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2020/08/12

1990年春・九州一周の旅【7】一期二会の旅

 またご無沙汰してしまいました。お盆間際なのになんだか忙しいいかさまです。

 前回の続き


 3月30日金曜日、久々にベッドで眠った朝は7時頃にすっきりと目覚めた。純和食の朝食をたらふく食べ、10時の退出時間までの間にたまった洗濯物を片付ける。
 出発前にホステラーみんなで記念写真を撮り、バイク組の大半が出発するのを見送ると、ひとり残った名古屋人の社会人ライダーが「砂蒸し温泉へ行こう」と声を掛けてくれた。私ももう一度行きたいと思っていたところなので即決で同行する。今度は汗を流すというよりも体をじっくりと温めて体力はほぼ復活。社会人氏を見送ってユースホステルに戻ると、乾燥機に入れておいた洗濯物は十分に乾いていた。


19900330  指宿駅まで2kmほどの道のりを歩いて、13時発の枕崎行き普通列車に乗る。特急電車の座席を転用した回転式シートが並ぶ車内はよく混んでおり、座る場所を求めて通路を歩く。ようやく見つけた空席に座ると、向かいにどこかで見たような顔の少年が座っている。向こうもこちらに気付いたようで、お互い大きな声を上げて再会を喜び合う。「はやぶさ」の車内で一緒だった、鹿児島出身のO君である。鹿児島市内の実家での法事を済ませて、ミニトリップにやって来たという。偶然ということはあるものだ。


 当時の日本最南端駅、西大山の写真を撮ったところでフィルムが満杯になり、私はフィルムを巻き取ろうとした。ところが小さなつまみを回しても、どうも手ごたえがない。恐る恐る蓋を開けてみると、まだわずかしか巻いていないはずのフィルムは綺麗に巻かれてカメラの中に鎮座している。つまり最初からちゃんとセットされていなかったらしく、ここまで1週間の旅の記録は1枚も残らなかった。今回の記事でここまで写真がなかったのはそのためである。特に「はやぶさ」の写真が一枚も残されていなかったことについては、未だに悔やまれる。


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 私とO君、それに車内で一緒になった小平市の中学3年生の少年と談笑しながら、開聞岳の麓をぐるりと回る列車に揺られて14時09分、終点の枕崎に到着。今度は失敗しないようにフィルムのセットを確認して記念写真を撮り、港を見に行くというO君たちと別れて、私は15時35分発の伊集院行き鹿児島交通バスに乗った。この路線は、1984年に廃線となった鹿児島交通の鉄道線の跡と並走する。バスから廃線跡をはっきり見ることはできなかったが、途中の主要駅だった加世田では解体中の駅舎を見ることができた。隣接した木造の車庫の中では色あせたオレンジ色のディーゼルカーが、置き去られたようにぽつりとたたずんでいた。


 終点の伊集院駅前でバスの運転手に肩を揺すられて目が覚めた。砂蒸し温泉で体が休まり過ぎたせいか、また居眠りをしてしまったようである。鹿児島本線の普通電車で西鹿児島へ移動し、今夜の宿、急行「日南」の出発まで夕食がてら駅付近を散歩することにしてコインロッカーへ行くと、またもどこかで見た顔に出会う
「また会いましたね」彼が言う。前夜のユースホステルで一緒になった春日井の専門学校生である。彼もまた「日南」に乗るというので、一緒に駅前へ出て、食事をとろうという話になった。ところが、うわさに聞いていた鹿児島ラーメンを食べたい私と、何でもいいから安く済ませたい彼の波長が合わない。結局、別々の行動をとることになる。


 市街地方面へ歩く間、地元の方らしき上品なおばさまに声を掛け、おすすめのラーメン屋を訪ねると、天文館に近い「こむらさき」という店の前まで私を案内してくれた。細い麺を取り巻く白いスープが何とも食欲をそそる。さすがは地元の方のおすすめで、カウンターの隣に座る夫婦も常連の地元民の方だった。今度はその方に、近くの銭湯の所在を訪ねる。ご夫婦は、接客がひと段落した店員さんの助けも受けて、「山之口温泉」という銭湯を紹介してくれた。


 一応温泉らしく効能書きもあった「山之口温泉」でさっぱりし、気持ちの良い夜の街を15分ほど歩いて西鹿児島駅に戻った。宮崎から急行「日南」となる普通列車は20時13分の発車である。4号車に荷物を置いて、ホームから車内を眺めながら歩くと、先ほどの専門学校生が3号車に腰を下ろしているのが見えた。席を引っ越してまで会話したい相手でもなく、そのまま4号車に収まる。
 列車は通勤客を乗せてほぼ満員で発車し、途中入れ替わりながら少しずつ空いていった。私の隣も南宮崎まで通勤客が入れ代わり立ち代わり座ったが、その先はいつものように空席が目立つ車内となり、私はリクライニングシートを向かい合わせにしてぐっすりと眠った。


 続く。



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コメント

乗りつぶししているとよくある光景ですね。自分は話しかけられるまで他人のふりをしてしまいます。

どうでもいいですけど、愛知県民って何かとこだわる人が多いんでしょうかね。自分も含めて。

全国ネット系のラジオ番組でも愛知県民のハガキ等が採用されているのを耳にしますが、それは都市伝説かな。

投稿: かわうそくん | 2020/08/13 17:10

 かわうそくんさん、ありがとうございます。
 その昔、まだ筑豊エリアにローカル線が多数残っていた頃、朝一番の列車で一緒になるとそのまま一日行程を共にすることになった、なんていう話をよく聞きました。同じ方向性を持つと行動パターンも似通ってくるようです。
 愛知の方の件は、いろんな文化の融合地点だからかこだわりを持った方が多いのかな、とも思いますが、個人的には「愛知県民だから」というよりも「鉄ちゃんだから」という方がしっくりくるような気がします。

投稿: いかさま | 2020/08/19 00:34

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