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2020/05/17

1990年春・九州一周の旅【2】ブルートレインで九州へ(2)

 前回の続き


 春休みが始まったばかりの日曜日、「はやぶさ」の車内には家族連れや学生の姿が目立った。乗客の憩いのフリースペース、「ロビーカー」もそんな乗客で賑わっていた。空いていたソファに腰を下ろし、飲み物を飲みながら、隣に腰掛けていた少年と話してみた。今度中学3年生になるO君は、お母さんとふたりで相模原から実家のある鹿児島へ法事に行くのだという。飛行機で行った方が圧倒的に早いのに「はやぶさ」を使うところからして、やはり鉄道ファンである。私と同じB個室、12号車7番が自席という彼と話が弾む。


 名古屋を過ぎると、少し空き始めたロビーカーに、ふたり連れの若者がやって来た。先ほど食堂車で隣のテーブルにいたふたりである。手にはサントリーの角瓶を持っている。どうみても成人の雰囲気ではなく、年を訪ねてみると私と同じ17歳の高校生だという。一杯どうですか、などとこのコンビ、松戸からやって来たH君とM君に誘われると、昨夜の反省などどこへやら、つい調子に乗ってごちそうになってしまう。近くの席にいた家族連れのお母さんが、おつまみにとスルメを差し入れてくれた。誰も咎める人のない、おおらかな時代である。


Hayabusa  話を聞けば、M君とH君の寝台もB個室12号車。それぞれ4番と8番の上段室で、O君と私でH君の部屋を挟む形になっている。皆で談笑していると、通りがかった車掌長が、
「いやあ君たち、おいしそうだなあ。僕は仕事中だから飲みたくても飲めなくてねえ。…ところで、乗車記念のオレンジカードはいかがですか?」
 オレンジカードも鉄道の平成遺産となって久しいが、当時はブームのさなかだった。未使用のまま所蔵される確率が高く、JR各社にとっての収入源のひとつだった。なかでもJR九州はかなり熱心だったと聞く。つられて1枚購入する。


 大阪の手前で私とO君は退散。23時52分着、3分停車の大阪駅のホームで缶ジュースを補充し、車内の洗面所でタオルを濡らした。個室に戻るとカーテンを引き、パンツ一丁になって身体中をひと拭き。昨夜も風呂に入っていない。当時東京―九州間の寝台特急ではシャワー室を設けているのは「あさかぜ」だけだった。
 浴衣を着てベッドで腹ばいになり本を読んでいると、通路でドタンバタンと激しい音。慌てて飛び出すと、H君が通路でひっくり返っている。横で介助するM君の顔も赤い。満タンだった角瓶は残り半分を切っている。へろへろの二人がそれぞれの個室へ上がっていくのを見届けて、私もベッドにもぐりこんだ。


 翌朝7時前に目を覚まし、7時14分着の下関で機関車の交換作業を眺める。青いEF66型機関車から銀色のEF81型機関車に交換された「はやぶさ」は、いよいよ関門トンネルをくぐり、九州へと足を踏み入れる。今度は赤いEF76型機関車に交換された門司を出たあと、O君の部屋へ遊びに行くと、お母さんと朝食の最中。退散しかけたところへお母さんから、
「お弁当が余ってるんだけど、よろしかったらどうですか?」
とお誘いいただき、ありがたくごちそうになる。


 8時42分着の博多で、同じ種村氏の読者サークルの仲間、TKさんが立席特急券を手に乗り込んできた。夜が明けてからの時間が長い九州特急では、区間を限定して寝台券なしでも乗車できる、通称「ヒルネ」という制度があった。
 初対面のTKさんと挨拶を交わした後、O君・M君と4人でロビーカーへ行き、しばし談笑。ちなみにこの時H君は完全グロッキー状態になっていた。この少し前、車掌長が個室の鍵を回収に巡回したのだが、8号室だけはノックしても返事がなく、マスターキーで解錠するという事態になった。車掌長によって無事生存確認されたH君は、9時半過ぎに私たちが個室に戻ると、個室の階段に蒼い顔をして座っていた。


 明日再び合流する約束を交わしたTKさんは、9時42分着の大牟田で下車。H&Mの両君もここで降りていく。大牟田を出ると食堂車も店じまいにかかり、私たちも下車に備えて荷物の準備にかかる。「はやぶさ」は西鹿児島行きだが、食堂車・ロビーカー・個室寝台を含む後ろ8両は熊本で切り離されるため、ここで降りるか前寄り6両に移るかになる。私はこの先の行程から熊本で下車するが、鹿児島へ帰省のはずのO君親子も熊本で下車するとのこと。後続のL特急「有明11号」に乗り換えると、水俣で「はやぶさ」を追い抜くのだとか。機関車に牽かれる寝台特急と異なり、身軽な電車特急は速い。


 10時21分、「はやぶさ」は定刻に熊本に到着した。ホームの長さの関係で11号車より後ろはホームにかからず、10号車のデッキからホームに降りる。東京から17時間16分の長旅は、愉快な仲間たちのおかげで退屈することなく過ごすことができた。
 「眠っているうちに移動できる」という便利なツールとしての役割は、新幹線の開業ですでに損なわれていたが、ブルートレインは乗ること自体を楽しめる列車だった。この日の「はやぶさ」に、同じ感覚を持った同世代の仲間がたまたま乗り合わせ、今のように独りで時間をつぶせる手段の少ない時代、自然に声を掛け合い、交流が生まれた。


 われわれのような貧乏学生でも少し手を伸ばせば届く、身近な憧れの存在だったブルートレインは今は亡い。唯一残る定期運転の寝台列車は、「サンライズ出雲・瀬戸」だけだが、運転時間が短く、個室寝台ばかりの列車でこうした交流は生まれにくい。
 乗ること自体を楽しむ寝台列車は、近年「ななつ星」「四季島」「瑞風」と立て続けに登場したが、学生どころか貧乏サラリーマンが気楽に利用することの叶わない、遠い存在になってしまった。


 続く。



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鉄道の旅人」カテゴリの記事

コメント

急がば回れではありませんが、何にでも遊びがあった方が面白いと思います。仕事には新幹線や飛行機が確かに便利ですが、旅をするのであれば夜行列車、寝台列車も選択肢としてあるといいですね。
カーフェリーに乗ると家族連れがたくさん乗ってますし、スピードは遅くても居心地のいい列車があれば、豪華列車じゃなくても利用する気がしますけどね。

投稿: かわうそくん | 2020/05/18 09:39

こんばんは。
読んでいて、昔の自分の旅をふと懐かしく思い出しました。
私は鉄道に特に興味は無かったのですが、ブルートレインにはいつか乗りたいと友達と話していました。
結局乗る事無く今に至ってしまったのですが・・・
今は「ななつ星」に乗りたいと思っていますがいかんせん高価なので清水から飛び降りる事がはたしてできるかどうか^^;
高校生の頃はもっぱらユースホステルを使っていました。
夕食後に行われるゲームなどで他県の人と交流できるのが楽しくて、写真を送ったりしていました。
こんな交流も若い頃ならではな気がします。

投稿: ミミ | 2020/05/18 19:56

 かわうそくんさん、ありがとうございます。
 おっしゃる通りと思います。スピード市場の世の中で、特に鉄道の世界では「遊び」の部分が少なくなってきました。クルーズトレインもいいですが、気軽に利用できる遊びは残しておいてもらえると良かったように思います。
 その点フェリーは魅力的ですね。私も好きでよく利用しますが、鉄道車両の限られたスペースではそれも難しいのかな、とふと思ったりします。

投稿: いかさま | 2020/05/24 22:54

 ミミさん、ありがとうございます。
 実はこれまでの旅の中で初めてユースホステルを利用したのもこの旅の途上でした。その話はのちに登場させるつもりですが、とにかく旅先でいろんな人とのふれあいがあった時代ですね。私たちが歳を取ったということもあるのでしょうが、個を重視する時代の流れ、交通機関そのものの在り方の変化など、いろんな要素が複合的に絡んでそうした出会いが喪失していったように感じます。
 特に相手が若い女性ですと、私ごときおっさんが声をかけた時点で不審者扱いですから(笑)

投稿: いかさま | 2020/05/24 22:56

いかさま様、初めまして
コロナ引きこもり中、様々な旅の記録を読ませてもらい、イメージトレーニングしています。私も乗り潰し中でJRは残り20路線程度になり、私鉄は関西圏が手つかず(神奈川在住)の状況です。
私はタイ駐在を5年ほどしていました。タイには夜行列車が残っていて、片道昼間移動で景色を楽しみ、片道夜行のパターンの乗り潰しをしてました。残念ながら最近は駅/列車でのアルコール禁止となり、旅の楽しみが半減してます。アルコール無しでもOKなら、往復数千円で夜行列車を楽しめます。これからも、よろしくお願いします。

投稿: kiwi | 2020/05/27 18:01

 kiwiさん、コメントありがとうございます。
 お立ち寄りいただいて感謝申し上げます。私は海外での夜行列車体験がありませんのでkiwiさんがうらやましい限りなのですが、タイではいわゆる「呑み鉄旅」ができないルールになってしまっているのですね。少年期の反動からか昨今私はほとんどお酒を飲みませんので、タイの夜行列車旅を楽しんでみるのも悪くないかもしれません(笑)

投稿: いかさま | 2020/05/29 00:08

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