1995年・最後の長い汽車旅【13】「偉大なるローカル線」を行く
前回の続き。
1月29日は、この旅5日目にして初めて朝から気持ち良く晴れた。朝9時過ぎに叔父さんに連れられて浜田漁港を見物に出掛ける。小高い丘の上から見る漁港の雰囲気はとてもよく、併設された「しまねお魚センター(現・はまだお魚市場)」には水揚げされたばかりの新鮮な魚介類がずらりと並んでいる。ここでもお土産と昼食用の寿司まで買ってもらい、最後は浜田駅まで送っていただいた。
11時01分発の益田行き普通列車で山陰本線を下る。すっかりおなじみになったキハ47形2両編成の列車は、上半分黄色、下半分白のツートンカラーに塗られており、車掌も乗務している。同じJR西日本、同じ山陰本線でも、東部と西部では管轄が違うようで、塗装も運行形態も異なっている。列車に乗ってほどなく、先ほどまで晴れていた空にどんよりとした雲が横たわり始めた。
11時54分に益田に到着すると、雪がしんしんと降っている。次の列車まで待ち時間は50分ほどあるが、散歩の気分ではなくなり、駅前に店開きしていたフルーツパーラーで暖をとる。果物がてんこ盛りになったフルーツアラモードを年甲斐もなく注文し、がつがつと食べる。近くにかわいい女性でもいたら注文することすら恥ずかしいような代物だが、幸い店内には親子連れや年寄りしかいなかった。このお店は改装されて今も健在である。
12時45分発の長門市行き普通列車は、キハ23形1両で、85.1km、約2時間の道のりをワンマン運転する。益田までのキハ47形と同じ塗色で、外観もそっくりだが、運転台が両端にあり、車体幅が少し狭い。運賃箱の置かれた運転席後部の座席は撤去されていて、座席数はたったの50席と大型バスにも劣る。
キハ47形より10年ほど早く製造された先輩車両は、大きな唸り声を立てて走っていく。ワンマン装置の調子が悪いようで、案内放送が時々途切れたり、ずれたりする。どうみても幹線の列車とは思えない。県境を挟むこの区間は、かつて宮脇俊三氏が「偉大なるローカル線」と称した、京都-幡生間673.8kmの山陰本線の、最も輸送密度の小さい区間である。
長門市駅前の書店で少し時間をつぶし、長門市から仙崎までヒゲのように伸びる支線を往復。独立した路線名はなく、山陰本線の一部である。独立した名前がついていたならば、国鉄合理化の波に呑まれて廃止されていたであろうから、何が幸いするかわからない。
JR西日本が管内各地に投入を進めている新型の軽量ディーゼルカーキハ120形の単行ワンマンカーで、採光性が良く明るいロングシートの車内に、私ひとりを乗せ、民家の軒先をかすめるようにして走る。ほどなく右へ大きくカーブすると、もう終点の仙崎。わずか3分の旅である。駅のホームから眺めた仙崎の駅前は寂れており、1軒だけ異彩を放っているパチンコ屋も、営業しているのかどうかは不明である。折り返し列車の乗客も、やはり私ひとりだった。
長門市からの下関行き普通列車は、すっかりおなじみになったキハ47形2両編成。車掌が乗務している。1ボックスに2人程度という乗車率で発車した列車は、お客の入れ替わりこそ多かったものの、帰宅時間帯にあたっているせいか、終始同じぐらいの乗車率をキープして下関まで走った。窓の外に夕日が傾いた。この区間のうち、人丸-滝部間は、2023年の豪雨により現在も不通となっている。
同じ1本の「山陰本線」を名乗っていても、エリアによってその役割や様相はまったく異なり、ほぼ全線を貫通する特急列車や長距離普通列車が走っていたことなどもはや遠い昔の出来事になったが、新幹線や航空機など、大都市と直結する交通手段の発達が、流動を大きく変えていったのだろうと思う。もっとも、山陰本線の場合は、私が鉄道に興味を抱いた昭和50年代から、すでに時代の流れから超然としていたようなイメージがあるのだけれど。
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コメント
私も細切れで完乗しました。
昔は、京都発博多行きと山陰本線を全通する特急まつかぜがあったんですよね。
保津峡で始まり日本海岸線を疾走する、本当に偉大なローカル線です!
投稿: キハ58 | 2025/06/25 10:03
キハ58さん、ありがとうございます。
お返事が遅れて申し訳ありません。
「まつかぜ」は厳密には新大阪から福知山線経由でしたね。でも、山陰本線を東から西まで駆け抜ける壮大な特急、一度乗ってみたかったと思います。
そういえば山陰本線は、寝台付き夜行鈍行「山陰」とか、日本最長距離鈍行の門司発福知山行きとか、実に魅力的な列車の宝庫でした。
投稿: いかさま | 2025/07/07 02:03