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2013/03/07

鉄道懐かし風景【4】1982年・上野駅(4)

東北・上越新幹線と直接関係はないが、当時の写真からあと3列車。
鉄道懐かし風景【1】1982年・上野駅(1)
鉄道懐かし風景【2】1982年・上野駅(2)
鉄道懐かし風景【3】1982年・上野駅(3)

8.L特急「あさま」(上野-長野・直江津)
9.L特急「白 山」(上野-金沢)

Photo Photo_2
1982年ダイヤ改正後も上野駅に残った数少ない特急列車。いずれも信越本線経由を経由し、群馬・長野の県境、横川-軽井沢間にある碓氷峠の急勾配を、補助機関車を連結して越えた。横川駅の駅弁「峠の釜めし」は、駅弁きってのベストセラーだった。
「あさま」に乗る機会はなかったが、「白山」にはその後、1995年の2月に乗車し、「峠の釜めし」も味わっている。
1997年10月、長野新幹線開業に伴い廃止。「あさま」の愛称は新幹線に引き継がれた。同時に、特急利用以外の流動の少ない横川-軽井沢間は廃線、軽井沢-篠ノ井間は第三セクター「しなの鉄道」に転換された。整備新幹線建設に伴う並行在来線廃止の初のケースである。「峠の釜めし」は、現在でも横川駅だけでなく、軽井沢・安中榛名駅や一部の新幹線車内販売、上信越自動車道の横川サービスエリアなどで購入することができる。

9.L特急「ひたち」(上野-水戸・勝田・いわき他)
Photo_3東北新幹線開業前から現在に至るまで生き続ける、唯一の上野発着特系統。
冠なしの「ひたち」を名乗る列車は、1998年、写真の485系電車引退とともに消滅して現存しない。現在は、1989年にJR東日本の特急列車の先陣を切ってデビューした651系電車を中心とする「スーパーひたち」、1997年登場のE653系電車を使用する「フレッシュひたち」の2系統となっている。
来週実施されるダイヤ改正では、全列車が新製のE657系電車に置き換えられる。このように、新型車両が惜しげもなく投入されるあたり、「ひたち」系統は、現在のJR東日本の在来線ドル箱列車であるといえるだろう。


以上が私が上野駅で1982年の夏に撮影した列車のすべてである。当時上野駅を発着していた特急列車は他に、「つばさ」「あいづ」「みちのく」「はくたか」「いなほ」「ゆうづる」などがあるが、残念ながら会うことはできなかった。
当時の特急列車は、全国どこへ行っても同じような形式、同じ塗装の電車が走りまわり、金太郎飴のごとき没個性であったが、背後に写りこんだ情景などと重ね合わせると、良くも悪くも当時の風景によく溶け込んでいたと思う。

上野駅からごっそりと特急・急行列車が姿を消した日から2年半、1985年3月14日、新幹線・上野-大宮間延長。さらに6年後の1991年6月20日には、東京駅乗り入れを果たした。
現在、上野始発・終着となる新幹線の定期列車はなく、「はやぶさ」をはじめ一部の列車は上野を通過する。上野駅が「北への玄関口」であった時代は遠い過去のものとなり、行き止まり式の薄暗い地平ホームに出入りする、「北斗星」「あけぼの」「カシオペア」をはじめ、わずかばかりの特急が出入りする姿に、わずかにその名残をとどめているにすぎない。

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コメント

私は、いつも常磐線を使っていますので、上野は、やはり玄関口です

投稿: 姉さん | 2013/03/08 05:59

>姉さんさん
コメントありがとうございます。

そうですね。日ごろ使い慣れた路線、駅は、ある意味玄関口かもしれませんね。特に新幹線の開業以来、上野駅での常磐線の占めるウェイトは高くなっていますし、昔と変わらず地平のホームから電車が行き来する姿はいいものだと感じます。

僕も実家に帰省するときなど、名古屋駅に立つと、ああこれから帰るんだ、という気分になります。月日が流れ、駅の姿は変わっても、そういうところは変わらないんでしょうね。

投稿: いかさま | 2013/03/09 00:03

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