還暦の「ひかり・こだま」~東海道新幹線60周年
「かっぱえびせん」「オバケのQ太郎」「V・ロート」「ホンダS600」「サントリー・レッド」「東京12チャンネル」「マツダ・ファミリア」「平凡パンチ」「デンターライオン」「シオノギ ミュージックフェア」「ホテルニューオータニ」「東京モノレール」「日本武道館」「仙台空港」「佐藤栄作内閣」「味ぽん」…。これらがデビューしたのはすべて1964年、東京オリンピックの年なのだそうである。
そしてこの年、日本の鉄道に革命を起こす「商品」が誕生した。「ひかり」と「こだま」である。
東京オリンピックが始まる9日前の10月1日に誕生したこの「商品」は、6時間30分を要していた東京-大阪間を一気に2時間半短縮し、最速4時間で結んだ。名古屋・京都のみに停車する超特急「ひかり」、各駅停車の「こだま」は、一般公募でそれぞれ1位・10位になったものから選ばれた列車名である。公募の中には「弥次」「喜多」などというものもあったらしいが、最終的に「速いもの」の代表である「光」と「音」のコンビを選んだ人のセンスは秀逸である。鉄道史上最も美しく、ぴたりとはまった愛称だと思う。
「ひかり」は戦前の南満州鉄道の急行から戦後は九州内急行・準急、「こだま」は史上初の特急電車と、それぞれに愛称としては前史を持っているが、東海道新幹線でコンビを組んで今年で60年。還暦の年を迎える。
私たちよりも上の世代になれば、未だに東海道新幹線は「ひかり」「こだま」が代表格で、「のぞみ」は遅れてきた若造のイメージなのだが、「のぞみ」の誕生は1992年。実は「ひかり」「こだま」コンビの歴史よりも「のぞみ」を加えたトリオの歴史の方が長い。品川駅が開業した2003年からは、運転本数の上でも「のぞみ」が圧倒的な存在となって、「ひかり」「こだま」は脇役に回った印象がある。
けれども、子供の頃の憧れは、大人になっても輝き続けている。私が子供の頃の「ひかり」はまさにそんな存在だった。
今では考えられないが、当時の「ひかり」は、ほとんどの列車で食堂車を営業していた。「ビジネスライク」だといわれて趣味的には一段低く置かれていた新幹線ですらそうだったのだから隔世の感がある。1981年、初めて乗った0系新幹線の、側に通路を配置して通行客を分離した落ち着いた食堂車と、その後デビューした100系新幹線の、2階建てのたっぷり光の注ぎ込む明るい食堂車は、その後いろいろな食堂車を利用した中でも最も強い印象になって残っている。
新幹線開業から60年。象徴だった丸鼻の0系も、面長の100系も引退して久しく、供食事情の変化もあって食堂車はおろか、車内販売も姿を消した。その代わり、最高速度は210km/hから285km/hまで向上し、4時間だった東京-新大阪間は最速2時間21分まで短縮された。
私はちょうど10年前、当ブログに「新幹線、満50歳。」と題して、「中央リニア新幹線の開業まであと13年」と書いた。3年後に迫っているはずのリニア開業は、諸々のトラブルに見舞われて見通しが立たない状況になっている。
還暦を迎えた東海道新幹線は、まだまだ楽をさせてもらえない。リニアが開業した暁には、「ひかり」「こだま」にもまた新たな役割が待っているはずである。
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コメント
こんばんは。
60周年・・・なんかちょっと感慨深いものがあります。
私が初めて新幹線に乗ったのは大阪万博の時でした。
あまりにも昔過ぎて覚えていません^^;
自分でチケットを買って乗ったのもいつが初めてだったのか覚えていないんですよね・・・
今では年に10回程度は利用しているのですが。
のぞみで東京まで1時間半で行けるのは本当に助かってます。
リニアは、元気なうちに乗りたいのですがはたしてどうなりますか。。
投稿: ミミ | 2024/10/09 20:45
ミミさん、ありがとうございます。
私の新幹線初体験は1981年、神戸ポートピア博の年で、ひとりで初めて新幹線に乗ったのは1989年1月、名古屋から東京まででした。鮮明に覚えています。
当時は設備や所要時間の関係、それに私自身の経験値もあったのでしょうが、「旅」の感覚が強かったです。今は飛行機に近い感覚で利用しています。
投稿: いかさま | 2024/10/14 23:29
こんばんは!
初めて新幹線に乗った時の興奮は忘れられません。
中学二年生の夏休みに、ちょうど博多まで開通したばかりのひかりで小倉-東京一人旅をしました。
行きの切符だけお年玉で買って、帰りは叔父が出してくれましたよ。
この時、食堂車で食べたカレーの美味しかったこと。
忘れられない思い出です。
投稿: FUJIKAZE | 2024/10/23 21:51
FUJIKAZEさん、ありがとうございます。
博多開業から10年間くらいが新幹線の最も楽しい時代だったのではないかなと思います。
ブルートレインなどとはまた違った雰囲気のある食堂車、まだ幼い、あるいは若い頃は無駄遣いをできませんでしたが、食堂車で食べる、飲む、ということがとてつもなく贅沢なことに思えた時代ですね。
投稿: いかさま | 2024/11/04 20:12