JR北海道決算と北海道新幹線開業延期の余波
JR北海道は5月8日、2023年度の決算をプレスリリースした。
JR北海道グループ全体の当期純利益は33億円となり、前年度の164億円の赤字から改善、4期ぶりの黒字決算となった。JR北海道単体としても8年ぶりの黒字決算となる18億円の当期純利益をあげた。
もちろん黒字といっても、鉄道運輸を中心とした営業損益が赤字であり、経営安定基金運用益や国からの補助金などの補填を受けての結果である図式はこれまでと変わりはない。経営安定基金運用益は株高により21億円増加、補助金の受入額は減少したものの、前年度に計上されていた留萌本線・根室本線の部分廃止にかかる費用が減少したことなどで、特別損益も139億円改善している。
一方で、本業である鉄道運輸収入も、コロナ5類移行、円安によるインバウンドの増加、北海道日本ハムファイターズの本拠地移転などを要因として需要が増加し、前年度から113億円改善して698億円となった。コロナ前の2019年度の700億円台には達していないが、明るい兆しは見えつつある。ただし輸送人員では同期比89%と、完全に回復軌道に乗ったとはいいがたい。
前年関連事業においても、一昨年9月のパセオ、昨年8月のエスタ閉店に伴い不動産収入が前年度より減少したが、小売業・ホテル業は収支改善し、全体の営業損益は前年から72億円改善している。
鉄道運輸収入のうち、北海道新幹線は77億円で、前年より21億円改善し、コロナ前の2019年度の実績に達した。ただし、その年の路線別収支状況では、93億円の赤字となっており、今年度の数値は未公表だが、「走れば走るだけ赤字」の状況は変わっていない。
この収支状況を劇的に改善するのが北海道新幹線の札幌延伸であるというのは周囲の一致した見方であったが、5月8日、工事の主体である鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)は、2030年度末までの完成を断念する意向を国土交通省に報告した。
このこと自体は以前からささやかれており、札樽トンネル(新小樽-札幌)の要対策度の処理をめぐる着工遅れ、羊蹄トンネル(長万部-倶知安)の岩盤除去などで、すでに工期は4年程度遅れていると言われていた。またこの先、工事にかかる人員・機材・資材の不足も工事への影響が想定される。北海道内では、新幹線延伸工事と並行した各駅周辺の再開発事業が本格化している。これに加えて、千歳市では、道内企業としては過去最大の投資となる半導体工場の建設工事も始まっている。現場で工事にあたる作業員の減少は続いており、働き方改革による労働時間制限も、工事にとっては逆風になる。
加えて、2030年の札幌冬季オリンピックの招致断念が決まったところで、工事を急ぐ大義名分もなくなり、2030年度の開業延期は既定路線と考えられるようになった。鉄道・運輸機構は「あえて言えば数年単位の遅れ」として、新たな開業時期を明示していない。工事費も資材価格や人件費の増嵩で1.5倍に膨らむ試算が出されている。経済・金融政策も含めて国の無策には腹が立つけれど、現状を冷静に認識すれば致し方ない状況である。
このことは、JR北海道の自力再建が予定より遠のいたことを意味する。
新幹線が万能でないことは認めるが、北海道新幹線は札幌までの延伸で初めてその効果を最大限に発揮するのは間違いない。現在の輸送密度は4,000人台だが、札幌延伸で15,000人前後まで上昇するとの試算がある。これは決して無理な数字ではない。鉄道運輸収支の改善はもちろん、小売・ホテル業などの関連事業も含めれば、その影響は計り知れない。
けれども開業が数年単位で延期となれば、その間、北海道新幹線だけで確実に毎年80~90億円の赤字は垂れ流される。人の流れが変わらなければ、駅前再開発だけが進んだところで経済効果は知れている。建設費の高騰もあり、すでに駅前の再開発ビルは工事期間の延長や規模の縮小が俎上に上っており、JR北海道以外の民間による再開発にもその影響は及んでいる。JR北海道は2031年度を目途としていた経済自立(国の支援を受けずに純損益を黒字化する)目標を見直す方針を固めたと地元紙は報じている。
私の勤め先は札幌駅に近く、工事の進捗状況をつぶさに眺めることができる。札幌駅東側の空き地には工事業者のプレハブが立ち並び、高架橋周辺では工事が粛々と進んでいる。一方で、2023年度内に解体開始とされた旧エスタビルは、表の看板類は取り外されたものの、躯体に着手する様子はまだ感じられない。とある建設業者からは、「エスタビルの強固な躯体を活用することで工事費の圧縮を図る案が出ている」という怪情報も漏れ聞いた。60歳の定年までに、様相を一変した札幌駅から新幹線で東京出張するのが私のひそかな期待であったが、残り8年、その期待は徐々にしぼんでいる。
もうひとつ気になるのは、並行在来線問題である。新幹線の開業延期で、函館本線・新函館北斗-長万部-倶知安-小樽の寿命はおそらく延びることになるのだろうが、新幹線開業までの廃止が決定した長万部-小樽はともかく、国・北海道・JR北海道・JR貨物の4者協議で2025年度中には結論を出すとされている新函館北斗-長万部については、開業が延期したことで議論がトーンダウンする懸念もある。むしろ時間的猶予ができたからこそ、拙速でなくしっかりと議論をしたうえで方向性を決めてほしいと思う。
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