日常の旅人

2020/07/26

帰ってきました。

 ご無沙汰しております。いかさまです。


 久しぶりにPCでブログの投稿画面を開いている。前回のブログで「半月ほどお休み」と書いたが、気が付けばすでに1か月以上を経過していた。
 「体調を壊したのではないか」「新型コロナに感染したのでは」とご心配を頂いた方もあるようだが、おかげさまで元気でぴんぴんしている。ただ、あまりにも忙しかったのである。
 当初は6月いっぱいまでにどうしても仕上げたい事があり、半月ほどそれに専心するために休むつもりだったのだが、そのうちに本業の仕事の方も猛烈に忙しくなってしまい、そのまま7月になだれ込んだ。遅い時間に家に帰り、食事をとって風呂に入り、一応PCに向かうことは向かうのだが、頭が悲鳴を上げて回転を停止し、結局録り溜めた「笑点なつかし版」を見ながら寝落ち、という状況が続いた。今に至ってもそれはあまり変わらないのだが、ここにきての4連休は頭も体も休めるには持ってこいの時間になった。


 さて、本来ならばこの週末に開幕するはずだった東京オリンピックは延期となり、北海道も静かな夏を迎えている。街中を賑わす観光客、とりわけ海外からのお客様がめっきり減り、交通機関、宿泊施設、飲食店などはかなり厳しい状況だろうと推測する。なんとか経済を回して差し上げたいという気持ちもあり、また3月以来乗り残しになっている鉄道をなんとか制覇したい気持ちもあるのだが、ここにきて本州方面では新型コロナの感染者数が急増しており、旅行には二の足を踏む状況が続いている。


 また、私は元来酒飲みでないので、そもそもすすきの界隈の飲食店に大した貢献はしていないのだが、その私だってたまには酒を飲んで気分を紛らしたいこともあるし、仲間とわいわいやりたいこともある。だが、会社では社内の懇親会は「自粛」からいったん解除になったものの、現在「自制」というよくわからない枷をかけられており、どうにも身動きがとりにくい。「新たな生活様式」の中では「料理に集中、おしゃべりは控えめに」とされている。食にも酒にも興味のない私にとってはもはや拷問に等しく、それならば最初から懇親会など行かない方がいいとさえ思う。


 そのすすきのでは接客を伴う夜の店を核に複数のクラスターが発生し、飲食店へも飛び火している。サッポロビール園でも従業員7人が感染し、クラスターの可能性もあるとして当面の営業を休止する事態となった。「接客を伴う夜の店」については私はさほど興味がない(というか遠い昔に卒業した)が、飲食店にまで影響するとこれまた足が遠のく。


 緊急事態宣言の解除後、通勤途中や昼食時など人との接触は明らかに増えた。一方で、少なくとも北海道に関しては、感染者数は増えてはいるものの、感染経路がある程度追える状況になっている。このことは、新型コロナは闇雲に感染するものではなく、マスクや手指消毒など、みんながそれぞれに一定の自己防衛をすることで感染拡大は抑えられるということを示しているように思う。
 それでも若年層を中心に無症状の感染者が増えていることを考えれば、いつなんどき自分が感染者になり、どこかの誰かに広げないとも限らない。そういう自覚で日々の生活を当面続けていくしかなさそうである。リモートワークが普及したところで直接的な人とのかかわりをゼロにして生きていくことはできない。


 みなさん、お互い元気で頑張りましょうね。



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2020/04/02

ありがとう、志村けん

 昨夜放送された志村けんの追悼番組を、ようやく今日観ることができた。


 私たちから若干上の世代は、下品で面白いことが大好きな幼少時代に志村けんが一気にドリフの顔になっていくのを目の当たりにしてきた世代である。イッチョメイッチョメ・ワオーカラスの勝手でしょも、最初はグーもリアルタイムで観て来た。小学校時代、土曜8時がドリフ派ひょうきん派に二分されていた時も、私はずっとドリフ派を貫き通してきた。便所の扉にしがみついて遊んで母にどやされ、怒っちゃやーよ、と言ってひっぱたかれたりもした。


 その人が新型コロナウィルスに感染して、いともあっさり亡くなってしまった。人の命に重い軽いはないが、常にブラウン管の中に存在した人がこういう形で姿を消してしまうことはあまりにも衝撃的である。安倍首相の言うことも小池都知事の言うことも軽く聞き流していた人たちでも、この事実は背筋を伸ばさせるのに十分すぎるのではないかと思う。


 私が思う志村けんのすごさは、その表情と声にある。若い頃の写真などを見るとそれなりに男前の雰囲気が漂っているのだが、ひとたびコントになると完全にバカの表情になる。しかもその表情はとても豊かで変幻自在である。加えてこれほど声のトーンを自在に使い分けるお笑い芸人も珍しいのではないか。時に高い声、時に低く太い声で、とんでもないセリフを放つ。2時間足らずの特番の中で、そのすごさは再確認できた。
 40年前から今も変わらず私たちを笑わせるだけでなく、私の子供たちも志村けんを見てゲラゲラと笑う。世代の垣根を越えて笑わせる守備範囲の広さもすごい。というよりは、志村けんを見ると、私たちが40年前の少年時代に引き戻されるんだろうと思う。


 高木ブーが「志村は死なないの。ずっと生きてる」と言った瞬間、私は泣きそうになった。加藤茶の弔辞も感動したが、高木ブーのそのひと言にはものすごい重みと愛情と、ひょっとすると本人以上かもしれない残されたメンバーの無念さが凝縮されているように私には思えた。
 「とんでもねえ、あたしゃ神様だよ」数あるギャグの中で実は私が一番好きなギャグだったりするのだが、ひっくり返った声で言うそのセリフだけで私を悶絶させたその人は、私だけでなく日本中に数限りない笑いを与え続けて、本当に神様になってしまった。あまりにも早すぎる。そして急すぎる。
 40年の時を越えて子供に戻れる機会が奪われてしまったような、言いようのない淋しさばかりが残る。


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2020/03/16

近況報告~北海道・3度目の外出自粛の週末

 北海道知事が新型コロナウィルスに係る緊急事態宣言を出してから3度目の週末である。この2週間で道内の感染者数はほぼ倍になり、3月15日現在で148名となった。
 元来どちらかというと鉄道に乗っているとき以外は引きこもりに近い私の場合、外出するな、と言われてもさほどのストレスではなかったのだが、会社ではマスク常時着用、感染リスク防止のために席替えもして離れ小島のような席に座って日々仕事、飲み会も自粛となると、じわじわと締め付けられるようにフラストレーションが溜まってくる。飲み会など、基本酒の飲めない体質の私にはどうでもいいことのように思えるが、酒は飲めなくともガス抜きは時に必要である。


 そんな中、先週の月曜日、遅くに自宅へ帰り風呂に入った時、追い焚きをしようと思ったら冷たい水しか出てこない。電気温水器を確認すると、漏電スイッチが落ちており、入れようとしても入らない。ネットで色々調べたところ、どうやらヒーターが漏電しているらしく、修理業者を呼ぶしかないという結論になった。この電気温水器は今年の正月にも混合弁の故障で湯が出なくなっており、2度目の緊急事態である。築11年を経過して我が家もいろいろな所にトラブルが発生するようになっている。


 翌朝サービスセンターに電話を入れると、修理業者が来るのは午後になるとのこと。嫁は仕事に出掛けており、私は会社に電話を入れて1日休暇をもらった。1日丸々休めるほど暇でもないのだが仕方がない。降ってわいた休みの日、修理業者が来るまでの間に税務署へ出掛けて確定申告の手続をしたり、家計の整理をしたりと、このところの多忙でできなかったことをまとめて処理した。午後には業者がやって来て修理。幸いヒーターの交換だけで済んだが、交換費に2万円。正月の混合弁と合わせて6万円の出費は痛いが、これでしばらくは無事に動いてくれそうでほっとする。


 会社に電話した際、「ボイラーの故障で」とはっきり伝えたつもりだったのだが、職場メンバーの一部にはそれが伝わっておらず、いかさま発熱説がささやかれていたりしたらしい。このくそ忙しい状況で半月も休むわけにはいかない。仕事の共有がうまくいっていないこと自体はマネージャーたる私の責任でもある。これについては多少言いたいこともあるのだが、たぶんそれを始めると旅行記を超える長期連載になりかねないのでやめておく。ともかく、止められない仕事が重なっていることもあり、健康と感染防止にはかつてないほど気を遣っている日常である。


 目に見えて観光客、特に外国人の姿が激減した札幌市内。日頃は昼夜問わず行列ができる人気のラーメン屋やスープカレー屋も、待ち時間なしで入れるほど空いている。大通地区の百貨店は、店員のコロナウィルス感染が発覚したとかで15日の日曜日は消毒作業のため臨時休業となった。感染者数は札幌市を中心に着実に増加しているが、検査が着実に行われている証でもあるのだろう。検査人数に対して陽性確認は約1割。148人の感染者のうちおよそ3割はすでに陰性が確認されている。恐れられているような「爆発的な感染」という状況ではないように感じる。


 こうした中で小中学校・高校の休校は続いており、今週には分散登校も開始されるが、引き続き子供たちは自宅にいる時間が長くなる。こちらもそれなりのフラストレーションを抱えて現在に至っている。塾が開校していて行き場のある上の坊主はまだよいが、塾もスイミングスクールも休校の下の坊主は相当のものと推察する。一応、塾で出された宿題を毎日定量ずつ解かせて、帰宅後に確認するようにしてはいるが、それ以外の時間はテレビ・ゲーム・スマホのローテーションである。


 しかも、通っているプールは先日まで自主練習OKで、下の坊主も時間帯を見計らって泳ぎに出かけていたようだが、「学校が休みなのにこの状況下でプールに通ってくるとは何事か」と一部の大人からクレームがあったらしく、先週半ばから高校生以下は入館禁止となった。大人がOKで子供はNGとはあまりに気の毒で、それならばいっそ全館休館にしてほしいと思う。昨今問題視されている「自称元気」の高齢者に対してはノーガードの状態で、どうにも解せない。


 3月14日、JRの全国ダイヤ改正がおこなわれ、JR北海道でも快速「エアポート」の増発を軸とする新ダイヤがスタートした。しかし、増発の主たる理由となった外国人観光客は見事に姿を消し、出張自粛も重なって、早くも来週からは特急列車の間引き運転と減車が始まる。コロナウィルスの影響により、主要区間の特急列車利用実績は3月に入って前年比3割と惨憺たる様相になっており、これでは致し方ない。減収は1月から3月までで47億円に達するとみられている。ただでさえ土台が揺らいでいるJR北海道が気がかりではあるが、そのことばかりを心配しているわけにはいかない。まずは自分自身と家族の心配の方が先である。



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2020/03/02

新型コロナウィルス対応に思うこと~ずれている(3)

 世の中はあげて新型コロナウィルス対策一色の様相になっている。2月28日に「緊急事態宣言」が出された北海道では、全国の先陣を切って小中学校の休校が始まっており、週末の札幌都心部からは人の姿が目に見えて減った。公共施設だけでなく、大通地区の百貨店をはじめ臨時休業とする商業施設が相次いだ。


 北海道では3月1日現在、72人の新型コロナウィルス感染が確認されており、3名の方が亡くなっている。クルーズ船内で感染した人を除けば、全都道府県の中でも突出している。
 最初の感染者が出た際、北海道は感染者に関する情報を非公表としたことで道民から批判を受けた。世はインターネットを介した情報社会である。黙っていようが隠していようが、ほんの少し漏れ出した情報は無遠慮に社会に拡散していく。現在、北海道の新型コロナウィルスに関する情報提供は迅速で、十分とはいえないまでもそれなりに充実している。


 こうした情報提供や迅速な動きには、鈴木直道知事の意向も影響しているのだろう。この人は夕張市長時代、JR北海道の経営問題に絡み、いち早く石勝線(夕張支線)のバス転換を決断した人である。さらにその前の東京都職員時代は衛生局や医療・福祉部門で勤務していた。こうした経験と決断力が今回も活きたのだろう。
 26日に発表された小中学校の休校要請についても、保護者や経済活動への配慮など詰めを欠く部分もなきにしもあらずだが、その早い判断は評価されてよい。2月末から1週間(土日を挟むので実質的には約10日間)という休校要請の背景には、3月中旬以降に控えた小中学校の卒業式への配慮もあったと噂されている。


 28日夕方、緊急事態宣言を伝える記者会見で、鈴木知事はテレビカメラと報道陣に向き合い、自分の言葉で話した。話しぶりは時にたどたどしかったが、それはかえって私たちに信頼感を与えた。何とか感染拡大も経済への影響も最小限に抑えたいという意思がはっきりと見えた。「あと1人だけ」と進行役が言って質疑応答が終わった後も、「まだ手を挙げていらっしゃる方がみえるので」と、予定を超えての質問にも応じた。


 一方、29日の安倍首相は、ほぼ全編でプロンプターを見ながらの会見だった。施策にかかわる部分もあったし、そのこと自体は特段否定するつもりはない。だが、国内での発生以来これまでの迷走ぶり、加えて28日に発表された全国の小中学校・高校への休校要請とこれをめぐる混乱、方針は打ち出されているが具体策はこれから、という会見の中身を考えた時、私には空虚な説明にしか見えなかった。「桜を見る会」をめぐる自己中心的な答弁でうんざりしていたせいもあるのかもしれない。「私はやっている感」に溢れた表情も気に入らなかった。


 何より違和感を感じたのは、説明が終わった後の記者からの質問に対する回答だった。回答はあまりに淀みなく、しかも明らかに終始原稿に目を落として話していた。事前に用意されていた質問だったのだろう。そして予定数の質疑が終わると、「予定の時間を過ぎておりますので」という広報官に促されてさっさと退出していった。「まだ質問があります」という記者の声(江川紹子さんだったらしいが)にも全く取り合わなかった。これが事あるごとに「丁寧な説明」を標榜する宰相の対応である。そこには誠意のかけらも感じられなかった。



 政府は1日、増産体制に入ったマスクを買い取り北海道へ供給する方針を示した。鈴木知事からの支援要請に呼応したものと思われるが、一方でマスク不足は北海道だけの問題ではなく、不必要な買い占めや転売により供給が滞っている実態に対する認識もなければその対応策もない。あろうことか、関係のないトイレットペーパーまで品薄になっている。北海道はこのことで、いち早い学校休校要請や緊急事態宣言から一転、ネット上では批判にさらされている。


 感染が拡大する中で、私たちは「次は自分が感染するのではないか」という恐怖にさらされながら日々生活している。会社内でも感染者発生の際の業務体制構築など対応検討が進んでいる。自分がその引き金になりたくないと思うが、そうならない保証があるわけではない。どういうことに注意して、どう対処していったらいいかという疑問と向き合いながら暮らす私たちにとっては、政府の動きはあまりに場当たり的に見える。「桜」隠しのためのポーズかと、穿った見方をしたくもなる。
 官邸や議員会館と国会との間を黒塗りで往復しているだけの人には市井の状況などまったくわからないのだろうな、と悲しく思う。自分の身は自分で守るしかない。買占めに走る民衆の心理は、その思いの裏返しなのかもしれない。



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2020/01/26

魔女の一撃

 全国的に暖冬、雪不足の話題が広がっているが、札幌の1月25日現在の積雪は34cm。平年値は60cmだから6割弱である。これでも先週前半の降雪で増えた方で、1月19日まではわずか積雪10cmであった。これは平年の2割に満たない。最低気温はそれなりに下がっているが、日照時間が長いため日中の気温が高く、3月頃を思わせるような空と道路の状況が続いている。


 これはかなり異常な状況で、多い年ならばこの時期には1度目のカーポート・物置の雪下ろしが必要になる。ところが今年は、雪下ろしどころか除雪すらさほど必要がない。例年運動不足で体がなまるこの時期、除雪をしないと体を動かす機会は半減する。肉体面の負担は軽くなるが、運動不足は時に体に深刻な影響を及ぼす。


 これが関係しているかどうかはわからないが、木曜日、「魔女の一撃」~ぎっくり腰に見舞われた。
 私とぎっくり腰の付き合いは長い。27歳の冬、自動車を運転中に、ブレーキを踏んだはずみで助手席から転がり落ちたかばんを拾おうとした瞬間、最初の一撃を食らった。以来20年、それほど頻発するわけではないが、4度ほどやられている。だが今回のそれは、これまでを遥かに超える強烈な痛みを伴うことになった。


 発生場所は日中の会社、それも役員室である。その日、たまたま報告事項があって、私は某副会長の部屋へその説明に伺った。気さくな副会長は、「おう、まあ座れ」と私にソファを勧めてくれた。いつものようにサッと座ろうとした瞬間、激烈な腰の痛みに襲われた。額から脂汗が浮かぶ。


 「今日は何の報告よ?」と笑顔で尋ねる副会長に、私は「すみません、腰をやられました。3分ほど待ってもらえますか」と弱弱しく回答するのが精いっぱいである。忙しい役員のところに時間をもらって報告に上がって3分待ってくださいとは失礼きわまりないが、机に置いた資料すら手に取れないのだから仕方がない。
 「車椅子持ってこさせるか?」→「恥ずかしいからいいです
 「救急車呼ぶか?」→「もっと恥ずかしいからいいです
 「辛かったらここで横になったらいい」→「そんな伝説を作るのはいやです
 役員室のソファで一介の社員が寝っ転がったら間違いなく伝説である。心配してくださる副会長には申し訳ないが、激痛に耐えながら礼を失したやりとりが続く。


 ようやく痛みが治まり、報告事項の説明だけは終わらせたものの、今度は立ち上がれない。立ち上がろうとするたびに、打撲痕をハイヒールで踏みつけられたような猛烈な痛みが走る。いっそこの場で伝説を作ろうかとも思ったが、実はもう1件、常務に決裁をいただきたい案件がある。立ち上がらないわけにはいかない。あれやこれやと少しずつ体勢を変えて、5分ほどかけてようやく立ち上がり、心配した秘書に付き添ってもらって常務室へ。約束の時間は過ぎており、お辞儀もできない非礼をお詫びして、「早く家に帰りなさい」の言葉とともに決裁を受けた私は、結局、たまる仕事をさばききれず、終業時間まで事務所で立ったまま仕事をした。


 翌日、痛みはさらにひどくなり、少し動き方を間違えただけで呻き声が出るほどの痛みに襲われ、立つことも座ることも命がけ、という状態になった。会議と打ち合わせの予定がいくつも入っているがそれどころではない。会社に休む旨の連絡を入れ、1日ソファに横になって過ごした。働き方改革とやらでとらねばならない最後の有給休暇を火曜日に取得したばかりで、こんなことなら火曜日に無理して休む必要などなかったのだが、想定外の結果論である。


 いくらか状況が良くなった土曜日に病院を受診し、安静と称してぐうたらな週末を送ったおかげで、今現在、椅子に座ってパソコンを打てる程度にはなっている。だがこれとて、立ち上がり方を少し間違えるとまだ激痛が走る。ハイヒールからローファーくらいにはなったのではないかと思うが、失敗するたびに2~3秒歯を食いしばって呻く羽目になる。当分、慎重に動かざるを得ない。じっとしていられない性分の私にとってはなかなかつらい日々になる。



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2020/01/19

昭和のミスタードラゴンズ、高木守道さん逝く

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 中日ドラゴンズを代表する応援歌と言えば「燃えよドラゴンズ!」(燃えドラ)である。歌詞の中に選手の名前が織り込まれるこの曲は、ドラゴンズが上位争いを繰り広げる年を中心に新しいバージョンが発売され、世代ごとに口をついて出る歌詞が異なるのが特徴である。この曲が最初に発売されたのは1974年、ドラゴンズがジャイアンツのV10を阻止し、20年ぶり2度目のリーグ優勝を達成した年である。
 この時、一番バッターとして登場する選手が高木守道である。昭和のドラゴンズを代表する二塁手であった高木守道が、17日、天国へ旅立った。

 ⇒「燃えよドラゴンズ!」

 現役21年で2274安打(球団歴代2位)、236本塁打(同6位)、369盗塁(同2位)に加え、ダイヤモンドグラブ賞3回の成績は、まさに走攻守を兼ね備えた名選手だったことを示している。私が物心着いた頃はすでに晩年に差し掛かっていたが、王貞治の例を引くまでもなく、チームの「背番号1」を背負い続けることの重さとすごさは、子供心にも理解できた。私の父は、「燃えドラ」に歌われる1番バッターが田尾、彦野と変わっていっても、「♪1番高木が塁に出て~」といつも口ずさみ、「これでないと落ち着かない」と言った。


 私たちの世代から見ると、高木の印象は選手としてよりも監督としての印象が強い。1992年~95年(95年は39試合で途中休養)、2012年~13年の二度に加え、1986年には当時の山内監督の成績不振による休養に伴い68試合で指揮を執っている。
 中でも印象の強いのが、今も「10.8決戦」として球史に残る、1994年10月8日の「最終戦・同率首位同士の優勝決定戦」である。この日、私は札幌の大通駅に近い某レストランの前に車を停めて、カーラジオに聴き入っていた。このレストランのマスターは私と同郷のドラゴンズファンである。劇的な優勝を決めた暁には盛大に祝うぞ、という言葉に、私はわくわくしながらスタンバイしていた。だが、総力戦で最高のパフォーマンスを見せたジャイアンツの前に、ミスを連発したドラゴンズは敗れ去り、私は店に入ることなくしょんぼりとアパートへ帰った。


 第1次の高木監督を挟んで2度にわたり通算11年監督を務め、2度のリーグ優勝を達成した星野仙一とは「太陽と大地」のような関係だったように思う。パフォーマンスに長け、感情をストレートに表した星野と、あくまで寡黙に自分の役割を果たそうとした高木。ここぞという時に爆発的な力を発揮した星野と、肝心の場面で裏目に出た高木。ジャイアンツを宿敵として自他を鼓舞した星野と、球界の盟主として敬意を払った高木。ドラゴンズファンの気質を考えた時、物足りない印象を受けるのもやむを得なかったかもしれない。



 だが内に秘めた闘志や負けん気は、星野に劣らないどころかむしろ上回っていたかもしれない。試合中に叱責を受けて勝手に帰宅した話や、1995年、監督解任が発表されたその日、最後の試合で判定に異議を唱えて退場処分になるなど、熱い一面もたくさんあった。
 私はそんな高木監督が地味に好きだったし、今中や山本昌が頭角を現してきた当時のチームの雰囲気も好きだった。だから私はもう一度、高木に監督をしてほしいと思っていた。


 それが実現した第2次監督時代、特に後半には首をかしげるような采配もあった。結果を見れば、監督としての資質は8年連続Aクラスの落合はもちろん、星野にも劣るということになるのだろう。世間一般には、95年の途中休養、「暴走老人」と揶揄された2013年の悪印象が強いが、調べてみると指揮を執った787試合での勝率は.503と勝ち越している。最下位だった1992年も、60勝70敗の借金10、首位スワローズまではわずか9ゲーム差だった。


 訃報が伝えられた後、さまざまな人からのコメントがニュースとして伝えられた。名古屋というローカルのスター選手としては破格の多さではないかと思う。長嶋茂雄や張本勲、落合博満もが認めた野球センスについてはもちろん、私たちの知りえないグラウンド外でのエピソードを通じて伝えられるその人柄については、亡くなった人に対する敬意を差し引いても、その温かさが存分に伝わってくるものばかりで、気持ちよく読むことができた。特に同僚だった谷木恭平と、高木監督の下で選手として働いた今中慎二、立浪和義のコメントが光った。


 生まれも育ちも岐阜県、県立岐阜商業から中日一筋。星野がのちに阪神、楽天と移っていったのに対し、高木は最後まで中日一筋を貫いた。ポスト星野、ポスト落合という難しい局面で火中の栗を拾ったのは、ドラゴンズへの愛着と男気だったのではないか。特に「勝つことが最大のファンサービス」と公言した落合の後、「ジョイナス」と揶揄されながらもファンへの気配りを最前面に押し出さざるを得なかったあたり、本来寡黙にして頑固、職人気質な高木にとっては内心忸怩たるものがあったのではないかと思う。それでも高木はその役割を黙々と引き受けた。2012年にAKB総選挙の結果を受けて「うちもセンターは大島だしな」という茶目っ気のあるコメントを出せる、素敵なおじさんであった。


 「燃えよドラゴンズ!」45年の歴史で真っ先に登場した高木はまた、監督として登場した「燃えよドラゴンズ!平成FIVE」で、歴代監督の中でただひとり、ファーストネームで登場した。こんなところにもファンの高木に対する親しみが現れていると感じるのは、私の贔屓目だろうか。

 高木がプロ入り前にその実力を長嶋に認めさせた県立岐阜商業は、春のセンバツ高校野球出場が確実視されている。そして、3年連続5位ながら借金わずか5、首位と9ゲーム差まで迫る力を見せた与田監督2年目のドラゴンズ。全力で戦って、天国の高木を安心させてあげてほしいと切に願う。

 モリミチさん、お疲れさまでした。心からご冥福をお祈り申し上げます。





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2019/12/02

中曽根康弘元首相のこと

 中曽根康弘元首相が亡くなった。101歳での逝去は、日本の歴代内閣総理大臣の中では、終戦処理内閣の東久邇宮稔彦王の102歳に次ぐ長寿だという。1918年生まれは、1993年に亡くなった田中角栄元首相と同い年である。中曽根氏の逝去で、昭和時代の内閣総理大臣はすべて鬼籍に入り、20世紀の内閣総理大臣で存命なのは、海部俊樹・細川護熙・村山富市の3氏のみとなった。


 佐藤栄作・田中角栄の流れを汲む当時の田中派、岸信介・福田赳夫の福田派という二大勢力の中で、保守傍流の中小派閥であった中曽根派は、一段低いところに置かれていた。当時の有力者の頭文字をとった「三角大福」に中曽根氏を含めて「三角大福中」と呼ばれることもあったが、このあたりの扱いがそのポジションをよく表している。


 だからこそ、時勢を読むのには大変長けていたと思う。激しい派閥抗争が繰り広げられる中で巧みにその地位を築き、変わり身の早さから「風見鶏」と評された中曽根氏は、「三角大福」の後、鈴木善幸氏を挟んで、1982年に内閣総理大臣となった。数の力で圧倒的優位にありながらロッキード事件で身動きの取れない田中派をバックにつけ、「田中曽根内閣」「角影内閣」などと揶揄されたが、田中元首相が脳梗塞に倒れて田中派が分裂したことも追い風となり、結果として4年11か月の長期政権を手に入れた。ちなみに「三角大福」は4人合わせて8年足らずである。


 1選挙区から複数の衆議院議員が出る中選挙区制だった当時は、派閥レベルの抗争が政治の停滞を招く側面もあったものの、強いリーダーが育成されるというプラス面もあったように思う。小選挙区制時代、小泉純一郎元首相の後継レースで「麻垣康三」なる4名が出てきたが、そのインパクトと政治姿勢、リーダーとしての風格は「三角大福中」に遠く及ばない。


 中曽根氏の個々の政策を語れるほどの知識を有しているわけではないが、ひとつ、今JR北海道が経営難にあえぐ元凶となった国鉄分割民営化を、政治家の立場で演出したのが中曽根氏である。この経過については以前にもブログでご紹介しているが、雪だるま式に膨らむ借金、労組の暗躍による労使関係の悪化を食い止める策として、各論はさておき総体として国鉄を一度解体に導くというその手法は間違っていなかったと思うし、115年の歴史を持つ組織にメスを入れた行動力は尊敬に値すると思う。

「国鉄改革を復習してみた」【1】 【2】 【3】 【4】 【5】


 だが、その後のバブル崩壊による経済の急激な減速と環境の変化が今日的状況を招いた側面は否定できない。これは中曽根氏退任後の歴代内閣が、時代の変化に対応できる策を打たなかったために招いた悲劇であるが、一方で景気変動を度外視した制度設計の甘さもあるのではないかという気もする。中曽根氏自身が後日口にしたように、国鉄分割民営化の主目的は国労・総評つぶしであり、そのためにやや拙速に進められすぎたようにも思う。


 順調な経営を続ける本州JR3社からは、JR東海の葛西敬之名誉会長をはじめ、分割民営化の功績を讃える追悼コメントが出されているが、JR四国やJR北海道からのコメントは見当たらない。こちらの方がむしろ聞いてみたい気もするのだが




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2019/11/25

ずれている。(2)

 「ずれている」ついでにもうひとつ、最近「ずれているなあ」と思うのが、「桜を見る会」の話題である。


 首相が主催して各界の著名人や功労者を招き、その功績をねぎらうという主旨自体が間違っているとは思わない。だが招待枠だの後援会だの、国家国民に対する功績とは縁遠い人が年々増えて会そのものが膨張した、そのことに対して思うところも当然ある。だが私は、会そのものの本筋とはやや離れたところで、「ずれているなあ」と感じていることがいくつかある。


 ひとつには予算の話がある。
 令和元年度の「桜を見る会」の予算は1,767万円だったという。この金額はここ5年間固定されている。しかるに膨張したその会に投じられた費用は、2014年度で3,005万円、今年度は5,519万円になったという。3,752万円の予算超過である。しかも予算額が固定された2014年度の時点で、すでに予算を大きく上回る支出がなされている。


 私たちサラリーマンが会社の予算をやりくりして何かをするとき、100万円の予算に対して3万円超過しただけでも、その理由について根掘り葉掘り聞かれ、場合によっては上司、役員のきつい叱責を受ける。不足した予算は、別の予算科目から引っ張ってきて充当しなければならない。
 ところが国の予算というのは、3,000万円予算超過しても責任も謝罪も必要がないものらしい。不足分は内閣府の別の予算から充当するらしいが、だとすればそもそも予算とは何だったのかという話になる。


 100兆円を超える年間予算を持つ国からすれば、3,000万円はコンマ下5桁にすぎない微々たる金額かもしれない。だが我々レベルの庶民から見れば、数百人の納めた所得税が何の説明もなしに別の用途に使われたことを意味する。内閣府の中でどのようなやり取りがあったかは知る由もないが、そもそもその上の政治家が決めた話だから釈明すら要しない。これが一般企業で、役員がこんな金の使い方をすれば取締役会は騒ぎになり、解任、あるいは下手をすれば背任で株主代表訴訟の標的になりかねない。「国だから」という理由でこれが見過ごされるのなら、じゅうぶんに「ずれている」と言わざるを得ない。


 もうひとつは、これら一連の出来事に対する説明である。
 11月22日に内閣府が提出した招待客の名簿は、肝心のところが黒塗りされたおよそ4,000人分のもので、残りは1年未満と定められた保存期間に従い、5月には廃棄されたという。だが、数千万円の国家予算を消費しておこなうイベントの参加者を、イベント終了時点で名簿廃棄するなど、一般常識では考えられない。私の会社なら、会議をおこなえば、その報告とともに出席者名簿は保存される。会食や懇親会でも出席者は要報告となっており、費用支出が絡むものは些少であっても5年なり7年の保存が求められている。国家機密にあたるような会議・会食ならばいざしらず、「桜を見る会」の参加者など、秘匿すべき内容でもなければさっさと処分してよい内容とも思えない

 こうした状況に対して政府のコメントは歯切れが悪いを通り越して、事態が発覚した当初から相当に方向性が変わってきており、中には開き直りとも思えるようなコメントを発した幹部もいる。こうしたコメントの内容自体もずれているが、そもそもこの程度の釈明と「来年は中止」という弥縫策で乗り切ろうという感覚も相当にずれている。しまいには「民主党政権時代もやっていたではないか」という、責任逃れのコメントまで飛び出すに至っている。


 この国の首相をはじめとする政府首脳が、都合の悪い質問には口を閉ざし、時には質問とはまったく乖離した自説を自慢気に語り、追いつめられると野党の無能ぶりを叩いて悦に入るというのは今に始まった話ではないが、少なくとも私たちの子供時代、叱られる時に話を逸らしたり、すり替えたりすると余計に怒られたものである。まして「〇〇君だってやってるじゃないか」などと責任転嫁の発言をしようものなら説教が炎上した記憶をお持ちの方も多いと思う。大人になって会社に入ってもこれは同じである。


 ところが国を動かす大人の世界ではこれが通用しない。そもそも叱ろうにも相手は自分たちが一番偉いと思っているから手に負えない。野党も野党で脛に傷があるから、そう言われるとダンマリになってしまう。かくして真相は藪の中へと入り、中途半端な追及に無駄な時間が費やされ、肝心の国会審議は空転する。


 要するにどっちもどっちでずれまくりなのだが、結局のところ、ずれた事象が重なりすぎて、それが繰り返された結果、一周回って元の位置に収まったかのようになり、後味の悪さだけが残るのではないかと気にかかる。あとはテレビでこれらのニュースを見ている子供たちが、大人の世界ではこれが当たり前だと理解し、屁理屈で責任逃れを繰り返し、大事な会議でヤジを飛ばしても平気だと勘違いしないことを祈るばかりである。



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2019/11/18

ずれている。(1)

 沢尻エリカが合成麻薬(MDMA)の所持容疑で逮捕されたニュースでもちきりである

 私はもともと女優さんにあまり興味がない方で、「好みのタイプは?」と聞かれれば「30年前の竹下景子」と答えるレベルである。沢尻エリカに関しては、確かフジテレビ系で深夜にやっていたドラマ「ファーストクラス」だったかで、ああ、きれいな人だったんだなあ、と再確認した程度で、どちらかと言うと、以前に金髪・仏頂面で「別にとやらかした時の悪い印象の方が強い。


 ここ数年ドラマ、CMなどで再び露出が増えていて、来年には大河ドラマ(これまた興味はないが)でも重要な役どころで出演することになっていたのだとか。それがパーである。現段階で確定判決でないとはいえ、この手の事件は警察も相当に内偵を進めて自信を持った段階で逮捕に踏み切るわけで、本人も所持や使用を認める供述をしているというところからすればクロ確定である。CMがお蔵入りになるスポンサーや、すでに十数話分が撮影完了している大河ドラマを抱えるNHKは大変だろうと思う。損失額は5億を超えるとかで、もはや私の想像の域にない。


 ところでこの件に関して、いろんな芸能人がコメントを出したり、テレビで発言したりしているが、TBSの報道番組での激論が、ちょっとした話題になっている。内容は複数のコメンテーターが、沢尻エリカを唯一無二の存在と持ち上げ、薬物との断絶を前提として彼女の復帰の可能性に言及したところに、元衆議院議員の杉村太蔵が「それは違う。この時点で復帰の話はあり得ない。一発アウトだということを示さないとダメだ」と噛みついた一件である。


 もちろん、コメンテーターたちも、大麻や覚せい剤使用そのものを肯定しているわけではない。また、薬物使用者の復帰を支援する動きがあることも、それはそれで構わない。だがこれは、杉村太蔵が言うように、今この段階で言うべきことではないように思う。
 確かに今芸能界には、過去にそうした経験を持っている人たちが何人も、元のポジションに近いところに復帰している。大御所と言われる人の中にもいる。だが一方で、復帰への足掛かりをつかみながら、再び、あるいはみたび同じ過ちを犯した人もいる。


 田代まさしや、古くは岡村靖幸、清水健太郎などもそうだと思うが、本格復帰に向けてメディアへの露出が増えた瞬間に逆戻りとなっている。そうでなくても幅広い交友関係を持つ芸能界の場合は、露出が増えれば増えるほどそういった下劣な誘惑も多くなるであろうことは想像に難くない。つまり我々一般庶民と比べればそういう罠にかかる可能性ははるかに高いわけで、多少同情すべき点もなくはないが、罪は罪である。まして常習性の高い薬物使用であれば、軽々に復帰の道を用意してはいけないように感じる。


 そもそも一般社会、とくにコンプライアンスについて非常に敏感になったサラリーマンの世界では、薬物に限らずなにがしかの法律違反を犯し、前科がついた人が、元のポジションに復帰できることはほぼあり得ないと言っていい。今やハラスメント発言で一撃解雇である。自らの責任で会社に億単位の損失を与えたのならなおさらである。中には「濡れ衣」とか「冤罪」である可能性もゼロではないが、そうであっても一般庶民が「冤罪」を立証し、名誉回復するためのハードルはきわめて高い。杉村太蔵が言うように、世間一般では「一発アウト」なのである。


 そういう意味においては杉村太蔵の意見は一般人の平均的な感覚を代弁したもので、同意すべき部分が多い。この人は以前、衆議院議員になった時に「料亭行けるんですよ」と発言して顰蹙を買っているが、これまたある種一般人の感覚と言えなくもない。国会議員としては完全にダメ議員であるが、一般人としては優れた部類に入る人だと思う。
 一般人に毛が生えた程度の人物を引っ張り出して喋らせるテレビ業界を、私は常々なんかずれてるなあ、と思いながら見ていたのだが、少なくとも今回の放送では彼の存在が議論をいくらか実りあるものにした。そして、彼の発言に食い下がった他のコメンテーターを見ていて、あの世界の人たちはやはりどこかずれている、という印象だけがひときわ強く残った。



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2019/10/14

台風19号と鉄道

 まず、今回の台風19号で亡くなられた方のご冥福をお祈りしますとともに、負傷された方、ご自宅や家財などが被災された方へ、謹んでお見舞いを申し上げます。引き続き避難指示が出ている地域もあり、河川の決壊や土砂災害のリスクが高まっている地域もあります。どうぞ引き続き注意してお過ごしください。


 今日、10月14日は、「鉄道の日」である。1872年の太陽暦10月14日、新橋-横浜間の官設鉄道が正式に開業してから147年目にあたるのだが、とりわけ関東・甲信越、東北地方の鉄道については厳しい鉄道の日となった。


 このところ、台風による河川氾濫や土砂崩れなどの被害は常態化しており、しかも年々重大化しているように感じられる。台風被害とは縁遠いはずの北海道でも、3年前には河川の決壊で、南富良野町などの市街地が水に呑まれた。水と泥に浸かった建物やインフラの復旧が大変なことは、復旧作業にいくらか携わった者としては身をもってわかる。その災害で大きな被害を被った根室本線の東鹿越-新得間は、JR北海道の経営問題も絡めて復旧が手つかずのまま、存廃の岐路に立たされている。


 鉄道ファンの私としては、やはりこれだけの被害の中で、鉄道がどれだけ被災したかは気にかかるところである。早い段階からの計画的な運休により、乗客を乗せた列車が災害に巻き込まれたり、旅客の足止めで大騒ぎになるような事態はまぬかれたが、各地で洪水や土砂により線路が寸断されていると報じられた。


 北陸新幹線の長野新幹線車両センターは千曲川の氾濫により冠水し、北陸新幹線用のE7系・W7系全30編成のうち10編成(120両)が浸水被害を受けた。青い屋根に彩られた流麗な新幹線車両が整列したまま、車体の半分ほどまで水に浸かった映像は、私たちに何とも言えない衝撃と切なさを与えた。
 鉄道車両の機器は精密部品が多く、加えて重心を下げるためにほとんどの機器を床下に装備している新幹線車両の場合、修復は困難をきわめると思われる。洗浄と部品交換で済めば不幸中の幸いだが、堆積、付着した泥のしつこさは想像を超える。場合によってはすべて廃車とも言われ、新製となれば費用は300億円を超えるという。ネット上では浸水の可能性がある場所に車両基地を設けたことへの批判、高架上にある本線へ列車を避難させなかったことへの疑問も見られる。内容には納得できる部分もないわけではないが、所詮は結果論にすぎない。


 北陸新幹線の本線の一部も冠水したとの報道もあり、長野-上越妙高間の運転再開のめどはたっていない。また、使用車両の3分の1が被災したこと、長野新幹線車両センター自体も使用できないことから、仮に復旧しても当分の間は列車本数の減便や減速など、ダイヤへの深刻な影響は続くものと思われる。開業から4年半、安定した輸送状況で順調に旅客数を伸ばしてきた北陸新幹線にとっては初めての大きな試練である。


 これ以外にも各地で冠水、土砂流入、鉄橋流失など鉄道施設への被害が報じられている。
 JR東日本では中央本線・両毛線・水郡線が大きな被害を受け、東武鉄道日光線・佐野線、京王電鉄動物園線、上田電鉄別所線、箱根登山鉄道、阿武隈急行なども長期間の運休を余儀なくされそうである。今春に東日本大震災以来7年ぶりに復旧し、JR東日本から三陸鉄道に移管されて運転再開したばかりの釜石-宮古間も、路盤流失などにより復旧のめどは立っていない。


 新幹線をはじめ、東京と長野県南部を結ぶ幹線の中央本線、首都圏の通勤路線などは、今後急ピッチで復旧工事が進められることになると思うが、地方のローカル路線の場合、先述の根室本線のように収支と復旧費用の兼ね合いからも路線の存廃論議に行き着く可能性がある。私の実家がある土岐市をかつて走っていた東濃鉄道駄知線も、1972年7月の集中豪雨による鉄橋流失を契機に、復旧されないまま1974年に廃止となった。今回の被災区間は、旅客輸送量の点から見ればJR北海道の例とは比べようもないが、経営的に厳しい区間もあり、今後の動向が気にかかる。


 地震、水害と、あらゆる災害に対して強靭なまちづくりを進めることは、地理的問題や経済的な角度から見ても困難をきわめるが、「想定外」の事態が発生した今回の経験をふまえ、復旧に当たっては、今後同種の被害を最小限に食い止めることができる制度設計や都市計画を進めてほしい。鉄道もそうした中で新たなまちづくりの一翼を担っていくことができれば、それにこしたことはない。


 最後に、重ねて被災された皆様へのお見舞いを申し上げ、一日も早い復旧をお祈りします。



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