1995年・最後の長い汽車旅【22】温泉を求めて島原半島横断
前回の続き。
ホテルが密集して建つ雲仙公園バス停でバスを降りて、細かい雨が降り出す中、しばらく散策。もうもうと湯気の吹き出す地獄谷は、スケールでいけば登別温泉それにはかなうべくもないが、なかなか壮観だった。
続いて雲仙観光協会の建物を訪ね、宿の値段についてお伺いを立ててみると、1泊2食付きで10,000円から12,000円前後だとのこと。確かに立派な温泉街だからお値段もそれ相応どころか、かえって安いぐらいかもしれない。けれども、この旅で私は、宿泊は素泊まり5,000円以内、という原則を掲げて旅を進めて来た。旅はまだ全体の4分の1ほどであり、懐具合を考えても、長崎で臨時ボーナスを得たとはいえ、贅沢をするにはまだ早い。
立ち並ぶ立派なホテルの中の1軒、九州ホテルに入り、1階ラウンジで1杯500円のコーヒーをすすりながら、空いているのを幸い、カウンターのお姉さんにいろいろ話を聞いてみた。雲仙の温泉街は普賢岳噴火の直接的な被害は受けておらず、影響は軽微だったとのことである。むしろ今回の阪神・淡路大震災の方が問題で、地震への警戒と交通機関の寸断などの影響で、関西・関東地区から九州はじめ西を志向する旅行者が激減しているのだという。昨日のガラ空きの寝台特急といい、震災の間接的な被害はわれわれの想像もつかないところまで及んでいるようである。
雲仙は断念したものの、一度沸き上がった温泉への思いはいかんともしがたく、島原半島の西岸にある小浜温泉を目指してみることにした。西入口バス停から16時51分の長崎行き特急バスに乗る。長崎県交通局の真っ赤なボディーのレトロ調バスは立派だが、乗客は私を含めてたったの3人である。くねくねとカーブを繰り返しながら、およそ25分で山を下り、海沿いの小浜温泉ターミナルに到着したのは17時15分頃。何とかここで泊まるところを探さないと、あとはバスで、島原か長崎のいずれかへ引き返すより他なくなる。
国道を隔てた小浜温泉観光案内所へ行くと、本日の業務はたった今終了しました、という雰囲気だったが、幸いカウンターに座っていたおじさんが対応してくれた。雲仙温泉のときと同じように価格のお伺いを立ててみると、ご予算はいくらですか、と逆に問い返された。
私はおずおずと、「いや、あのう、安ければ安いほどいいんですけどね…」と言ってみたが、 無理を承知で聞いてみるものである。協会のおじさんが紹介してくれたのは、1泊2食付き6,330円の国民宿舎「望洋荘」。素泊まりなら3,605円なのだから、原則は守られている。もっとも、わざわざ素泊まりにして外へ食事に出る気にもならないので、2食付きで予約する。
海沿いの道を口之津方面へ向かった。道端の側溝にはめられた蓋の隙間から湯気が上がっていた。
「望洋荘」は温泉街の南の外れにあり、バスターミナルから歩いて10分ほどだった。多少古びてはいるものの、なかなかの構え。2025年現在、宿泊は扱っていないようだが、入浴施設としては健在である。食事は食堂で取ることになっており、おかずの量もちょうどよく、まず満足だった。肝心の風呂も、滝湯や、小さいながら露天風呂もあって、これも十分に満足。広い湯船にゆったりと浸かり、身体の疲れを落とした。
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