日常の旅人

2018/06/17

シンガポールからのお客様【2】

 前回の続き。


 6月3日の日曜日に我が家にやって来たT君。2週間の滞在を終えて、昨夜、新千歳空港からシンガポールへ帰っていった。


 わずか2週間の滞在は、かなりのハードスケジュールであった。平日10日間のうち3日間は、シンガポール団員単独での視察研修で札幌近郊の観光名所や施設を回るが、残り7日間は、上の坊主と一緒に学校へ通い、一緒に授業を受けた。
 坊主の学校は我が家から少々遠く、通学にはバスと地下鉄、徒歩で1時間10分ほどかかる。7時前には家を出て学校へ行き、帰ってくるのは19時近くなる。T君は普段、学校へは両親の送迎で20分ほどの通学時間だというから、これだけでもかなりの負荷がかかったであろうことは想像に難くない。


 通常学校が休みになる9日の土曜日も、ラーニングセミナーと呼ばれる特別授業があり、上の坊主とT君はふたりで学校へ行って受講していたが、その帰り、大通公園で途中下車して、ちょうど開催中だった「よさこいソーラン祭り」を見物して帰ってきた。札幌名物と言えば言えなくもないが、終日フリーになる日曜日は、できればもっと北海道らしい、あるいは日本らしいところへ案内したいと思うのが、ホスト側としての心情である。


Dscn0045  10日の日曜日、朝9時半頃に家族そろって車で自宅を出発し、国道230号線を南へ走って、喜茂別町との境、中山峠で休憩、名物の「あげいも」を食べる。
 ここから先の予定ははっきり決めていない。天気と気分次第で選択できるように、何パターンかの行程を用意してある。T君が来日して以来、夏日が続いた札幌近郊だったが、金曜日にまとまった雨が降った後急激に気温が下がっていて、野外活動には少々不向きな気候になっていたためである。赤道直下の国の人がしんどい寒さにならないよう配慮しなければならない。


Dscn0054 Dscn0057  
 この日も最高気温は20度に届くか届かないかというくらいであったが、羊蹄山がくっきりと見える陽気で、比較的風も弱く、気候としては悪くない。喜茂別町あまりに冷え込むようだったら、230号線をそのまま南へ向かい、洞爺湖、登別温泉を回ろうと考えていたのだが、私はT君の意思も確認したうえで、車を喜茂別町から国道276号線を西へ走らせた。京極町のふきだし公園、ニセコ町のニセコ高橋牧場を経由して、倶知安町の「ライオンアドベンチャー」のベースに13時半に着いた。目的はラフティングである。


Img_0025 Dscn0102  
 北海道伊達市と千歳氏の境界付近を水源とし、羊蹄山の北側を流れる尻別川は、国内有数の水質を誇る河川で、ビギナー向けのラフティングのメッカである。嫁と子供たちの3人を送り出し、私は地上で写真を撮る。尻別川に架かる橋の上から眺めていると、大量の水を湛えた水面を、ボートがこちらへ向かってきた。大きく手を振ると連中がこちらを見上げた。普段緊張気味のT君の表情も緩んでいる
 2時間ほど後にベースへ戻って来た彼らは、全身びっしょり。この気候の中、あの冷たい水の中へざぶりと飛び込んだようである。


Dscn0103  倶知安町からは国道5号線を北へ向かって、余市町の「柿崎商店」で食事。魚屋の2階が食堂になっており、新鮮な刺身を盛った丼を手頃な値段で堪能できる。サーモンの刺身とイクラの載った「いとこ丼」は1,400円。昔と比べると安さの感動はなくなっているが、それでもコスパは悪くない。T君もおいしそうに食べてくれた。


Dscn0113  さらに国道5号線を走って、小樽運河をちらりと眺めた後、道道1号線の朝里峠を越えて、定山渓の少し札幌寄りにある小金湯温泉湯元小金湯」で体を温めることにする。
 シンガポールのT君は、普段シャワーだけの生活で、私たちの家でも湯船に浸かったことはなく、大丈夫か、と確認の上での温泉体験だったのだが、以前日本に来た際に経験済みだったらしく、まったく抵抗なく脱衣所で裸になり、露天風呂にもしずしずと浸かった。声を出すでもなくのんびりと温まっている姿は、わが兄弟と完全に同化していた


 食べ物についてもそうだったが、こういうところは実に手がかからないというか、およそすべての体験をすんなりと呑み込んでくれる。ただ、非常に言葉少ななところだけは日数を重ねても変わらず、表情で何となく楽しんでるなあ、というのはわかるものの、実のところ本当に楽しかったかどうかの確証が得られないところが多少しんどいところであった。



 つづく。



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2018/06/12

シンガポールからのお客様【1】

 昨年の夏休み、我が家の上の坊主は札幌市の交流事業に参加し、シンガポールで2週間のホームステイを体験してきた。

「子供たちのそれぞれの冒険の夏【その3】」

 その際にも書いたが、この交流事業では翌年度にホームステイ先の子供をお迎えすることになっている。そしてその事業に乗って、6月3日、シンガポールから13名の仲間とともにT君が北海道にやって来た


 当然のことながら我が家は外国のお客様をお迎えするのは初めてである。そもそも家のスペースおよび家族各々のいびき等々の理由によりお父さんがリビングのソファで寝ている環境下では、T君をどこに寝かそうか、という原始的なところから対応は始まった。
 2週間ほど前から、上の坊主の学習机を2階のホールにいったん運び出して就寝スペースを確保。滞在時の行動計画も進める。ただし、T君対応のためにとやる気満々だった嫁と下の坊主による英語の勉強は、教材たるNHKの教育番組1回を見ただけで断念された模様である。


 さて、6月3日日曜日、前日夜にシンガポールを発って羽田経由で北海道へ入ったT君と、札幌市役所前でご対面。上の坊主と同じくらいの身長ですらっとしているが、水球をやっているという体つきはしっかりしており、アンガールズレベルの我が坊主とはずいぶん差がある。学校で2年間日本語を勉強してるため、それなりに聞き取りも話すこともできるようだが、非常におとなしい青年である。日本へ来るのは3度目だが北海道は初めてとのこと。


Dscn0006 初日は疲れもあるだろうということでまっすぐ自宅へ案内し、自宅の庭で焼肉。初夏の北海道における最大級の家庭的もてなしである。
 緊張しているのか表情が硬いT君をほぐそうと、ブロークンイングリッシュで懸命に笑いを取りに行くが、うっすらと口元に笑みを浮かべるだけでなかなかほぐれない。
 食べ物も、勧められると黙々と食べ、「おいしい?」の問いかけには軽くうなずく。気を遣っているのか本当にそう思っているのかうかがい知れない。ただ、うちの坊主どもに勧められて初体験した焼きマシュマロはいたく気に入った様子で、子供3人で2袋を空にする勢いで食べ続けていた。


Dscn0042  外食が多いらしいシンガポールとは異なり、こちらでは家での食事がメインになるが、こと食べ物に関しては、彼は非常に手がかからない。宗教上食べられないものもなく、好き嫌いもほとんどないようである。焼き魚も骨を取り除きながら丁寧に食べるし、刺身も大丈夫である。お父さん唯一の手料理である広島風お好み焼きも、まずまず口にあったらしく、ほっとする。


 ただ唯一、納豆だけは口に合わなかったようで、2粒ほど口に入れ、口先を尖らせながらモゴモゴとしていたが、嫁の「どう?やっぱり無理?」の問いかけに、無言で納豆の小鉢を差し戻してきた。


 つづく。



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2018/02/13

坊主、受難の週末

 先週の金曜日の昼前、「上の坊主が学校のスケート学習でけがをしたから迎えに行ってくる」と嫁からメールが入った。


Img_3265  その前の週末、私は坊主と二人で真駒内アイスアリーナへスケートに出掛けた。スキーに関しては級別1級を持っており私の追随を許さない坊主だが、スケートに関しては未体験でズブの素人である。スケート学習の時にまったく滑れないのは恥ずかしい、ということで、軽く練習してみたいという彼の要請によるものである。
 はじめは氷の上に立つのもおそるおそるだったのだが、ひざや足首の使い方がうまいのか、ものの1時間でなんとか形になった。これが逆にまずかったらしい。なまじ滑れるようになったために、スケート学習では上級の組に入れられ、本人も本人で少々調子に乗ったようである。


 坊主を迎えに行った嫁から、昼過ぎ、「骨折二本。今日手術。入院です」とメール。のちに本人から聞くと、転倒前後のことはよく覚えていないらしく、転んだあとしばし失神していたという。周囲の話では「飛んだ」という表現だったらしいから、おそらく相当加速がついた状態でトゥピック(フィギュア靴の先端のギザギザ)を引っ掛けたのだろうと推測した。
 それにしても相当派手な転倒だったらしく、右の上腕骨2本がポッキリ。即日手術してくれる病院が家から比較的近いところにあったのが不幸中の幸いである。


Img_3268  土曜日には退院したが、腕は当然ながらギプスでがっちり固定され、三角巾で吊られている。指先はかすかに動くが、柔らかいものが触れただけでも痛いと大騒ぎ。数日が過ぎて多少は落ち着いたようだが、痛みと不自由さは傍で見ていても気の毒というよりほかない。


 「こんなことなら練習なんか行かなきゃよかった」と本人は恨み節であるが、そもそも予行演習を求めたのは坊主自身だし、たった1回の練習で上手になった気になって調子に乗った本人にも責任の一端はある
 おまけに、利き腕を骨折したせいで勉強が進まない、とこれまた大騒ぎしているが、これとて骨折前から本人の学習意欲は常に低空飛行であって、骨折とは直接の関係はない。これも自己責任である。


 もっとも、当人がかようなお調子者になってしまったことについては、私の遺伝子が強く作用しているせいでもあり、これについては多少の責任を感じないわけではないが、言えば言ったでまた調子に乗るであろうから黙っておくことにする。



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2018/02/05

戻ってきました。

 前回の記事でも書いたとおり、2月1日付で私は異動辞令を受け、4年ぶりで札幌に戻ってきた。辞令と着任のタイミングは会社によっていろいろと流儀があるようだが、わが社の場合は旧勤務地で辞令を受け取り、即座に新任地へ赴くことになっている。したがって異動の内示から辞令交付までの2週間弱で、お客様への挨拶回りから後任者への事務引き継ぎ、そして当然だが引っ越しの準備も済ませなければならない。非常にタイトである。


 1月19日に内示を受けて以降、話を聞きつけたお客様や取引先の方々から送別会のお声掛けをいただいた。内示前から決まっていた懇親会や会議などの予定もあり、瞬く間に平日の夜が埋まった。日程が折り合わず、お断りした場面もあり、大変に申し訳ないと思いつつも、4年の間、大変多くの方々と交わり、暖かくお付き合いいただいたことを感じずにはいられない。本当にありがたいことだと思う


 こういう状況下で平日の私は遅くに家に帰ってほぼ使い物にならず、2回の週末は荷造りに追われた。31日の夜には札幌から嫁もやって来て、私が送別会の名のもとに最後の旭川の夜を満喫する中、家で掃除の仕上げをしてくれた。私がへろへろになって家に帰る頃にはほぼ作業が完了しており、これまたありがたいことであった。


 2月1日、旭川の事務所で辞令交付を受けてアパートに戻ると、すでに嫁の指揮の下、トラックへの荷物の積み込みが8割方終わっている。荷物の乗ったトラックを見送ったのが10時半頃。最後の掃除をしてアパートの管理会社の立会を受けて退去したのが11時。早めの昼食を取って札幌へ走る。通算で8年、今回に限っても4年間を過ごした旭川との別れとしてはあまりにあっけないが、わが社のルール上致し方ない。
 15時には自宅で荷物の搬入。瞬く間に書斎に積み上げられた段ボールは、その大半が放置されたまま一夜を明かし、翌2日には新部署に着任し、新たな仕事が始まった。


 自宅の書斎に積み上げられた十数箱の段ボールは、この土日でなんとかすべて開梱した。私自身は4年間の単身赴任中にそれほど荷物を増やした意識はなかったのだが、いざ収納にかかると収まる場所が足りなかったりする。それほど使わない物やパソコン周辺機器の空箱などは以前には子供部屋のクローゼットに突っ込んであったのだが、4年間で物が増えたのは子供たちも同様である。クローゼットに空箱など持ち込もうものならブーイングの嵐となる。


 わずかな空きスペースを生み出すために物の配置を極限まで検討してすべてを収納する過程はあたかもテトリスで高得点を狙うがごときであるが、今日までにパソコンも接続し、ようやく居場所を確保した。これから先、挨拶状を作るなどまだ引っ越しがらみの残務処理はいくらか残っているが、嵐のような半月が終わり、ようやくブログの世界にも戻って来られそうである。


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2018/01/21

4年も経ったんですね。

 わが社の定期異動は2月である。2014年、札幌から異動の辞令を受けて、私の旭川での単身赴任生活が始まった。過去のブログやフェイスブックなどを見返してみると、忙しい忙しいと言いながら、なんだかんだと単身赴任生活を満喫していたことが端々に見え隠れする。


 それから4年が過ぎ、先週末、私は新たな異動の内示を受けた。行き先は札幌である。私の楽しい単身赴任生活はこれでいったん終わり、2月からは再び家族とともに暮らすことになる。自由度はおそらく減るだろうが、家事負担は少なからず減るだろうし、なにより家族と共に過ごす時間は安らげるに違いない。多少の煩わしさはあっても、冗談を言ったり多少の愚痴をこぼす相手が身近にいる安心感は何にも代えがたい。これが4年間ひとりで過ごしてきた私の偽らざる感想である。


 今度の配属先は、私が今の会社に入ってから23年近くやってきたところとはまったく別の部門である。業務内容も変わり、ほぼ素人と言っていい状況である。環境も関わり合う人も変わる。責任はおそらく重くなる。そのことを考えると少なからず気分も重くなる。
 けれども、会社は、そしてこれまで私の周囲にいた人々は、現部門の状況や私のこれまでの仕事を勘案したうえで、私に新しい行き場を提供してくれた。あとは自力で自分の居場所をつくっていくしかない。私にそれを楽しむ余裕があれば、きっと充実した時間になる。そう信じて頑張るしかない。


 ともかく私はこの土日、少ない荷物とはいえ荷造りに忙殺された。2日間かけてようやく半分ほど進んだ程度だろうか。これからお世話になったお客様へのご挨拶や引き継ぎ、送別会などで忙しい日が続くが、着々と荷造りは進めなければならない。辞令は受け取ったが引っ越し準備が終わっていないなどということになれば恥ずかしいことこのうえない。残された時間はあと10日である


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2018/01/08

格安航空会社で飛ぶ実家への帰省

 年明けからずいぶん過ぎてしまいましたが、皆様、本年もよろしくお願いいたします。


 今回の年末年始は、曜日の配列の関係で休みが長く、私は家族を伴って岐阜の実家で過ごした。


 家族4人で実家に帰るとなると、旅費だけでも馬鹿にならない。以前にも書いたことがあるが、これまで帰省となると、どの交通機関を使っても往復で10万円を超える金額になるのが当たり前だった。

 ⇒船旅ざんまい【6】船旅のお値段

 ところが、最近では国内線にもいわゆる「LCC(格安航空会社)」の就航が増加している。私が利用する中部-新千歳には、2013年からジェットスターが就航しており、4年前の祖父の葬儀の際に利用した経験もあるが、昨年10月からエアアジアも同区間に新規就航し、LCC複数社就航となっている。他社も加えるとこの区間には実に6社が入り乱れており、準幹線としては稀有な競合区間である。


 こうした関係からか、新千歳-中部の運賃は、成田や関西などと比べても安価に設定されている。LCCの料金は利用日や予約のタイミングなどによってかなり幅が大きいが、我が家の場合、12月31日の新千歳→中部をエアアジア利用で25,440円、1月6日の中部→新千歳をジェットスター利用で25,560円で、しめて51,000円と文字通り格安である。どちらも座席指定込みである。しかも復路のジェットスターには、12月31日から7日分の新千歳空港付近の民間駐車場料金3,000円が含まれている。


 「安い」というだけで漠然と安全性に対する不安が感じられるという人もおり、そのあたりの感じ方は人それぞれであるが、少なくとも会社の信用を損なうような危険が頻発するはずもないし、事故を起こすつもりで操縦する乗務員などいるわけがない。
 また、変更やキャンセルに大幅な制限があるが、旅程がある程度決まっている分には有用だし、不慮の欠航などにぶち当たっても、この料金ならばその時はその時と腹を括れるレベルである。


 実際に利用してみると、空港ターミナルのブリッジが一番端にあることと、座席の間隔が狭く私の身長では膝がややつかえること、ドリンクや機内エンターテインメントのサービスがないことくらいの差でしかない。1時間半から2時間くらいのフライトであれば十分我慢できるし、少し高めの座席指定料金を払えば、最前列や非常口付近のやや足元の広い席を利用することもできる。荷物の持ち込みも7kgを超えると追加料金が必要だが、事前に宅配便で実家に送ってしまえば数千円の投資で済む。


 というような話を周囲の人々にすると、一様にその安さに驚く。それも道理で、1人往復12,750円という設定は、JRならば札幌-北見のRきっぷよりも安い。空港へのアクセスなど余計にかかる料金もあるにせよ、道内の地方都市出身者が帰省するよりも、どうかすると安上がりになる。


 それはそれでいいことなのだが、特にこの話を岐阜の友人たちにすると、驚きの跡に必ず「それならもっと高い頻度で帰省できますね」という期待が付け加えられる。
 年末の31日の夜には中学時代の友人たち、年明け2日には高校時代の部活仲間と集まって飲み会というのが、もう20年来続く恒例行事になっている。これに高頻度で参加できるようになるのは嬉しいことなのだが、私ひとりの都合で毎年何度も帰省するわけにはいかない大人の事情もあるし、バランスが難しいところである。
 第一、毎年参加していると、飲み会の席でのネタが尽きるのではないかという不安もある。人を笑わせたくて仕方がない私としては、ネタ枯れが実は一番怖い



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2017/09/04

「高校生クイズ」と「ウルトラクイズ」

 先週、テレビで久しぶりに「高校生クイズ」を観た。


 最近あまり見る機会がなくなっていたが、調べてみるとずいぶん長い歴史を持っている。1983年に始まったこの番組は、もともと同じ日本テレビで放送されていた「アメリカ横断ウルトラクイズ」の兄弟番組に当たる。
 私は昔からクイズ番組が大好きで、特に大掛かりな企画で視聴者を楽しませたウルトラクイズは憧れの的であった。けれどもウルトラクイズは出場資格が18歳からしか与えられない。出場するには高校卒業を待たねばならない。こういう思いを持った私のような高校生たちの要望に応えてスタートしたのが高校生クイズである。


 数えればもう30年近く前の話になるが、私は同級生の友人を誘ってこの番組に出ようと試みた。まだ受験勉強が本番を迎えていない高校2年の夏休みをクイズにささげるのも悪くないと思っていた。
 だが日頃からそういう校外活動と部活にばかり専念していた私は、当然のように本分である勉強をおろそかにしており、1学期のテストの結果、夏休みの補習対象者となった。補習の日は高校生クイズの地区予選会の開催日に当たっていた。私のクイズの夏は不戦敗に終わった。


 本家のウルトラクイズの方も、いざ大学生になってみると、開催期間が8月から9月と、一般的な大学生にとっては試験時期に当たる。経済的に余裕のない我が家では必修科目の単位を落として留年することは許されない。悶々として大学の教養課程を過ごしたわけだが、ウルトラクイズは私が大学2年の年を最後に終了しており、学部移行後に出場しようと企んでいた私は土俵にすら上がることができなかった。その後ウルトラクイズは1998年に1度だけ復活したが、もはや社会人となった私に用はなかった。


 ウルトラクイズが都合17回で終了したのに対し、高校生クイズは今も年1度開催されていて、兄貴分をはるかに超える長寿企画になった。企画の内容はいろいろ変遷しているらしいが、久しぶりに観てみると、私たちが目指していた時代とはずいぶん中身も変わっている。


 一番驚いたのは、当時首都圏近郊を転々としながら行われていた全国大会が、2回戦以降アメリカでおこなわれていることである。しかもナイアガラではクイズの問題をばら撒いて拾いに走らせる「バラマキクイズ」をやり、ニューヨークでおこなわれる決勝では10ポイント早押しクイズをやっている。これは完全に往年のウルトラクイズの再来である。
 1ドルが200円を超えた30年前と110円そこそこの現在では海外旅行の価値もずいぶん変わってきているし、幼少の頃から家族旅行などで海外を訪れる子供も多い。だが高校生ごときがニューヨークなんて生意気だぞ、おじさんなんか37歳になるまで生の自由の女神を見たことがないんだから、と少し悔しい気持ちになる。


 もうひとつは、当時3人1組だったチーム構成が2人1組になっている。男男・女女という組み合わせが多いが、中には男女ペアのチームもある。今回優勝したチームもそのひとつだが、全国放送の電波で堂々と「付き合っています」などとやっている。他にも途中敗退したチームで、クイズに勝ち進むうちにお互いの気持ちに変化が生まれた、などというシーンもあった。高校生の分際で生意気だ、と、干からびた青春時代を送ったおじさんとしては、実はこちらの方が悔しさが大きかったりする。



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2017/08/17

子供たちのそれぞれの冒険の夏【その3】

 8月15日、長らく我が家を留守にしていた子供たちが相次いで札幌へと戻ってきた。


 まずは2週間のシンガポール生活を終えた上の坊主。14日の深夜便でシンガポールを発ち、羽田経由で新千歳に到着。バスで札幌へ入り、昼頃に市役所前で解散となった。
 迎えに行った際のニコニコ顔からして相当楽しい生活を送って来たのだろうとは思っていたが、話を聞くとかなり上流な家庭で、たいそうなもてなしを受け、いろいろなところへ連れて行ってもらった様子。私たち夫婦の新婚旅行ですら行けなかった場所の名前がポンポン出てくる。いつ学校活動をしていたのかと不思議になるくらいである。


 肝心の英語の方はというと、ホームステイ先のT君は第三外国語で日本語を選択しており簡単な会話は英語と日本語のちゃんぽんで成立したらしい。T君の2歳年上のお兄さんに至ってはほぼ日本語ペラペラのレベルだと言うから、どの程度英語コミュニケーションを研鑽したかは正直かなり疑わしい


 一方、慌ただしい旅立ちで岐阜へと飛んで行った下の坊主も、同じ15日、中部国際空港から新千歳へと帰ってきた。さすがに自力でバスに乗って札幌の自宅まで戻って来い、というのも気の毒なので、空港まで迎えに行く。
 どういうわけかこちらで航空券の手配をした際には申し込んでいなかった子供向けサポートサービスを受けられる話になっており、係のお姉さんに連れられてヘラヘラしながら到着ロビーへ現れた。


 こちらもレゴランドやらナゴヤドームやら、たいそういろんなところへ連れて行ってもらったらしいが、少々横着なところがある坊主は、おばあちゃん(=私の母)からかなり厳しい躾を食らったらしい。もっとも、当の本人はケロッとしたもので、「怖くないよ、優しいよ」などと言っている。私の子供の頃のあの人は、いかなる妖怪も怪獣も上回る脅威の存在であったが、さすがに孫相手だと多少手心が加わるらしい。それともうちの坊主が単に鈍感なだけなのか。


 ともかく、上の坊主の初めての海外、そして下の坊主の自力飛行機旅。どちらも若干消化不良というか、甘い環境に救われた部分はあるが、どちらも大過なく終わってなによりである。それぞれに新しい経験をして、ちょっぴり成長したに違いない。


 ただ問題がふたつほどある。
 ひとつはあれほど厳しく片付けてくるように、と両名に言い聞かせておいた夏休みの宿題を積み残して来たことである。これが毎年の事ながらお父さんの脳内温度を著しく上昇させる、お父さんの最後の盆休みの1日を消費する要因となる。


 そしてもうひとつは、上の坊主が参加した「交流事業」は、来年、今度は札幌へT君をお迎えしなければならないことである。シンガポール滞在中、あれほど至るところに連れて行っていただき、もてなしていただいた以上は、こちらもそれなりの対応をしなければ罰当たりになる。考える時間はまだたくさんあるが、差し当たっては狭い我が家の中でT君の寝床をどう確保するか、という実に程度の低い課題から検討せねばならないのが悲しいところである。



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2017/08/11

子供たちのそれぞれの冒険の夏【その2】

 下の坊主が岐阜の実家へ向けて飛び立ってから6日目。普段はお盆の15日を挟んで2日だけの休みとなるわが社だが、今年は「山の日」効果と曜日並びの良さで、私は今日から連休に入った。今日の午後には旭川から自宅へ帰り、15日まで嫁と2人で過ごす予定になっていた。


 というのは、下の坊主に先立つこと5日、8月1日から上の坊主も別口で2週間の旅に出ているからである。こちらの行き先は日本を飛び出してシンガポールである。市の実施する国際交流事業への参加で、市内の中学2年生14人がホームステイしながら現地の子供たちと交流するというものである。


 ちなみにお父さんは同じ中学2年の夏休み、ボーイスカウトの全国キャンプに参加して南蔵王山麓でテントを張ってキャンプをしていた。日本全国に一部海外からの参加も加え、3万人のボーイスカウトが集まる4年に一度のお祭りである。私は期間中に開催される仲間づくりゲームでシンガポールからの参加者と一緒になったが、カタコトの挨拶を交わした後は「アー」とか「ウー」以外ほとんど何の会話もできず、交流どころかほんの接触程度で終わっている。


 それから考えると、海外での生活の中に飛び込み、一緒に行動しながら文化や言語を学べるなど、非常にうらやましい話である。引率の大人が付く集団旅行とはいえ、ホームステイ先は全員別々だから必然的に英語を使ってコミュニケーションをとらなければならないはずである。国際感覚も少なからず身に付くだろうし、将来どんな勉強をしたいのか、どんな仕事に就きたいのかを考えていくうえでも貴重な経験になるに違いない。


 そういうわけで、我が家の盆休みは嫁と二人きりである。連休をずっと二人で過ごすなど、おそらく子供が生まれる前以来ではないかと思う。子供のいる生活にすっかり慣れ切っている身としては正直どう過ごしていいのかわからない部分もなくはない。
 せめてハグぐらいはせねばなるまい、と身構えていたのだが、昨日嫁から連絡が入り、「風邪をひいてひどい。うつしたら困るからあまり早く帰って来ない方がいい」とのこと。拍子抜けした私は帰りを1日遅らせ、旭川のアパートでひとりこうしてブログを書いている。
 子供たちが帰ってくるのはどちらも15日。家族4人、バラバラの盆休みのスタートである。



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2017/08/06

子供たちのそれぞれの冒険の夏【その1】

 湿気がまとわりつくような暑さで夜も寝苦しかった7月から一転、ここしばらく、やや乾いたさわやかな暑さと涼し気な夜が続く、ようやく北海道らしい夏の雰囲気になった8月の北海道。本州と比べてやや短い4週間あまりの子供たちの夏休みも始まっている。


 こうした中、今日、我が家の下の坊主が、私の実家である岐阜に向けて旅立った。
 昨年秋の旭川への来襲以来、ひとりで行動することにいくらかの自信を見出したらしい坊主は、今年の春にもひとりで私の実家へ行っている。ただしこの時は、航空会社の子供サポートサービスを利用し、チェックインから到着先での出口まで至れり尽くせりのサービスを受けて悠々自適の空の旅であった。


 今回は違う。空港での見送り、出迎えはあるものの、サポートサービスなしで、自分で保安検査場を抜け、搭乗口を探し、飛行機の指定された席に座って、到着後は手荷物を自力で受け取って、私の父の待つ出口までたどり着かなければならない。
 前夜、私は坊主にeチケットを手渡し、手荷物を預けてから飛行機に乗り降りするまでの一連の手順について懇切丁寧に説明した。ちゃんと伝わっているかどうか気になったが、到着先で手荷物を受け取る場所を説明しようとすると、「ああ、あの回転寿司みたいなとこね」と妙な形で理解している様子。なんとなく安心したが、そのあと、私が風呂に入っている間に、坊主は嫁に「どうも自信がない」とぼやいていたらしい。


 さて、今日。私と嫁と坊主は空港に出発の45分前にたどり着いたのだが、盆休みを前にした民族大移動がすでに始まっているのか、手荷物預かりはすでに長蛇の列。大きな荷物を多量に抱えた乗客が多く、しかも検査装置が1台しか動いていないから列は遅々として進まない。中部国際空港行きの保安検査締め切り時間である出発15分前になっても、坊主の前にはまだ50人以上の客が残っている。係員に尋ねても、「大丈夫です。お待ちください」の一点張りである。45分前なら大丈夫だろうという私たちの見込みも甘かったようだが、乗客の多さに航空会社の対応も追いついていない雰囲気がありありと見える。


 ようやく「中部国際空港行き〇〇便にお乗りの方がいらっしゃいましたら…」と呼ばれたのは、出発定刻の5分前。手を挙げて列の前に移動させてもらい、優先で手荷物の検査を受けてタグをもらうと、保安検査場へダッシュ。eチケットと手荷物タグの扱いについてじっくり説明する余裕もなく、走りながら簡単に教えるのが精いっぱいである。


 救いだったのは、空いた保安検査場で便名を連呼していた係員が、坊主の手を引くようにして保安検査場を通し、搭乗口まで連れて行ってくれたらしいこと。検査場の外で見送る私たちを振り返る余裕もなく、坊主は保安区域へと吸い込まれて見えなくなった。坊主にとっては、自力で搭乗口を探して歩かなければならないリスクがなくなった分だけ気分的には楽だったのではないかと思う。


 結局飛行機は20分ほど遅れての出発となったらしい。私たちのせいではないか、と一瞬冷や汗をかいたが、後で確認すると到着便の遅れが理由とのことで、やれやれである。
 とにもかくにも坊主は無事飛行機に乗り、そして私は慌ただしさの中で駐車券を紛失し、駐車場の出口でふたたび冷や汗をかくことになった。


 それからおよそ2時間後、坊主は無事に中部国際空港で私の父と合流することができたようである。ただし、飛行機を降りてから手荷物を引き取るまで、例の回転寿司の前でややしばらく待たされたらしく、私は父から「飛行機は着いたのに坊主が出て来ない」と3回にわたって心配の電話を受けることになった。


 さて、どんな夏休みになるのか、帰ってから報告を受けるのが楽しみである。

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