歴史の旅人

2016/08/15

本棚:「日本のいちばん長い日」と「時刻表昭和史」~戦後71年の日

 一度引いたのどの痛みが再びぶり返し、声こそちゃんとでるもののなかなか咳が取れない今日この頃。40度近い猛暑になる故郷の岐阜へこの時期帰省しなくなって久しい。盆休みが短い職場の特性もあり、私はこの3日間を札幌の自宅で過ごした。

 冬休みが長い代わりに夏休みの短い北海道、上の坊主の中学校は16日から学校が始まり、しかも初日に研究発表がある。しかるに一昨日私が札幌に帰った時、奴の研究はほぼ手つかずで残っていた。アリとキリギリスで言うと典型的なキリギリス人間である坊主によって、気温は高いがいい風が吹いている札幌の自宅にあって、私の脳内だけは猛暑日になる勢いであった。


 さて、私は昭和政治史が大好きで、その類いの本を読む機会が大変多いのだが、毎年この時期になると、手元にある2冊の本を必ず読み返している。この2冊については過去にも書いたが、あらためて書き記しておく。


■「日本のいちばん長い日」(半藤一利)

Arashi016_3 自らを「昭和史探偵」と称するノンフィクション作家、半藤一利の代表的な作品である。
 この作品は1945年7月27日から始まる。ポツダム宣言が出されたこの日から、さまざまな葛藤や対立を経て、最終的には昭和天皇の聖断により無条件降伏が決定されるまでが、プロローグに簡潔にまとめられている。

 私たちはこれまで学校の授業の中で、無条件降伏は国民に粛々と受け入れられたように教えられてきた。しかし現実には、陸軍を中心とした若手将校が、降伏を阻止するためにさまざまな行動を起こしていた。
 この本の本編では、8月14日から15日までの24時間で、玉音放送へとこぎつけるまでの政府の動きはもちろん、刻々と悪化する戦況の下でなお戦争継続を模索した陸軍内部で、誰が何を考え、どのように行動したのかが、時系列で生々しく描かれている力作である。
 
 昭和天皇の意思、政府の決定をも覆す計画が水面下で進められていたことは驚くべきことであり、このことだけでも軍部の思考の異常性を量るには十分である。同時に、一連の戦争のなかで、ただ軍の命令に従い多くの人々が命を落としていったことを思うといたたまれない気持ちになる。

 この作品は、1967年とかなり早い段階に映画化されていたが、戦後70年となる2015年に再び映画化された。昨日テレビで放映されていたのでご覧になった方もいるだろう。1967年版もDVDで観ることができるので比較してみるのも面白いと思う。


■「時刻表昭和史」(宮脇俊三)

Arashi057 鉄道作家の中でも歴史と文学に造詣が深い宮脇俊三の作品。ご自身は最も愛着のある作品でありながら「案に反して売れなかった」などと自虐気味だが、私は氏の作品の中でも指折りの名作だと思っている。
 1933年の渋谷駅前の風景から始まるこの本は、基本的に戦前・戦中の鉄道紀行文であるが、一般市民の側から見た当時の世相を非常に色濃く映している。

 私の手元にある本は「増補版」の肩書が付いており、1948年4月の第18章(東北本線103列車)が最終章となっているが、私が最初に手に取った角川選書版(1980年発行)で最終章となっている第13章「米坂線109列車」の印象が非常に強い。
 俊三青年は米坂線今泉駅前で父とともに終戦の玉音放送を聞いた。その直後に普段と変わらず列車はやって来た。
時は止っていたが汽車は走っていた。
という一文などが、その時の状況を短く、しかも正確に語っているように感じられる。


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 2010年の年末、私はごく短時間だが今泉駅に降り立ち、駅前広場に立った。終戦当時の状況はわからないが、古びた小さな駅舎の前の広場は狭かった。この駅前にラジオが置かれ、宮脇親子や近所の人々が呆然と頭を垂れる姿をしっかり想像するにはあまりに短い滞在時間であった。


 世界情勢が目まぐるしく変化する中で、戦後70年の節目の年に、国の防衛政策は大きな転換点を迎えた。国の形を大きく変えていくであろう問題について、国民全体を巻き込んだ議論をおこなわず、しっかりした説明もなされないままに法案は採決された。
 改正内容の是非についてはともかく、合意形成の手順を端折ったその姿勢に、時代がひとつ戻ったような感覚を抱くのは私だけだろうか。


※過去記事
 本棚:「日本のいちばん長い日」 半藤一利(2012.8.16)
 本棚:「増補版 時刻表昭和史」 宮脇俊三(2013.2.26)


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2014/08/16

本棚:「東條英機 歴史の証言」渡部昇一

終戦から69年を経ると、太平洋戦争を身近なこととして体験してきた人々は徐々に少なくなっていく。今日の戦没者追悼式典にも、およそ5,000人の遺族が参加したそうだが、そのうち戦没者の配偶者は19名と、ここ20年で100分の1に減少したという。戦没者の父母の参加は平成23年以降ない。
志願兵として戦争を経験した私の祖父も今年の正月に世を去り、身近に戦争体験者はいなくなった。

この祖父に戦争の話をしっかりと聞いておかなかったことは心残りである。外見的に老いの兆候は見られたが、話し言葉や頭の回転はしっかりしており、まだ時間はある、と先延ばしにしておいたのがまずかった。亡くなる直前まで自ら歩き、畑仕事をしていた祖父は、大晦日に体の不調を訴えて元日に入院、その2日後の1月3日にあっさりと世を去った。
終戦時20歳ということは、かなり自分自身の考え方に基づいて周囲を見られたはずの年頃であり、おそらくいろいろな思いを抱いて1945年8月15日を迎えたと思われる。その生の体験・言葉を聞く機会は永遠に失われた。

そうした後悔の念と、もともと近現代史に興味があることから、この時期、太平洋戦争にまつわる本を読むことが多く、そのたびにいろいろなことを考えさせられる。
歴史というのは面白いもので、事実はひとつしかないはずなのだが、その背景や原因、その結果としての影響を突き詰めていくと答えがまとまらなくなる。何が正で何が悪だったのか、についても置かれた立場や視点によって答えは全く異なるし、南京大虐殺のようにそもそも事実自体に正しい答えが導き出されていないというような例がみられる。
そうしたなかで、歴史を少しでも冷静に、客観的に見つめるためには、日頃とまったく違った視点から書かれた本にも触れなければならない、というのが私の考えである。

Img_1298 この本は、極東国際軍事裁判における東條英機元首相の宣誓供述書の内容をもとに著者が解説を加えたものである。
一般的な感覚として、東條英機は太平洋戦争開戦時の首相であり、日本を戦争に導いた指導者の中でも最も「悪いやつ」として紹介されることが多い。
けれどもこの本は、東條英機を徹底的に擁護する立場から書かれている。中には論理の飛躍もあるように感じるけれども、当時の歴史背景や彼の置かれた立場、そもそも太平洋戦争に至った経緯などを考えると、納得できる部分も少なくない。

戦争指導者を片面的な視点から「善玉・悪玉」に明確に分類して判断するのはたやすい。戦争という悲しい事態に国を導いていった東條英機は指導者としての責任は免れないと私も思うが、それをもって東條を「悪玉」と一刀両断にすることが果たして正しいのか、ということを考えさせられた。

喧嘩の原因は双方の言い分を聞かないとはっきりしない。多くの指導者が、ある人は終戦直後に自決という形で、またある人は一生涯口をつぐみ続けることによって、その内心をさらけ出さず、戦争から69年の間に次々と世を去っていった。結果、わからないことだらけである。
ただひとつ、はっきりしていることがあるとすれば、多くの研究者が様々な視点から検証しながら未だに答えが見えていない難しい問題について、私ごときが答えを出せるわけがない、というそのことだけである。


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2013/08/15

本棚:「米内光政」「山本五十六」「井上成美」

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阿川弘之氏と言えば、私たちのような鉄道文学好きは、内田百閒の衣鉢を継ぐ「南蛮阿房列車」の、ピリリと辛いユーモアの効いた洒脱な文章を思い出す。エッセイスト・作家で、「ビートたけしのTVタックル」でもお馴染みの阿川佐和子さんはご令嬢で、彼女のエッセイの中に時折登場する頑固なお父さん、という印象をお持ちの方も多いかもしれない。

広島県出身で海軍軍人。出征中に家族が被爆した経験を持つ阿川氏は、戦後、志賀直哉に師事し、「春の城」で読売文学賞を受賞、以来太平洋戦争を題材とした小説を数多く残してきた。
山本五十六」(1965年)、「米内光政」(1978年)、「井上成美」(1986年)は、太平洋戦争をめぐり「海軍左派」と呼ばれた3軍人の生涯を記した、伝記小説3部作である。私の興味の対象である「鉄道旅行」と「昭和史」が、阿川弘之という作家を通じて結びついたご縁の本である。

ポツダム宣言を受けて、無条件降伏を受け入れるか否かをめぐり、8月10日に最高戦争指導会議(御前会議)が開かれている。この中で、徹底抗戦を唱えた阿南陸相、梅津参謀総長、豊田軍令部総長に対し、東郷外相、平沼枢密院議長、米内海相が無条件降伏受入を主張して討議は平行線となった。最終的には鈴木首相が昭和天皇の裁決を仰ぎ、いわゆる「聖断」によって降伏が決定した。この話は、昨年の今時期ご紹介した「聖断~昭和天皇と鈴木貫太郎」の中に詳しい。

この時を含め、2度の海軍大臣と1度の総理大臣を務めた米内光政。1度目の米内海相のもとで次官を務めたのち連合艦隊司令長官へ転出、皮肉にも真珠湾攻撃の総司令塔となり、最後はブーゲンビル島上空に散った山本五十六。1度目の米内海相のもとで軍務局長、2度目の海相を次官として支えながら、終戦を目前にして不可解な人事で次官の座を追われた井上成美。「海軍左派トリオ」と呼ばれた彼らは、一貫して米英との交戦に反対し続けた少数派であった。
8月10日の御前会議において、軍人の中で戦争終結を主張したのは米内ひとりである。この意味合いは大きい。米内がいなければ、戦争は継続し、本土決戦が行われていた可能性もある。

もっとも、彼らが終戦工作にあたって積極的な役割を果たしたことに対しては、懐疑的な意見も多い。極端な意見では、「米内・山本・井上は米英に日本を売った『売国奴』」という論調のものもある。
けれども、この本を読むと、彼ら3人が、日本が太平洋戦争へと突き進む中で何を考え、どう動こうとしていたのかが、さまざまな人物への取材を通じ、阿川氏の淡々とした、重い中にも軽快な文章となって浮き彫りになってくる。

阿川氏自身が海軍軍人であったためか、全体を通じて、海軍に対して好意的に描かれている。陸軍サイドの視点から見れば気に入らない部分も多かろうが、歴史に対する評価や見方はさまざまであるから、その1類型と考えればいい。別な文献を通じてさまざまな見方、考え方に接し、知識や理解を補強すればいいだけのことである。むしろこの本は、歴史とは直接に関係のない、女性たちをめぐるやり取りなども出てきて、小説としても楽しむことができる。

和平派、あるいは親米英派と呼ばれる人たちが中核から次々と外されていった陸軍に対し、海軍においては、内部的に決して主流派だったと思えない米内・井上が、戦前から終戦へと向かう十数年の間、随所で重要な地位にあり、終戦を迎える局面で海軍、もしくは国そのもののキャスティングボードを握るポジションにいたということは史実として理解しておくべきだろうと思う。

終戦から68年の日に。


【追記】
米内光政は非常に読書家だった人で、特にその読書術については、私の大いに同感するところである。過去のブログで一度取り上げているので、よろしければ是非目を通してみていただきたい。

いかさま流読書法


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2012/07/20

本棚:「運命の人」山崎豊子

Dscn0784久々に本の話。ドラマの放映も終わって今更、ではあるが、図書館で4冊まとめて借りることができたので、一気に読んでみた。

山崎豊子の長編小説の特徴は、「事実に基づいて再構築されたフィクション」という体裁をとる作品が多いことにある。本作は、沖縄返還に伴う機密情報(日米間における費用負担の密約)を、新聞記者が野党国会議員に漏洩した事件がモデルである。

この事件は「外務省機密漏洩事件」あるいは「西山事件」と呼ばれている。
アメリカでは秘密指定の解かれた公文書から密約の存在が裏付けられているが、日本の政権は事件以降一貫して密約の存在を否定していた。しかし民主党政権の誕生により再調査が進められ、密約の存在が改めて明るみに出たことは記憶に新しい。

さて、小説の方はと言うと、これも山崎豊子作品に共通することではあるが、非常に綿密な取材や膨大な資料から組み上げられたことが伝わってくる。特に後段、沖縄の人々の口から語られる戦争体験などは、きっちりとした取材やインタビューを行わなければ構築できない。山崎豊子の小説全般の面白さは、ここにある。

この小説の中で、山崎豊子は主人公と外務省事務官の間の関係がどのようなものであったかについて深く言及しなかった。「フィクション」としての小説であれば、いかようにもドロドロした人間関係を描写し、小説に彩りを添える方法はあったはずなのだが、あえてその部分は小説の骨格からは外されている。
「フィクション」と言いながらも、事実関係が確認できない部分については触れていない。また、モデルとなる人物や会社が容易に特定できるような構造になっている。こうしたところに、山崎豊子の本来の意図が見え隠れするように、私は感じる。

一方、本小説の主人公の「モデル」であるとされる毎日新聞の元記者は、原作中の記述に事実と異なる点が多いと憤っているという。その内容に詳しく触れた文献は見つからないので何ともコメントしづらい。
また、ドラマの方も私は見ていないので何とも言えないが、原作からより脚色された、主人公の盟友であるライバル新聞社の敏腕記者のキャラクター設定に、その人物のモデルとされている某巨大新聞社の会長が怒り狂っているという。

小説としては非常に面白い。「外務省機密漏洩事件」の概略をつかむうえでも非常に勉強になる一冊である。
けれども、真実をとらえるためには、ノンフィクションとして発行された別の作品で知識の補強をしていく必要がありそうだ。

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2012/06/19

本棚:歴史劇画「大宰相」全10巻 さいとうたかを

Img_0160このところ偉そうに「本棚」などと称して読書家ぶってはいるが、私の読む本のジャンルは非常に狭い。
実のところ私は、純文学よりは推理小説、小説よりはノンフィクションを好んで読む。その中でも大好物は「日本現代政治史」である。

ことの発端は「田中角栄」という人物への興味である。
バブル景気が崩壊して日本中が不況に喘いでいた2000年前後、政治が迷走を続ける中にあって、「田中角栄待望論」をしばしば耳にした。

田中内閣の誕生は1972年7月。私が生まれる前月のことである。よってこの人のことは正直よく知らなかった。田中眞紀子の親父で、ロッキード事件で有罪判決を受けた元首相で、竹下登に派閥を乗っ取られて脳梗塞になった人、というレベルである。

そういう人がなぜ、その時代に求められたのだろう、という疑問から手に取ったのが、「歴史劇画・大宰相」の第5巻である。近年、「自民党総裁」とタイトルを変えてコンビニ本でも発売されているので、目にした方もいらっしゃるはずである。

断っておくが、これは漫画である。「ゴルゴ13」のさいとうたかをが描いたもので、登場人物の絵には妙なリアリティがあり、時代の裏で繰り広げられた政争がダイナミックに描かれている。
田中角栄へのアプローチとして購入した1冊だったが、自然に1冊では飽き足らなくなり、間をおかずに10冊すべてが私の本棚に並んだ。原作は戸川猪佐武の「小説・吉田学校」。今も折に触れて読み返す、私の現代政治史のバイブルである。

1巻から10巻までの解説は、田中角栄元秘書の早坂茂三が書いている。このためか、全体的な流れも田中擁護の視点から描かれ、彼の対立軸であった福田赳夫に対してはやや批判的に描かれているきらいはあるが、この本をきっかけにさまざまな文献を漁り、自分なりにバランス良く知識を吸収してきたつもりではある。

ここから始まった私の近代政治史の旅は、10年余りかけて時代をゆっくりとさかのぼり、今ようやく昭和初期までたどり着いている。先般のブログの米内光政の話も、この流れの中で得た知見である。その辺の話は、「左だ」とか「右だ」とか、いらん批判を受けないように勉強したうえで、いずれ書いてみたいと思う。

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