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2017/04/07

国鉄分割民営化30年

Jnrjr_2  「じぇいあーる」という言葉の響きに違和感を感じなくなって久しい。「国鉄」と言っても子供たちはおろか、会社の若き部下たちにすら通じないのも道理、この4月1日、国鉄分割民営化から丸30年を迎えた。


 日本に鉄道という文化が生まれたのは1872年、今から145年前のことであるが、以来、大都市圏や地方都市の域内輸送は別として、都市と都市をつなぐ幹線輸送は原則として国が担ってきた。1949年、独立企業体として発足した日本国有鉄道、「国鉄」も、政府が全額出資する特殊法人であった。戦後の荒廃の中から立ち直り、高度経済成長の中、増加する輸送需要を背景として成長した国鉄は、1964年の東海道新幹線開業でひとつのピークを迎えた。


 だが、1950年代後半からおおむね黒字ベースで推移していた国鉄が単年度赤字に陥ったのは、皮肉にもその1964年度のことであった。1966年度には累積の黒字も食いつぶし、以降は赤字が雪だるま式に増えていく。
 その要因はさまざまである。長距離都市間輸送においては航空機の圧倒的な速度の前にシェアを徐々に減らし、貨物輸送と地方交通においては自動車の機動力に太刀打ちできなくなった。終戦直後に引き受けた引揚者雇用の人件費負担も重くのしかかった。


 国鉄はその後も、明らかに収益の見込めないローカル線の運営を背負わされて赤字を拡大させていった。採算と生産性の改善を目的とした労働政策の失敗は職場の荒廃を招き、労働組合を強大化させる結果となった。自力再生能力を失った国鉄に対し、政府が出した結論が、労働組合、とりわけ最大労組であった国労の解体地域密着型経営による健全化を目指した「分割民営化」であった。


 その春、私は中学3年生になる年であった。鉄道ファン歴はまだ浅く、当然だがひとり旅に出してもらえる歳でもない。だが、国鉄最後の日となる1987年3月31日限りで、新幹線・特急列車を含む国鉄全線が乗り放題となる「謝恩フリーきっぷ」が発売になると知り、私は両親と交渉して許可をもらい、発売日となる3月21日、始発の電車で千種駅へ向かった。
Umekouji  けれども駅に着いた時には発売枚数をはるかに上回る客が行列をなしており、切符を買えなかった私は、3月31日の夜、粛粛と進む国鉄解体のシーンをテレビの前で見届けた。梅小路蒸気機関車館に並んだSLの汽笛が奏でた「蛍の光」の切ない響きは、今も鮮明に覚えている。




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