1995年・最後の長い汽車旅【25】未明の八代駅前で職務質問に遭う
前回の続き。
今回の話は以前にも一度、別記事で書いたことがあるが、ふたたび。
博多駅みどりの窓口で、切符の区間外乗車となる博多―大牟田間の乗車券と、博多―八代間の自由席特急券を購入し、夜行特急「ドリームつばめ」9号車の人となった。この列車のルーツは、門司港―西鹿児島間の夜行急行「かいもん」で、5年前の九州旅行では、博多―西鹿児島間を大分・宮崎経由で結ぶ急行「日南」ともども大変お世話になった。3泊続けての車中泊だとか、下り→上りの折り返し乗車だとか、宿代を浮かすためにずいぶんタフなこともしたものである。機関車が2両の寝台車と5両の座席車を引っ張っていた2本の夜行急行は、1993年3月に、車両を昼間の特急と共通化して、座席車のみの特急「ドリームつばめ」、「ドリームにちりん」となった。
下車予定は途中の八代であり、あまり熟睡するわけにはいかない。通路を挟んだ隣に座って窓下の壁に落書きをしている非常識な若い女を睨みつけながら、寝るまいぞ、寝るまいぞ、と自分に暗示を掛けつづけた。
日付が変わって2月3日、早朝2時25分の八代で下車。肥薩線人吉方面へ向かう始発列車は6時01分発で、およそ3時間半をこの駅で過ごさなければならない。夜行列車が深夜に発着する駅だから、待合室ぐらい開いているだろうと見当をつけていたのだが、真っ暗な待合室のドアには鍵が掛かっていた。数年前からホームレス対策のため、深夜は閉鎖しているとのことである。
事情は分かったが、九州とはいえ、2月初めの深夜は身体に吹きつける風も冷たい。ベンチの上で迂闊に横になろうものなら凍死しそうである。ライダーとおぼしき輩が、すでに軒下で寝袋にくるまって寝息を立てていたが、こちらは何の防寒対策も立てていない。
じっとしていても寒いだけなので、とりあえず国道まで出て10分ほど歩くと、右手にコンビニエンスストアを発見。時間を潰そうと立ち読みを試みるが、他に客はなく、居心地が悪くなって早々に退散する。
さらに少し歩くと、「リンガーハット」というファミリーレストランを見つけた。今でこそ札幌市内に3店舗ほどあるが、当時は北海道民には全く縁のないチェーン店だった。営業時間を見ると午前4時までとあり、ずいぶん中途半端だが、それでも1時間ぐらいは時間が潰せそうなので、文句を言っている場合ではない。とりあえずチャンポンを流し込み、腹の中を満腹の状態にして来るべき時を待つ。
午前4時、予定どおり閉店の準備に掛かった店を追い出されるようにして駅へ戻れば、同じように始発を待つらしく、40歳前後とおぼしきサラリーマンが所在なげにベンチに座って煙草をプカプカ。私も隣のベンチに座って、釣られたように煙草をふかす。そこへ、1台のパトカーがやって来て目の前に止まった。中には警官が2人乗っていたが、そのうちの片方がパトカーを降りてこちらへやって来た。
「ちょっといいかい?ボク」自分に向けた呼びかけだと理解するのに若干の時間を要する。
「恐れ入りますが、どちらへ?」物腰は柔らかいが、目は笑っていない。
「旅行中です。始発の列車で人吉の方へ。」
「身分証明書、持ってるかい?」
嫌な気分ではあるが、特段やましいところはあるわけでもないので、ポケットの中から学生証を出すと、警官はそれをじっくり眺めた後、こちらの顔を覗き込むようにして言った。
「家出じゃあないですよね」
元来薄いが若干の不精髭も生えた22歳の成年男子を捕まえて家出少年呼ばわりときた。今まで何度も旅をし、夜の町をふらついたことも1度や2度ではなかったが、人生初の職務質問、しかも家出人の捜索である。あっけにとられて隣を見ると、サラリーマン氏も何やら見せながら必死で弁解中である。こちらはさしずめ、家出中年というところだろうが、風体からしてどう見ても勤労中年の単なる寝過ごしである。
「ちょっと確認しますから」
こちらの警官は私の手から学生証を取り上げ、パトカーへ戻ると、無線でどこかに照会している様子である。しばらくすると戻ってきて、私に「ありがとうございました」と言って学生証を返した。問題なし、と分かったようである。問題があってはたまったものではない。隣の勤労中年始も無罪放免と相成ったようでなによりである。
パトカーが走り去った駅前のベンチで、勤労中年氏としばらく話した。福岡市内の区役所に勤める公務員で、3人の子供のお父さん。職場からの帰宅途中、羽犬塚で降りるつもりが寝過ごしてしまったらしい。およそ1時間半の豪快な寝過ごしである。せめて2時前に目が覚めていれば、熊本で下車して、折り返し博多行きの「ドリームつばめ」で引き返すことも可能だったのだが、気付いたのが八代の手前ではしょうがない。博多行きの「ドリームつばめ」は、無情にも当方の到着5分前に八代を出発して熊本へ向かっている。
「阪神大震災の後処理の手伝いで大阪に行っていたりして、多忙だったからねえ」
とは氏の弁である。昼間は仕事の鬼、夜は優しいお父さん、といった感じの氏は、「福岡へ来ることがあったら連絡しなさい」と、連絡先を教えてくれた。5年前の旅ではこうしてすれ違った多くの人とのご縁が生まれたが、時期のせいか、今回の旅ではほぼ初めてのご縁である。せっかくなのでお言葉に甘えたいところだったが、結局、その後福岡は通らずじまいで四国に渡ってしまったから、もう一度お会いできなかったのがすこぶる残念ではある。
時を経て現在、「リンガーハット熊本八代店」は健在だが、営業時間は24時まで。もっとも「ドリームつばめ」は、九州新幹線が部分開業した2004年に熊本以南が廃止されており、深夜に八代を徘徊することはこの先も含めて、たぶん、ない。
⇒別記事「いかさまトラブラー【7】珍トラブル編(1)」
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