本の旅人

2022/03/07

西村京太郎氏を悼む

 前回に引き続き、公私そして雪の相手で忙しい日々を送っている。
 なかなか休日にパソコンに向かう気力が生まれず、次回も雪の話だなあ、と思って細々と準備を進めていたところへ、西村京太郎氏が亡くなったというニュースが飛び込んできた。


Brue_train  鉄道好きの私にとっては、西村京太郎氏のトラベルミステリーは私を鉄道の世界の深みに誘い込んだ素材のひとつである。このあたりについては、以前にも詳しく書いたので、多少重複する部分もあるとは思うが思い出を綴る。

 本棚:西村京太郎の世界  その1 ・ その2 ・ その3


 1979年の「寝台特急殺人事件」を嚆矢とする西村氏のトラベルミステリーに私が最初に触れたのは、1982年刊行の「特急さくら殺人事件」である。ちょうどこの時期から十津川警部シリーズのトラベルミステリーは加速度的に刊行されるようになる。年間10~15冊、多い年には20冊近くの作品を書き下ろし、積み重ねたオリジナル書籍は630冊を超えるという。90歳に達してなおそのペースが衰えることがなかったというのは驚くべきである。雪との格闘を理由にブログすら書かなくなった私とはひどい違いである。


 だが大量生産に私の読書ペースが追い付かなくなったことや、ややパターンが固定化してきたことに飽きてきたこともあり、急速にトラベルミステリーの読書量を減らしていった。
 その一方で私は、トラベルミステリーを書く以前の西村氏の作品をよく読むようになった。以前の記事で私の好きな作品ベスト3に挙げた「D機関情報」をはじめ、聾唖者問題を扱った「四つの終止符」などの初期の社会派作品、十津川警部の初登場作である「赤い帆船」「消えたタンカー」などの海洋もの、明智小五郎、エルキュール・ポワロ、エラリー・クイーン、メグレ警部を主人公とするパロディ小説など、この頃までの作品は非常に幅広く、非常に丁寧な作りで読み応えのある印象である。


 日本のミステリー界を大きく変え、またリードした作家でもあり、私にとっては鉄道への深い造詣と飽くなき読書欲を高めてくれた人である。享年91歳。謹んでお悔やみを申し上げるとともに、心からお礼を申し上げたい、と思う。


 ところで、私が以前に西村京太郎氏に関する記事を書いたのは、2012年8月から9月にかけてである。実は今年2月は、私がこのブログ「いかさまトラベラー」を始めてちょうど10周年の節目であった。にもかかわらず、忙しさにかまけて1か月でたった1回しか記事を書かなかったとは恥ずかしい限りであるが、ここまで続けてくることができた。いろんな思いについては次回少し時間をいただいて綴ってみたいと思うが、取り急ぎ、ここまでお付き合いいただき、時に暖かいメッセージ・コメントをいただいた皆さんにお礼を申し上げたい。


 ありがとうございました。また、これからもよろしくお願いします。



ランキング参加中です。みなさまの「クリック」が明日への糧になります。よろしかったら、ポチッとな。

にほんブログ村 鉄道ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ 鉄道コム

| | | コメント (6)

2021/10/04

「さいとう・たかを」と総理大臣の椅子

Img_0160  先日亡くなった劇画家、さいとう・たかを氏の代表作と言えば「ゴルゴ13」だが、残念ながら私はこれをほとんど読んだことがない。けれども氏の隠れた名作のひとつに「歴史劇画・大宰相」がある。1945年、敗戦国となった日本が復興していく過程の中で起きた政治家たちの権力争いをダイナミックに描いた作品である。原作は戸川猪佐武の「小説吉田学校」であり、劇画の初出時のタイトルも「劇画・小説吉田学校」であったが、のちにタイトルを変えて文庫化された。私が所蔵しているのは2000年前後に出版された文庫版全10巻である。以前にも書いたことがあるが、田中角栄という人物に興味を持ったところからアプローチしたこの本は、私が戦後政治史にのめりこむバイブルとなった。


 「歴史劇画・大宰相」は、原作者の戸川が急死した1983年から少し後、田中角栄が脳梗塞で倒れて政治の表舞台から姿を消した1985年で終わっている。時の首相は中曽根康弘で、「三角大福中」と称された自民党実力者の最後の一角である。


 この時代、衆議院は中選挙区制で、同一選挙区内で複数の自民党候補が立ち、互いにしのぎを削っていた。本来政党という志や政策を同じくする者の集まりの中で、「派閥」というさらに小さなグループに細分化される理由ともなったのだが、一方で派閥は次世代を担うたくましい政治家を育ててリーダー(領袖)とし、そのリーダーを総理大臣の椅子に座らせるための「軍団」でもあった。1955年結党時の初代総裁・鳩山一郎以来、竹下登までの12人の総裁はすべて派閥領袖であった。


 「三角大福中」に続くニューリーダーと呼ばれていた竹下・安倍晋太郎・宮澤喜一の「安竹宮」のうち最初に総理総裁の座を射止めた竹下がリクルート疑惑の渦中で退陣を余儀なくされ、後継と目された安倍・宮澤の両名も疑惑の渦中にいた1989年にその潮目は変わる。宮澤は後に総理総裁となるが、キングメーカーとなった竹下派による院政と、その流れを汲む当時の新進党が仕掛けた小選挙区・比例代表並立制の導入により、派閥の地位は相対的に低下した。
 今の派閥を見渡すと、かつての軍団の面影は少なく、領袖の顔触れも総理総裁を目指すというよりは闇将軍を目指しているか、もしくは単なる雇われマダム的な印象が強い。竹下氏の後、14人が自民党総裁となったが、就任時に派閥領袖となっていたのは宮澤・小渕恵三・森喜朗・麻生太郎の4氏だけである。


 そういう視点で見ると、派閥そのものの功罪は別として、候補者中唯一の領袖である岸田氏が総理総裁になったということは、そこに様々な駆け引きがあったにせよ自然の流れに思えてくる。派閥領袖が総理総裁となるのは麻生氏以来、宏池会からは宮澤氏以来の総理大臣である。岸田派宏池会は池田勇人を源流とする保守本流の伝統ある派閥であるが、権力闘争に弱く「公家集団」と揶揄された派閥でもあった。自民党の下野により総理大臣になれなかった2人の総裁はいずれも宏池会に籍を置いていた。


 総裁選の経過や、その後の党人事・閣僚人事を見る限り、権力の二重構造の香りがぷんぷんと漂ってくるが、まずはこのコロナ禍をどう乗り切り、疲弊した経済と財政を立て直していくのか。主権者国民の選択は間近に迫っているようである。




ランキング参加中です。みなさまの「クリック」が明日への糧になります。よろしかったら、ポチッとな。

にほんブログ村 鉄道ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ 鉄道コム

| | | コメント (0)

2019/06/02

「白い巨塔」~3人の財前五郎

 5月の末に放送されたテレビ朝日系のドラマ「白い巨塔」。都合が重なってリアルタイムで観られなかったが、録画しておいたものをようやく全編観ることができた。

【注】以下ネタバレありますので注意。


Img_3756  大学病院をめぐるあくなき権力闘争と、医療に向き合う人の姿勢を主題に据えた「白い巨塔」は、私の好きな作家のひとりである山崎豊子の長編小説である。1963年から68年にかけて雑誌連載され、1966年から断続的に映像化されている。とくに有名なものは、主人公のひとり、財前五郎田宮二郎が演じた1978年版、唐沢寿明が演じた2003年版だろう。前者は全31話、後者は全21話と、長い連続ドラマになっている。


 岡田准一が財前五郎を演じた今回は84分×3、130分×2の計5話である。過去2度の連続ドラマと比べると短く、限られた時間の中でエピソードが盛り込まれたこともあり、内容的にはかなり絞り込まれたものになっていた。原作と比較すると、1978年版、2003年版のドラマでも細微のエピソードがカットされているが、今回はさらにカットされ、ストーリーの本筋にかかわる部分の一部にまで及んでいた。それが本筋の展開に少々無理を生じていた点が気になっており、医療と向き合う医師のあり方が描き足りないように感じたのは残念だった。


 原作や過去のドラマと見比べてみるときに興味深いのは、主人公、財前五郎のキャラクターである。
 貧しい境遇に育ち、篤志家の支援で医学の道に進んだ財前は、その才能を見出されて財前又一というスポンサーを得て、最上級の技量を持つ外科医にして、強い上昇志向を持つ野心家となる。同級生の内科医・里見脩二とは、互いにその能力を尊敬しあいつつも、医療や患者との向き合い方を巡り対立する場面が増えていく。
 登場人物の中では一見、最もわかりやすい性格の持ち主のように見えて、実はその台本、キャストによって受ける印象が最も異なる人物でもある。


 1978年版で田宮二郎が演じた財前は、時に策士になり切れない脇の甘さを見せる場面がある。里見や愛人の花森ケイ子の鋭い指摘にひるむ場面も多い。尊敬とある種の畏敬の念が混じり合い、里見に対しては苦手意識、ケイ子に対しては甘えの表情となって現れる。部下である医局員たちに対しても、威圧的で絶対権力者でありながら、少なくとも鉄壁の強さを持った人間ではない。控訴審に敗れ、死の床についた財前は、医療や患者と向かい合う姿勢の中に過ちがあったことを認め、反省の念を強くしていく。
 このドラマの収録直後に田宮二郎本人は猟銃自殺を遂げる。末期になればなるほど演技に凄絶さが増していくのはこのためかもしれない。


 2003年版、唐沢寿明の演じた財前は、前作と比べると落ち着いた印象を受ける。いかなる状況においても表情を動かすことが少なく、きわめて冷静に行動している。その冷静さと自信は、誰かに甘えたいという弱さや、随所で襲ってくる不安を、必死で押し殺しているようにも見えた。それは死期が近付いても変わらず、里見とともに自分の病状を確認しあった後も、医師としての誇りを失わなかった。夜の病院で里見と向き合った際の「僕に不安はないよ。ただ…、ただ、…無念だ」という、短く、抑えたセリフに胸を打たれたのは私だけではないと思う。


 これに対して、今回、岡田准一が演じた財前五郎は、自らの技量と野心に寸分の隙も見せない強固さが貫かれていた。だがその側面が強調されるあまり、医局員の柳原にカルテの改ざんを求める(このシーン自体が2019年版のオリジナルだが)シーンでの表情など、鼠を袋小路に追い詰めたかのような冷酷さ、残忍さを感じた。敗訴と末期癌という事実に直面した際、財前五郎は財前五郎でなくなったかのように取り乱す。そこに最後の安定を与えたのは外ならぬ里見の存在ではあったが、全編を通して今回の財前五郎には自信を通り越した「狂気」の印象を受けた。


 原作の中の財前五郎は、死を迎えるに際し、「自ら癌治療の第一線にある者が、早期発見出来ず、手術不能の癌で死すことを恥じる」という言葉とともに、自らの病状に関する所見を述べた手紙を大河内教授に託した。ドラマではこの手紙は、いずれも里見宛に変更されており、田宮二郎の財前五郎は自らの来し方に対する反省の弁と里見への感謝を綴り、唐沢寿明の財前五郎は医師としての矜持を里見に託し、岡田准一の財前五郎は里見への感謝の言葉こそあったものの大学の名誉を傷つけたことへの謝罪を残した。


 三者三様の財前五郎に対する評価は人それぞれだろうと思うし、好みもまたそれぞれだろうと思う。以下は私の私見であるが、全体を通した印象として原作のイメージに最も近いのは唐沢版、山崎豊子が描く財前五郎像に近いのは田宮二郎、という感想を抱いた。
 今回のドラマがつまらなかったわけではなく、これはこれでよくできた作品だとは思ったが、いかんせん放送回数の関係でディテールが弱いことと、なによりこのふたつの作品がいずれも強烈な印象と高視聴率を残したゆえに、田宮版から40年、唐沢版から15年以上を経ても比較で見られてしまうことは大変不幸であるように思う。もう一度じっくり見返す機会があれば、また印象は変わってくるのかな、とも思う。



ランキング参加中です。みなさまの「クリック」が明日への糧になります。よろしかったら、ポチッとな。

にほんブログ村 鉄道ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ 鉄道コム

 

| | | コメント (2)

2016/08/15

本棚:「日本のいちばん長い日」と「時刻表昭和史」~戦後71年の日

 一度引いたのどの痛みが再びぶり返し、声こそちゃんとでるもののなかなか咳が取れない今日この頃。40度近い猛暑になる故郷の岐阜へこの時期帰省しなくなって久しい。盆休みが短い職場の特性もあり、私はこの3日間を札幌の自宅で過ごした。

 冬休みが長い代わりに夏休みの短い北海道、上の坊主の中学校は16日から学校が始まり、しかも初日に研究発表がある。しかるに一昨日私が札幌に帰った時、奴の研究はほぼ手つかずで残っていた。アリとキリギリスで言うと典型的なキリギリス人間である坊主によって、気温は高いがいい風が吹いている札幌の自宅にあって、私の脳内だけは猛暑日になる勢いであった。


 さて、私は昭和政治史が大好きで、その類いの本を読む機会が大変多いのだが、毎年この時期になると、手元にある2冊の本を必ず読み返している。この2冊については過去にも書いたが、あらためて書き記しておく。


■「日本のいちばん長い日」(半藤一利)

Arashi016_3 自らを「昭和史探偵」と称するノンフィクション作家、半藤一利の代表的な作品である。
 この作品は1945年7月27日から始まる。ポツダム宣言が出されたこの日から、さまざまな葛藤や対立を経て、最終的には昭和天皇の聖断により無条件降伏が決定されるまでが、プロローグに簡潔にまとめられている。

 私たちはこれまで学校の授業の中で、無条件降伏は国民に粛々と受け入れられたように教えられてきた。しかし現実には、陸軍を中心とした若手将校が、降伏を阻止するためにさまざまな行動を起こしていた。
 この本の本編では、8月14日から15日までの24時間で、玉音放送へとこぎつけるまでの政府の動きはもちろん、刻々と悪化する戦況の下でなお戦争継続を模索した陸軍内部で、誰が何を考え、どのように行動したのかが、時系列で生々しく描かれている力作である。
 
 昭和天皇の意思、政府の決定をも覆す計画が水面下で進められていたことは驚くべきことであり、このことだけでも軍部の思考の異常性を量るには十分である。同時に、一連の戦争のなかで、ただ軍の命令に従い多くの人々が命を落としていったことを思うといたたまれない気持ちになる。

 この作品は、1967年とかなり早い段階に映画化されていたが、戦後70年となる2015年に再び映画化された。昨日テレビで放映されていたのでご覧になった方もいるだろう。1967年版もDVDで観ることができるので比較してみるのも面白いと思う。


■「時刻表昭和史」(宮脇俊三)

Arashi057 鉄道作家の中でも歴史と文学に造詣が深い宮脇俊三の作品。ご自身は最も愛着のある作品でありながら「案に反して売れなかった」などと自虐気味だが、私は氏の作品の中でも指折りの名作だと思っている。
 1933年の渋谷駅前の風景から始まるこの本は、基本的に戦前・戦中の鉄道紀行文であるが、一般市民の側から見た当時の世相を非常に色濃く映している。

 私の手元にある本は「増補版」の肩書が付いており、1948年4月の第18章(東北本線103列車)が最終章となっているが、私が最初に手に取った角川選書版(1980年発行)で最終章となっている第13章「米坂線109列車」の印象が非常に強い。
 俊三青年は米坂線今泉駅前で父とともに終戦の玉音放送を聞いた。その直後に普段と変わらず列車はやって来た。
時は止っていたが汽車は走っていた。
という一文などが、その時の状況を短く、しかも正確に語っているように感じられる。


Pc305300 Pc305301
 2010年の年末、私はごく短時間だが今泉駅に降り立ち、駅前広場に立った。終戦当時の状況はわからないが、古びた小さな駅舎の前の広場は狭かった。この駅前にラジオが置かれ、宮脇親子や近所の人々が呆然と頭を垂れる姿をしっかり想像するにはあまりに短い滞在時間であった。


 世界情勢が目まぐるしく変化する中で、戦後70年の節目の年に、国の防衛政策は大きな転換点を迎えた。国の形を大きく変えていくであろう問題について、国民全体を巻き込んだ議論をおこなわず、しっかりした説明もなされないままに法案は採決された。
 改正内容の是非についてはともかく、合意形成の手順を端折ったその姿勢に、時代がひとつ戻ったような感覚を抱くのは私だけだろうか。


※過去記事
 本棚:「日本のいちばん長い日」 半藤一利(2012.8.16)
 本棚:「増補版 時刻表昭和史」 宮脇俊三(2013.2.26)


ランキング参加中です。みなさまの「クリック」が明日への糧になります。よろしかったら、ポチっとな

ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ にほんブログ村 本ブログへ 鉄道コム

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/08/12

【本棚】日航ジャンボ機墜落事故を知るための本

 1985年8月12日18時56分。乗員・乗客524人を乗せた日本航空123便、ボーイング747-SRは、群馬県多野郡上野村、長野県との県境に程近い高天原山の尾根、通称「御巣鷹の尾根」に墜落した。生存者はわずかに4名。単独航空機による事故としては世界最悪の死者数となった。

 この事故については、この1年ほどの間に数多くのテレビ特番が放映され、また今日もニュース番組でさまざまな報道がなされた。
 私はこの事故当時中学1年生。まだ飛行機に乗ったことのない、ガチガチの鉄道少年であった。その私が北海道に住むようになり、必要に迫られて航空機を頻繁に利用するようになって久しいが、未だに飛行機に対する恐怖感は完全には抜けない。その一方で、事故原因を自分自身で理解することにより、逆にその恐怖感を鎮める一助にしたい、という気持ちもある。

 そんなこともあって、日航機事故に関する本は、買ったり、借りたりしてかなりたくさん読んだ。当然のことながら飛行機に対する恐怖感がそれほど簡単に抜けるわけはない。ただ、読むたびにいろいろなことを考え、時に胸を痛め、涙を流す。それらの中で特に印象に残っているものをいくつかご紹介したい。

・「日航ジャンボ機墜落~朝日新聞の24時」(朝日新聞社会部編)
Img_1884_2  事故から24時間の間の出来事を軸に、新聞社がどのような取材をおこない、報道をしたのかをまとめた記録である。日航機事故を扱った本の中で、私が最初に触れた一冊である。記録の性質上、事故原因などよりも、そのとき起こっていた事実が中心に綴られているため、生々しい迫力がある。
 この本は「エピローグ」として、509人の乗客名簿、生存者へのインタビュー、不幸にも亡くなられた方が残された遺書、そしてボイスレコーダーの記録が掲載されている。圧力隔壁が吹っ飛んだ18時24分からの32分間、コックピットでもキャビンでも、死を覚悟した人たちの悲痛な戦いが続いていた。特に遺書とボイスレコーダーの記録の部分を読むとき、未だに私は絶望に包まれた中で必死にもがいた乗員・乗客のことを思い、涙が止まらなくなる。

・「墜落の夏」(吉岡忍)
Img_1885  事故からほぼ1年後に発行されたルポルタージュ。一番の読みどころは、生存者のひとりである落合由美さんへの三度にわたるインタビューである。機内でその時起こっていた出来事が生々しく語られ、死と向き合った乗客たちの姿と、事故原因を究明するカギを伝えている。また、遺族、検視に当たった医師、遺族の世話係を務めた日航社員など、幅広い当事者への取材により、淡々とした筆致で事故現場や遺体安置所の凄惨な状況と書く。事故調査の進展を踏まえて事故原因にも迫っていくなど、非常に多面的な内容である。

・「墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便」(飯塚訓)
・「墜落現場 遺された人たち」(飯塚訓)

Img_0960  著者は事故当時、群馬県警高崎署の刑事官で、遺体の身元確認の最前線にいた人である。「墜落遺体」は、遺体安置所での検視作業を軸に、凄惨をきわめた遺体の状況や、遺体と対面した遺族の表情を描いている。「墜落現場」はその続編にあたると思われるが、遺族や検視に関わった当事者たちのその後を取材した作品である。
 事故そのものというより、事故がもたらした「死」に対する人々の思いが伝わってくる。読み進むうちに時に息苦しさを感じるような作品だと思う。

・「クライマーズ・ハイ」(横山秀夫)
・「沈まぬ太陽(三)御巣鷹山篇」(山崎豊子)

Img_1883  ともに映画にもなった、日航機事故を題材にした小説。どちらもフィクションの体裁をとってはいるが、事実を下敷きとして物語りは進んでいく。上のルポルタージュよりは易しく、日航機事故の何たるかを知ることができる。
 「クライマーズ・ハイ」は新聞記者目線。事故当時、上毛新聞の記者だった作者が、主人公に自分自身を投影しながら書いたのだろう、と想像しながら読んだ。
 「沈まぬ太陽」は航空会社社員の視点。この作品は全5巻の第3巻に当たるが、この巻を単独で読んでも全く問題はないと思う。

 父や母を亡くした子供たちは、おそらくその当時の父母の年齢を超える齢になられているはずである。子供を亡くした方の中には、すでに高齢で亡くなられた方も多いと聞く。すぐ近くにいたはずの家族を突然に失ってからの30年、遺族の方々がどのようにしてその喪失と向き合い、それを乗り越えてきたのか。
 事件や事故は忘れた頃に起きる。先日は調布で小型機が民家に墜落するという痛ましい事故も起こった。ハード・ソフト面で安全対策を張り巡らすことはもちろん大切なことだが、事故の記憶を風化させないことも、再び同じ悲劇を繰り返さないためには大切なことではないか、と思う。


ランキング参加中です。みなさまの「クリック」が明日への糧になります。よろしかったら、ポチっとな

にほんブログ村 鉄道ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ  鉄道コム

ブログランキング・にほんブログ村へ  にほんブログ村 本ブログへ

| | | コメント (6) | トラックバック (0)

2015/08/05

阿川弘之氏を悼む

 

作家の阿川弘之氏が亡くなった。94歳。

 

Img_0813_3
 以前のブログでも触れたが、阿川氏は戦時中海軍に従軍し、戦後作家活動に入った。海軍での体験を活かして執筆された戦記文学が代表的な作品である。
 なかでも、「海軍左派トリオ」と呼ばれた3人を取り上げた、「米内光政」「山本五十六」「井上成美」は、文学的にも高い評価を得ているが、同時に、当時の歴史の背景を語る文献として非常に貴重な作品となっている。

 過去記事「本棚:『米内光政』『山本五十六』『井上成美』」はこちら。

 また一方で、エッセイや随筆には、戦記文学とは一線を画す、軽妙洒脱なタッチを用いている。その代表作のひとつが「南蛮阿房列車」シリーズである。これは元祖「阿房列車」の作者である内田百閒の衣鉢を継ぐものであるが、本家に負けず劣らずの軽やかな中にも味わい深い雰囲気を残している。宮脇俊三も阿川氏の文章を崇拝していた一人であり、手法や背景は異なるものの、そのユーモア溢れる文体は同じ流れの中に位置するものであった。

 阿川氏のお嬢さんが、「TVタックル」などでもおなじみのエッセイスト、阿川佐和子氏である。佐和子氏のエッセイにしばしば登場するお父さんは頑固一徹で自分本位な人として描かれているが、反面、愛情の表し方がわからないで戸惑っている一面や、ユーモアに溢れた側面なども書かれている。
 吉行淳之介や遠藤周作、開高健、北杜夫らをはじめ、作家同志の交流も広く、ことに遠藤周作や北杜夫のエッセイには毒舌とユーモアの洒落人としてよく登場しており、阿川氏の人柄を表している。

 昭和の時代に生きた作家がまたひとりいなくなった。
 戦後70年の節目、それも8月になくなられたというのも因果だろうか。阿川氏を偲びながら、節目のこのときに、もう一度海軍三部作を読み直してみるのも悪くないと思っている。
 ご冥福をお祈りしたい。


ランキング参加中です。みなさまの「クリック」が明日への糧になります。よろしかったら、ポチっとな

にほんブログ村 鉄道ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ  鉄道コム

| | | コメント (2) | トラックバック (0)

2015/03/08

島田荘司の世界とドラマ化

Img_1626  島田荘司は私の大好きな推理作家のひとりである。

 私の父と同年輩の島田氏は、1981年「占星術殺人事件」でデビューし、本格ミステリーの旗手として、現在に至るまで多くの著作を残している。大掛かりなトリックを駆使した作品が多く、非常に読み応えがあって、いつの間にか私の本棚にはずらりと氏の著作が並んだ。

 シリーズ物には大きく分けて2つのグループがある。
 ひとつは、「寝台特急はやぶさ 1/60秒の壁」にはじまる、警視庁捜査一課の刑事、吉敷竹史を主人公としたシリーズである。組織の空気に流されず自らの意志を貫き、終始真摯に事件と取り組む姿が素敵である。当初は鉄道を舞台にしたミステリーが多かったせいか、私が最初に氏の小説を手にしたのもこちらのシリーズである。

 このシリーズは、2004年から2008年にかけて4作品がTBSで単発ドラマ化され、「料理の鉄人」でおなじみの鹿賀丈史が吉敷刑事を演じた。生真面目だが少しとぼけた印象のある鹿賀丈史の演技には最初少し違和感もあったが、ドラマのつくりや周囲の登場人物の良さもあって、総じて悪くない印象を持った。BS-TBSやCSなどで、今も時々再放送されている。

 もうひとつのシリーズが、「占星術殺人事件」にはじまる、天才探偵、御手洗潔が活躍するシリーズである。天才にして気分屋、時に人を見下すような言動をしながら、時になんとも人懐っこい一面を見せる御手洗の活躍を、真面目で心配性な同居人、作家の石岡和巳が一人称で描くという作風で、吉敷シリーズとは一線を画している。

 ある意味「変人」として描かれる御手洗潔は、本格ミステリーファンのみならず、漫画化されたり同人誌で扱われたりしながらファン層を広げていったが、一方で吉敷シリーズとは異なり、これまで映像化はされてこなかった。作者の島田氏自身が、当初御手洗シリーズの映像化を拒んでいたというし、実際、私たちの周囲にはめったに存在しない、稀有なキャラクターの持ち主である御手洗を演じきれる俳優がいるか、というと、これは非常に難しいと私も思っていた。

 それが昨日、御手洗シリーズの短編「傘を折る女」が初めてドラマ化され、フジテレビで放映された。天才探偵・御手洗潔を演じたのは玉木宏、そしてワトスン役である石岡和巳には堂本光一というキャスティングである。

 全編を見ての印象としては、石岡役の堂本光一が良かった。変人御手洗に翻弄される生真面目さと、小説から伝わってくる線の細さがよく出ていたように思う。玉木宏の切れ味鋭い演技からも、男前にして天才的な頭脳の回転を見せる御手洗の沈着冷静な雰囲気は良く出ていたが、小説で感じられる、ちょっとおどけた雰囲気や人懐っこさが少し薄かったように思う。ドラマ全体のつくりや色合いは、福山雅治の「ガリレオ」シリーズに少し似ていたかな、と思う。

 島田氏がTwitterで語っているとおり、総じて良い仕上がりになっているものの、まだまだぎこちなさを感じる部分もあったが、ドラマの最後に新しい事件が持ち込まれてくるシーンもあり、今後続編が作られる可能性大である。今後雰囲気も少しずつこなれてきて、また違った御手洗の一面も見られるのだろう。非常に楽しみである。

 島田氏の小説やその登場人物については、ボリュームの関係もあり、あまり触れられなかったが、別の機会にご紹介してみたいと思う。


ランキング参加中です。よろしかったらポチっとな
ブログランキング・にほんブログ村へ  にほんブログ村 本ブログへ


にほんブログ村 鉄道ブログへ
 にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ  鉄道コム

| | | コメント (4) | トラックバック (0)

2014/08/16

本棚:「東條英機 歴史の証言」渡部昇一

終戦から69年を経ると、太平洋戦争を身近なこととして体験してきた人々は徐々に少なくなっていく。今日の戦没者追悼式典にも、およそ5,000人の遺族が参加したそうだが、そのうち戦没者の配偶者は19名と、ここ20年で100分の1に減少したという。戦没者の父母の参加は平成23年以降ない。
志願兵として戦争を経験した私の祖父も今年の正月に世を去り、身近に戦争体験者はいなくなった。

この祖父に戦争の話をしっかりと聞いておかなかったことは心残りである。外見的に老いの兆候は見られたが、話し言葉や頭の回転はしっかりしており、まだ時間はある、と先延ばしにしておいたのがまずかった。亡くなる直前まで自ら歩き、畑仕事をしていた祖父は、大晦日に体の不調を訴えて元日に入院、その2日後の1月3日にあっさりと世を去った。
終戦時20歳ということは、かなり自分自身の考え方に基づいて周囲を見られたはずの年頃であり、おそらくいろいろな思いを抱いて1945年8月15日を迎えたと思われる。その生の体験・言葉を聞く機会は永遠に失われた。

そうした後悔の念と、もともと近現代史に興味があることから、この時期、太平洋戦争にまつわる本を読むことが多く、そのたびにいろいろなことを考えさせられる。
歴史というのは面白いもので、事実はひとつしかないはずなのだが、その背景や原因、その結果としての影響を突き詰めていくと答えがまとまらなくなる。何が正で何が悪だったのか、についても置かれた立場や視点によって答えは全く異なるし、南京大虐殺のようにそもそも事実自体に正しい答えが導き出されていないというような例がみられる。
そうしたなかで、歴史を少しでも冷静に、客観的に見つめるためには、日頃とまったく違った視点から書かれた本にも触れなければならない、というのが私の考えである。

Img_1298 この本は、極東国際軍事裁判における東條英機元首相の宣誓供述書の内容をもとに著者が解説を加えたものである。
一般的な感覚として、東條英機は太平洋戦争開戦時の首相であり、日本を戦争に導いた指導者の中でも最も「悪いやつ」として紹介されることが多い。
けれどもこの本は、東條英機を徹底的に擁護する立場から書かれている。中には論理の飛躍もあるように感じるけれども、当時の歴史背景や彼の置かれた立場、そもそも太平洋戦争に至った経緯などを考えると、納得できる部分も少なくない。

戦争指導者を片面的な視点から「善玉・悪玉」に明確に分類して判断するのはたやすい。戦争という悲しい事態に国を導いていった東條英機は指導者としての責任は免れないと私も思うが、それをもって東條を「悪玉」と一刀両断にすることが果たして正しいのか、ということを考えさせられた。

喧嘩の原因は双方の言い分を聞かないとはっきりしない。多くの指導者が、ある人は終戦直後に自決という形で、またある人は一生涯口をつぐみ続けることによって、その内心をさらけ出さず、戦争から69年の間に次々と世を去っていった。結果、わからないことだらけである。
ただひとつ、はっきりしていることがあるとすれば、多くの研究者が様々な視点から検証しながら未だに答えが見えていない難しい問題について、私ごときが答えを出せるわけがない、というそのことだけである。


ランキング参加中です。よろしかったらポチっとな
ブログランキング・にほんブログ村へ  にほんブログ村 本ブログへ

| | | コメント (3) | トラックバック (0)

2014/04/20

本棚:「采配」落合博満

Photo札幌の中央図書館でもうずいぶん前に予約していたのだが、忘れた頃になって準備が出来たとのメールが届いた。とはいえ、私はすでにほいほいと気楽に札幌市の図書館に行ける状況にない。
それで、札幌に帰っていたある土曜日に中央図書館へ出かけて借り出し、一気呵成に読み上げて、日曜日に返却してきた。が、結論から言うと、これは「手元に残しておきたい一冊」になった。

落合博満」という人物に対する評価はさまざまである。
通算20年で2371安打、510本塁打。3度の三冠王を含み、首位打者・本塁打王・打点王を各5回というプレイヤーとしての評価
中日ドラゴンズの監督を8年間務め、全シーズンAクラス入りを果たし、リーグ優勝4回、日本一1回に導いたマネージャーとしての手腕

その一方で、現役時代の監督やコーチとの確執、「金がすべて」と言い放ちFA権を行使して読売への移籍、斜に構えた発言の数々など、「オレ流」と呼ばれた一連の振る舞いに対する批判、さらにはでしゃばりの妻子への違和感など、彼を嫌う評価も少なくない。中日ファンの私自身、落合監督就任の際には、「ドラゴンズはどこへ行ってしまうのか」と不安や違和感を感じたものである。

だが、就任初年度に「現有戦力の底上げで優勝する」と宣言して有言実行したその実績は評価に値する。2007年の日本シリーズでの完全試合目前での山井交替劇に代表される采配への疑問や、「野球がつまらない」~勝っても観客動員が増えないことに対する批判もあったが、その後8年間でドラゴンズの選手の意識は確実に変わり、チームは常勝軍団となった。落合退任後の2年間でチームはほぼ壊滅的な状況に陥っている。

ではこの本、「采配」の中に記された中身がどれほど超人的かというと、実は私たちが会社の研修制度やいわゆる「ハウツー本」から学んできたことがそのまま実践された内容がほとんどである。実にオーソドックスなマネジメント理論の集大成である。それが当時の中日ドラゴンズの状況になぞらえて書かれており、言葉も平易で分かりやすい。
ではそれが綺麗事の羅列かというと、それもまた違う。当時のドラゴンズの雰囲気や、彼の下で働く選手たちのコメントなどを思い出してみると、ひとつひとつ納得できる内容ばかりのように思われる。

そういう意味では、「プロ野球」という、一見わたしたちとは全く違う世界でありながら、それでいて比較的身近に楽しんでいた存在であるがゆえに、私にとってはドラッガーのマネジメント論よりもより説得力を持って訴えかけてくるように感じられるのである。

マネージャーにもいろいろなタイプがいる。すべてがこの本を読んで納得するとは思わないが、同僚にも上司にもぜひ読んでみて欲しい1冊である。
思うに、マネジメント理論の根幹は誰であっても同じなのだろうと思う。それが周囲の環境によって大なり小なりブレるのが一般的なマネージャーである。そして、いかなる状況でもブレないのが落合の変人たるゆえんであり、また卓越したマネジメント能力の持ち主であると言ったら褒め過ぎだろうか。

大いに吸収し、真似てみたい1冊だと思う。
嫁さんや子供たちがあんな風になったらイヤだけど


ランキング参加中です。よろしかったらポチっとな
ブログランキング・にほんブログ村へ  にほんブログ村 本ブログへ

| | | コメント (2) | トラックバック (0)

2014/04/01

本棚:「図書館戦争」シリーズ

久々に本の話。それも、今さら、の感もあるが、あえて有川浩

阪急電車」「空飛ぶ広報室」「フリーター、家を買う。」など、多数の作品がドラマや映画化されている。最近では「三匹のおっさん」もドラマ化され、北大路欣也らが好演し、楽しいドラマに仕上がっている。

で、その中でも私のお気に入りが「図書館戦争」シリーズである。

Dscn3088物語の設定は、人権に関する表現の取り締まりを目的とした「メディア良化法」なる法律が存在する架空の時代である。現実の日本と並行して存在する「鏡の向こう」の世界ともいえる。
その世界で、本に対する検閲活動として出版・頒布の取り締まりをおこなう「良化特務機関」。それに対して表現の自由を守る「図書隊」。なかでも暴力的な検閲に立ち向かう「図書館防衛員」の人間関係を軸に、図書館や市中の書店を舞台に繰り広げられる武力衝突を描きながら、「表現の自由」とは何か、を考えさせる要素を盛り込んでいる。岡田准一と榮倉奈々で映画化もされ、DVDも発売されている。

小説は本編である「図書館戦争」シリーズ4編と、そのスピンアウト的な「別冊」2編で成り立っている。本編ではバーチャル世界の無骨な銃撃戦というSF的な設定を軸に、シリーズが進むにしたがって徐々に恋愛小説的な色合いが濃くなっていく。「別冊」については、ほぼラノベの世界である。

えてしてこういうラブラブ観の溢れる作品を私は苦手としているのであるが、それでも私がお気に入りに挙げるのは、ひとつには設定が奇抜であること、そしてもうひとつは、主人公である笠原郁のキャラ設定が完全に私の好みのツボに入っているためである。

細身の長身でスポーツマン、ひたむきな熱血漢で馬鹿正直。豊かな感情表現と、勢い余って失敗した時に出る素直なしおらしさ。もうこの主人公がいちいち動くたびに、私の胸はキュンとするのである。榮倉奈々が好きなわけではない。私の中でのこの主人公像は少々彼女とは違うが、映画の配役としては悪くないように思う。

で、実をいうとここからが本題なのであるが、作者の有川浩。私はこの人をつい最近まで「ありかわ ひろし」というオッサンだと思っていた。たまたま知人から指摘されて、つい先日初めてこの人が「ありかわ ひろ」という女性であること、しかも私と同い年であるということを知った。オッサンにしてはずいぶん繊細な小説を書くなぁ、などと、とんちんかんな感想を抱いていたのだが、無知というのは誠に恐ろしいものである。


ランキング参加中です。よろしかったらポチっとな
ブログランキング・にほんブログ村へ  にほんブログ村 本ブログへ

| | | コメント (4) | トラックバック (0)