世界の旅人

2018/06/07

2009年世界の旅【91】フランス(3) TGVを楽しむ

これまでの経過は ⇒こちら。


Pb084213  翌日朝7時にホテルへ迎えに来たS君とともに、メトロ1号線と4号線の電車を乗り継いで、パリ・モンパルナス(Montparnasse)駅へと着いた。フランス西部へ向かうTGVの起点駅である。
 大柄だがどちらかというと無機的な駅ビルの前に、鉄橋のごときアーチを描いたガラス張りの飾りがアクセントとしてついている。朝7時半のパリは、霧雨模様の天気ともあいまってまだ薄暗く、駅ビル内の照明がぼんやりとこちらを照らしている。


 TGVは、「ユーレイルパス」所持者は安価な「パスホルダー・チケット」を購入することができるが座席数限定。昨日パリ北駅で、行きのチケットは入手できたが、帰りのチケットが入手できなかった。モンパルナス駅の窓口で、再度挑戦してみるが、結局手に入らず、普通にチケットを購入した。それも直通列車は売り切れで、途中のレンヌで乗り換えることになるらしい。行きのパスホルダー・チケット3ユーロに対し、帰りのノーマル・チケットは73.4ユーロと20倍以上の開きがあり、ユーレイル・パスの力を思い知らされる。


 最高時速320kmを誇る世界最速列車、TGVは、日本の新幹線としばしば比較される。だがその間には大きな違いがある。
 それは、新幹線が始発・終着駅を含めて全線を新線として建設し、在来線との互換性がないのに対し、TGVは、駅周辺は在来線を利用し、中間を「LGV」と呼ばれる高速新線で結んでおり、需要の少ない在来線への直通も可能である点である。
 山形や秋田へ直通している「ミニ新幹線」が、仕組み上TGVに近いが、もともと在来線への乗り入れを前提につくられたTGVと、先に新幹線があって後から在来線の規格を合わせたミニ新幹線とはそもそものコンセプトが異なる。


Pb084214  8時05分発のTGV8091列車は、シルバーのボディに青い帯をきりりと締め、ホームで出発を待っていた。両端の動力車を含めて10両編成の列車が2本連なっている姿は、昨日のユーロスターと同様であるが、この列車は途中レンヌ(Renne)で列車が分割される。片方はイギリス海峡に面したサン・マロ(Saint Malo)へ、もう片方はフランス西端に位置するカンペール(Quimper)へと向かう。私たちが乗るのはサン・マロ行きの方である。


Pb084216  2等車の車内へ入ると、2人掛けの座席が、通路を挟んで両側にずらりと並んでいる。残念ながら座席が回転できないのはここも同じで、見ず知らずの客と向かい合わせになる。ユーロスターの1等車では感じなかったが、2等車は4列座席だからだろうか、少し圧迫感を感じる。車両の幅自体も狭いのだろう。日本の新幹線は、レール幅こそTGVと同じだが、あちらは2列+3列の5列を並べても、もっとゆとりがある。


 列車は走り出すと、ビルが並ぶパリの市街を横目にゆっくりと走る。ほどなく地下へもぐり、市街地区間をトンネルで抜ける。再び地上に出るとぐんぐん加速していく。乗り心地は悪くない。雨が本降りになってきたらしく、窓を激しく叩いたかと思うとあっという間に後ろに流れて行った。空も明るくならず、周囲の風景は淡い灰色の中に沈んでいる。


 8時59分に、最初の停車駅、ル・マン(Le Mans)に到着する。自動車の24時間耐久レースで名高い町である。パリからおよそ180km、平均時速は200kmになる。高速新線はここで終わり、列車は在来線に乗り入れる。3分停車ののち発車。相変わらずの曇り空で風景は変化に乏しく、つい居眠りが出る。


 10時20分にレンヌに到着。ル・マンから約180kmである。パリ-ル・マン間より20分ほど余計にかかっているが、それでも平均速度は130kmを超えている。列車はここで分割され、別々の方向へ向かう。3分停車で出発したカンペール行きを見送り、7分停車ののちこちらも発車する。列車は大きく右にカーブし、周囲に建物のまばらな寂しい支線に乗り入れた。どう考えてもローカル線の風情で、列車の歩みも目に見えてゆっくりになる。


Pb084217  およそ30分、10時56分にドル・ドゥ・ブルターニュ(Dol de Bretagne)駅に到着。これから向かうモン・サン・ミッシェルへの最寄り駅であるが、ここまで乗り入れてくるTGVの本数は少なく、レンヌからバス利用が主流のようである。
 なるほど、駅前へ出てみると、世界に冠たるTGVが停車するにはふさわしくない、村の中心駅といった感じの小さな駅である。駅前広場はきっちりと整備されているが、駅前の風景は寂しく、およそ世界遺産への玄関口とは思えない風情であった。



 延々と、続く。


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2018/06/03

2009年世界の旅【90】フランス(2) ヨーロッパ最後の日本料理

これまでの経過は ⇒こちら。


 失くした手帳の行方は気になるが、出て来ないものは仕方がない。S君が夕食の予約をしてくれているとのことなので、とりあえずホテルを出て食事に向かうことにする。
 ルーヴル・リヴォリ駅から1号線でコンコルド(Concorde)駅へ行き、12号線に乗り換える。こちらは鉄車輪式の電車で、ドアも自動である。


Pb084210 アベス(Abbesses)駅で下車。地上の駅出入口の周囲は、木々に囲まれた小ぢんまりとした広場になっている。人通りが多い。石畳の道路は車2台がすれ違うのがやっとの狭さで、雑然としているが風流な光景である。
 細い坂道を登ったところにある、「くずし割烹・枝魯枝魯(Guiloguilo)」に入る。店の外は普通のカフェのようだが、店内はバーと寿司屋の折衷のような不思議な雰囲気である。


 少し背の高いカウンターの中では、パリッとした白い上着を着た料理人たちが数人、忙しそうに動いている。20人ほどで一杯になってしまいそうな店内は、すでにほぼ満席で、私たちの席だけがぽっかり空いている。客層は日本人とフランス人が半々といった感じである。カップルが多く、男2人はどうも場違いな雰囲気にも見える。


Pb084209  この店のルーツは、京都・西木屋町通にある「枝魯枝魯ひとしな」で、常時予約が取りにくい店として有名な店なのだとか。店主本人が2年ほど前にパリへ移り住み、この地に出店したのだという。料理はコースになっており、「くずし割烹」の名のとおり、本格割烹というよりはむしろ創作和料理といった感じの料理が出される。
 あっさりとした料理はどれも口に合い、美味しいのだが、量が物足りない。そういう意味では、なんだかフランス料理的な感覚でもある。酒込みで1人50ユーロくらい払ったような気がするから、結構な値段である。


 1時間半ほどで胃袋を軽く満たし、店を出る。石畳の通りをふらふら歩き、途中、煙草を買ったりしながらアベス駅へ戻る。それからメトロに乗車して、ルーヴル・リヴォリの駅でS君と別れた。
 小腹が空いているので、何か食べるものを、と思い、駅周辺をふらふらと徘徊してみたが、それらしき店は開いていなかった。私は諦めてホテルへ戻り、パソコンを開いてインターネットをぼんやりと眺めた。セントパンクラス駅からの遺失物の連絡はまだ届いていなかった。


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2018/05/30

2009年世界の旅【89】フランス(1) 消えた手帳と狭い部屋

これまでの経過は ⇒こちら。


 列車の中で私は時計の針を1時間進めた。イギリスとフランスの時差は1時間、私の時計は14時台をスキップして一気に15時になった。


 ロンドンから2時間27分の旅の終点は、パリ北駅(Gare du Nord)。行き止まり式の地上ホームは自然光が差し込んで明るく、ミラノ中央駅やロンドン・パディントン駅同様、櫛歯のようにホームがずらりと並んでたくさんの列車が休んでいる。駅の案内放送の、女性がささやくようなチャイムの音も懐かしい。


 簡単な入国手続きを受けてコンコースへ出ると、大学時代のバイトの後輩、S君が直立不動で待っていてくれた。今日、明日と私の案内を引き受けてくれている。S君は北大を卒業後、フランスに渡り、現在、パリの大学で研究を続けている。アムステルダムのJ君も含め、私たち3人は同時に同じバイト先にいた仲間である。


 数年ぶりの再会を祝し、まずは駅コンコースにあるカフェでお茶を飲みながら、今日・明日の行動予定について確認することにした。事前のやりとりで、私はS君に、世界遺産のモン・サン・ミッシェル(Mont Saint-Michel)に行きたい、という希望だけは伝えてある。S君はその希望を軸に、行動予定を考えてきてくれているらしい。


 S君が教えてくれる行程をメモしようとして、上着のポケットの中に手を突っ込み、私は背筋がすっと寒くなるのを感じた。ポケットに入れておいたはずの手帳が消えており、ボールペンだけが残っている。この話は以前にブログで書いた。

「いかさまトラブラー【6】忘れ物・なくし物編(4)」


08101038  気分はそぞろであるが、悩んだところで手帳が飛び出してくるわけでもなく、私たちは北駅からメトロ(地下鉄)4号線の電車に乗った。ロンドンのチューブ同様小さな車体だが、こちらは角張った電車で、札幌市の地下鉄と同様にゴムタイヤで走行する。おまけに手動ドアである。
 前年の経験から、乗換駅のシャトレ(Chatelet)のホームに電車が止まるやいなや、ドアについているノブをくるりと半回転させると、ドアがバガン、という音とともに開いた。他のドアからはすでに客がばらばらと降りている。


 1号線に乗り換えて1駅、ルーヴル・リヴォリ(Louvre Rivoli)駅で下車。ひとつしかない出口を出て、S君の案内に従って歩くと、ほどなく今日から3日間の宿、「ベスト・ウェスタン・プレミア・ルーヴル・サント・ノーレ(Best Western Premier Louvre Saint Honore)」という長ったらしい名前のホテルにたどり着いた。2車線の狭い道路に面したホテルで、店やビルに挟まれて狭苦しげに建っている。
 フロントで、例によってバスタブつきの部屋を所望するが、満室らしい。明日になれば空くとのことだが、部屋をいちいち移動するのも面倒だから遠慮しておいた。インターネット接続は、やはり有料である。


Pb084211  小さなエレベーターに乗って2階へ行くと、エレベーターホールの周りに数室あるだけの、非常に小さなつくりである。
 指定された部屋のドアを開け、中へ入って驚いた。これまで宿泊してきたどのホテルの部屋よりも小さい。昨年宿泊したパリ東駅近くのホテルと比べても、3分の2程度の広さしかない。3泊7万円と、これまでの宿泊料の中では最も大きな金額を投資しているが、日本の1泊5,000円のビジネスホテルにも劣る。ルーブル美術館・オペラ座至近という立地条件ではこの値段でも「下」ということか。あまりの狭さに言葉を失った。


 かろうじて確保できたスーツケースの置き場で荷物を広げ、ビジネスバッグの中も含めて手帳がないことを再確認する。それからパソコンを取り出し、S君の助けも借りながら、ロンドンのホテル、バーバリーショップと思い当たる節にSkypeを使って片っ端から電話する。結果はいずれもそれらしき落し物はないとの返事である。セントパンクラス駅だけは、遺失物の電話受け付けは行わないらしいので、Eメールで遺失物の照会をしておく。
 これまで苦手にしてきた電話でのやり取りであるが、自分でも驚くほどスムースにできている。英語力の向上というよりは、人間、危機的状況に陥れば、案外、このくらいの力は発揮できるのかもしれない。



 延々と、続く。


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2018/05/01

2009年世界の旅【88】ユーロスターでフランスへ

 これまでの経過は ⇒こちら。


 11月7日、土曜日。ホテルをチェックアウトし、オックスフォード・ストリートに面したバス停で何度も系統番号と経路を確認してから、10系統、キングス・クロス(King’s Cross)駅行きのバスに乗った。地下鉄の方が確実性は高いが、途中1回の乗り換えが必要になり、重い荷物を持っている身には少々しんどい。2台分のボディをつないだ連節バスは、10分ほどでユーストン(Euston)通りに出て、セント・パンクラス(St Pancras)駅に着いた。


 大英図書館に近いこの一帯には、ロンドンのナショナル・レイルのターミナルのうち3つが近接している。昨年マンチェスターへ行く際に利用した、近代的で平べったい造りのユーストン駅。立派な時計塔を持っているが背丈が低く、武骨なアーケードに囲まれているキングス・クロス駅。そしてロンドンとパリ・ブリュッセルを結ぶ国際特急「ユーロスター(Euro Star)」が発着するセント・パンクラス駅である。


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 本体イングランド中東部への列車のターミナルであるセント・パンクラスは、ひときわ背の高い褐色のゴシック建築の駅舎を擁しており、遠くからでも非常に目立つ。英仏海峡トンネルの開通以来ウォータールー(Waterloo)駅発着だったユーロスターが、ロンドン近郊の高速新線開通とともにセント・パンクラス駅発着に変更されたのは2007年のことである。ユーロスターの発着ターミナルは、ユーストン通りから、そのゴシック駅舎に沿って少し奥へ入った場所にあった。ガラス張りのモダンな新駅舎である。


Pb074196  駅舎の中に入ると、コンコースは広く、自然光を取り入れつつ、控えめに灯された照明が柔らかな高級感を演出している。ヨーロッパ大陸各国と同様、改札口はないが、その代わりに空港と同じような出入国検査場があって、パスポートや乗車チケットのチェックを受ける必要がある。


Pb074197  前年ヨーロッパに来た際、当初予定ではパリからロンドンへ、「ユーロスター」を利用する予定であった。けれども、出発の1か月前に英仏海峡トンネルで車両火災が発生し、「ユーロスター」も運休となったため断念した経過がある。
 1年越しの夢だった「ユーロスター」は、両端の機関車を含めた10両編成の列車が2本連なる、20両の長い編成である。ロンドンとパリという、ヨーロッパの二都を結ぶ特急列車の貫録だろう。1等車の入口には女性係員が立って、チケットのチェックをしている。チケットを見せると、無機質な笑みを浮かべた。


Pb074205  1等車の車内は、淡いベージュを基本にした落ち着いた色合いの雰囲気で、2人掛けと1人掛けのリクライニングシートが通路を挟んで並んでいる。6割ほどの座席が埋まっており、私の座席は、進行方向に向かって右側の1人掛け。幸運なことに進行方向向きの座席である。「ユーロスター・イタリア」もそうだったが、車両の真ん中を境にして座席の向きが変わる「集団見合い式」の座席配置になっている。日本の鉄道と異なり、座席を回転させることができないため、運が悪いと半分の確率で後ろ向きに座らなければならないことになる。


 12時29分、発車。まだ完成して2年の新線のせいか、列車が徐々に高速になっても、大きな揺れはほとんどない。ロンドンの市街地を抜けて10分ほども走るうちに、周囲にはほとんど建物が見えなくなり、牧歌的な風景になった。景色としては単調である。


Pb074202 Pb074203 
 出発して30分ほどすると、飛行機の機内食のような昼食が、私の前に運ばれて来た。私がそれに手をつけようとすると、ちょうど列車がトンネルに突っ込んだ。英仏海峡トンネルである。全長50.5kmの海底トンネルは、青函トンネルよりも数km短いが、海底部分に限って言えば37.9kmと青函トンネルよりも長い。
 このトンネルをくぐり、次に地上に出る時は別の国である。私は軽く興奮した。けれども、その一方で、トンネルの中の景色ほどつまらないものはない。トンネルに入ってしまえば、英仏海峡トンネルも青函トンネルも、ただひたすらコンクリートの壁が続く闇の中であることに変わりはない。このタイミングで食事を運んでくるとは何とも心憎い配慮である。私がそれをゆっくりと食べ終わるとほぼ同時に、列車はトンネルを抜け、フランスの穀倉地帯へと出た。この間、20分強であった。


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2018/04/24

2009年世界の旅【87】イギリス(6) ロンドンの夜三態

 これまでの経過は ⇒こちら。


 ロンドンでは3泊滞在したのだが、それぞれに趣のある夜を過ごした。色系の話はないので念のため。


Pb064120  ロンドンへ着いた最初の夜、非常ベル騒ぎをなんとか収束させて入浴し、さっぱりした後ホテルを出て近隣の散策に向かった。散策というよりは夕食の物色が目的である。
 地下鉄駅のあるオックスフォード・ストリートは、気の早いことに、すでにクリスマスの飾りつけが始まっている。片側1車線の狭い道路だが、その両脇に幅の広い歩道が設置されていて開放感がある。その狭い車道上を、ロンドン名物、のっぽの赤い2階建てバスや黒塗りのロンドンタクシーが頻繁に行き交う。


 その光景を見ているうちに、何か妙に居心地の悪さを感じた。その理由をしばらく考えていて、それが「左側通行」のせいだと気がついた。
 アメリカからベルギーまで約40日の間、車はすべて道路の右側を通行していた。最初の頃は多少どころかかなりの違和感があったはずだが、時間の経過とともにそれが当たり前になり、車に乗せてもらう際にも抵抗なく右側に乗るようになった。その結果、40日ぶりに左側通行の現場に遭遇して戸惑うことになったのである。日本への帰国まであと1週間、間に再び右側通行のフランスを挟むものの、ある意味いいリハビリになるかもしれない。


 ブランドショップから大きな百貨店までさまざまな店が軒を連ねる通りには、「ユニクロ」の姿もある。アルファベットが氾濫するロンドンの街中で見るカタカナは、どことなくユーモラスである。隣には「H&M」も並んで立っている。
 結局私は、ボンド・ストリート駅に併設されているショッピングモールのマクドナルドでハンバーガーとドリンクを買った。ついでに隣の売店で煙草を購入すると、4.4ポンド、約660円である。1年前は1箱800円程度で買った記憶があるが、当時のレートが1ポンド約180円、現在は151円。1年の間に2割近い円高が進行している。


Pb064118  2日目の夜は、量販店視察の後に訪問した取引先の日本人担当の方と夕食をご一緒させていただいた。会社の前から黒塗りのロンドンタクシーに乗り、揺られること10分ほど、中心部からは少し離れたイタリアンレストランへ案内された。土地勘がないからどの辺りなのかはよくわからない。ただ、1時間半ほどの食事を終えた後、チューブの駅まで向かう街並みはとても静かで趣があった。すっかり夜が更けて暗くなった道に、ところどころに立つ街灯の暖かみのある光が落ちている。交通量はそれほど多くなく、静かな街に遠慮するかのように車もゆっくりと行き交っている。


Pb064124  チューブに乗ってオックスフォード・サーカスまで戻り、ホテルまで地上をブラブラと散歩した。ホテルまでのちょうど中間あたりの小路の入口に人だかりができている。覗いてみると、黒人の男性が数個のバケツや洗面器を前にして座っており、ほどなくドラムのスティックを取り出して激しく叩き始めた。見事なドラムスの演奏である。これならば本物のドラムなど必要でないのではないかと思うほど、バケツが表情豊かにさまざまな音を立てる。50人以上も集まった観衆は、みな一様に彼の演奏に釘付けである。10分ほども続いた彼の演奏が終わると、観衆から盛大な拍手が巻き起こった。


 最後の夜、後輩とのウィンザーでの再会の後列車を乗り継いでパディントン駅に舞い戻った。自力で夕食を探さなければならないが、特段当てがあるわけではない。何となく舌が濃い味を求めており、名物の「フィッシュ・アンド・チップス」は論外な気分である。
 そこで私はチューブ・メトロポリタン線に乗って、ピカデリー・サーカスに向かった。前年の体験から、エネルギッシュな繁華街であるピカデリー・サーカスに行けば、たいていのタイプの料理は揃っていることがわかっている。


 1年ぶりに訪れた夜のピカデリー・サーカスは、霧雨模様だというのにバーやレストランはどこもたくさんの客で賑わっていて、陽気な笑い声や音楽が至るところから響いてくる。東京の人ごみがあまり好きではないが、海外という気分の違いもあるのか、このどこかおおらかな雑踏はお気に入りの風景のひとつになっている。
 「濃い味」を求めてしばらく歩き、中華料理にしよう、と決めた。中華料理なら東洋人を含むそこそこの人数の客がいる店ならば、どこでも外れを引かずにすむ気がする。実際これまでに、中華料理で口がひん曲がるほどまずい店に当たった経験はない。


Pb074189 F1000064 
 探しているうちに、8.9ポンドでバイキング食べ放題、という、貧乏性の私にうってつけの店が見つかった。これだけ聞けば怪しげだが、窓越しに店の中を覗いてみると、10組近い客の中に、東洋人風の客の姿を見つけた。私は迷わず「CHINA BUFFET」と書かれたその店に入った。
 この選択は間違っていなかった。飛び抜けてうまいわけではないが、もともとロンドンでの食事に味を求めているわけではない。値段の割には十分な味だし、メニューの数もなかなか豊富である。私はこの旅の中で一番満腹になったのではないかと思うほど大量の料理を平らげ、大満足でピカデリー・サーカスを後にした。


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2018/04/12

2009年世界の旅【86】イギリス(5) ウィンザーで旧友との再会

 これまでの経過は ⇒こちら。


 ウィンザー&イートン中央駅の入口で、高校時代の後輩、Kさんが待っていた。高校卒業以来ほぼ完全に没交渉だったのだが、SNSで別の後輩を介してイギリスに住んでいることを知った。これもネット社会の効能である。
 実に18年半ぶりの再会だが、昔の面影をよく残しているので、駅頭で会った時すぐにわかった。イギリス人男性と結婚し、2人の娘の母となった彼女は、まだ1歳にならない下の娘を連れていた。上の子は預けてきたらしい。彼女の案内で、ややすっきりしない曇り空の下をウィンザー城へと向かう。


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 今も週末に国王が保養に訪れるウィンザー城は、まさに駅の目の前。白い石造りの城壁がめぐらされている。観光客に交じって、城壁の門から中へ入ると、芝の敷き詰められた前庭が、アスファルトの道路を伴って緩やかな丘のように広がり、その向こうに丸い塔の姿が見える。城壁に沿って道路を歩きながら下界の町を見下ろすと、黄色や茶色の石でつくられた家や店が雑然と並んでおり、さながら箱庭のようである。


Pb074179  塔の向こう側は城の建物に囲まれた広場になっており、冬が近いというのに青々とした芝生が整然と刈り込まれて広がっている。夏場の好天時だったら寝ころんで昼寝をしたい気分になっただろうと思う。銃剣を捧げ持った衛兵が、グレーのコートを身にまとい、背筋を伸ばして周辺を往復していた。


Pb074185  Kさんのおごりで建物の中に入場し、内部をさらりと見物した後、駅の方へ戻り、「CROOKED HOUSE」と書かれたカフェに入った。白壁を基本に、コーナーや屋根などに施された緑色のアクセントがよく似合っている。よく眺めると、建物がどうやら傾いているようで、マッチの外箱を机の上に置いて、少しだけ指で押したような平行四辺形になっている。床や屋根は道路に対して平行なのだが、入口のある壁が垂直ではなく、奥に向かってほんの少しだけ傾いた、風変わりな構造である。


 カフェでケーキなど食べながら、イギリス流のゆったりとしたティータイムを楽しむ。18年ぶりのKさんと話すネタはいくらでもある。こういう形で時空を超えて久し振りの仲間と会うと、人間の笑顔と声は意外と変わらないものなのだな、ということに気付かされ、時間がゆっくりと逆回転するような気分になった。


 ふと我に返ると、Kさんの隣では、見慣れぬ珍客に驚いたのか、いかにもハーフらしい大きな目を見開いて娘が興奮している。異国で母親として奮闘しているKさんの姿は、高校時代の彼女からは全く想像もつかないが、彼女にしても、おそらくもはや記憶の片隅の程度の印象しか残っていないであろう先輩と、遥か異国の地で、しかも子連れで茶を飲むことになろうとは想像もしていなかったに違いない。



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2018/04/05

2009年世界の旅【85】イギリス(4) パディントン発13時50分

 これまでの経過は ⇒こちら。


Pb064170_2  旧コヴェント・ガーデンを視察に訪れた日の午後、私はロンドン・パディントン駅にいた。ロンドンとイギリス国内の各都市を結ぶ鉄道のターミナル駅のひとつであり、アガサ・クリスティの小説のタイトルにもなった由緒ある駅である。
 駅の周囲は道路と建物群にすっかり取り囲まれて、駅舎の姿は見えない。どうかすると手前に建つ立派なヒルトンホテルを駅と勘違いしてしまいそうである。交差点に立って駅方面を見ると、細い道路の向こうに駅のコンコースとホームを覆う大きな半円形のドームを見ることができる。


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 今日はこれから、ロンドン西郊に住む高校時代の後輩に会う約束になっている。待ち合わせる街、ウィンザー(Windsor)への列車はこの駅から出る。オフの時間にはまだ少し早いが、昨日来早朝から精力的に視察を重ねているので目をつぶってもらうことにする。
 パディントン駅は、コンコースの中へ入ると、なぜか回転寿司のカウンターがあり、10数人の客がカウンターの前に座って皿の品定めをしている。階下にあるプラットホームはドーム型の大きな屋根に覆われており、ミラノ中央駅を思わせる開放的な雰囲気である。


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 オックスフォード(Oxford)行きの列車に乗る。両端の機関車の間にはさまった6両の客車の、ピンクに塗られたドアから車内に入ると、二人掛けシートが車内中央に向かってずらりと並んでいる。日本なら間違いなく特急料金を払わなければならない列車だが、往復9ポンドの運賃のみで乗車できる。残念ながら乗客は少なく、1等車も含めて6両ほどつないでいる列車は持て余し気味である。


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 およそ20分の乗車で到着したスラウ駅で乗り換え。駅に着いたのにドアが開かないからどうしたことかと思ったが、手動ドアなのである。後から来た客が、当たり前のようにドアの窓から手を出して外のドアノブをつかみ、ドアを開けて下車した。あわてて私も続く。2両編成のローカル列車に乗り換えて10数分で、ウィンザー&イートン中央駅(Windsor & Eton riverside)に到着した。行き止まり式の小さな駅が、彼女との待ち合わせの場所である。



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2018/03/30

2009年世界の旅【84】イギリス(3) ロンドンバスと交通博物館

 これまでの経過は ⇒こちら。


Photo  ニュー・コヴェント・ガーデンを訪れた後、私は地下鉄2本を乗り継いでいったんホテルに戻り、仮眠を取った。午後になって商業施設を3店ほど視察するために再び行動を開始。最初に目指したのは、ケニントン(Kennington)にあるスーパーマーケットである。交通機関としては地下鉄とバスがあるが、昨年ロンドンを訪問した時には利用できなかったバスを使っての移動を試みる。


Pb054104_2  インターネットでバス路線図を穴が開くほど確認し、オックスフォード・ストリートに面した百貨店「ジョン・ルイス(John Lewis)」の目の前にあるバス停から159番のバスに乗った。ロンドン名物の2階建てバスである。当然のように私は2階へ上がり、空いていた最前列に座った。この特等席を空けたままにしておく人々の気が知れないが、ロンドン市民にとってはどうということもない日常らしく、むしろ乗り降りのしやすい1階の方が混雑していたりする。


Pb054105 Pb054109 
 高さ4mから見下ろすロンドンの街並みはまた格別である。一般の自動車はバスよりはるかに背が低いから、少なくとも道路上に視界を遮るものはなく、視線の高さの新鮮さもあいまって、なかなかの眺望である。
 賑やかな繁華街の中心となるピカデリー・サーカス(Piccadilly Circus)の脇をすり抜け、片側2車線の通りを南へ下ると、道路脇に立ち並ぶ古めかしい白い建物の向こうに、ビッグ・ベン(Big Ben)が見える。この周辺は昨年散策している。交差点を挟んだ反対側の奥には、ウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)の白い建物も見える。


 その交差点を左折し、ビッグ・ベンを右手に見ながらテムズ川を渡り、さらに10分ほど南下して、ケニントン・チャーチ(Kennington Church)でバスを降りる。25分の乗車時間で料金は2ポンド。地下鉄の4ポンドと比べても乗り得な気がする。ただ、ロンドンのバス路線はきわめて複雑で、よほど目的地がはっきりしていて、しっかりルートを確認しないと、一見の観光客に使いこなすには相当ハードルが高い交通機関である。


 ケニントンからの帰路は地下鉄ノーザン線(Northern Line)に乗車した。1890年に開業した古い歴史を持つ路線は、ロンドン南部のモーデン(Morden)から、市内を南西から北に向かって貫き、カムデン・タウン(Camden Town)で二股に分かれてさらに北を目指す。さらにその途中、ケニントンとカムデン・タウンの間では2ルートに分かれているという複雑ぶりである。ロンドンの地下鉄は、世界最古、150年近い歴史と400kmあまりの複雑な路線網を持ち、日本の都市路線ではあまり考えられないが廃線・廃駅も数多い。


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 こうしたロンドンの地下鉄やバスの歴史を知ることができるのが、「ロンドン交通博物館(London Transport Museum)」である。旧コヴェント・ガーデンの市場棟のひとつを改装して設けられた施設で、旧市場を見学に行った折、立ち寄ってみた。入場料は10ポンド、約1,500円である。
 中に入ると、展示室入口のカラスの自動ドアに、東京の地下鉄路線図を描いたフィルムが貼られており、びっくりする。展示エリアまでの通路の壁には、東京のみならず、世界各国の地下鉄路線図が描かれている。ニューヨークやパリのものももちろんある。


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 館内は3階から順に市内交通の歴史を追いながら下の階へ降りていく流れになっている。コンパクトな施設だが展示物は充実しており、世界最初の地下鉄であるロンドンのチューブの歴史は蒸気列車から始まっていることも知った。あの小さなトンネルの中で、蒸気機関車が煙を上げて走っていたのである。
 最後に1階に降りるとロンドンバスの展示になった。子供の頃ミニカーで知った、あの丸みのある赤い2階建てバスが鎮座している。あらためて見ると非常にユーモラスな風貌をしており、それがまたロンドンの街並みには似つかわしい気もする。



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2018/03/22

2009年世界の旅【83】イギリス(2) ロンドン最大の市場へ

これまでの経過は ⇒こちら。


 私がロンドンを訪問した最大の目的は、イギリス最大の青果卸売市場である「ニュー・コヴェント・ガーデン(New Covent Garden)」を訪れることであった。青果市場の朝は早く、未明に各地から荷物が入って来て、夜明けには小売店へ向けて出発していく。一般市民も買い物のために入場できるようだが、物流拠点としての機能を観察するには早朝どころか未明から活動を開始しなければならない。


Pb054007  ロンドンへ到着したその深夜、午前2時頃ベッドを抜け出した。オックスフォード・ストリートへ出ると、深夜の通りはさすがに車の往来も少なくなっていたが、待つこと数分で通りかかったロンドンタクシーを捕まえて乗車した。後部のキャビンに向かい合わせで5人座ることができるから、私ひとりで乗る分にはすこぶる贅沢な空間になる。
 午前3時前の街の中を行き交う車は少なく、タクシーは闇の中を快調に飛ばした。走ること10分ほど、テムズ川にかかる大きな橋を渡り、右に折れたところでタクシーは止まった。分岐する側道の奥に大きく「NEW COVENT GARDEN MARKET」と書かれた行灯型の看板が光っている。


Pb054006  20ポンドほどの運賃を支払ってタクシーを降り、看板が光るゲート方向を目指す。ゲートは搬出入用のトラックの出入口らしいが、周囲に人間用の入口は見当たらない。私は、トラックの列が途切れるのを待って、ゲートに近づき、ボックスの中にいた係のおっさんに声を掛けた。日本から物流と包装の視察のために来た、と話すと、おっさんは
 “車の通りが多いから気をつけなよ。”
と中へ入れてくれた。一般市民は有料だとウェブサイトに書かれていたはずが、料金は取られなかった。私は中に入ってから揉めやしないかと一瞬気になったが、聞くのも面倒なのでそのまま謝意を表して中に入った。


Pb054008 Pb054063 
 線路と道路に囲まれた市場の敷地は広い。青果エリアと花きエリアに分かれており、まずは青果エリアから見学。市場内で働く人に話を聞きながら、敷地内をじっくりと視察して回った。前年訪れたフランスのランジス市場もそうだったが、日本の市場と異なりいわゆる「セリ」のシステムはなく、日本でいう仲卸業者との相対(あいたい)取引が基本である。私はそういった業者に怪しい英語で声を掛けて話を聞きながら、許しを得て写真を撮っていった。


Pb054068 Pb054075
 青果棟を抜けて線路をくぐった先に花き棟があった。花き棟は今年4月に新築移転しているが、当時の花き棟は、イベント広場のような広いフロアにたくさんの仲卸業者が店開きをしていた。市場というよりもフリーマーケットのような雰囲気で、青果棟に比べると活気もない。花きが生活の一部に溶け込んでいるオランダの市場とはずいぶん違う。


 4時間ほどかけて場内を1周し、まだ日が昇りきらない朝7時過ぎに市場を出た。花き棟の裏手に「セインズベリー(Sainsbury)」というイギリス大手のスーパーが建っており、そちらの方へ向かって歩いていくと、自転車通路のようなところを通って、知らないうちに市場の外へ出た。どうやら歩行者の市場への出入りはフリーらしく、何やら拍子抜けである。市場内で誰かに咎められるようなことも全くなかったし、どうも仕組みがよくわからない。


Pb064138 Pb064135 
 ところで、ニュー・コヴェント・ガーデンは、もともと市内中心部にあったコヴェント・ガーデン市場が手狭になったために、1974年に移転開設された市場である。それまであった旧市場は、施設を大改装したうえで商業施設に生まれ変わった。
 翌日、旧市場を訪れてみると、ファッションから食品まで多様な店が並ぶ楽しいショッピングモールになっていた。平日午前だが賑わっており、大道芸人の姿も見える。建物の中央を貫く広い通路と高いアーチ屋根、間口の狭い店舗が並ぶ風情に、市場だった往時の空気をほんの少し感じられたような気がした。



 延々と、続く。


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2018/03/18

2009年世界の旅【82】イギリス(1) 通じなくなった英語

 ちょっとこのところ多忙につき、久々に2009年の海外研修の記事を。
 ここまで81回、日本をスタートしてアメリカに40日滞在し、ヨーロッパへ上陸して、スウェーデン・ノルウェー・イタリア・ドイツ・オランダ・ベルギーと進んでいます。


 これまでの経過は ⇒こちら。


 ベルギーをはじめとする欧州大陸諸国とイギリスとの間には、1時間の時差がある。ブリュッセルとロンドンの間の所要時間は1時間10分であるから、16時10分にブリュッセル国際空港を発ったブリティッシュ・エアウェイズ397便は、見かけ上わずか10分、16時20分にロンドン・ヒースロー(Heathrow)空港に到着する。5度目の時差横断で、日本との時差は9時間になる。深夜1時過ぎだから、家族はもうぐっすり眠っている頃だろう。イギリスはシェンゲン条約に加盟していないため、空港で簡単な入国審査を受ける。


Londontube  空港から市街地への鉄道アクセスは、市街地西部のパディントン(Paddington)駅への「ヒースロー・エクスプレス」と、市街中心を抜ける一般の地下鉄の2種類がある。前回は地下鉄を利用したから、「ヒースロー・エクスプレス」を利用したいところであるが、運賃が高いことと、今日の私の宿泊地が市街中心に近いオックスフォード・サーカス(Oxford Circus)であることから、結局今回も地下鉄ピカデリー線(Piccadilly Line)の小さな電車に乗った。半円形を描く車体に合わせて、乗降ドアもカーブしている。トンネルサイズも小さく、「チューブ(TUBE)」という愛称が非常にしっくりとくる地下鉄である。


Photo  空港アクセスというよりは普通の市中の用務客らしき姿の方が多い電車に30分ほど乗り、グリーン・パーク(Green Park)駅でジュビリー線(Jubilee Line)の電車に乗り換えて1駅、ボンド・ストリート(Bond Street)駅に降りた。上りと下りが別のトンネルになっている。日本の地下鉄に乗り慣れた身には風変わりに思えるが、トンネル径の小さいロンドン地下鉄においては典型的な駅形態である。


Pb074192  本日の宿、「ホリデイ・イン・オックスフォード・サーカス(Holiday Inn Oxford Circus)」は、駅から徒歩5分ほど。いかにも歴史ある洋館風の風格漂う建物が私を迎える。
 まずはフロントでチェックイン。ところが、カウンターの向こうに立つおばさんは猛烈な早口で何やらまくし立て、言っている内容が理解できない。一瞬、この人がしゃべっているのは英語なのだろうか、と疑ったほどである。耳に全神経を集中させながら聞くと、確かに英語らしく、断片的に単語が理解できる。「英語」と「米語」の差もあるだろうし、これまで非英語圏を長く旅しており、英語を母国語としない人々と英語でカタコト会話をしてきたから、リスニング能力が少々劣化しているらしい。


 部屋にバスタブが付いているかどうかの確認に5分、インターネットの利用料確認にまた5分と、時間と労力を消費し、私は疲れ切って部屋へ入った。
 いつものようにバスタブに湯をためようと蛇口を開くと、もうもうと立ち上った湯気が開けっ放しのバスルームのドアからメインルームへと広がった。その途端、部屋の中にベルの音がけたたましく鳴り響いた。猛然と立ち上る湯気に火災報知機が反応したらしい。ベルの音はほどなく鳴り止んだが、音を聞きつけてすっ飛んできたホテルの従業員に事情を説明するのに、またしばらく時間を要することになった。


※参考記事…海外の都市交通事情(7) イギリス・ロンドン【その1】


 延々と、続く。


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