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2026/06/07

2026年秋 夫婦勤続25周年の旅【8】「伊予灘ものがたり」の物語(その4)

 前回の続き。


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 11時10分、下灘を出発した「伊予灘ものがたり 双海編」は、さらに伊予灘に沿って東へと進む。車内では食事もひと段落し、乗務員が乗客サービスにあたっている。私たちも記念プレートを掲げてあたかも仲良さげに写真など撮ってもらううち、次の伊予上灘に着いた。列車はここで行き違いのために再び10分ほど停車する。ホームにはここも地元の方々のお出迎えの姿がある。


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 海岸から少し離れたところに位置している伊予上灘の小さな駅舎自体は特に風変りでもないが、待合室には不定期出勤(「伊予灘ものがたり」に合わせてご出勤)という猫と犬の「駅長」がいる。やって来た客を笑顔にするというので「福駅長」と名付けられているとかで、今日も列車から出てきた乗客に愛想を振りまいている。もっともご機嫌麗しいのは犬の方だけで、猫の方は終始ソッポを向いたままでこちらに顔を見せてくれない。


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 ホームに戻ると、反対のホームに八幡浜行きの普通列車が入っている。1両編成のキハ54形。この車両は北海道にも親戚筋がいて、宗谷本線・根室本線で見ることができる。その普通列車が去り、こちらの出発時刻が近づくと、「福駅長」も地元の人に抱かれてホームに上がって来た。犬の方を抱いているのは、さきほど五郎駅で見かけたたぬき駅長である。おそらく自動車で移動してきてくれたのだろうが、ありがたくも大変ご苦労なことであると思う。相変わらず猫の方は目を合わせる気もないようで残念である。本日二度目の出勤でお疲れだったのかもしれない。


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 12時34分頃、発車。伊予灘近くを走るのは次の高野川あたりまでで、その先線路は内陸に入る。右から「山線」が近づいて合流し、高架に上がる。この先は市街地が続いている。名残惜しいが「伊予灘ものがたり」の旅も終わりである。13時03分、「伊予灘ものがたり 双海編」は松山駅の高架ホームにゆっくりと歩みを止めた。伊予大洲から2時間06分。伊予大洲を27分早く出発した普通列車は1時間も前に松山に到着しており、「山線」経由の特急列車に至っては、1時間37分後に伊予大洲を出た「宇和海14号」が16分後には松山に到着する。スピード面においては「特急」と呼ぶにはあまりにもおこがましい。



 けれども、昨今日本各地に登場している豪華な観光列車は、団体専用だったり目玉が飛び出るような料金設定だったりと、簡単に手が出る列車はそれほど多くない。普通に駅の窓口できっぷを買うことができて、時間・距離的には短いけれど、食事まで含めても1万円そこそこ設定の「伊予灘ものがたり」は、サービスの対価としてはむしろ安いくらいに感じられた。


 現実問題としては、特急列車を奪われた予讃線「海線」の状況は厳しい。週末運転の「伊予灘ものがたり」が活況を呈しても、向原-伊予大洲間の平均通過人員(輸送密度)は、341人/km/日(2024年度)とJR四国では3番目に少なく、JR四国発足以降3分の1ほどに減っている。JR北海道で言えば「黄色線区」でも成績が悪い方に位置する。2023年以降は存廃も含めた議論も進められており、沿線住民による「伊予灘ものがたり」のおもてなしは、裏を返せばこうした危機感に裏打ちされた取り組みであるともいえる。沿線住民の鉄道依存度は低下しているとの調査結果もあり、「伊予灘ものがたり」が走る線路を残せるかどうかは難しい局面に差し掛かっている。



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コメント

海線、そうですよね。
愛媛に工場があり観光と併せ何度も行っていますが、観光でないと海線へ行かないです。
たまにしか行かない身ではありますが、伊予上灘駅あたりのジャングル雰囲気もいいですし、伊予長浜の川沿いなど、下灘駅だけではない海線の魅力を残してほしいですね。

投稿: キハ58 | 2026/06/18 09:42

キハ58さん、ありがとうございます。
「海線」に乗るのは30年ぶり2回目だったのですが、前回は早朝だったことや、別府~八幡浜のフェリーで寝不足だったこともあり、ほとんど記憶がありませんでした。あらためて見ると、海沿いだけでなく、肱川に沿ってのんびり走る風情も捨てがたいものがあります。我々としては折に触れて列車に揺られるより他にできることはありませんが、なんとか息長く頑張ってほしいものと思います。

投稿: いかさま | 2026/06/22 00:40

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