鉄道の旅人

2018/10/14

2018年8月 鉄道全線完乗への旅【7】 北海道新幹線でJR制覇(2)

前回の続き。

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 新青森を発車するとほどなく住宅は途切れ、すぐに田園地帯に入る。黄緑色の稲が水田を埋め尽くしている。左手から少しずつ山が近づいてきて、しばらくの間、新幹線は水田地帯の西端に沿って走る形になる。


 津軽半島の山の中を何本かのトンネルで貫き、わずかばかりの平地が広がると、右手から津軽線の線路が近づいてきて、その分岐線が新幹線に合流してくる残念ながら、新幹線の高架の防音壁に阻まれてじっくりと観察できないここから木古内手前までの区間は、在来線の海峡線と北海道新幹線が同じ路線を共有する。とはいっても、海峡線を走る定期列車は貨物列車のみで、定期の旅客列車はない。「TRAIN SUITE 四季島」などの臨時列車だけである。


 共用区間に入ると、列車の速度が明らかにそれとわかるほどに下がる。北海道新幹線の設計上の最高速度は260kmだが、貨物列車とのすれ違いの安全が確保できないため、共用区間の最高速度は140kmと在来線時代と同等に抑えられている。このため、新青森-新函館北斗148.8kmは最速でも1時間01分を要する。近い将来、一部列車で最高速度の引き上げが予定されているが、北海道新幹線が速達性を存分に発揮できるようになるまでにはまだ時間がかかる。

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 さらに2本の長いトンネルを抜けて、10時07分、奥津軽いまべつに到着。乗降客はいないようである。新幹線ホームの左下には、在来線規格の海峡線の待避線が見える。そのさらに奥には津軽線の津軽二股駅があるはずだが、防音壁の立つ高架の新幹線駅からは見えない。

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 津軽線を右に分け、短いトンネルを6本抜けると、次が青函トンネルである。このあたりの感覚は、これまでに在来線で何度も味わってきた。線路の規格は立派なはずだが、フワフワと落ち着きのない小さな揺れが続く。開業当初に感動した、滑るような走行への感動はあまりない。トンネル通過の所要時間はおよそ25分。暗闇の中、車内販売で買ったコーヒーを飲みながら、旅の記録の整理を続ける。

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 不意に窓の外が明るくなる。窓の外は北海道である。かつて知内駅だった知内湯の里信号場を通過。奥津軽いまべつ駅と同じように、新幹線の線路の外側に在来線の待避線が並んでいる。再びトンネルに入り、7つの短いトンネルを抜けて、10時44分、木古内に到着。ここも乗降客の姿は見えない。さらに何本かのトンネルを抜けると、高架の下に再び水田が広がる風景となった。


 列車はゆっくりと減速を始め、大きく左へ向かってカーブする。相変わらず線路の付近には水田が広がっており、とても駅が近づいているようには感じられない。それでもレンタカーの営業所や広大な駐車場が見え始め、右手から函館本線の線路が近づいてくる。こちらは新青森に輪をかけて、駅周辺は何もないようである。


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 中間2駅に丹念に停まった「はやぶさ1号」は、10時57分、新函館北斗に到着した。この瞬間、JR全線19,797.1kmの完乗達成である。
 ホームに降りて通りすがりの乗客にシャッターを押してもらい、私は悠然と改札へ向かった。わずかな乗り継ぎ時間の間に一度外へ出て、今から5年ほど前、まだ建設途中だった新函館北斗駅の今の姿を眺めておこうと思っていた。


 ところが、この日の「はやぶさ1号」は、前回も書いたとおり、7割にもならんという高い乗車率で、出口も乗り換え改札も長蛇の列。私は駅の外へ出るどころか、列車内で食べる昼食すらまともに買うことができず、在来線ホームへ急いだ。たくさんの乗客が待つ狭いホームに出ると、はるか向こうから乗り継ぎ予定の「スーパー北斗9号」が接近してくるのが見えた。何の感慨に浸る暇もない、JR全線完乗であった。



 この話は、下の記事の最終行から5行目へと続く。
 ⇒日本の鉄道全線完乗~なぜ「すすきの」だったのか




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2018/10/11

2018年8月 鉄道全線完乗への旅【6】 北海道新幹線でJR制覇(1)

 前回の続き。


 8月19日、日曜日。区切りの朝を私は青森市内のビジネスホテルで迎えた。前日、大学時代からの気の置けない友人と、うまい食事を食べながらささやかに飲んだ。その心地よい余韻が残る中、8時少し前にホテルを出て、途中朝食をとって青森駅まで1kmほどの距離をゆっくり歩いた。お盆が明けたばかりだがそれほど暑くはなく、ネクタイを締めてきた首元に不快な汗をかくこともない。


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 青森9時05分発の秋田行き特急「つがる2号」で1駅、新青森へ。この1駅間は特例で特急券なしで利用することができる。4両編成のE751系電車の乗客はまばらで、この後にも普通列車が1本あるため、新青森で下車した乗客もわずかである。


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 高架の立派な新青森駅東口の前には、整然とした駅前広場が広がる。その向こう側には戸建てや小ぶりな集合住宅が並んでいるが、商業施設はレンタカーの営業所が目立つ程度で商業施設やオフィスビル、ホテルなどの姿はない。西口、南口も覗いてみたが同様で、新幹線駅としては寂しく人の往来も少ない。けれども、駅の中にある商業施設「あおもり旬味館」だけは、まだ9時過ぎだというのにたくさんの客で賑わっており、連なる土産物屋も忙しそうである。


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 これから乗車するのは、東北・北海道新幹線のトップナンバー、「はやぶさ1号」である。9時半過ぎにホームへ上がると、ホーム上にはすでに多くの乗客がいて列車を待っている。この時間、北海道へ向かう客などごくわずかではないかと思っていたので少々意外な気分になる。意外といえば、昨夜会食した友人も、見送りと称してホームにふらりと現れてくれた。こういう彼のささやかな気遣いが実にうれしい。持つべきものは友である。

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 9時49分、東京からの「はやぶさ1号」が到着。窓から覗くと、少なからず下車客もいるが座席は8割方埋まっている。私の指定席は8号車19番E席。記念の日にひっかけて、狙って確保した座席である。幸運にも隣に乗客は現れなかった。
 「ねぶた」の発車メロディーと、窓越しに友人の見送りを受けて、9時51分、「はやぶさ1号」は新函館北斗に向けて滑るように出発した。鉄道全線完乗の達成に先立って、まずはその前奏ともいえる、JR全線完乗達成への最後の列車の旅が始まった。

 続く。



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2018/10/08

2018年8月 鉄道全線完乗への旅【5】 青函連絡船をしのぶ

 前回の続き。


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 川部からは奥羽本線の普通列車に乗り換えて青森を目指す。6両編成とこの地域にしては長い普通列車は、「リゾートしらかみ3号」からの乗り継ぎ客も多く、ロングシートの座席がほど良く埋まっている。あのゆったりとした座席からロングシートでは一気に格落ちしたような感じで、旅行気分も萎えるのだが、昨今は何処へ行っても当たり前の光景になっている。


 津軽新城で行き違いのため5分ほど停車し、次が新青森。奥羽本線の貧相な単線を、新幹線の立派な高架駅が跨いでいる。だが駅周辺には目立った商業施設はなく、何軒かのレンタカー営業所だけが目に付く。中心部から外れた新幹線駅の宿命でもあり、発展するのには相当の時間を要すると思われる。

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 青森駅のホームは、6両編成の普通電車でも持て余すほど長い。かつては本州の終端、そして北海道への玄関口として、10両を超える長さの特急・急行列車が何本も出入りしていた。ホームの途中には柵があり、その奥へは進めないが、先へ目をやると線路は海の方へ向かって伸びており、その先に八甲田丸の姿が見える。青函トンネルの開通、そして青函連絡船の廃止から今年で30年が過ぎ、乗客が先を競って連絡船への桟橋を走った姿は完全に過去のものになった。それでも、駅移設と整備でホームが完全に行き止まりになった函館と比べると、往時の雰囲気は残っている。


 青森では大学時代の友人と夕食を食べることになっているが、時間はまだ早く、私は「八甲田丸」へ向かって歩いた。駅から八甲田丸にかけての一帯は「青森ウォーターフロント」と呼ばれて商業施設や観光施設が整備されており、土曜日ということもあって人の姿も多く賑やかである。だがそこを抜けて八甲田丸にたどり着くころには周囲に人はほとんどおらず、寂しい雰囲気になった。


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 600円の入場料を払って船内に入り、順路に沿って進む。青森の昭和中期の街の活気を再現したジオラマなどが展示されており、連絡船の、というよりは、連絡船の街としての青森を色濃く表している。だが随所に、当時の座席や寝台、案内看板などが展示されており、かすかながら往年の連絡船の気分を味わうこともできる。


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 私が実際に旅行に出るだけの金も力もなかった小学生時代、時刻表を見ながら空想旅行にひたるのが関の山だった私の憧れの地が北海道だった。
 空想旅行の時はいつも、私は20日間有効の「北海道ワイド周遊券」を握りしめ、上野から急行「八甲田」に乗り、青森から青函連絡船で北海道を目指していた。当時、総延長4,000kmと言われた北海道の国鉄全線を乗り潰すためには10日から12日ほどかかっただろう。時刻表や、当時小学館から発行されていた「全線全駅鉄道の旅」シリーズの「北海道4000km」は、私の北海道への憧れを限りなく駆り立てたものである。


 大学受験ではじめて北海道に渡った私は、残念ながら青函連絡船には間に合わず、青森から函館へは海の底か遥か空の上を往くことになった。今私がフェリーの旅に高揚感を覚えるのは、ひょっとすると連絡船への憧れがどこかに息づいているのかもしれない。


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 往年の現役時代の連絡船では見ることのできなかったブリッジや船底の車両甲板も公開されている。車両甲板には、機関車や貨車に交じって、キハ82系気動車の姿も見える。八甲田丸の就航は1964年で、1954年の洞爺丸事故を契機に旅客列車の航送はおこなわれなくなっていたからこれは史実にないシーンだが、展示とはそんなものだろう。
 航海甲板に上がると、JNRマークの煙突の向こうに、青森ベイブリッジがくっきりと見えた。煙突の黄色、それに船体と橋の白が、青い空と見事なコントラストをなしている。私の行いのせいだろうか、実に天気の良い一日であった。最後の1線を乗り終えるまで、あと1日である。


続く。


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2018/09/28

2018年8月 鉄道全線完乗への旅【4】「リゾートしらかみ」に憩う

 前回の続き


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 東能代から五能線に入った「リゾートしらかみ」は、進行方向が逆になり、私の乗っている1号車が先頭車になった。展望スペースが設けられた先頭部と、両サイドの大きな窓から風景が運転席の窓から飛び込んでくる。両サイドの窓も大きく開かれており、よく晴れた青い空に緑の畑や水田が映えている。


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 八森の手前でほんの少し見えた日本海が、あきた白神付近から本格的に近くなり、岩舘を過ぎて何本かのトンネルを抜けると正面に飛び込んできた。このあたり、線路が海岸や道路より一段高いところを走っているため、線路の向こうがストンと海になっているような錯覚を受ける。海岸に突き出す岩の奇妙にしてごつい形が、日本海の波の荒さを物語っているようにも見えるが、今日の日本海は非常に穏やかで、さざなみに不規則に反射する光が、空の青や海の青に輝いている


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 この車両の名の由来になった「青池」への最寄り駅である十二湖、駅の前にSLが鎮座し、周辺にリゾート施設が広がるウェスパ椿山、深浦町の中心である深浦と、停車駅ごとに一定数の乗客の乗り降りがある。短区間利用客の観光客が思いのほか多い
 この辺り、普通列車は5往復しか走っておらず、殊に日中は3往復の「リゾートしらかみ」が主要な足となる。あえて優等列車とせず、全車指定席の快速とした理由が透けて見えた気がした。利用客の立場に立てば、1乗車520円の追加投資ならば比較的抵抗感が薄いし、鉄道会社側からすれば520円の積み重ねは、平均通過人員(輸送密度)が500人程度のこの区間では貴重な収入である。



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 列車名の由来にもなっている世界遺産の白神山地は、ちょうどこの区間、秋田と青森の県境を中心に広がっている。比較的山が近いため、県境付近では見にくいが、ウェスパ椿山の手前あたりで後方を振り返ると、湾の向こうに連なる山々が見える。
 深浦を過ぎると線路は次第に海岸の高さ付近まで下りていく。線路の間近まで波が寄せてくる景色と、右手に見える山の緑のコントラストは鮮やかである。前回乗車した時は真冬で、灰色の重苦しくも厳し気な景色が広がっていた。季節が変わると車窓の印象は驚くほど変わるものである。


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 ごつごつとした岩が突き出した海岸に近い千畳敷で15分の停車。ホーム1本だけのシンプルな駅だが、海岸までは目と鼻の先であり、列車を降りて散策を楽しむことができる。
 線路と海岸の間を通る道路に面して売店や民宿が並んでおり、イカを焼く香ばしい匂いがいたるところから漂ってくる。
 足元にはごつごつとした岩畳が広がり、ところどころに小さな岩山がそそり立っている。なんとも心躍る風景である。日本には自分の知らない景色がまだまだたくさんある。鉄道に乗ることだけに執心してきた自分にとって、それは少なからず衝撃的だった。


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 鯵ヶ沢の先で五能線は日本海と別れて内陸へ進む。周辺にはリンゴ畑もちらほらと見え始めた。風景はやや単調になり、少し眠気が襲ってくる。だが車内では、絶景と引き換えに鯵ヶ沢~五所川原間で津軽三味線の生演奏、陸奥鶴田~川部間で「語りべ」のおばさんによる物語と、立て続けに3号車のイベントスペースで催され、各車両のモニターでも観ることができる。風景が単調になっても乗客を退屈させない工夫が凝らされている。残念ながら五能線の景色に興奮しすぎた私は、語りべの世界を聴きながら、ついうつらうつらとし始めた。

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 追分から4時間32分、15時36分に「リゾートしらかみ3号」は、奥羽本線との分岐駅、川部に到着した。列車はこの先弘前まで行くが、青森方面へ向かう私はここで下車する。他の乗客も3分の1ほどが川部のホームに降り立った。
 世界遺産、日本海の絶景という宝を持ちながら、沿線の人口の希薄さで苦しい状況が続いている五能線だが、リゾート列車の投入で乗客の減少傾向には一定の歯止めがかかっているようである。このあたり、多数の不採算路線を抱えるJR北海道にも見習ってほしいところではあるが、かたや2,000億円を超える純利益を叩き出し余力のあるJR東日本に対し、JR北海道はリゾート列車どころか一般気動車の置き換えもままならない状況下にある。非常に難しい。


続く。



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2018/09/24

2018年8月 鉄道全線完乗への旅【3】23年ぶりの五能線

 少し間隔があいたが、続き


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 11時少し前、追分駅のホームに立つ。男鹿方面から、赤と青に塗られた近代的な列車が入ってきた。折りたたまれていたパンタグラフが、私の目の前で起き上がり、架線に届く。
 EV-E801系という蓄電池式の電車で、電化区間ではパンタグラフ集電、非電化の男鹿線では蓄電した電力で走るという変わり種である。1日3往復だけではあるが、2年前、国鉄型ディーゼル列車1色だった男鹿線は、男鹿駅がこの7月に新築移転したこともあり、装いを改めている。


 この男鹿線を再び訪れるという選択肢もあったが、完乗に向けての最後の1日を、いろんなことを考えながらのんびり列車に揺られるには、片道30分ほどの旅は少々短い。かといって、まっすぐ青森に向かうのも芸がない。
 反対側のホームに、五能線経由の弘前行き快速「リゾートしらかみ3号」が入ってきた。奥羽線をまっすぐ普通列車で走れば2時間あまりのところ、この列車は4時間45分かけて走っていく。秋田行きのフェリーを予約した時から、私は最後の1日をゆだねる列車をこれにしようと決めていた。最後尾、1号車の指定席に乗り込む。11時04分、発車。


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 「リゾートしらかみ」は、この時期1日3往復。専用車両が3本用意されており、この日の3号は、白いフェイスに青いボディの「青池」編成。ハイブリッドシステムを採用したHB-E300系の4両編成である。
 車内は1列+2列のリクライニングシートがゆったりとした感覚で並んでいる。背もたれも深々と倒れ、びっくりの快適空間である。頭上にはモニター装置もあり、全面展望の映像も楽しめる。特急列車のグリーン車にしてもいいくらいだが、快速列車の普通席なので、追加料金は運賃の他に520円の指定席料金だけである。ざっと見たところ、6~7割の座席が埋まっている。


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 追分から東能代までは助走区間。単線だが電化された立派な線路を快調に走る。11時45分、東能代着。ここで9分停車する。駅前を軽く眺めてから売店で食べ物を買い込み、再び列車に乗り込む。
 東能代からは進行方向が逆になり、私の乗っている1号車が先頭になる。秋田方面へ向かって出発して、左に奥羽本線を分ける。五能線は大きく湾曲する米代川を抱き込むように右へ大きくカーブして、能代に着く。列車はここで17分停車する。

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 能代駅のホームでは、バスケットボールのフリースローチャレンジがおこなわれていた。高校バスケットの常連校である能代工業高校のお膝元で、「バスケットの町」として町おこしをしているらしい。商品目当てにチャレンジしてみたが、私の投げたボールはリングにガツンと当たってゴールを外れた。「リゾートしらかみ」のステッカーが参加賞として受け取り、改札口へ向かう。背後で時々、「おーっ」と歓声が上がった。

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 私が五能線に乗ったのは、1995年、日本一周旅行の途上であった。その時、東能代からひと駅だけの普通列車で能代に降り、駅前にあったパチンコ屋で1時間ほど潰した。
 それから23年、私は停車時間中に駅前をふらついてみた。駅前の風景にはなんとなく覚えがあるのだが、この辺りかと当たりを付けてみた場所にそれらしきパチンコ屋は見当たらなかった。生まれたばかりの子供が社会人になろうというだけの時間が過ぎているのだから仕方がないかもしれない。変わらないのはそれ以前からずっと鉄道にこだわり続けている私の精神年齢だけである。


続く。

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2018/09/05

2018年8月 鉄道全線完乗への旅【2】2年ぶりの追分へ

前回の続き


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 翌朝は6時過ぎにすっきりと目が覚めた。下船前にひと風呂浴びようと浴室へ行くが、朝の営業は9時から。秋田港の発着で忙しくなるせいかもしれないが、このあたりが太平洋フェリーと比較してもサービスが劣る部分で以前から気になっているところである。デッキへ出ると、風力発電の風車とともに秋田港の岸壁が近づいてくるのが見えた。岸壁では釣りを楽しむ人々の姿も見える。


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 ともあれ「ゆうかり」は、1時間20分の出航遅れを回復して、定時の7時35分、秋田港に入港した。苫小牧東~秋田~新潟を2隻で週6便びっちり運航されるから、多少の遅れでも影響を最小限に食い止めるよう余裕のあるダイヤになっているのだろうと推測する。


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 秋田港フェリーターミナルの目の前にはJR貨物の秋田港駅が広がっている。ここにはJR東日本がホーム1本だけの簡易な駅を設置しており、クルーズ船の発着日に限り船客専用の列車を秋田駅まで走らせている。あくまで臨時・限定の運行であり、目下のところ私の乗車対象路線にはなっていない。フェリー客用に定期運行されるようになれば、いずれ再訪することになるだろう。


 フェリーターミナルからは秋田駅へ連絡バスが運行されているが、奥羽本線の土崎駅へは約2kmで、歩いても30分かからない。時間に余裕もあり、私はまだ営みを始めていない古めかしい商店街を抜け、少し回り道をして住宅街へ入る。30分ほど歩くと奥羽本線の踏切にぶつかった。青森寄りの方を望むと、奥羽本線から線路が右に分かれて工場へ向かっている。その先にあるのはJR東日本の秋田総合車両センターである。


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 踏切を渡り、なるべく線路に近い道路を選んで歩き、中を覗いてみる。解体待ちと思われる車両が並ぶ中に、東北では見られない通勤電車の姿もあった。帯の色から考えて武蔵野線あたりで走る車両ではないかと思う。後日調べてみると、やはり中央緩行線から武蔵野線に転用される209系電車と判明。ここで改造を受けたのだろう。


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 この日は「あきた鉄道フェア」と称する車両センター公開日に当たっているらしく、10時からのオープンというのに、入口には気の早い熱心なその筋の方の姿がちらほら。私も覗いてみたい気持ちに駆られたが、この先の予定もあり、素通りして土崎駅へ向かった。


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 土崎から、9時14分発の普通電車に乗る。「鉄道フェア」向け臨時電車で、3両編成の701系電車からはその筋の方々のみならず家族連れがたくさん降りてきた。ガラガラになった電車で1駅、上飯島下車。特に目的があったわけではないが、臨時電車のおかげで若干の時間の余裕ができたため、駅周辺を観察。踏切を挟んで上りと下りのホームが離れた構造は、JRでは珍しい。下りホームのすぐ目の前にある、一見駅舎に見える白い建物は、並走する国道7号線に面したコンビニエンスストアで、肝心の駅舎はなし。駅の入口も看板1本で、うっかりすると見逃がしそうである。


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 上飯島から定期の普通電車でさらに1駅、追分へ。ここは2年前、男鹿から鷹ノ巣へ向かう途中に立ち寄ったところである。今夏の甲子園を沸かせた金足農業高校の最寄り駅で、駅にも街中の商店にも応援ポスターや横断幕が飾られている。
 2年前にも立ち寄った、喫茶「ポニーテール」で朝食。秋田美人のバイトさんの印象が強いが、サイフォンで1杯ずつ淹れてくれるコーヒーもおいしかった記憶がある。


 トーストとコーヒーで遅い朝食。時間が早いのでまだバイトさんは来ていないとのことで、ひとりカウンターに立つ少しシャイな感じのある年配のヒゲのマスターとひとしきり高校野球談議。金農の生徒もよく出入りするお店だそうで、マスターもこのところいくつも取材を受けているとのこと。
 金農祝勝でサービスメニューも用意しているらしく、さぞ賑わうんでしょうね、と尋ねてみると、
町の男衆はみんな甲子園に行っちゃって、静かなもんですよ
と笑った。



続く。




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2018/09/02

2018年8月 鉄道全線完乗への旅【1】再びのフェリーで東北へ

 前回のブログに書いたような経緯で私は鉄道全線完乗を達成したのだが、7月の旅を終えた時点で、私は札幌市電都心線の他に、北海道新幹線・新青森-新函館北斗、148.8kmを乗り残している。これに乗ればJR全線完乗となるわけで、これはぜひ新函館北斗で達成したい。そのためには、新幹線以外の方法で青森へ渡らなければならない。


 そこで私は、7月の旅に引き続き、中距離フェリーで本州へ渡ることを考えた。
 最初に考えたのは、苫小牧-仙台の太平洋フェリーである。船内施設も豪華だし、夕方までに青森へ引き返すにはちょうどいい。就航船の「きたかみ」は新造船への更新を控えており、お別れ乗船にもなる。  ところがちょうど夏休み終盤の週末と重なっており、全ての等級が満席。苫小牧-八戸のシルバーフェリーもよい時間帯の空席がない。苫小牧-秋田・新潟の新日本海フェリーは、市街地から遠く離れた苫小牧東港発でアクセスが悪く、あまり気が進まないが、空席のあるのはこれだけである。


 8月17日金曜日、17時に仕事を終えた私はそそくさと事務所を後にし、17時20分発の千歳線快速「エアポート」に乗って、南千歳で下車した。苫小牧東港へはここから連絡バスが出ている。
 待ち時間に船内でのつまみと飲み物を買おうと考えるが、駅周辺にコンビニはなく、当てにしていた駅近くのアウトレットモール「レラ」に以前あったはずのコンビニもなくなっている。フェリーターミナルの売店はおそらく大混雑だろうから、取り急ぎ「レラ」内のドラッグストアでお菓子と飲み物だけを用意して、18時25分発の連絡バスに乗り込んだ。


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 道道と国道235号経由でおよそ40分、路線バスタイプの車両で多少しんどかったが、19時05分頃にはフェリーターミナルへ到着した。
 前日までの荒天の影響で、折り返し新潟行きとなるフェリー「ゆうかり」の到着が遅れたため、出航が1時間半ほど遅れるとあらかじめ連絡を受けていた。乗船までには余裕があるが、ほぼ満員が想定されるフェリーの乗船口はすでに大行列で人があふれかえっている。売店も予想通り人だらけである。大人しく列の後ろに着き、乗船開始を待つ。


 19時半過ぎ、乗船開始。船内での混雑を避けるため、乗船口で調整をかけており、行列は進んだり止まったりを繰り返す。ようやく私の番になり、持参のeチケットのQRコードを読み取ってもらうがエラー。何度やっても上手くいかない。係員が窓口へ走り、代替の乗船券を用意してくれたが結果は同じである。試しに後ろに並んでいた別の乗客のチケットは問題なく読み取られた。予約はきちんと通っているらしく、係員は船内と連絡を取って私を船内へ誘導してくれたが、どうにも幸先の悪いスタートである。


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 船内も船客で大賑わい。私はとりあえず、指定されたツーリストSの寝台へ荷物を下ろした。入口はカーテンで仕切られていて、一応個室状になっている。いっそ壁で囲ってしまえばよさそうなものだが、「ステート」と呼ばれる上級船室との差別なのだろう。テレビもついているし、セキュリティーはともかく、他の客を気にせず眠ることはできそうである。


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 出航まではまだ時間がありそうだが、まずは腹ごしらえにレストランへ。長距離運航の新日本海フェリーには、シルバーフェリーのようなオートレストランではなく、ちゃんとしたレストランがある。案に反してレストランは空いている。  一方で船内随所のフリースペースは、持ち込みの弁当などをつまむ家族連れやライダーでびっしりである。事前に飲食物を用意して乗船する客の方が多いのだろう。船内のレストランは高いという印象があるのかもしれない。しかし私の夕食は、ご飯と何品かのおかずを付けて850円。質素ではあるが決してハイコストではない


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 風呂に入ってのんびりするうち、20時50分、1時間20分ほど遅れて出航となる。今回は行程に余裕があるので、2時間くらいまでは許容範囲である。万一それ以上遅れても、明日の夜までに青森に着ければよいから、まったくあせらない。
 デッキで夜景を眺めたり、シアターで開かれたビンゴ大会で、当たらないビンゴに一喜一憂しながら時間を過ごすうち、眠気が襲ってきた。ベッドに入ってスマホをいじるが、海上に出たフェリーでは圏外。フリーのWifiもつながりが悪く、ヘッドフォンをしてテレビを観ながらそのまま眠りについた。


 続く。




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2018/08/30

完乗へのアンカー~札幌市電「ポラリス」の小さな旅

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 16時40分過ぎ、資生館小学校前方面から、白と黒の引き締まった3両連接の電車が近付いてきた。2013年から導入が始まった札幌市電の新鋭電車、「ポラリス」の第2編成である。「貸切」の表示が、私のための電車であることを示している。私は大きく深呼吸をする。

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 ほどなく、別行動だった嫁と坊主2人がホームに現れた。それから、大学時代、私が塾講師のバイトをしていた頃の教え子であるKちゃんとMちゃんが来てくれた。2人ともSNSでつながっているからご無沙汰感がないが、東京在住で里帰り中に2人の子供を伴って来てくれたKちゃんとは約5年ぶり、札幌在住で旦那さんと来てくれたMちゃんとはおそらく20年以上ぶりの再会である。Mちゃんは、別の教え子で道東に住んでいるTちゃんと一緒にメッセージボードをつくって手渡してくれた。鼻の奥がツンとする。


 大学の同級生であるY君も来てくれた。こちらは予告なしでの登場だったから驚いた。彼も札幌在住だが、東京の學士会館での別の同級生の結婚式、あの半沢直樹の舞台での集団土下座 以来、こちらも約5年ぶりである。こうして集まってくれた仲間たち、私を含めて総勢11人が乗り込んで、17時ちょうど、貸切の「ポラリス」はすすきのを発車した。


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 すすきのから時計回りの線路は、以前にも何度か乗ったことがあるが、「ポラリス」で走るのは初めてである。他の電車とは異なり、ロングシートとクロスシートを組み合わせた車内からは、大きな窓越しに電車通りの景色が非常に近くに見える。
 その景色を眺めつつ、仲間たちとかわるがわる会話を交わす。ふわふわと落ち着かないが、楽しい時間が流れる。Kちゃんの下の男の子は、窓の外を眺めて大喜びである。それはかつての自分であり、私の子供たちの姿でもある。


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 さて、「ポラリス」は、中央図書館前を過ぎると、右折する本線と別れてまっすぐ正面へ進み、電車事業所へと入っていく。洗浄線から工場の奥へ進み、事業所を囲むようにクルリと回って事務所の前に来て停まった。車内宴会にも使われる貸切電車では、トイレ休憩と貸切料金の支払いを兼ねて事業所にいったん入る。貸切電車限定の貴重な体験である。


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 車庫の奥で休んでいた年代物の電車を撮影したいというNさんの要望に、事業所の方が応えてくれて、車庫奥へ案内してくれた。そんな電車に興味のあるのは私とNさんくらいかと思っていたが、意外なことに皆ぞろぞろとついてきた。好きか嫌いかはともかくとして、レアな体験だからだろう。1961年製のその電車、M101号車の前でみんなで記念撮影する。


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 20分ほど滞在して、再び発車。いったん中央図書館前まで進み、進行方向を変えて再び外回り線を進む。私たちの前には、営業運転中の同型「ポラリス」が走っている。2本の「ポラリス」は、時に接近したり離れたりしながら、着々と進んでいく。停留所に備え付けられた列車の位置表示モニターにもその様子が窺える。
 西4丁目の交差点付近では、内回りの「ポラリス」とすれ違った。3本しか存在しない「ポラリス」のそろい踏みである。あるいは明るく気さくな運転士さんが少し茶目っ気を出してくれたのかもしれない。

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 西4丁目からは私の最後の未乗区間。交差点を右折して内回り線と別れ、歩道寄りに進む。西4丁目-すすきのの都心線は、建設に当たり「サイドリザベーション方式」を採用した。道路中央でなく、上下線それぞれが歩道寄りを進む方式で、国内では唯一である。日常、頻繁に歩く通りで、景色は見慣れたというより見飽きた感もあるが、電車から見ると新鮮に感じるから不思議である。ふわふわした気分が、少し引き締まったようにも感じた。


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 宵の賑わいを見せ始めたすすきの交差点で、歩道寄りから右折して南4条通の中央へ入る。都合で電車に乗れなかった同じ会社の後輩が窓の外から見守ってくれるのが見えた。  すすきの停留所前を通る。細かいことを言えばここで完乗達成なのだが、細かいことはどうでもいい。停留所の前をゆっくり過ぎて、18時20分、電車は出発したのと同じ、すすきのの貸切電車専用乗り場に到着した。車内の仲間たちが一斉に拍手で祝ってくれた。

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 感極まって号泣するのではないかといろんな仲間から揶揄されていたが、むしろ私は落ち着いた気分でホームに降り立った。
 全線完乗を達成した、という嬉しさはもちろんあったけれども、今日この場に、家族や仲間が集まって祝ってくれたこと、さらにその仲間が思い思いに1時間20分のミニトリップを楽しんでくれたことが何よりうれしく感じたというのが偽らざる心境だった。


 2018年8月19日。いかさま・46歳の誕生日。これまで過ごしてきたあまたの誕生日の中で、おそらく最も印象に残る誕生日になるに違いない。




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2018/08/26

日本の鉄道全線完乗~なぜ「すすきの」だったのか

 「鉄道全線完乗」を成し遂げるにあたり、いつ、どこで、フィニッシュとするかについては、残る未乗区間が2,000kmを切り完乗が現実味を帯び始めた5年くらい前から少しずつ考え始めていた。
 一般の方にしてみれば実にどうでもいい話だろうし、ファンの中にも何でもない日にどうということもない場所で自然に完乗を達成した、という人も居ないわけではないだろう。だが乗り鉄である我々にしてみればひとつの大きな区切りであり、どうかすると結婚記念日にも並ぶ終生の思い出となる。粗末に扱うわけにはいかない。


 元来が変わり者だと言われる私は、この完乗達成ひとつをとっても、何か変わったことができないか、と考えていた。
 同好の仲間の多くはまずJR全線完乗を達成し、それから他の私鉄等も含めた鉄道全線完乗を達成するというプロセスを踏んだ。そこで私は、青森近辺のJR線を少し残しておいて、2015年度末の開業がほぼ決まっていた北海道新幹線開業のその日に、新函館北斗で一発完乗達成、というプランを考えた。JRと私鉄を同時に、それも新幹線の終着駅で、しかも開業初日となれば、私自身の中でも相当インパクトを持った記録になる。


 だがことはそううまくは進まない。綿密に行程を組み立てて、かなり効率よく乗りつぶしを進めてきた自信はあるが、まだ当時乗り残した路線は全国に点在しており、そのタイミングでの達成はかなり困難だということがわかった。
 私が初めてひとり旅に出た日から30年の2018年4月2日あたりに達成できれば綺麗だが、これも紆余曲折、ちょっとしたトラブルに阻まれて予定が少しずつ遅れて厳しくなっていったのはこれまで記事に書いたとおりである。仕事の関係から言っても、年度変わりの時期に呑気に休みを取っているのは、いかに社畜の底辺であってもまずい


 最後の達成駅については、Xデイが先延ばしになるうちに、柄杓型に線路を有していた札幌市電が、西4丁目-すすきの間に路線を新設して環状運転となったことで選択肢は増えた。新函館北斗のインパクトは魅力だが、すすきので大願成就し、そのままさっさと飲みに行くという展開も捨てがたい。


Img_0586  最終的にXデイを自身の誕生日である8月19日、フィニッシュをすすきのと決めたのは、先月の旅から帰ってきた後、7月の下旬のことだった。決め手は「貸切電車」である。
 札幌市電では宴会用などに貸切電車の運転をおこなっており、環状線1周で18,000円、新型の低床電車、通称「ポラリス」なら21,600円である。新幹線のグランクラスで豪勢にフィニッシュするのも一興だが、ひとりで電車を1両借り切って最後の瞬間を迎えるなど、風変りにして最高の贅沢ではないか。


 だがよくよく考えてみると、1時間以上にわたって電車の中に私と運転士だけというのは、なんとも空虚である。なにより運転士の方も居心地が悪いに決まっている。
 そこで8月上旬、SNSで知人友人に告知したところ、少なからぬ仲間が「貸切」に興味を示してくれたようである。盆休み後の日曜夕方という日程のせいか、行きたくても行けないというお叱りも何人かからいただいたが、これは私の都合で決めたものだし、行きたいと言ってもらえるだけでもありがたい。それでも最終的に数人の友人が「行きます」と言ってくれた。


 こうして、8月19日の16時半過ぎ、函館方面から帰って来た私は、高校時代以来の鉄道を通じた知人で、今日このためにわざわざ名古屋から出向いてくださったNさんと一緒に、フィニッシュ地点となるすすきの停留所の少し西にある貸切電車専用乗り場に立った。フィニッシュの瞬間まで1時間20分ほど前の話である。



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2018/08/20

日本の鉄道全線完乗のご報告です。

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 前回の記事の中で若干、予告めいたことを書かせていただいておりましたが、わたくし、いかさまは、昨日2018年8月19日、自身の46回目の誕生日にあたり、北海道新幹線・新青森-新函館北斗148.8kmを最後にJR旅客鉄道6社の定期営業路線全線を、また同日18時20分、札幌市交通局都心線・西4丁目-すすきの0.4kmを最後に、軌道を含む日本の鉄道全線27,526.6km(※)のすべてを完乗しましたことをここにご報告申し上げます。


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 今回の旅の詳細や写真に関する疑問・・・例えば何で最後が路面電車だったんだ、とか、しかも貸切って何だ、とかですね、それらにつきましてはおいおいブログの中でご報告させていただこうと思っておりますが、差し当たりましては、これまでご声援や励ましをいただいた皆様への感謝を込めて、取り急ぎご報告させていただきます。


Jousha20180819
※鉄道路線の距離は同じ資料から拾っていても、定義の仕方や乗車対象とする区間によって個人差が出ます。




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