1995年・最後の長い汽車旅【20】ナガサキ・シティ・セレナーデ
前回の続き。
今年の夏も全国的に猛烈な暑さに見舞われているが、私が長い旅に出る前年の1994年も猛暑の年であった。加えて、特に西日本を中心に、記録的な少雨による断水や給水制限が実施された。特に深刻だったのは四国・九州である。「四国の水がめ」とも呼ばれる高知県の早明浦ダムの渇水は、この年何度もニュースになった。
九州でも福岡県や長崎県を中心に、長期にわたって断水や取水制限が実施された。佐世保市でも、2月の段階でまだ時間指定断水が実施されており、取水制限も含めて最終的に解消したのは5月のことだったそうである。
その佐世保から、17時35分発の長崎行き快速列車「シーサイドライナー19号」に乗った。キハ58+65の急行型ディーゼルカー4両編成は、ダークブルー1色に塗られた「シーサイドライナー」色の車両の中に、2両目に1両だけ、真っ赤な「ハウステンボス」色が異彩を放っている。車内も1・3両目はボックスシート、2・4両目はグリーン車並みのリクライニングシートと異なっている。
4両目に座席を確保して、リクライニングシートをいっぱいに倒してくつろぐ。座席がさらりと埋まった「シーサイドライナー19号」は、日宇で特急「みどり17号」、大塔で快速「シーサイドライナー20号」と立て続けに行き違い停車する。時刻表上は佐世保から早岐まではノンストップだが、実質各駅停車である。
これがローカル線の駅かと目を見張る偉容のハウステンボスは、1992年に開業した同名のテーマパークの玄関駅。5年前に訪れた長崎オランダ村に代わってランドマークになったハウステンボスのために、全線非電化だった大村線は、早岐-ハウステンボス間だけが電化され、特急列車も乗り入れるようになった。この頃が来場者数のピークだったと後で聞いた。
いつしか日は暮れて、列車は相変わらず対向列車に道を譲りながら、のんびりと走る。快速列車ながら、81.4kmに2時間近くかけて、19時24分、長崎に到着した。5年前の旅行の際、ゆったりとした時間を過ごした数少ない街である。その時も佐世保から夜の列車で長崎に入り、出島跡に近い1泊3,700円のビジネスホテルに2泊した。坂の多い街を歩き、異国の文化を吸収し続けてきた姿に感動し、平和公園や原爆資料館で涙したりと、その旅の核となるような思い出を得た記憶が鮮明に蘇ってくる。
その時の長崎での心残りのひとつが、函館・神戸と並び称される長崎・稲佐山の夜景を体験していないことであった。
今回は迷わず駅前からタクシーに乗って、ロープウェイの出発駅である淵神社へ直行。20時のロープウェイで稲佐山の山頂へ運ばれた。風は冷たかったが、他にも4組ほどのカップルがいた。全てカップルというのが気に入らないが、ひとりでここまで来たのは私の勝手だから仕方がない。けれども、展望台の眼下に広がる夜景は、そんなことも忘れさせるに十分であった。空気が澄んでいるのだろう。
~宝石箱に身を投げたような
港の夜を抱きしめてごらん
大空に深く横たわる川が
この街に注ぎ込んで光る海になる~
長崎出身のさだまさしの曲、「長崎小夜曲」の一節が知らず知らず口ずさまれた。ここまでの何日間かで溜まった疲れが落ちていくような、そして札幌に残してきた他愛もないわだかまりが消えていくような、少しセンチメンタルな気持ちになって行くのがわかった。
当時21時だったロープウェイの最終が迫り、後ろ髪を引かれる思いでふもとの淵神社へ舞い戻った。近くの宝町電停から長崎電気軌道1系統、正覚寺下(現・崇福寺)行きの路面電車に乗車。思案橋で下車し、5年前と同じように、さだまさしの店「自由飛行館」で遅い夕食を取った。
長崎駅まで歩いて戻り、今回は駅前のカプセルホテル「カプセルイン長崎」にチェックイン。テレビ代100円を含めて2,700円の宿泊料金は安い。坂と山に囲まれながら不思議に奥行きのある宝石箱の夜景とは打って変わって、寝返りを打てば壁に衝突し、上半身を起こして背伸びをすれば頭を打ちそうなマッチ箱の中で、疲れた体の私は急速に眠りの淵に落ちていった。
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