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2013/02/10

鉄道懐かし風景【1】1982年・上野駅(1)

以前に書いたブログと関連するが、実家に帰って昔のさまざまな資料を発掘してくるのは、ここしばらくの私の楽しみにもなっている。
今回はネガのほかに、子供の頃のアルバムをひっくり返して、鉄道がらみの写真や資料をいくつか発掘してきた。

以前のブログに、私が小学4年生の時の家族旅行で、上野動物園のパンダを拒否して、上野駅で列車の写真を撮っていた、という話を書いたことがある。

東北新幹線との30年【その1】
https://ikasama-traveler.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/301-2c36.html

今回ご紹介するのは、その時に撮った写真である。一部はなにぶん小学4年生の手による写真なので、アングルもピントも滅茶苦茶だが、ご容赦を。

赤坂のホテルニュージャパン火災や、日航機羽田沖「逆噴射」事故が発生し、「笑っていいとも!」が放送を開始した1982年に開業した東北・上越新幹線。
東京-大宮間の用地買収の難航から、大宮始発の暫定開業となり、6月23日、東北新幹線の大宮-盛岡が先行開業。11月15日には上越新幹線大宮-新潟が開業、同時に全国白紙ダイヤ改正が実施され、東北新幹線も大幅増発された。
このダイヤ改正では、東北・上越新幹線に並行する在来線特急列車が、一部を除いて軒並み廃止となり、「北への玄関口」であった上野駅の風景を一変させた。

写真を撮ったのは1982年の夏休み、すなわち東北新幹線開業と上越新幹線開業の間である。

1.L特急「ひばり」(上野-仙台)
Photo東北新幹線は、大宮-盛岡間4往復、大宮-仙台間6往復と控えめな本数で先行暫定開業した。在来線特急は、上野-盛岡間の「やまびこ」が新幹線に愛称を譲って全廃されたが、「ひばり」は14往復中の6往復が新幹線見合いで削減されたものの、8往復が引き続き運転された。東北新幹線が大増発された11月改正で全廃される。
ボンネット型の485系電車も懐かしいが、写真に収まる小学4年生の私の服装も、今となっては考えられない懐かしファッションである。

2.L特急「やまばと」(上野-山形)
Photo福島から奥羽本線に乗り入れる特急。現在の山形新幹線の前身と言える列車である。愛称のルーツとなる「つばさ」も同じく奥羽本線経由だが、上野-秋田間の運転で、どちらかというと「秋田の列車」の印象が強かった。
11月改正では基本的に福島始発で新幹線と接続する運転形態に改められたが、合計3往復が上野直通のまま存置された。
「やまばと」は1985年3月のダイヤ改正で廃止、同時に「つばさ」の上野直通は1往復に削減された。1992年7月、山形新幹線に愛称を譲って消滅する。

3.L特急「とき」(上野-新潟)
Photo_2今も上越新幹線に名前を残す「とき」。在来線時代は上越線経由で上野と新潟を結んだ。上越線経由の列車には、金沢発着の「はくたか」、青森発着の「いなほ」もあったが、「とき」は14往復と本数も多く、看板列車だった。
ごくごく自然の流れで愛称は上越新幹線に引き継がれたが、1997年に「あさひ」に統合され、日本産トキの絶滅を目前にして一足先に列車愛称が消滅。2002年に「あさひ」からの愛称変更で復活し、現在に至っている。ちなみに、私の出身地、岐阜県の土岐市とは何ら関係がない

続く。

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コメント

1982年、既にと~まは芳紀?19歳の乙女
いかさまのファッションにも懐かしさいっぱいになりましたけどね、ホアンホアンだったのね。と~ま母ちゃんが見に行ったのは、ランランさまとカンカンさま…この時分の年の差は大きいのね…( ´艸`)ムププ
これらのことも、電車に興味のないと~までもニュースで見て知ってました。上野がどうなる?で大話題でしたもん。
上野発の夜行列車~♪の曲がやたら流れたのも懐かしい~

投稿: と~まの夢 | 2013/02/10 12:28

懐かしいボンネット型ですね

普段は見向きもしてないのに
無くなるとなれば、急に惜しんで
どっと乗りに来る不思議な日本人(笑)

投稿: buzzっち | 2013/02/11 08:17

>と~まの夢さん
いつもありがとうございます。
ついにと~まさんの年齢を知ってしまいました(汗)

そうですね、うちの妹とお袋が見に行ったのは「ホアンホアン」でした。時期的に言うと、オスの「フェイフェイ」が来る3カ月ほど前ですね。パンダも貴重ですが、今となれば上野駅で親父を引きずりまわして撮った列車の写真も、貴重ではあります。ついでにこのファッションも貴重です(苦笑)。

投稿: いかさま | 2013/02/11 23:59

>buzzっちさん
いつもありがとうございます。
ボンネット型の特急車両もすっかりいなくなってしまいましたね。廃止とか「さよなら列車」とかに群がる鉄道ファンを「葬式鉄」というそうですが、正直僕もあまり好きではありません。できれば普段着のままの列車の姿や旅を存分に味わいたいと思っています。

投稿: いかさま | 2013/02/12 00:01

はじめまして、
私は首都圏に在住のみやのこと申します。
月刊「鉄道ファン」(1985年12月号)にて、この1985年9月30日の埼京線開業にともなう大宮駅(1985年3月16日に開業100周年を迎えてた)の特集が組まれたさい、当時の大宮市長だった馬橋隆二翁の寄稿文で、なんと鉄道博物館構想が出てましたけど、1982年の東北・上越の両新幹線が大宮暫定始発で開業したさいに、全国いや海外にも埼玉県大宮市の知名度がUPしたため、コレを機に鉄道のまち・大宮を更なるアピールをすべく、大宮に鉄道博物館を誘致すればもっともっと活性化につながるので、その様な構想を掲げたのではないかと思います。
残念ながら馬橋翁は2000年5月に他界されましたけど、馬橋翁の意志を引き継いだ大宮市(2001年に浦和,与野と合併してさいたま市となる)の有志たちの働きかけにより、幾つかの候補地をおさえてさいたま市に鉄道博物館が設置となって、2007年に鉄道博物館が大宮総合車両センター北側にできてオープンしましたが、新幹線暫定始発という結果が、大宮に対して鉄道博物館という大きな置き土産となってきた事は、本当に素晴らしい事だなと私は考えます。
それでは、私はこの辺で失礼します。

投稿: みやのこ | 2014/06/18 10:29

>みやのこさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
東北・上越新幹線の暫定開業で、間違いなく大宮は「鉄道の町」というイメージが強まりましたね。少なくとも私の中ではそうでした。
鉄道博物館がさいたま市につくられる、というニュースを聞いたときは多少の違和感もありましたが、こうした歴史を紐解いてみると、落ち着くべくして落ち着いたと考えることもできますね。

非常に参考になりました。ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: いかさま | 2014/06/21 01:24

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