いい日旅立ち・西へ【番外-2】結局、「DMV」とは何だったのか
今回の旅の締めくくりに、阿佐海岸鉄道で利用した「DMV」についての雑感をまとめておく。
国内でDMVの本格的な開発を手掛けたのは、JR北海道である。ローカル線における利便性の向上や、集客エリアの拡大、観光利用の促進を目的に、2004年から日高本線、石北本線、釧網本線、札沼線などで試験走行が繰り返された。全国各地のローカル鉄道でも試験が展開され、ローカル線活性化の有力な手段になるかと思われた。
しかし、JR北海道は、2013年に相次いで発生した旅客列車の事故により経営状況が悪化。安全対策を第一としてDMVなどの新規技術の開発を凍結し、2015年には実用化を断念、事業から撤退することになった。皮肉なことに、ローカル線の収支改善を目的とした研究がJR北海道の経営改善の「足かせ」となり、赤字ローカル線の廃止を加速させることになってしまった。その他の各社においても、導入には車両・地上設備に一定の投資が必要になることもあり、導入に踏み切る会社はなかなか現れなかった。
鉄道とバスを比較したとき、鉄道の最大の弱点は、補助金などの制度があるにせよ、線路をはじめとしたインフラをすべて鉄道会社が維持していかなければならない点にある。これを賄うには一定以上の輸送量が必要である。
旧国鉄再建法においては、旅客輸送密度4,000人/km/日、ピーク時1時間当たり片道輸送量が1,000人を下回り、代替道路がある路線は「特定地方交通線」として国鉄経営から分離することとされていた。輸送の効率化や合理化が進み、当時よりハードルは下がっているが、JR北海道は旅客輸送密度200人を下回る路線をバス転換対象とし、2,000人を下回る路線では自治体などによる支援が必要であるとしている。このあたりが「バスでの代替の可否」のボーダーラインと考えていいだろう。
けれども阿佐海岸鉄道の利用状況を見る限り、それだけの輸送需要はない。そもそも立席を含めて定員21名のDMVが開業当初1日13往復で、1日当たりの輸送力からして546名。2024年3月のダイヤ改正では減便が実施され、1日8往復で336名である。運行時間は日中に集中しており、通勤・通学輸送はあまり配慮されていない。実際、2022年度の阿佐東線の輸送密度は101人、定期客は通勤・通学合わせて1名とのことで、朝夕のピーク輸送も存在しない。沿線には路線バスや高速バスが運行されており、DMV自体が甲浦から道の駅宍喰温泉まで折り返して運行されていることから考えても、並行する道路事情に関する問題もない。
つまるところ、阿佐海岸鉄道のDMV転換は、鉄道の存在意義自体を地元旅客輸送のためから観光目的に転換したものだと考えていい。これはこれでひとつの見識ではある。DMVへの転換が決まった時点で、転換後の阿佐海岸鉄道の年間収支は5,400万円の赤字になるとされていたが、年間の利用客は転換前の1.5倍、75,000人を見込み、地域への経済効果が2億円以上あると試算されていた。鉄道というインフラを守るために、より需要の高い方向へ舵を切ったのだろう。
しかしながら、2023年度の阿佐海岸鉄道の経常収支は約9,700万円の赤字となった。新型コロナによる行動制限が緩和されたにもかかわらず、前年度より1,000万円ほど拡大している。しかもその過程の中で、意図的ではないとはいえ利用者数を水増ししていた事実も発覚した。年間利用客は予測の半分以下の31,000人程度である。この数値は鉄道時代の2019年度の52,000人さえ4割以上下回っている。新型コロナの影響があったとはいえ、この数字はあまりにも寂しく、予測自体の甘さも指摘される。
この実績に対し、阿佐海岸鉄道では「DMVは全国的にまだまだ知られておらず、プロモーションに力を入れていきたい」とコメントしている(2024年6月18日 NHK NEWS WEB)が、この種のものは全般に開業初年度が集客力のピークで徐々に減少していくのが常である。鉄道収支の赤字を補えるだけの経済効果があるかどうかは現時点では怪しい。沿線距離も短く、観光資源がそれほど豊富でない阿佐海岸鉄道が、DMV一本鎗で集客力を高めるのは難しいのではないかという気もする。
こうしてみたとき、阿佐海岸鉄道に続いてDMVの導入を検討する鉄道会社はこの先現れにくいだろう。もとより、輸送密度がこれより大きい会社になると、ピーク時輸送に輸送力の小さいDMVではそもそも対応できない場面も想定される。二番煎じのDMVが集客力につながる可能性も低い。一般の鉄道車両と併用しながら地域のフィーダーサービスを担うということであればともかく、バスと鉄道の中庸をいく現状のDMVの在り方は、中途半端でしかなく、公共交通機関としてはこの先、ちょっと厳しいんじゃないかなあ、というのが、私の感想である。
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コメント
DMVが中途半端…全く同感です。
ご指摘の通りですね、乗り物ファンには嬉しい存在ですが。
道路が実質上下分離なので、同じようにできないものですかね。
国鉄民営化時点でそうだったら、って考えちゃいます。
投稿: キハ58 | 2024/11/02 11:20
キハ58さん、ありがとうございます。
皮肉にも実用化されたことで、DMVが地域の交通の足を守るという目的から少し離れたところに行ってしまう事実がはっきりしたのかな、と思っています。
昨今の並行在来線のように、地元が線路を保有し、鉄道会社が運行する「上下分離方式」がこのところ増えています。ローカル鉄道を活かすための策の一つであることは理解できますが、それ以外のインフラ整備状況や地域の状況を踏まえて、鉄道を残すことの意義をしっかり議論することが重要なのだろうと思います。
投稿: いかさま | 2024/11/04 20:17