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2013/03/19

周遊券の記憶【3】変わり種・ニューワイド周遊券

ニューワイド周遊券」は、ワイド周遊券の派生系だが、少し変わったきっぷである。

まず第一に、自由周遊区間の設定が北海道・四国・九州の3種類しかなかった。
そして第二に、ゆき・かえりに、鉄道でなく飛行機」を利用できた。指定路線であれば、航空券も2割引になる。先般廃止された「周遊きっぷ」にやや似た、セミレディメイドのきっぷである。

Hokkaido03 Hokkaido02
1991年2月、北海道の大学受験を決意した私は、この「北海道ニューワイド周遊券」を手に北海道へと旅立った。
当初私は「北海道ワイド周遊券」を利用して、往復とも鉄道利用で北海道を目指す予定だったが、「受験生が何を考えておる!」と両親に一蹴された。それでも受験予定はこれが最後だったことから、帰路に限り列車で戻ることが許可された。そこで活躍したのが「ニューワイド周遊券」であった。

Hokkaido01_21991年2月24日、名古屋空港から生まれてはじめての飛行機生まれて初めての北海道へ飛んだ。氷点下3度の(旧)千歳空港に降り立ち、長い跨線橋を渡って、今は南千歳駅となった千歳空港駅へ。新千歳空港ターミナルが開業し、JRが空港地下に乗り入れるのはこの翌年、1992年の7月である。
L特急「ライラック」で札幌へ。苫小牧・室蘭方面からの用務客に、空港利用客を加えた車内は満員。特急列車の通路に補助席がついているのに驚いた。

Hokkaido04本来なら受験が終わったら、周遊券の有効期間を生かして北海道内をゆっくりと旅したいところであったが、残念ながら2月28日の午後には卒業式の予行演習、そして3月1日には本番が控えている。やむなく私は、2月26日、まだ3往復運転だった「北斗星4号」B個室寝台「ソロ」で上野を目指した。
東京で1日ゆっくりしたあと、新宿0時01分発の上諏訪行き夜行普通列車に乗り、今は足湯となった駅内の温泉でぬるい湯に浸かる。そこから塩尻、中津川と普通列車を乗り継ぎ、午前10時過ぎに実家へ帰着。服を着替えてそのまま学校へと出掛けた。

私は試験の手ごたえから、おそらく今回の北海道行きが最初で最後になるのではないか、とひそかに覚悟をしていた。
ところが案に反して合格通知を受け取ることになった私は、「北海道ワイド周遊券」を握り締め、再び「北斗星」で北海道の地を踏むことになった。札幌から1日半掛けて実家へ帰り着いた、わずか10日後のことであった。
Hokkaido6 Hokkaido7

その1か月後から始まった北海道での生活が、20年以上の長きにわたって続くことになるなど、本人はもとより誰も予想だにしていない

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コメント

なんと懐かしい。
ワイド周遊券で北斗星に乗って受験しに行きました。ついでに網走や知床など急行大雪に乗ってまわって帰りましたよ。
上諏訪駅も以前に何度も入浴に行きました。

投稿: サンライズ | 2013/03/20 16:49

>サンライズさん
コメントありがとうございます。
「北海道ワイド周遊券」と道内夜行トリオ(「大雪」「利尻」「まりも」)は表裏一体の関係でしたね。この後、「北海道フリーきっぷ」を使って道内一周したとき、みっちり活用させてもらいました。

投稿: いかさま | 2013/03/21 00:45

受験のあと、まだ夜行急行トリオが特急になる前あたり、ワイド周遊券で車中泊、連泊どれだけできるか自分の体力に挑戦したことが何度か(笑)

離島が好きだったので、急行利尻には数えきれないほどお世話になりました。
平成に入ってすぐぐらいに天北線など廃止されたのは残念でしたが。

投稿: サンライズ | 2013/04/04 14:22

>サンライズさん
若くて体力のある頃はそういった旅もできましたが、歳をとってくるとどうしてもちゃんとした布団の中で寝たくなることの方が多くなります(笑)
夜行列車自体が減って、物理的にこういった旅もできなくはなりましたけどね。

投稿: いかさま | 2013/04/07 23:51

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