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2020/04/09

令和最初のひとり旅【支線8】ああ北斗星よ永遠に

 これまでの経過はこちら。

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 与那原駅へのドライブを終え、那覇空港から東京・羽田空港へ飛んだ私は、京急電車で品川へ行き、JR横須賀・総武線の電車に乗り換えて、この日の宿泊地、馬喰町で下車した。仕事以外で東京宿泊などめったにないことで、この機会にぜひ一度泊まってみたい宿泊施設があった。


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 馬喰町駅4番出口を出るとすぐのところに、懐かしいヘッドマーク様の看板を掲げた小さな雑居ビルがある。このビル1棟が「トレインホステル・北斗星」という宿泊施設になっている。2015年に運行を終了した寝台特急「北斗星」の設備を流用したホステルということで、2016年の開業当時は話題になった。


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 方向幕に似せた字体で書かれた看板のある1階の受付でチェックインする。館内にはA寝台・B寝台の設備があり、私の一夜の宿は3階のA寝台である。宿泊料金は5,000円。市中のビジネスホテルに比べれば格段に安い。フロアを一つ上がった2階にはこれまた懐かしい「グランシャリオ」の看板。この奥には厨房設備を備えたラウンジがあり、何人かの客が「北斗星」の食堂車、グランシャリオの物を流用した椅子・テーブルが並ぶ室内でくつろいでいた。ちなみに供食サービスはなく、自賄である。


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 3階の宿泊室の入口には、号車番号を流用した階数表示があり、ナンバー錠を押して宿泊室へ入る仕組みになっている。入った右手には、懐かしい2段ベッドのB寝台が並ぶ。一瞬違和感を感じるのは、通路を挟んだ反対側にもベッドが並んでいること。すでに深夜帯で人の動きは少ないが、ベッドは8割方埋まっていた。荷物の雰囲気から、外国人客が多いことが窺える。


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 さて、私のA寝台は、宿泊室へ入った正面にある。B寝台の2段ベッド対面に対し、こちらは当時のA個室寝台「ロイヤル」の設備を用いた半個室になっている。「ロイヤル」ならばせめて鍵付きの部屋であってほしいと思うのだが、そこは安価なホステルのこと、通路との仕切りはカーテン1枚である。それでも部屋は隣室とは区切られており、ソファーにもなる広めのベッドとデスク、チェアが置かれていた。照明は現役だが、壁に取り付けられたBGM装置はただの飾りになっている。「ロイヤル」にあったビデオ・TVもなく、トイレ・シャワーは当然共用である。


 照明を落としてベッドに横になってみたが、寝台列車の揺れやレールの継ぎ目を拾う音もなく、静か。窓の外の景色も動かない。時々通路の外でガサゴソと荷物をいじる音と人の動きがどうにも気になる。貴重品は宿泊室の入口横のロッカーに入れてあるが、念のためカーテンのかかった入口の前に重いチェアを移動させて防犯対策を講じ、再び横になった。ドライブと飛行機の疲れもあったのだろう、そのうち眠りに落ち、目が覚めた時には朝9時近かった。


 こうして「トレインホステル・北斗星」の一夜は明け、無事私は東京を後にしたのだが、日頃ビジネスホテルの快適さと安心感に慣れていると、こういう宿泊施設はやや落ち着かない気分になる。「寝台列車の設備」らしさを味わうのであれば、A寝台よりもB寝台の方がそれらしい雰囲気を醸し出しているように思う。いずれにしても、やはりレールの上を走るホンモノの寝台列車の方が安心して眠れる。ひと昔前に流行した「SLホテル」の類もこんな感じだったのではないだろうか。
 もう一度利用するか、と言われると返事に窮するが、よほど金のない旅行だったらB寝台にもぐりこむことはあるかもしれない。ちなみにドミトリータイプのB寝台なら、1泊2,500円程度から利用できる。
 


続く。


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鉄道の旅人」カテゴリの記事

コメント

夜行バス、夜行寝台列車、フェリーはやっぱり動いてないと眠れないですね。特に夜行バスは、名古屋~東京は距離が短く、サービスエリアで1時間近く時間をつぶすことがあるので、止まっているときは眠れないことが多いですね。

大垣夜行なんて通路に新聞敷いて寝むれたのに、今はユースホステルのドミトリーは落ち着かなくなりましたね。

投稿: かわうそくん | 2020/04/10 19:45

懐かしい!
ここいいですよね。
それにしてもAとれたなんて素晴らし過ぎです^^

投稿: キハ58 | 2020/04/10 23:15

こんばんは!
寝台列車、懐かしいような、もう乗りたくないような・・・。
35年くらい前までは新幹線よりも寝台列車を利用して帰省してました。
仕事終わりでそのまま横浜駅に向かい、寝台列車に乗って、朝、小倉駅に着くって感じで、短い休みを有効に利用してました。
(帰りは昼過ぎの新幹線です)
最後に乗った寝台列車は「那覇」という名前でしたよ。
当初、乗る予定は無かったのですが、何らかの都合で京都だったか新大阪だったかで新幹線から「那覇」に乗り換えたように思います。
これまでの寝台列車はせいぜい2段だったのに、「那覇」は初めての3段寝台、しかも一番上で、落ちないか不安だった想い出があります。
もう乗りたくないなぁ。
私の旅行は、飛行場さえあれば飛行機が一番です。

投稿: FUJIKAZE | 2020/04/11 16:13

 かわうそくんさん、ありがとうございます。
 同感です。あの乗り物特有の振動がいいのでしょうか。止まっている列車設備というのは何かトラブルに巻き込まれたような気分にさせられます。

 大垣夜行始め、夜行普通列車の直角座席でもきっちりと睡眠できた若い頃が懐かしいです。

投稿: いかさま | 2020/04/22 22:52

 キハ58さん、ありがとうございます。
 この部屋は今回の旅程を決めた時、かなり早い段階で予約しました。じゃらんのポイントがたまっていたので実質2,500円ほどでした。欲を言えば個室(あのテンキーのついた引き戸)だったらもっとよかったのですが(笑)

投稿: いかさま | 2020/04/22 22:54

 FUJIKAZEさん、ありがとうございます。
 寝台特急「なは」、懐かしいですね。その当時で3段寝台というと、寝台電車だったのではないかと推測します。
 実は私も「なは」に一度だけ乗ったことがありまして、もう30年ほど前ですが、その時は当時人気を博していた高速バスにあやかった、たった1両だけの座席車を熊本から三ノ宮まで利用しました。
 夜間に移動できる寝台列車は便利でしたが、やはり地上でゆっくり眠りたいと普通は思うのでしょうね。私も年のせいか、最近は夜間の異動は付かれるようになりました。

投稿: いかさま | 2020/04/22 23:00

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