« 令和最初のひとり旅【支線6】那覇駅の転車台と牧志公設市場 | トップページ | 令和最初のひとり旅【支線7】与那原駅跡にて »

2020/04/02

ありがとう、志村けん

 昨夜放送された志村けんの追悼番組を、ようやく今日観ることができた。


 私たちから若干上の世代は、下品で面白いことが大好きな幼少時代に志村けんが一気にドリフの顔になっていくのを目の当たりにしてきた世代である。イッチョメイッチョメ・ワオーカラスの勝手でしょも、最初はグーもリアルタイムで観て来た。小学校時代、土曜8時がドリフ派ひょうきん派に二分されていた時も、私はずっとドリフ派を貫き通してきた。便所の扉にしがみついて遊んで母にどやされ、怒っちゃやーよ、と言ってひっぱたかれたりもした。


 その人が新型コロナウィルスに感染して、いともあっさり亡くなってしまった。人の命に重い軽いはないが、常にブラウン管の中に存在した人がこういう形で姿を消してしまうことはあまりにも衝撃的である。安倍首相の言うことも小池都知事の言うことも軽く聞き流していた人たちでも、この事実は背筋を伸ばさせるのに十分すぎるのではないかと思う。


 私が思う志村けんのすごさは、その表情と声にある。若い頃の写真などを見るとそれなりに男前の雰囲気が漂っているのだが、ひとたびコントになると完全にバカの表情になる。しかもその表情はとても豊かで変幻自在である。加えてこれほど声のトーンを自在に使い分けるお笑い芸人も珍しいのではないか。時に高い声、時に低く太い声で、とんでもないセリフを放つ。2時間足らずの特番の中で、そのすごさは再確認できた。
 40年前から今も変わらず私たちを笑わせるだけでなく、私の子供たちも志村けんを見てゲラゲラと笑う。世代の垣根を越えて笑わせる守備範囲の広さもすごい。というよりは、志村けんを見ると、私たちが40年前の少年時代に引き戻されるんだろうと思う。


 高木ブーが「志村は死なないの。ずっと生きてる」と言った瞬間、私は泣きそうになった。加藤茶の弔辞も感動したが、高木ブーのそのひと言にはものすごい重みと愛情と、ひょっとすると本人以上かもしれない残されたメンバーの無念さが凝縮されているように私には思えた。
 「とんでもねえ、あたしゃ神様だよ」数あるギャグの中で実は私が一番好きなギャグだったりするのだが、ひっくり返った声で言うそのセリフだけで私を悶絶させたその人は、私だけでなく日本中に数限りない笑いを与え続けて、本当に神様になってしまった。あまりにも早すぎる。そして急すぎる。
 40年の時を越えて子供に戻れる機会が奪われてしまったような、言いようのない淋しさばかりが残る。


ランキング参加中です。みなさまの「クリック」が明日への糧になります。よろしかったら、ポチッとな。

にほんブログ村 鉄道ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ 鉄道コム

|

« 令和最初のひとり旅【支線6】那覇駅の転車台と牧志公設市場 | トップページ | 令和最初のひとり旅【支線7】与那原駅跡にて »

日常の旅人」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 令和最初のひとり旅【支線6】那覇駅の転車台と牧志公設市場 | トップページ | 令和最初のひとり旅【支線7】与那原駅跡にて »