2023 いい日旅立ち・西へ【13】夕暮れの有明海を熊本へ
前回の続き。
島原港駅から目の前の道路を進んで島原港フェリーターミナルへ向かう。28年ぶりの風景を懐かしみながら歩きたいところだが、時間的に余裕がない。熊本へ向かう九商フェリーの出航は16時25分。その後に17時50分発の最終便があるものの、できれば明るいうちに海を渡りたい。事前に電話で乗り継ぎ可能なことは確認しているとはいえ、本来の乗船手続は出航20分前までとされているから、急ぎ足で向かわなければならない。
速足で歩けばターミナルまではわずか数分だった。立派なフェリーターミナルも、新しく建て替わったらしく、まったく風景に記憶がない。28年前はここから三池港行きの船に乗った。今回は熊本へ向かう。島原から熊本へはもう1社、熊本フェリーが高速フェリーを運航しており、所要わずか30分だが、運賃が安いことと、熊本港から熊本駅までの予約制無料シャトルバスが利用できることから九商フェリーを選んだ。
受付カウンターへ向かい、乗船手続をすると、シャトルバス利用客専用のパスケースが渡された。
ブリッジを渡って「フェリーくまもと」に乗船する。客室内にずらりと並んだ座席は、ざっと見たところ6割方は埋まっている。船尾側のデッキへ出ると、ベンチがかなりの数置かれてあり、灰皿も無造作に何本か置かれている。今時珍しいオープンな環境であり、少し肌寒いのを我慢してデッキ船尾側のベンチに陣取る。
ギリギリで飛び込んだ私の後にも乗船客は続いており、定時に出るのかな、と首をかしげたが、何事もなかったかのように16時25分に出航。いったんバックで岸壁を離れ、くるりと回って熊本へ向かう。デッキからはちょうど正面に、あの普賢岳を主峰とする雲仙岳がきれいに浮かんだ。おびただしい数のカモメがフェリーのまわりを飛び交い、船客が差し出す餌をつまんでいる。すこしずつ太陽が低くなっていく夕暮れの有明海を眺めながら、2本ほど煙草を吸ううちに、熊本新港の姿が近づいてきた。
熊本港からは、これも事前に予約しておいたシャトルバスで熊本駅へ向かう。一般の路線バスならば熊本駅まで540円かかるところを無料で運んでくれるのは有難い。20人ほどが乗れるマイクロバスはほぼ満席。出口を間違えてシャトルバス乗り場に現れなかった予約客を探すのに若干の時間を要し、17時40分過ぎに出発。熊本港は熊本駅から10kmほど西に離れており、加速度的に暗くなる田園地帯を抜けて、およそ20分で熊本駅新幹線口に到着した。
さて、今日は熊本市内泊まりなので、行程はこれでほぼ終了であるが、明日から使うJRの乗車券を購入せねばならない。当面必要なきっぷは、上熊本から久留米を経由して久大本線夜明までと、日田彦山線添田から岡山を経由して徳島までの2枚の乗車券である。前者はどうということもないが、後者は途中で1区間、寄り道をするルートになっている。明日の上熊本で購入するのは時間的にも危険だと判断し、時間的にも余裕があり、駅自体も大きくて対応力が高いであろう熊本駅で切符を買っておくことにしていた。
熊本駅のきっぷ売り場は、新幹線が頻繁に出入りするにもかかわらず窓口を二つしか開けておらず、10人ほどが列を作っている。昨今は自動券売機で新幹線の切符を買うのが容易になったが、長旅の不慣れな人は窓口に並ぶ傾向が強い。列の進みは鈍く、新幹線に乗るのだろう、明らかにイライラしている人もいる。私のきっぷは、寄り道ルートとはいえスマホのアプリでもちゃんと運賃をはじき出してくれる程度のものだから、発券にはそれほど時間はかからないと考えていたが、窓口の若い社員の対応状況を見ていると、若干の不安を覚えた。
果たして私の番になり、紙に書いたきっぷのルートを見せると、社員は機械に向かって打ち込みを始めたが悪戦苦闘している。そのまま10分余りが経過し、助けに入った別の社員もあまり頼りにはならない。余計な口出しはしないが美徳と思ってはいたものの、後ろに並んだ客のことを考えると、つい口が出る。けれども開始から20分、ついに
「ちょっと発券できません。どうしましょうか?」と、意見を求められた。どうしましょうか、と聞かれても困る。ルートそのものは時刻表の路線図で理解できている様子だから、出札補充券(手書きのきっぷ)でも構わない、と告げると、やってみますが明日の朝でもよろしいですか、との返事。私は明日は熊本駅へ寄る予定はないからそれも困る。今日中ならば遅い時間でも全く構わないが、と告げると、のちほどご連絡しますので、と私の携帯電話の番号を控えた。出発前に札幌で用意しておけばよかった、と後悔したが後の祭りである。
駅前から熊本市電の満員の電車に乗って水道町で下車し、停留所近くのビジネスホテルに投宿。夕食を求めて繁華街を徘徊するうちに、熊本駅から電話が入った。
「発券できました。差し支えなければ明日、上熊本駅で引き取れるようにいたしますが」とのこと。これは有難い。申し出を受けて電話を切ると、気分が楽になった。ビールを飲みながら馬刺しでも、と考えていたのだが、「ぜんざい」の文字につい引き寄せられるように「大文字」というお好み焼き屋に入った。餅の入ったぜんざいを平らげたらもうおなか一杯になり、馬刺しはどうでもよくなった。
続く。
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