1回、余計に旅をしなければならない。時間的な問題もあるが、今年は2度の遠征で懐が例年になく寂しい状況になっている。破産の危機に瀕してまでも急いで乗り直すほどの理由はない


 繰り返すが所詮は趣味であり、マイルールである。




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2018/11/18

貨物線を走る旅客列車~「ホリデー快速あたみ」

 前回の記事で触れたJR東日本武蔵野線は、鶴見-西船橋を結ぶ100.6kmの路線である。もともと都心を避けて東海道本線と東北本線などを結ぶ貨物線として計画され、首都圏の外縁を半円を描くように敷かれている。この他に直行する各路線との短絡線が5本ほどある。この辺りの話は以前にも書いた。

 ⇒乗りつぶしの話【2】乗ったのに実績ゼロ(2)
  ※その後、乗車記録の集計ルールは変えています。


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 通常旅客輸送は府中本町-西船橋間71.8kmでおこなわれており、鶴見-府中本町間28.8kmと短絡線の一部は、通常貨物列車しか走らない。一部の時期を除く土曜・休日に限り、「ホリデー快速鎌倉」(南越谷-鎌倉)などの臨時列車が運転される。時刻表にも「臨時列車のご案内」のページにしか登場せず、私のルールでは参考記録扱いとなるのだが、その中でも比較的乗りやすい区間である。


 たまたま前回のブログで触れたから、ということもあるのだが、11月上旬、東京へ出張する機会があり、その仕事明けの土曜日、青梅-熱海を武蔵野貨物線経由で11月10日・11日限定で走る臨時列車「ホリデー快速あたみ」に乗ってみた。全車指定席となっているが、金曜日の深夜に幸い先頭車窓側の指定席を確保できた。


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 午前8時50分ごろ、青梅線拝島駅ホームには、「ホリデー快速あたみ」を待つ乗客がすでに数十人集まっていた。そのうちの半分ほどは、ひと目でそれとわかる「その筋の方」である。
 9時少し前、青梅方面から、「ホリデー快速あたみ」が入ってくる。185系特急型電車6両編成である。白いボディに緑の斜めストライプの帯が入ったカラーリングが斬新だった車両もすでに車齢36年となり、数年中の引退も噂されている。車内には国鉄型車両の香りが随所に残っている。


 9時01分発車。まずは青梅線を立川へ向かう。立川から南武線へ乗り入れる「ホリデー快速あたみ」は、通常は下り列車しか走行しない立川-西立川間の通称「青梅連絡線」を通り、中央本線を跨いで立川駅へ入る。この辺りも鉄道ファン的には非常にレアである。運転席すぐ後ろのデッキには、何人もの「その筋の方」が出入りする。そのたびに旧式の自動ドアが大きな音を立てて開閉し、落ち着かない。


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 立川からは南武線に入り、府中本町を出ると、列車は左に南武線を分けて武蔵野貨物線に入る。しばらくは南武線と並走するが、多摩川を渡り終えると南武線の線路が左へカーブしながら離れていき、こちらはトンネルに突っ込む。長短2本のトンネルで武蔵野台地の下を突っ切っていく。闇の中で2本の貨物列車とすれ違う。


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 ようやくトンネルを抜けて明るくなったかと思うと、梶ヶ谷貨物ターミナル駅を通過する。コンテナが無数に積み上げられたターミナルは、郊外とはいえ首都圏とは思えない広さである。その横を過ぎると、列車は再びトンネルに入る。台地の上の住宅地や他路線との交点もトンネルや高架で無視するように抜けており、そもそも旅客営業をまったく前提としていない線形である。


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 トンネルを出ると、横須賀線や湘南新宿ラインの列車が走る東海道本線支線、通称「品鶴線」がすぐ隣に接近してきて並走する。こちらももとは貨物線として開業した路線である。その「品鶴線」上にある新川崎駅の少し先が新鶴見信号場で、ここから先は品鶴線と武蔵野貨物線の並行区間となる。


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 品鶴線がこちらの上を跨いで右手へ移ると、ほどなく左から接近してくる東海道本線を跨ぐ。無数の線路が並走するようになって、鶴見駅。貨物線のこちら側にホームはないが、その少し先で列車はいったん停車。「運転士が変わるんだよ」と後ろの方で誰かの声が聞こえた。確かにホームも何もないところに運転士が1人待機しており、こちらの列車から降りてきた運転士と引き継ぎをして列車に乗り込んでくる。時間にして1分ほどの儀式だが、これもまたレアである。


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 鶴見からは東海道本線を走り、10時05分、横浜に到着。武蔵野貨物線を堪能した私はここで列車を降りた。貨物線を走る列車もレアだが、駅構内など細かいところでの走行経路、乗務員の引継ぎなど、楽しみの多い列車であった。参考記録にしておくのがもったいないような体験ではあるが、自分で決めたルールであり、公式記録上の乗車実績はゼロである。


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2018/11/04

鉄道完乗こぼれ話【2】続・「鉄道完乗」の対象とはそもそも何か

 前回の続き。深い話なので、興味のない方はスルーで。


 鉄道の乗りつぶしを志した当初、私は当時の大半の人がそうであったように、まずはJRだけの全線完乗を目指した。行程の都合で私鉄を使うことなどがないわけではなかったが、乗車記録も残しておらず、私鉄はJRを全部乗り終えた後で考えようかな、という程度の感覚だった。


 私がはっきりと、「私鉄も含めた日本の鉄道全て」を完乗対象として意識するようになったのは、乗りつぶし熱が再燃し始めた2006年のことである。この時から、旅程の途上にある私鉄にも意識的に乗り歩くようになっていくのだが、当時はまだ乗るべき対象となる路線のデータが整理されておらず、同時並行で進むことになった。よって天橋立付近へ3度も足を運ぶ羽目になったりするのだが、これは致し方ない。


 前回書いたような経緯で、私が乗るべき鉄道は「鉄道要覧」に記載された「鉄道」と「軌道ということで整理をしたのであるが、これについてももう少し整理する必要があった。なぜならば、この中には乗ろうと思っても乗ることのできない鉄道というものが少なからず存在しているためである。


 その最たるものは貨物専用鉄道である。貨物の積み出し港付近に多い。また、JR貨物は大半の路線でJR旅客鉄道の路線を拝借して貨物列車を運転しているが、貨物ターミナルへの出入線など、一部区間では自ら線路を保有している。これらの路線には人間たる私は乗ることができない


 これとは別に、旅客鉄道会社が路線を保有していながら、通常は貨物列車しか運転されない路線もある。例えば武蔵野線は、旅客列車は府中本町-西船橋間の運転であるが、路線そのものの起点は東海道本線の鶴見である。鶴見-府中本町間は通常貨物列車しか運転されていない。
 ところがこの区間には、行楽シーズンなどごく一部の期間に限り、埼玉と横浜・鎌倉を結ぶ「ホリデー快速鎌倉号」などの臨時列車が運転されている。


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 また、以前は寝台特急「カシオペア」「北斗星」をはじめ本州と北海道を結ぶ旅客列車が運転されていたJR北海道・海峡線は、北海道新幹線と線路を共用する現在、定期列車は貨物列車のみである。だがここにも、臨時運転でクルーズトレインである「トランスイート四季島」などが運転される。こちらは団体運転でツアーを利用しなければ乗ることはできない。8月の旅で立ち寄った秋田港と秋田を結ぶ路線なども、クルーズ客限定で旅客営業をすることがある。


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 その一方で、純然たる旅客用路線でありながら、季節営業となるところもある。代表例は上越線・越後湯沢-ガーラ湯沢間が挙げられる。上越新幹線から分岐するこの路線は、スキー場の営業期間である冬季は毎日列車が運転されるが、夏は運休となる。


 こうした路線の扱いも非常に悩むところである。実際に貨物列車しか走らないような鉄道・路線を対象から外すことは全く問題がない。あとはひと思いに「定期旅客列車が毎日走る路線」だけに限定してしまってもよさそうなものだが、季節限定、曜日限定とはいえ列車が走ることが初めからわかっている路線を乗らずに済ませるのは、チリホコリを残したまま掃除を済ませるような後味の悪さが残る。かといって、特定の日にしか列車が走らなかったり、特定旅客しか利用できない路線にまで乗れと言われても困る。


 そこで私は、「旅客列車が定期的に運転される路線」を乗車記録の対象とし、特定日・特定旅客に対してのみ運転される路線や貨物専用線は、「通常旅客列車が運転されない路線」として、参考記録にとどめることにした。
 したがって、季節限定であっても毎日列車が走るガーラ湯沢線は乗車対象とする。逆に武蔵野線・鶴見-府中本町間や海峡線などのような路線は乗車対象とはしない。ちなみに、武蔵野線は現段階で未乗、海峡線は新幹線開業前に何度も乗車しているが、こちらは「参考記録」として整理している。 こうした路線は貨物専用鉄道も合わせると400km余りある。


 この辺りの線引きは非常に主観的なもので、人によっては異論のあるところだと思うが、何度も繰り返す通り、そもそも鉄道完乗など明確なルールが示されているわけでもなく、あくまで当人の自己満足の世界であるから、他人から目くじらを立てたり揚げ足を取られるような性質のものではない。細かいところまで突き詰めればきりがなく、例えば複線区間では上りと下り両方に乗らなければ完乗にならない、とか、札幌駅は1番線から10番線まで全部を通らないとダメだ、とか言われると、これは趣味の世界を通り越えて一種病的な世界に突入することになる。


 もとより、参考記録区間であっても、機会があれば乗ってみたいと思うのは趣味人としては普通の感覚であるから、今後折に触れてチャレンジしてみようとは思う。こうした話も、鉄道に興味のない人からすれば、拭き掃除とワックスがけの後に再度掃除機をかけるようなもので、変人認定の種にしかならない。だが、繰り返すが趣味とはそんなものである。


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2018/11/01

鉄道完乗こぼれ話【1】 「鉄道完乗」の対象とはそもそも何か

 「日本の鉄道に全部乗りました」という話をすると、ふだんあまり鉄道に関心のない周囲の人も、少なからず興味をもって話を聞いてくれる。闇雲に鉄道を乗り歩いているだけの間は、「ただの変わった人」という扱いを受けることの方が圧倒的に多かったのだが、何事によらず「成し遂げる」ということは、行動や言葉にある種の説得力を持たせることを可能にするらしい。


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 そうした中で、必ず聞かれる質問がいくつかある。そのうちのひとつが、
「鉄道全部、って、全部ですか?地下鉄も、路面電車も?
というものである。これに対して私は、
「もちろんですよ。私鉄も、地下鉄も、路面電車も。モノレールやケーブルカーも、です」
と答える。前段だけでも「ほおっ」という反応が聞かれるが、ケーブルカーのくだりまでたどり着くと、「ぎょえっ」という悲鳴交じりの感嘆詞に変わる。このあたりからやはり、随所に「やっぱり変人じゃん」というニュアンスが見え隠れするようになる。


 ただ、以前にも書いたことがあるが、「鉄道全線完乗」の定義、すなわち乗るべき路線、鉄道はどれか、ということに関しては、人それそれにルールがある。そもそも「鉄道」という言葉の定義自体が狭義から広義まで幅広いからである。
 どういうことか、そのあたりを私自身の復習も込めて、一度まとめておく。


 この先深みに入るので、興味のない方はしばしスルーで。


 私が乗車対象とした鉄道については、毎年1度発行されている「鉄道要覧」という、日本国内の鉄道をまとめた資料に基づいている。ここに記載された交通機関が、いちばん広い意味での「鉄道」であるが、この中身は大きく3つに区分できる。


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 ひとつは、鉄道要覧の中で定義されている、最も狭義での「鉄道」。専用軌道に敷かれた鉄のレールの上を車輪で走る、一般の人が抱くイメージの「電車」が基本方式である。当然、地上を走るか地下を走るかは関係なく、地下鉄も立派な鉄道である。
 この区分の中には、ケーブルカー(鋼索鉄道)やモノレール(懸垂式鉄道、跨座式鉄道)、新交通システム(案内軌条式鉄道)、さらにはレールはないがトロリーバス(無軌条電車)といった変わり種も含まれている。


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 ふたつ目は「軌道」である。もともとは道路などの上を利用して敷かれたレールを走るもので、鉄道とは準拠する法律も異なる。
 一番わかりやすいのは路面電車である。モノレールや新交通システムの中にもこちらに相当する路線、区間がある。また、大阪メトロ(旧大阪市営地下鉄)の大半の路線など、どう見ても鉄道と思われるものも、高速道路と一体で整備されたために、区分上は軌道になっていたりして、境界線は多少あいまいである。


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 みっつ目は「索道」である。これはレールではなく、鋼製のケーブルに搬送機がぶら下がっているものである。ロープウェイゴンドラのような「普通索道」と、リフトのような「特殊索道」に分かれている。


 で、この中からどれを乗りつぶしの対象にするか、ということにある。
 狭義の「鉄道」がその対象であることは言うまでもない。問題は残るふたつである。


 「軌道」は、鉄道事業法の範疇に含まれないが、どこを走るかだけの差であって、鉄道の一種だとみて問題ないと思う。一般的にも大半の軌道線は「電車」のイメージで語られる。「ゆりかもめ」のように、鉄道と軌道の区間が入り乱れて1本の線を構成している路線もある。


 問題は「索道」である。こちらは鉄道事業法に基づく乗り物であり、法的には軌道よりも鉄道に近い。だが、スキー場や観光地のリフトの類、特殊索道が鉄道の仲間、と言われても、子ザルを見せられて「あなたの子供よ」と言われたくらいの違和感がある。一般索道にしても、箱根や立山のロープウェイはともかく、スキー場のゴンドラリフトも同じ仲間だ、と言われれば、鉄道の匂いは遠のく。


 いずれにしてもどこかで線引きをしないと、「鉄道乗りつぶし」と称しながら、冬ごとに日本全国のスキー場を渡り歩かなければならないようなことになるので、「索道」はすべてを除外し、乗りつぶし対象は狭義の「鉄道」および「軌道」とした。このあたりがおそらく鉄道ファンの中でもマジョリティになるのではないかと思う。


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 それでも普通の人たちから見れば、ロープウェイと懸垂式モノレールの区別などつかないであろうし、「トロリーバス」が鉄道であるなど、全く理解できないに違いない。
 だが逆に私にしてみれば、嵐に熱狂する嫁の気持ちも、ラブライブの登場人物がすべて見分けられる坊主の眼力も全く理解できない。趣味とはそんなものである。


 深めの話、続く。


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2018/10/14

2018年8月 鉄道全線完乗への旅【7】 北海道新幹線でJR制覇(2)

前回の続き。

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 新青森を発車するとほどなく住宅は途切れ、すぐに田園地帯に入る。黄緑色の稲が水田を埋め尽くしている。左手から少しずつ山が近づいてきて、しばらくの間、新幹線は水田地帯の西端に沿って走る形になる。


 津軽半島の山の中を何本かのトンネルで貫き、わずかばかりの平地が広がると、右手から津軽線の線路が近づいてきて、その分岐線が新幹線に合流してくる残念ながら、新幹線の高架の防音壁に阻まれてじっくりと観察できないここから木古内手前までの区間は、在来線の海峡線と北海道新幹線が同じ路線を共有する。とはいっても、海峡線を走る定期列車は貨物列車のみで、定期の旅客列車はない。「TRAIN SUITE 四季島」などの臨時列車だけである。


 共用区間に入ると、列車の速度が明らかにそれとわかるほどに下がる。北海道新幹線の設計上の最高速度は260kmだが、貨物列車とのすれ違いの安全が確保できないため、共用区間の最高速度は140kmと在来線時代と同等に抑えられている。このため、新青森-新函館北斗148.8kmは最速でも1時間01分を要する。近い将来、一部列車で最高速度の引き上げが予定されているが、北海道新幹線が速達性を存分に発揮できるようになるまでにはまだ時間がかかる。

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 さらに2本の長いトンネルを抜けて、10時07分、奥津軽いまべつに到着。乗降客はいないようである。新幹線ホームの左下には、在来線規格の海峡線の待避線が見える。そのさらに奥には津軽線の津軽二股駅があるはずだが、防音壁の立つ高架の新幹線駅からは見えない。

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 津軽線を右に分け、短いトンネルを6本抜けると、次が青函トンネルである。このあたりの感覚は、これまでに在来線で何度も味わってきた。線路の規格は立派なはずだが、フワフワと落ち着きのない小さな揺れが続く。開業当初に感動した、滑るような走行への感動はあまりない。トンネル通過の所要時間はおよそ25分。暗闇の中、車内販売で買ったコーヒーを飲みながら、旅の記録の整理を続ける。

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 不意に窓の外が明るくなる。窓の外は北海道である。かつて知内駅だった知内湯の里信号場を通過。奥津軽いまべつ駅と同じように、新幹線の線路の外側に在来線の待避線が並んでいる。再びトンネルに入り、7つの短いトンネルを抜けて、10時44分、木古内に到着。ここも乗降客の姿は見えない。さらに何本かのトンネルを抜けると、高架の下に再び水田が広がる風景となった。


 列車はゆっくりと減速を始め、大きく左へ向かってカーブする。相変わらず線路の付近には水田が広がっており、とても駅が近づいているようには感じられない。それでもレンタカーの営業所や広大な駐車場が見え始め、右手から函館本線の線路が近づいてくる。こちらは新青森に輪をかけて、駅周辺は何もないようである。


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 中間2駅に丹念に停まった「はやぶさ1号」は、10時57分、新函館北斗に到着した。この瞬間、JR全線19,797.1kmの完乗達成である。
 ホームに降りて通りすがりの乗客にシャッターを押してもらい、私は悠然と改札へ向かった。わずかな乗り継ぎ時間の間に一度外へ出て、今から5年ほど前、まだ建設途中だった新函館北斗駅の今の姿を眺めておこうと思っていた。


 ところが、この日の「はやぶさ1号」は、前回も書いたとおり、7割にもならんという高い乗車率で、出口も乗り換え改札も長蛇の列。私は駅の外へ出るどころか、列車内で食べる昼食すらまともに買うことができず、在来線ホームへ急いだ。たくさんの乗客が待つ狭いホームに出ると、はるか向こうから乗り継ぎ予定の「スーパー北斗9号」が接近してくるのが見えた。何の感慨に浸る暇もない、JR全線完乗であった。



 この話は、下の記事の最終行から5行目へと続く。
 ⇒日本の鉄道全線完乗~なぜ「すすきの」だったのか




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